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第十章 対抗戦 予選

第93話 チュートリアル:ミステリアスガール

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 時刻は萌がはっちゃけるより前にさかのぼる。

「――っと!」

 転移した先に一瞬の浮遊感。段差程の宙から着地し、瀬那は腰を低くした。

 同時に開始のブザーが鳴り響き、瀬那は符を指に挟み戦闘態勢に入った。

「んーーーー」

 上を見れば光源の無い薄明るい空。辺りを見渡すと広い広い場所で、囲うように落下防止の鉄柵が設けられている。

 屋上? と安直な答えを出した瀬那だが、それが真の答え。花や草を育てる屋上庭園も在り、学校で言う校舎が一つの建物で、屋上は地続きで広々。下に降りれるであろう扉もいくつかある。

「ぅう」

 冷たい風が吹き瀬那の髪を揺らす。

(なにここ。暗いし気味わるいし、深夜の学校みたいじゃん……)

 少しだけ青ざめたが、すぐさま符を使用。

招来しょうらい帝江ていこう!!」

 符を吹きかけ――

急急如律令きゅうきゅうにょりつりょう !!」

 もくもくと不自然に渦巻いた煙から、三対の獣が現れる。

「フー―!」

「ッフッフ!」

「フゥ――!」

 黄色い袋のような体形で、頭どころか顔すらなく、脚が六本に羽が四つ生えている不思議生物、帝江だ。しかもガチムチ体質。

「ちょっとわかったからぁ!」

「「「フー――!」」」

 出現した途端、瀬那の脚にすり寄り、動物特有な愛情表現をして来た。毛並みは艶があり三匹の健康面には問題なさそうだと思った瀬那。

「よし! 散策開始ぃ!」

「「「フー―!!」」」

 冷たい風が吹く屋上にて歩を進める。

 帝江を招来したのには理由がある。

 一つ、探索に一役買う。

 視界も薄暗く、自分の場所すら把握できない状況で無暗に行動するのは危険が伴う。したがって、帝江を一定間隔で陣取り、先の情報を得る方法がまだ理工的。

 二つ、戦力増加。

 帝江は瀬那と同じ法力を使う事は出来ないが、持ち前のタフネスで突進攻撃が可能。しかも三匹とも果敢に攻めてくれる性格で、鬼が出ても蛇が出ても迎撃してくれる。

 三つ、単純に心細い。

 朝比奈 瀬那は女子高生。夜に不気味な建物と来ればよっぽど肝の座った女性じゃなければ怖いと思うのは当然の感情だろう。

「うへぇ、こわぁ~」

 鉄柵から覗く向こう側の建物の窓ガラス。ズラリと並ぶが明り一つ無い真っ暗な光景を見ると、瀬那は率直な感想を口にした。

もえがいたらなぁ……)

 恐れ知らずの彼氏を想い遠い目をする瀬那だが、ユサッと動く胸部で分かるように、首を振って我に返る。

 その時だった。

「フー!!」

「ッ!?」

 ――人の気配がする。

 同じく屋上を散策する一匹の帝江がそう瀬那に伝えた。

 瀬那の周囲を陣取る様に集結し警戒。

「……どこ」

「フゥ」

 ――分からないが気配がある。

 小声で会話し、帝江たちは体と羽を忙しく動かし少しでも場の状況を探っている。

 すると帝江の一匹が唸った。

「フウウ!!」

「!?」

 瀬那は声の方を向くと、校舎の反対側から赤い光が上空へと発射された場面だった。

「ッなんなの!」

 光を追う様に空へ視線を向ける瀬那。一塊の赤い光は空で破裂するように細かく分岐、高速で落ちてくる赤い光の矢が瀬那と帝江たちを馳せらせた。

「ッ! ッ!」

 符から噴き出る猛火を両手に纏って降って来る火焔の矢を相殺。独自の歩法で縫う様に移動し、避けながらも演武の様に。

「フー―!!」

 帝江たちも上手く避けてはいるが、瀬那とは違いすべてを避ける事は出来なかった。
 黒く焦げる体毛を作り、雨の様に降る矢を受ける。

 したがって。

「「ッフゥぅぅ」」

「二人とも!!」

 ――すみません、姐さん。

 ダメージが蓄積し、二匹の帝江は煙を上げて姿を消した。

「ああぁ!!」

 二匹の帝江の退場は、瀬那にとって大きな精神的ダメージを負わせた。

 しかし、この場で一番奮起したのは他でもない。

「ッフウウウウウウウ!! (兄弟いいいいいいいい!!)」

 残った帝江だった。

 焦げがある体を震わせ、ガチムチな筋肉を更にモリモリに。四つの羽も心なしか陰影が付いた。

「フウウ゛!! (許さん!!)」

「待って!! 行っちゃダメ!!」

 瀬那の生死を無視し、いや、怒りで聞こえない兄貴帝江は駆ける。矢が放たれた反対側の屋上へ。

「ッフ!!」

(飛んだー!?)

 鉄柵を飛び越え、翼を羽ばたかせいざ行かん。怨敵のもとへ!!

 渾沌こんとんという生物をご存じだろうか。荘子そうじとの名の書物に登場し、その姿は目、鼻、耳、口の七孔が無い中央の帝という姿。
 南海の帝・しゅくと北海の帝・こつらを手厚くもてなし、二人は恩を報いるため渾沌に七孔しちけつ(顔の穴)をあけたのだった。

 結果、渾沌は死んでしまう。

 渾沌は帝江と同一視されるが、もし、帝江は七孔をあけられ、尚も生き残っていたならば、それは最早、登場する怪物の範疇に収まらないだろう。

「フウウウウウウ――」

 遵って、瀬那が招来した夜空を躍動する帝江は――

「ッフ――」

 ピュンッ

「ッブ」

 普通に射貫かれて瀬那の所に跳ねて倒れるのだ。

「ええええええええええ!!??」

「フー(痛てぇ)」

「今アニメみたいな展開で強くなる感じだったじゃん!?」

「フゥ(やっぱ無理だ姐さん……)

 物事に対して無理に道理をつけることを「渾沌に目口(目鼻)を空ける」と言う。つまり、無理な物は無理だという事だ。

 世界三大兄貴の一人のセリフに、「無茶で無謀と笑われようと、意地が支えの喧嘩道」とあるが、気合いでどうこうなるのはこの兄貴と弟分だけなのだ。

「フゥフゥ(姉さん、また呼んでね)」

「……う、うん」

 煙の中に消えていく帝江。しゃがんでいた瀬那は立ち上がり、帝江たちの無念を大きな胸に抱き、頬を膨らませて怒るのだった。

「ッム! 風爆符!」

 符から緑色の可視化した風が瀬那を覆い、小さな竜巻と化し空中を高速で闊歩かっぽ。反対側の屋上に降り立った。

 すると、階段降り場の扉からぬるりと姿を現したのは他でもない。

「朝比奈さん! アナタの子分には退場してもらったわ!」

 Aクラスチーム代表、よし 明子あかね。登場。

「吉さんだよね。私怒ってるんだから!」

「ボスの周りに居るザコを先に倒すのはセオリーじゃなくて? もっとも、私の狙いは朝比奈さん! 最初からアナタなのよ!!」

「ッ!?」

 瀬那は驚いた。まさか私にもライバルができたんだ! と。内心嬉しさを感じながらも、帝江たちが無念にも退場した事を思えば、吉を怒りの対象にできる。

「もはや言葉は要らない! ファイア・アロー!」

 銃の形を作った手と指から、炎の矢が空気を焦がし勢いよく放たれた。

 しかし、瀬那に届く事は無かった。

「!?」

 瀬那の胸部を捉えた矢が手前で防がれ消える。防いだのは半透明な力場の様なものだ。

「もうそんな攻撃効かないよ!」

 一定のダメージを封殺できる半透明なバリア。吉 明子はこの現象を知識として知っている。とても取得難易度の高いスキルの一つだと確信。それほどのまでの強敵と再認識。

「そう。……容赦しないわよ」

 右手に力を滾らせ、火炎が纏ったと瀬那は思った途端。

「ギガファイア!!」

 轟ッ!

 空気を焦がし、大気中の水分を蒸発させながら放たれた大きな火球。

「ッヤバ!!」

 思わず寸でで回避を選択した瀬那。後方で鉄柵を溶かし、空中で爆発した音が聞こえた。

「ギガファイア!!」

 再度放たれる火球。

「爆焔符!!」

 対抗するために瀬那も攻撃。

 二つの火焔が衝突し、吉 明子と瀬那のバリアをチリチリと焼いた。

「「ハアアアアア!!!!」」

 その時だった。

「――」

 吉が瞬時に迫り接近戦。手には炎の剣が握られていた。

 瀬那は視線で追い驚愕。

(朝比奈さん。アナタは接近戦が不得意。近中遠担うオールラウンダーの私にはこういった攻め方がある!!)

 凶刃が迫る。

「もらったああああ!!」

 吉の叫びが屋上に響いた。

「――」

 だが思った感触ではなく、何故か跳ね除けられる感触を味わった。

 コンクリートの床に手を置いてブレーキ。吉が見たものは――

「……なによそれ」

如意金箍棒にょいきんこぼう!! 如意棒って言ったらわかる?」

 ドヤ顔を披露する瀬那から遠のき、離れの外の庭で二人が対峙していた。

「トヤネア……(おまえか……)」

「トエガ……(俺だ……)」

 花房 萌とダーク=ノワール。

 日系アルベド人の二人が対峙していた。
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