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第九章 それぞれの想い

第71話 チュートリアル:不便

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「――これがルーラーという存在か」

 大きな陣の中心にて顕現。

 この世界、天国や地獄と言った信仰世界、この宇宙に蔓延る実体を持たない念や差異次元の幻霊をも感じた。
 それは矮小な私の脳を焼き尽くし、一瞬の様で幾星霜を感じさせる知的生命体の負の想念集積体が、私たらしめる自意識を押しつぶした。

 だがそれは些細な事。

 すでに私は……いや、止そう。ことわりを語るのは。それは良識や悪意すら無い仕方のない物なのだから。

 儀式を始めてからたったの一分強。人間だった私は今、君主の一柱として生まれ変わった。

 この地下室の事を懐かしむ。たった一分程魂魄が離別しただけなのに。

「なるほど。この余韻が自分が神になったと驕る不細工の心境か」

 負の想念集積体。

 その存在は私を形作る一つの要素だが、同時におぞましい程にを与えてくる。

 こうして自我を保てるのは奇跡いがい何者でもない。心から想う。私は穏やかな精神を持っていて良かったと。

「……さて」

 感じる。

 奴の存在が。

 すでにこの世界に居ない。奴は思うがまま、本能と言う言葉でしか言い表せない情緒や在り方を真っ当している。

「……」

 

 愛する子を殺め、妻を殺め、生まれたての子を殺め、街を殺め、国を殺め、星を殺め、世界を殺めた。
 だがそれは悪ではないのだ。人間性を残している私がそう思う。

 人間性が残っているからこそ、説明が難解で非常に不便だ。

「――――」

 この場に一筋の黒い光を残して私は転移した。

 下と呼べる方向から黄色、上へあがって行くにつれ赤から紫に変色している。まわりに浮かぶ無数の光の珠は、世界の萌芽。非常に強固な膜に覆われ、突いてしまうと割れそうな萌芽だ。

 そんな次元の狭間で奴は居た。

「……」

 黒いフード姿の私と違い、ハッキリと見えた奴の姿は人の形をした金属生命体の様だった。

 お互い存在を確認すると、同時に背後の空間が波打つように割れ、奴の背後から無数の光を放つ手が、私の背後からは無限の闇を纏う手が。

 ――――瞬間、二つの無が絡み合う。

 知的生命体ならば神の闘いだと詩に謳うだろう。それほど逸脱した闘い。摂理と摂理のぶつかり合いは何者も止める事は不可能だ。

 唯一止める事が出来るのはそう、互いの自滅。

「■■■■ッ」

 どこかのどれかの世界。

 気付くと、そこで私は倒れていた。

「……負けたのか……?」

 さざなみが足元を濡らす。

「っく」

 上半身を起こし自分の体を見た。一糸まとわぬ姿。そして、無限の力である負の想念集積体の存在も感じられない。

「なぜだ……」

 残されたのは有限の力。そして。

「ぁ」

 握っていた拳の中にあった最愛の妻の因子。それはビー玉の様な小さな形だ。

「ぅぅ……ぅううう――」

 歓喜した。

 絶望を味わい、闘った結果も理解した理も初めから知らなかった様に抜け落ちたそんな私だが、ただ一つ、愛した妻を取り戻した!!

 それが、それだけが、私が生き抜いた結果だった。

 空を見上げると、満点な星空。妻の因子がふわりと浮き上がり、天に昇っていく。

 これで彼女は正しい基へ帰って行くだろう。世界を循環する摂理へと。

「メル……セ、デス――――」

 妻を見送った私はその場で倒れ、憑き物が落ちた様に深い深い眠りについた。


「ぅぅ」

 始めに感じたのは嗅覚だった。それは甘い果実の香りのような花の蜜のような。目を覚まし、私の体温で温まった寝床から起き上がるには十分な刺激だ。

 裸のままでは落ち着かないと、君主の力を使い衣を纏いコートも拵えた。

 寝て起きれば回復するが、有限の力は酷く不便だ。無限を知ってしまえばひどくな物。

 いささか目に悪い白一色の廊下を歩き、一つの扉に辿り着いた。

 その扉を無心で開けると、それは仰々しい椅子に座って待ち構えていた。

 この白一色の世界を統べる者。君主が。

(この者、強い)

 そこに座っているだけだと言うのに、兜の奥の瞳を見ていると空間ごと圧し潰されそうだ。周囲を歪んでいると錯覚する程の圧倒的プレッシャー。大層な鎧に見合う実力を持っていると言う事か……。

 私も落ちたものだ。この程度のプレッシャーで勝機を案じている。

「……我らに敵意は無い」

「……、……」

「殺気をおさめてくれ。でないと――」

 様々な刃物が私の首もとで止まる。

「我の家臣たちが貴殿を襲ってしまう」

 瞬時に転移してきた複数人の実力者。この者達は家臣ヴァッサルか。
 どうやら君主の危険を察知し飛び出してきたはいいが、武器を持つ手が震えている。私の殺気によるものだ。

「……すまない。非礼を詫びる」

 そう言って殺気を消した。

 首を捉えた武器たちが離れていく。

 下がれ。

 君主がそう指示すると、白の世界に溶け込む様に家臣たちが消えた。

「まずは互いを知ろう。我はここの城主にして君主。他の君主からは、白鎧、と呼ばれている。今にも消えそうな存在だった貴殿を見つけた……云わば恩人だ」

「フン、恩着せがましいのはそちらの常識か? 放っといておいても私は死なん。私はだ。それを分かっていて尚、自分の腹の中に抱えた……。何が望みだ」

「話が早くて助かる。我が望むのは一つ。それは――」

 妻を取り戻す。その一心しか深く思い出せない私が拠り所にした組織。

 その邂逅だった。
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