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第八章 VS嫉姫君主

第67話 チュートリアル:葬儀

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 白の世界。

 突然連れてこられると、視界による認識が狂いたちまち平衡感覚を失い、間違いなく発狂するであろう白。だけどそうはならない。建物の一部屋なんだと陰影で分かるからだ。

 ホワイト・ディビジョン。エルドラドが属する組織のお膝元だ。

「……よく来てくれた、萌殿」

 扇状な椅子らの中央に座る城主。荘厳と厳つさを内包した鎧姿とは裏腹に、その中世的な声で出迎えてくれた。

 白鎧びゃくがい――。そう呼ばれている。

 前回同様に周りの椅子に座っているルーラーたちも居るが、鎧だったり喪服っぽい服だったり。前は訝し気な視線だったのに、今、今日の俺を見る眼は無表情なものだ。

家臣ヴァッセル 亮亮リャンリャンもよく出向いてくれた」

「你好☆」

 一歩後ろにいるリャンリャンにも声がかかった。当然と言えば当然か。俺の家臣だし、セバスチャンとも戦ったし。

 ルーラー姿でフードを深く被ってる俺に対し、リャンリャンは中国由来の一色の孝服という服装だ。

 葬式に白色とかタブー中のタブーだが、中国では喪服は白だそう。そもそもリャンリャンは仙人だし中国人? だし、考えてみれば君主の葬式なんて日本式にはならんやろ理論で自分なりに納得した。

「……次は幻霊から自ずと赴くだろうと、そうは言ったが、こういった経緯で出向かれたのは本意ではないと理解して欲しい」

「……わかってる」

 短く返した。

 はじめて会った時の重圧な態度とはやはり違い、覇気がない。それは周りに居るルーラーにも言える事だ。

 俺と同じで本気で想ってるんだ。彼女のこと。

「では行こうか」

 城主が立ち上がって手をかざすと、俺の視界は白に染まった。

 瞬き一つで色を取り戻すと、体が一瞬硬直した。

「っ!?」

 外だ――

 フードの奥にも頬を撫でる風を感じた。

 おのずと上を、空を仰ぐ。

 晴天。

 雲一つない空。

 耳にも聞こえた波の音。

 深々とした青が波打つがそれは遠い。

 確かに立っているここ水色の水面は、歩幅を進めると小さな波紋を作り、水の上を歩いている感覚に陥る。

「……っ」

 大きな波紋が複数見える。それを辿るとしっかりとした足取りで歩いていたルーラーたちの家臣。

 視界を広くすると、空は何処までも続いていて、正面の向こうには儀式の祭壇が。

「……大哥」

「うん」

 遠目だけど、祭壇の中央には開けた棺があり、その中には特徴的な赤い髪の者が確認できた。
 あっけに取られていた俺をリャンリャンが声をかけてくれた。向けてくる視線は穏やかで、どこか哀愁をも感じる表情だ。

 列の形にはなっているが、皆歩幅がバラバラでも列を崩さない様に歩いている。

 俺たちの前には白鎧が先頭。家臣を従えた赤、青。金のエルドラドが歩き、後方には緑や桃色、その他の存在も歩いている。

 一歩踏み出すことに波紋する。小さな波通しがぶつかり合うと、木琴が叩かれた様な音が響くが、それは煩くなく、優しい音色を奏でている。

「……。……」

 近づくにつれ鮮明になる祭壇。

 扇状に広がった花壇には、色とりどりの明らかに地球の物じゃない花らしき物が供えられている。
 見渡して見ると、花言葉で意味を込めた高潔を意味する白い菊、高貴を意味する百合、純粋を意味する胡蝶蘭が見える。次元ポケットを使用せず、両手いっぱいに俺とリャンリャンが持って来た花たちが供えられている。

「ッ」

 胸が締め付けられる感覚を覚える。

 棺に入っているのは当然ウルアーラさんだ。

 赤い髪が棺に張っている水を優雅に揺蕩い、特徴的な耳の先端ほど水に浸かっている。取り戻せたウルアーラさんの頭部。その首元からは確かな胴体が有り、ウルアーラさんの故郷、アトランティカでありそうな海の宝石を散りばめられた綺麗な白装束を身に纏っている。

 無論、胸は上下していない。胸あたりに握られた両手を見て分かった。

「……」

 列が止まる。

 フードの奥でウルアーラさんを見ていると、視界居る白鎧と家臣たちだけが歩を進み、棺の近くで止まった。

 被っている兜を手で掴み、後頭部から稼動して脱ぎ、脇に抱えられる。

 中から現れたのはブロンドショートボブの髪型をした人だった。自然と目を向けたけど、後ろからじゃ性別が判明できない。

「――ウルアーラ」

 優しい中世的な声。今までは兜ごしでくぐもった声だったけど、今は鮮明に聞き取れる。

「君は覚えているかい。初めて我と遭った場所を。……それは少し平らな岩場。海に満たされた世界にたった一つある陸と呼べる場所だったな」

 優しい口調で紡がれる言葉……。頭に浮かんだのはウルアーラさんにとっての思い出の場所だ。

「……君はそこで泣いていた」

 ……泣いていた。愛していたエリックを殺め、世界を滅ぼし、こんなはずじゃなかったと。どれかで泣いていたのかも知れないし、別の理由で泣いていたのかも知れない。

「我々の同胞になる資格が君にはあり、それを受け入れた。……そして君が抱える二面性は凄く顕著で――」

 ――この手で殺したかった。

「ああ分かっている。それはどうしようもない事で君が制御しなくてはならない面だった。でも、もし、君の嫉妬を殺せたなら、本当に心優しい君は棺と言うの名の手向けにはいなかったはずだ……」

 もし、嫉妬に駆られた姿が存在せず、精神世界で会った元気のいい素敵なお姉さんが居てくれたら、今のこの葬儀は無かったと思う。

 そう強く思ってしまう。

「……君ともっと語り合いたかった」

 白鎧はそう言って手のひらを上に向けると、葉に線が入った白い花を出現させ、静かに、そっと、浮かび上がった花びらがウルアーラさんの顔隣りに落ち着いた。

 そして家臣たちが一斉に手をかざすと、上空から白い花びらがひらひらと舞い落ちてきた。

「……」

 兜を装着した白鎧が翻し、家臣と共に列の側を通って横切った。

 次は赤い鎧を着たルーラーだ。彼の兜はフルフェイスではなく男性だとわかる。
 一言二言、想いを告げ、赤い花をウルアーラさんの側に飛ばした。

 続いて青い軽装服を着た男性。しばらく無言だったけど、しばらくして花を出し送った。

 そして――

「よぉ」

 黄金の鎧を纏うエルドラド。

 兜を外すと、いつもの健康的な肌質ではなく俺が知る言葉にできない本来の姿だった。

「まったく、助けに来てやったのに思いっきり槍でぶっ刺しやがって! 正気に戻ったと思ったらコレだよ! 死んでんじゃねえよ!」

 言っただろ、どうなんだ。アメリカのコメディドラマみたいに体を使って表現したエルドラド。

「俺は何回も言ったよな、病んでる奴は嫌いだって!」

 エルドラド……。

「もう一回言ってやる、お前は嫌いだ!」

 なんで悪口言ってるのに。

「嫌いなんだよ……」

 手が震えてるんだよ。

 誰も何も言わない。エルドラドを咎めることもしない。だってそれは、彼なりの想いだったから。

「ッ。ん゛ん゛! あー、もしだ。もし生まれ変わりなんてもがあるなら、そのままの恵まれた容姿で生まれてこい。そうしたら抱かせてもらうからー」

 ――チャオ!

 金色の花がウルアーラさんの顔隣りに落ち着いた。

 兜を付けたエルドラドが横切る。一度も目を合わせてくれなかった。

「――」

 前へ出る。

「……。……」

 白鎧が想いを語った。エルドラドも語った。

 俺も語りたい事、想いがいっぱいあったのに――

「こうして立って見ると、すっぱり忘れちゃいました! はは」

 本当に何も浮かばない。脳内で何回もシミュレーションしたのに役に立ってない。
 ……まずは何から想ってみようか。

「アトランティカってホント綺麗な所でしたよね! 見せてくれて感謝します!」

 縋った言葉が出た。

「深海なのに明るくて、友達もいっぱい居て、お父さんも執事も友達も、みんな踊って歌って! 毎日が記念日だって凄く陽気で!」

 映像では見せてくれてない実際あった毎日。夢で見せてくれたんだ。

「人を助けて、恋に落ちて、愛を誓って……。そして、堕ちてしまった」

 フードをから顔を出してそう言った。

「もし、この物語を聞いた人は非難するかもしれない。自業自得だと。……そんな訳無いじゃないですか!!」

 後ろのリャンリャンが俺を見た。

「生まれた純粋な恋心を利用された! あのタコ女に思う様にされた!」

 髪を、声を、容姿を、すべては一人の人間に会うために捧げた。

「だからなんだよ!!」

 地上を知り、植物を知り、無垢な体が汚された。

「盲目になったかもしれない……」

 恋に落ちれば。

「でも一途を想い続けた貴女は――」

 ――最高にカッコいいです。

 言葉が足りないかもしれない。言葉に想いがこもってないかも知れない。

 でも、今でも溢れ出しそうな瞳の雫は嘘じゃない。

「……ッ」

 手のひらを見た。

 ルーラーの力を使い花を作っていく。

 持ち前のオーラを、授かった魔力を乗せて花を送った。

「ふー」

 フードを被ると後ろのリャンリャンが息を吹きかけた。

 途端。ピンクの花びら、桃源の花びらが舞う様に見えた。

 すべてのルーラーが想いを伝えると、棺が宙に浮かんだ。

 下から水でできた炎が燃え盛りたちまち棺を包んだ。

 燃える炎から光の粒子が上がって行く。

「……」

 どうか、安らかに。
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