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第八章 VS嫉姫君主
第64話 漣歌姫物語2
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「――! ――!!」
自然と涙が溢れ出た。髪が汚かろうと、声が出なかろうと、彼は迎いに来てくれた。待ち望んでいた待望が来た。
そして脚にしがみつく様に現れた影が一つ。
「お父様。お知り合いですか?」
――子供? なんでエリックに抱き着いてるの?
「……。……いや……」
「そうですか。あー……、っう!? 何ですかこの酷い臭いは!! あなたから……。家畜の様なブタ容姿だからくさいんだ!!」
突然突き付けられた心無い言葉。涙を流す私を抉る様に、嘲笑うように突き刺さり、心にヒビが入った音がした。
「貴女……」
変わらないエリックの声。顔を見た。
「ここはボクの思い出の場所だ。身勝手だけど他所へ行ってくれるかな」
――穢れるんだよ。
「――」
汚物を見る様な視線。ありえないと心が訴えてくるが、苦しい現実が私を襲う。
「あら、どうかしたの?」
展開は待ってくれない。エリックの後ろから人間の女が顔を覗かせた。
彼女の声は鈴が鳴った様に澄んでいて、潮風に流れる髪は夕日の色、慎ましくも女性らしい体つき。
「ごきげんよう。近くでお住いの方ですか?」
花が笑った様な笑み。純粋な態度と言葉で分かってしまう。
彼女がエリックを盗った。
(嫉ましい)
彼女の言葉を返すこともせず、黒い感情が私を塗る。
「もう行こう」
「行こ行こ! お母さま!」
「え? もう行くの?」
彼女の手を引く子供がこの場を後にする。だがエリックは半分背中を向け、見下すような目を私に向けていた。
「……」
「――!」
伝えたい。私はウルアーラと。ずっとあなたを待っていたと。雨の日も風の日も、ずっとここで待っていたのよ、と。
頬に涙をつたえ、身振り手振りで伝えるが、エリックは向けるはずのない軽蔑的な視線を向けてくる。
「――!」
立ち上がろうとした瞬間、エリックが手の平を向けて制止してきた。
「ここはボクの思い出の場所なんだ。もしかしたらまだ居るのかと思って家族を紹介しようと思ったけど……」
「――! ――!!」
――気づいて! ――私はウルアーラ! ――あなたをずっと待ってたの!!
想いを伝えたい。その一心で口を忙しく動かした。
でも彼にどう伝わったのだろう。エリックの視線がますます鋭くなっていく。
そして。
「汚い唾を飛ばさないでくれるかい。穢れるだろ、彼女との思い出が……」
心が粉々に砕かれた。
どうしようもなく無気力になっていく。これが俗にいうものだ。
海中をどこへ行く事も無く彷徨う私。今にして思えば当然。当然よ。見ない様に、顧みない様にしていた私自身の容姿。
汚水に浸したような粗末な髪、贅を沢した無頓着な体、声も出せず漂う臭いは表現する事すらはばかれる。酷い。あまりにも。
恋は盲目とはよく言ったモノ。今の私は本当にどうしようもないおバカな女。
幾度と訪れた海域に入った頃、私は思った。
返してもらわなきゃ――私のもの――。と
洞窟の様な門を潜り、彼女の下へ。
「どうしたんだい?」
鈴が鳴った様な綺麗な声。
「男と会ったんだろぉ?」
きめ細かな肌、艶、くびれ。
「まさか失敗したのかい?」
蠱惑的な赤い髪。
「どうしようもない娘だねぇ! アッハッハッハ!」
そこには記憶に古いタコ足の魔女ではなく、女の私が見ても眩しいくらいの美女がいた。
ヴァネッサだった。
心が割れた私には余りにも眩しすぎた。ヴァネッサの声が、容姿が、髪が。どうしようもなく――
(嫉ましい!!)
心の奥底から湧き上がる嫉妬の炎。胸の贅肉を握り潰す程の妬み。息が詰まりそうになり、涎を垂らしながらヴァネッサに言った。
「あ゛あ゛あ゛!! あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!」
「そうかい。すべてを返すから、対価をすべて返して欲しい? ……ダメだね! こりゃアタシのさぁ!」
「あ゛――!!」
「んんんんん? ……どうしてもと言うなら別の対価が必要さ」
「……」
「例えばそう、お前さんの魔力を寄こしなぁ!!」
ヴァネッサが要求してきたのは魔力。
脳裏に過った過去。それはお父様とお母様の言葉。
「ウルアーラ。お前の魔力は特別なんだ」
「だから分け与えたり、むやみに表に出したらダメよ」
――そんなの知ったこっちゃないわ!!
私は首を縦に大きく振った。
「ッッ~~!! じゃあ貰うとしようかねぇ! あんたが持ってる最高の魔力を!!」
瞬間、私の内から溢れ出る魔力が紫色の波動として、手をかざしたヴァネッサに吸い込まれていく。
魔力が吸収されるという初めての感覚で苦悶を浮かべる私に対し、ヴァネッサは喜々とした表情。白い歯を見せ、待っていましたと言わんばかりに頬を吊り上げた。
「アッハッハッハ! アッハッハッハッハッハッハ!!」
「ッぅ、ッぅう!!」
高笑いを他所に自分というものが少しずつ戻って来るのを感じた。
同時に芽生えた。羨望という強い欲。
ヴァネッサの魔法が羨ましく、嫉ましい。欲しい。欲しい。欲しい。
狂った欲。
身体が熱くなる。
「ぅうう!!」
「苦しいかい! そりゃそうだろうさ! 同意の上での壌土!! これが秘訣!」
ヴァネッサは懐からおもむろに真珠の様な玉を出し、何だと思う? と卑しく苦しむ私を吟味し、そして笑った。
「嵐を起こし船を沈没させたのも! サルの心情を操ったのも! 男たちをお前に襲わせたのも! すべて私の仕業って訳さァアアアア!!」
私は脚を震わして立つ。
「やっと! やっと手に入る至高の魔力ッ!! これさえ手に入ればアタシは支配できる!!」
球が眩く光り出す。
「憎きトルトンを屠り、このアトランティカを支配し! 主への階段を上るんだよおおおお!! アッハッハッハ!!」
してやったりと高笑い。私が恋をしたのも、私が願いを求めたのも、私が汚されたのも、すべてはヴァネッサの思惑。手のひらの上だった。
球の存在とか、主への階段とか、この時は何を言ってるのか分からなかった。ただただ、喪失感と虚無感、魔力が抜けていく苦しみが歯がゆかった。
「――んで」
そして膨れ上がる感情。
「――なんで」
「んんん?」
「なんで酷い事するのよ!! 私がどれほどの思いで捧げたとッ!」
「アッハッハッハ! バカ女のあんたが悪いんだよ!!」
悔しさが膨れ上がり、嫉妬心も溢れ出た。
(すべて! すべて奪ってやる!!)
震える手のひらをヴァネッサに向ける。
「ん!?」
冴える感覚。思うがままに念じると、私の魔力がヴァネッサから抜けていく。
それだけじゃない。ヴァネッサの魔力や力、諸々が私の中に入っていく。
「魔力がぁ! 私の力が抜けていくぅ!?」
「ッ許さない! このタコ女あああああ!!」
「お止し! 止しなさい!!」
身体に力がみなぎっていく。姿も元に戻っていき、今度は美しかったヴァネッサが醜悪になっていく。それを物ともせず、私は憎しみと悲しみ、私の奥底から溢れ出て止まらない嫉妬心が、太ったヴァネッサをみるみるうちに痩せ細くする。
海中が地響く音とヴァネッサの悲鳴。それがとても心地よく耳障りが良かった。
そして。
「ぎゅうおおおおおぉぉぉぉ――」
私に力がすべて流れ込むと、痩せたヴァネッサが声にならない悲鳴をあげ、大きな貝殻が細かく砕けたように四散した。
「――」
静寂。
先ほどまでの阿鼻叫喚が嘘の様に海が静かだった。
「「ッ!!」」
突如姿を現した二匹のウツボ。一直線に私を襲ってきた。
そして二匹の首が撥ねた。
魔力の塊、水の刃で処理した。
「……ックク、アーッハッハッハハハハ!! アッハハハハハ!!」
この時の私はどういった心境だったのか。未だに鮮明に思い出せない。
でも、これだけはハッキリ覚えてる。
ヴァネッサが持っていた真珠の様な玉。それが突如輝き出し、その輝きに目を奪われた私は玉から伸び来た触手に気付かず、侵食された。
それが、私が君主になった切っ掛け。
「どうだった? 楽しかった?」
「……まぁ」
楽しかった方、つまらなかった方。ジト目の彼の表情はどちらとも取れる。
「事実なんだけどアレだな。姉妹が出てこなかったり細かい所は違うけど、まんまリ○ル・マーメイドだ」
「り、リ○ル……?」
人に自分の過去を見せるのはやっぱり恥ずかしい。せめて笑うやらして欲しかった。まぁ? 百歩譲ってバットエンドの片りんだし? 見せていない事もあるし、何とも言えない感想や表情なのはしかたないかな……。
「ここで切ったのは訳があってね。愛しのエリックも世界も破壊して、次はエログロ満載のR18! この国では成人してないハジメくんには刺激が強すぎるから見せないでおくわね!」
「逆に気になるってそれ」
「え~しょうがないなぁ~! じゃあ手足をじっくり切断して舌も切ってからひたすら性行為するとっておきのを見せて――」
「マジで勘弁してくださいお願いします」
精神世界だと言うのに綺麗なお辞儀。さすがは大和男児ね。
っと、ふざけるのはここまでにして……。
「知識としては知ってると思うけど、ルーラーは強力な存在。強力故、弊害がある」
「……」
「それがこれ」
目玉がぎょろぎょろの狂った私を映像に出す。
「衝動よ」
頭を掻きむしる映像の私。
「私の衝動は"嫉妬"。大小様々だけど、結果的に暴れて生き物を殺しまくってる」
腕を突き刺して血の雨を降らせている影が見える映像。この出来事がいつ何所で行ったか私は知らない。いや、忘れた。それほどに目を背けたくなる行いが多すぎた。
「で、ハジメくんのがコレ」
映像を切り替える。
そこには殺意を剣の乗せて暴れる幻霊君主と、強靭な刃を軽々避ける傀儡君主の姿があった。
「肉体から魂を剥離させ様とする殺人衝動にも似た衝動」
「……」
「この衝動が何かは私は知らない。生前のアンブレイカブルも教えてくれなかったし……。そうねぇ――」
「あの、質問いいスか」
「え、ええ」
真顔で質問してきたハジメくん。
「ウルアーラさんはこうやって過去を見せてくれたけど、アンブレイカブルからは知識だけで過去を見せてくれなかった。この違いってなに?」
この時の止まった精神世界。私はハジメくんの質問に答える事にした。
「そんなの知らないわよ」
「え」
「私は必要かなって思って見せたけど、アンブレイカブルは違ったんじゃない? そもそも継承事態が稀なんだし、お手本なんて存在しないわよ」
「……そスか」
何か思うところがあるのか、俯いて考えに耽っている。彼の心の内も、アンブレイカブルの心の内も、私は知らない。
でも私もアンブレイカブルも、ハジメくんが特別な存在だと深く繋がったから分かった。だから継承した。これだけは確か。
「……っ」
不意に、私と言うモノがハジメくんに溶けていく感覚を覚えた。
(――あたたかい)
心地よさを感じた。
「ハジメくん……」
彼が顔を上げた。
「君に継承したのは私の魔力。でもそれは私の力の極一部しか継承できなかった物」
「魔……力……」
「誤った使い方をしないでね」
魔力を体に巡らせている。既に使い方は知っているから。
「この精神世界を終わらせると、ハジメくんは経験した事の無い衝動に襲われてる真っ最中。耐えてね!」
「ッ」
身体が薄くなっていく。でも不思議と恐怖は無い。既に死んでいるから、でも無い。
「あの!」
半透明な手から目を離し彼と目を合わせた。
「いろいろ! ありがとうございました!!」
「――――っふふ」
本日二度目の綺麗なお辞儀。私は思わず笑ってしまった。
彼のありがとうには、きっと色んな事が詰まってる。そう思う。そう思わせる程、ハジメくんの心はあたたかいから。
「あの気持ち悪い粘着質のマリオネットルーラーに負けんなよ! 全部奪われて私の意地も無意味になるから!」
「――ッハハ、大丈夫です。俺は勝ちます! だから――」
――おやすみなさい。
「――――――」
意識が遠のいていく。
今の私は、笑ってるのかな。
いっぱい酷い事したけど、お父様は許してくれるかな。
わがままいっぱい聞いてくれたフランダー、待ってるかな。
セバスチャン、先にいくけど、許してね。
あなたも、そこにいるのかな……。
そんな都合、良くないか――――
自然と涙が溢れ出た。髪が汚かろうと、声が出なかろうと、彼は迎いに来てくれた。待ち望んでいた待望が来た。
そして脚にしがみつく様に現れた影が一つ。
「お父様。お知り合いですか?」
――子供? なんでエリックに抱き着いてるの?
「……。……いや……」
「そうですか。あー……、っう!? 何ですかこの酷い臭いは!! あなたから……。家畜の様なブタ容姿だからくさいんだ!!」
突然突き付けられた心無い言葉。涙を流す私を抉る様に、嘲笑うように突き刺さり、心にヒビが入った音がした。
「貴女……」
変わらないエリックの声。顔を見た。
「ここはボクの思い出の場所だ。身勝手だけど他所へ行ってくれるかな」
――穢れるんだよ。
「――」
汚物を見る様な視線。ありえないと心が訴えてくるが、苦しい現実が私を襲う。
「あら、どうかしたの?」
展開は待ってくれない。エリックの後ろから人間の女が顔を覗かせた。
彼女の声は鈴が鳴った様に澄んでいて、潮風に流れる髪は夕日の色、慎ましくも女性らしい体つき。
「ごきげんよう。近くでお住いの方ですか?」
花が笑った様な笑み。純粋な態度と言葉で分かってしまう。
彼女がエリックを盗った。
(嫉ましい)
彼女の言葉を返すこともせず、黒い感情が私を塗る。
「もう行こう」
「行こ行こ! お母さま!」
「え? もう行くの?」
彼女の手を引く子供がこの場を後にする。だがエリックは半分背中を向け、見下すような目を私に向けていた。
「……」
「――!」
伝えたい。私はウルアーラと。ずっとあなたを待っていたと。雨の日も風の日も、ずっとここで待っていたのよ、と。
頬に涙をつたえ、身振り手振りで伝えるが、エリックは向けるはずのない軽蔑的な視線を向けてくる。
「――!」
立ち上がろうとした瞬間、エリックが手の平を向けて制止してきた。
「ここはボクの思い出の場所なんだ。もしかしたらまだ居るのかと思って家族を紹介しようと思ったけど……」
「――! ――!!」
――気づいて! ――私はウルアーラ! ――あなたをずっと待ってたの!!
想いを伝えたい。その一心で口を忙しく動かした。
でも彼にどう伝わったのだろう。エリックの視線がますます鋭くなっていく。
そして。
「汚い唾を飛ばさないでくれるかい。穢れるだろ、彼女との思い出が……」
心が粉々に砕かれた。
どうしようもなく無気力になっていく。これが俗にいうものだ。
海中をどこへ行く事も無く彷徨う私。今にして思えば当然。当然よ。見ない様に、顧みない様にしていた私自身の容姿。
汚水に浸したような粗末な髪、贅を沢した無頓着な体、声も出せず漂う臭いは表現する事すらはばかれる。酷い。あまりにも。
恋は盲目とはよく言ったモノ。今の私は本当にどうしようもないおバカな女。
幾度と訪れた海域に入った頃、私は思った。
返してもらわなきゃ――私のもの――。と
洞窟の様な門を潜り、彼女の下へ。
「どうしたんだい?」
鈴が鳴った様な綺麗な声。
「男と会ったんだろぉ?」
きめ細かな肌、艶、くびれ。
「まさか失敗したのかい?」
蠱惑的な赤い髪。
「どうしようもない娘だねぇ! アッハッハッハ!」
そこには記憶に古いタコ足の魔女ではなく、女の私が見ても眩しいくらいの美女がいた。
ヴァネッサだった。
心が割れた私には余りにも眩しすぎた。ヴァネッサの声が、容姿が、髪が。どうしようもなく――
(嫉ましい!!)
心の奥底から湧き上がる嫉妬の炎。胸の贅肉を握り潰す程の妬み。息が詰まりそうになり、涎を垂らしながらヴァネッサに言った。
「あ゛あ゛あ゛!! あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!」
「そうかい。すべてを返すから、対価をすべて返して欲しい? ……ダメだね! こりゃアタシのさぁ!」
「あ゛――!!」
「んんんんん? ……どうしてもと言うなら別の対価が必要さ」
「……」
「例えばそう、お前さんの魔力を寄こしなぁ!!」
ヴァネッサが要求してきたのは魔力。
脳裏に過った過去。それはお父様とお母様の言葉。
「ウルアーラ。お前の魔力は特別なんだ」
「だから分け与えたり、むやみに表に出したらダメよ」
――そんなの知ったこっちゃないわ!!
私は首を縦に大きく振った。
「ッッ~~!! じゃあ貰うとしようかねぇ! あんたが持ってる最高の魔力を!!」
瞬間、私の内から溢れ出る魔力が紫色の波動として、手をかざしたヴァネッサに吸い込まれていく。
魔力が吸収されるという初めての感覚で苦悶を浮かべる私に対し、ヴァネッサは喜々とした表情。白い歯を見せ、待っていましたと言わんばかりに頬を吊り上げた。
「アッハッハッハ! アッハッハッハッハッハッハ!!」
「ッぅ、ッぅう!!」
高笑いを他所に自分というものが少しずつ戻って来るのを感じた。
同時に芽生えた。羨望という強い欲。
ヴァネッサの魔法が羨ましく、嫉ましい。欲しい。欲しい。欲しい。
狂った欲。
身体が熱くなる。
「ぅうう!!」
「苦しいかい! そりゃそうだろうさ! 同意の上での壌土!! これが秘訣!」
ヴァネッサは懐からおもむろに真珠の様な玉を出し、何だと思う? と卑しく苦しむ私を吟味し、そして笑った。
「嵐を起こし船を沈没させたのも! サルの心情を操ったのも! 男たちをお前に襲わせたのも! すべて私の仕業って訳さァアアアア!!」
私は脚を震わして立つ。
「やっと! やっと手に入る至高の魔力ッ!! これさえ手に入ればアタシは支配できる!!」
球が眩く光り出す。
「憎きトルトンを屠り、このアトランティカを支配し! 主への階段を上るんだよおおおお!! アッハッハッハ!!」
してやったりと高笑い。私が恋をしたのも、私が願いを求めたのも、私が汚されたのも、すべてはヴァネッサの思惑。手のひらの上だった。
球の存在とか、主への階段とか、この時は何を言ってるのか分からなかった。ただただ、喪失感と虚無感、魔力が抜けていく苦しみが歯がゆかった。
「――んで」
そして膨れ上がる感情。
「――なんで」
「んんん?」
「なんで酷い事するのよ!! 私がどれほどの思いで捧げたとッ!」
「アッハッハッハ! バカ女のあんたが悪いんだよ!!」
悔しさが膨れ上がり、嫉妬心も溢れ出た。
(すべて! すべて奪ってやる!!)
震える手のひらをヴァネッサに向ける。
「ん!?」
冴える感覚。思うがままに念じると、私の魔力がヴァネッサから抜けていく。
それだけじゃない。ヴァネッサの魔力や力、諸々が私の中に入っていく。
「魔力がぁ! 私の力が抜けていくぅ!?」
「ッ許さない! このタコ女あああああ!!」
「お止し! 止しなさい!!」
身体に力がみなぎっていく。姿も元に戻っていき、今度は美しかったヴァネッサが醜悪になっていく。それを物ともせず、私は憎しみと悲しみ、私の奥底から溢れ出て止まらない嫉妬心が、太ったヴァネッサをみるみるうちに痩せ細くする。
海中が地響く音とヴァネッサの悲鳴。それがとても心地よく耳障りが良かった。
そして。
「ぎゅうおおおおおぉぉぉぉ――」
私に力がすべて流れ込むと、痩せたヴァネッサが声にならない悲鳴をあげ、大きな貝殻が細かく砕けたように四散した。
「――」
静寂。
先ほどまでの阿鼻叫喚が嘘の様に海が静かだった。
「「ッ!!」」
突如姿を現した二匹のウツボ。一直線に私を襲ってきた。
そして二匹の首が撥ねた。
魔力の塊、水の刃で処理した。
「……ックク、アーッハッハッハハハハ!! アッハハハハハ!!」
この時の私はどういった心境だったのか。未だに鮮明に思い出せない。
でも、これだけはハッキリ覚えてる。
ヴァネッサが持っていた真珠の様な玉。それが突如輝き出し、その輝きに目を奪われた私は玉から伸び来た触手に気付かず、侵食された。
それが、私が君主になった切っ掛け。
「どうだった? 楽しかった?」
「……まぁ」
楽しかった方、つまらなかった方。ジト目の彼の表情はどちらとも取れる。
「事実なんだけどアレだな。姉妹が出てこなかったり細かい所は違うけど、まんまリ○ル・マーメイドだ」
「り、リ○ル……?」
人に自分の過去を見せるのはやっぱり恥ずかしい。せめて笑うやらして欲しかった。まぁ? 百歩譲ってバットエンドの片りんだし? 見せていない事もあるし、何とも言えない感想や表情なのはしかたないかな……。
「ここで切ったのは訳があってね。愛しのエリックも世界も破壊して、次はエログロ満載のR18! この国では成人してないハジメくんには刺激が強すぎるから見せないでおくわね!」
「逆に気になるってそれ」
「え~しょうがないなぁ~! じゃあ手足をじっくり切断して舌も切ってからひたすら性行為するとっておきのを見せて――」
「マジで勘弁してくださいお願いします」
精神世界だと言うのに綺麗なお辞儀。さすがは大和男児ね。
っと、ふざけるのはここまでにして……。
「知識としては知ってると思うけど、ルーラーは強力な存在。強力故、弊害がある」
「……」
「それがこれ」
目玉がぎょろぎょろの狂った私を映像に出す。
「衝動よ」
頭を掻きむしる映像の私。
「私の衝動は"嫉妬"。大小様々だけど、結果的に暴れて生き物を殺しまくってる」
腕を突き刺して血の雨を降らせている影が見える映像。この出来事がいつ何所で行ったか私は知らない。いや、忘れた。それほどに目を背けたくなる行いが多すぎた。
「で、ハジメくんのがコレ」
映像を切り替える。
そこには殺意を剣の乗せて暴れる幻霊君主と、強靭な刃を軽々避ける傀儡君主の姿があった。
「肉体から魂を剥離させ様とする殺人衝動にも似た衝動」
「……」
「この衝動が何かは私は知らない。生前のアンブレイカブルも教えてくれなかったし……。そうねぇ――」
「あの、質問いいスか」
「え、ええ」
真顔で質問してきたハジメくん。
「ウルアーラさんはこうやって過去を見せてくれたけど、アンブレイカブルからは知識だけで過去を見せてくれなかった。この違いってなに?」
この時の止まった精神世界。私はハジメくんの質問に答える事にした。
「そんなの知らないわよ」
「え」
「私は必要かなって思って見せたけど、アンブレイカブルは違ったんじゃない? そもそも継承事態が稀なんだし、お手本なんて存在しないわよ」
「……そスか」
何か思うところがあるのか、俯いて考えに耽っている。彼の心の内も、アンブレイカブルの心の内も、私は知らない。
でも私もアンブレイカブルも、ハジメくんが特別な存在だと深く繋がったから分かった。だから継承した。これだけは確か。
「……っ」
不意に、私と言うモノがハジメくんに溶けていく感覚を覚えた。
(――あたたかい)
心地よさを感じた。
「ハジメくん……」
彼が顔を上げた。
「君に継承したのは私の魔力。でもそれは私の力の極一部しか継承できなかった物」
「魔……力……」
「誤った使い方をしないでね」
魔力を体に巡らせている。既に使い方は知っているから。
「この精神世界を終わらせると、ハジメくんは経験した事の無い衝動に襲われてる真っ最中。耐えてね!」
「ッ」
身体が薄くなっていく。でも不思議と恐怖は無い。既に死んでいるから、でも無い。
「あの!」
半透明な手から目を離し彼と目を合わせた。
「いろいろ! ありがとうございました!!」
「――――っふふ」
本日二度目の綺麗なお辞儀。私は思わず笑ってしまった。
彼のありがとうには、きっと色んな事が詰まってる。そう思う。そう思わせる程、ハジメくんの心はあたたかいから。
「あの気持ち悪い粘着質のマリオネットルーラーに負けんなよ! 全部奪われて私の意地も無意味になるから!」
「――ッハハ、大丈夫です。俺は勝ちます! だから――」
――おやすみなさい。
「――――――」
意識が遠のいていく。
今の私は、笑ってるのかな。
いっぱい酷い事したけど、お父様は許してくれるかな。
わがままいっぱい聞いてくれたフランダー、待ってるかな。
セバスチャン、先にいくけど、許してね。
あなたも、そこにいるのかな……。
そんな都合、良くないか――――
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