上 下
37 / 221
第五章 泡沫の葛藤

第37話 チュートリアル:笑顔

しおりを挟む
「よおヒーロー! 元気してる?」

 病室に入って自動で閉まるドアの取っ手を握りながら挨拶した。

『チュートリアル:お見舞いに行こう』

 デンデデン♪

『クリア報酬:力+』

 首を動かして俺を見ると、そいつは深いため息をついた。

「萌ちゃんうるさい。見ろよコレ。病人OK?」

 包帯人間な大吾がぶっきらぼうに顎を前に出してそう言った。

「まぁ私たちの中で一番頑張ったしねぇ」

「確かにな」

 先客の瀬那と月野が俺と大吾を交互に見た。

 ダンジョンをクリアしてから今は数日後。泡沫事件と名のついた此度の事件は、世界も注目する大事件として報道された。

 おそらく世界初であろうモンスターによる誘拐事件は、テレビにお茶の間、ネット界隈を大いに騒がせた。

 攻略に大貢献した各サークルとそのリーダーは今は時の人。テレビ等の情報商材に引っ張りだこだ。

 一応俺たちは学生の協力者として報道された。まぁ世間の反応は賛否両論だったが、おおむね好印象を残せた結果になった。

 顔は出てないからむしろ都合がいい。絶対にロクなことにならない。

 報道陣にもみくちゃにされる政治家みたいになる。

「痛てーー。全身が痛いわー」

「ほら、りんご剥けたぞ」

「お、あーん」

 りんごを剥いた月野に餌付けされる大吾。シャクシャクと音を立てて食べている。

「大吾はこんなんだけど、蕾が無事なのが幸いじゃん!」

「んく、それ。ほんまそれ」

 救助された人たちはほぼ全員が無事という奇跡。男女ともに健康体そのものだった。

 一応検査入院で同じ病院に入院している。あとカウンセリングも。

 花田さんも無事でピンピンしてる。まぁ例にもれず検査入院中だけど、いつもならこの部屋でイチャイチャしてるのに、今は席を外しているようだ。

「って言うかさ、未だに笑えるんだが」

「アレか」

 大吾がニヤニヤして月野がのっかった。

「っぷ、くくッ。ちょ痛いッ! 笑うと筋肉痛いってッ!」

「じゃあ思い出すな笑うな」

 ぶっきらぼうに言ってしまったのはしかたないと思う。

 この病人男が肩で笑いを堪えてるのを俺はイラっとしている。

「俺たちが頑張ってボス倒してる時にッ、も、萌ちゃんはうッ、うんこしてたなんてヤッバッい!! ップ痛いぃッッ~~!!」

 大吾が痛がりながらツボに入り。

「……ップ」

 月野が顔を逸らして笑い。

「萌……」

 瀬那が白い眼を俺に向けている。

「しゃーないやんうんこ我慢できへんしぃ!! 漏らせって言うのかよ!!」

 このうんこ云々は俺のついた嘘だ。

 黄龍仙に後を任せ、俺はボス部屋から出る。 

 霧の剣――幻霊霧剣ファントム・フォグ・ソード。その力で痕跡のあったデートを開いて元の救助活動が始まってる場所に戻ってきた。

 出てくるとき運よく誰にも見られなかったが、三井さんが血相を掻いた顔と怪訝な顔を足して二で割った表情で迫ってきた。

 どこにいたのかと。

 俺は苦し紛れに小学生以下の答えを出してしまった。

 うんこしてましたと。

「ッ、スッキリしたのか」

「快便だった」

「ッッ~~」

 大吾が爆笑しているが、俺たち学生含むボス討伐に赴いたサークルに箝口令を敷かれた。

 いろいろと言われたが、簡単にまとめると以下の通り。

 ①ボスが二体いた。

 ②人語を喋る家臣なる存在。

 ③嫉姫《マーメイド》なる存在。

 ④幻霊なる存在。

 以上が箝口令の内容だ。

 俺もめちゃくちゃ思うところはあるが、今国連では大層な会議が行われているのだろう。

 知らんけど。

 いずれは世間に公になる事だろうが、小出しでいくんだろう。

「ん?」

 そう思っていると、扉をノックする音が響いた。

 大吾がどうぞと返答。

「あ! みんなもお見舞い来てたの!」

 笑顔で部屋に入ってきたのは件のピーチ姫。

「蕾ぃ! 大丈夫なの!?」

 花田 蕾さんだ。

 瀬那が駆け寄って手を握っている。

「もう、大丈夫だって! 何回目?」

「何回でも聞くって~。だって心配なんだもん!」

 やはり女子高生の友情は最高ンゴねぇ。心が洗われるンゴ。その笑顔は天使ンゴ。

「おい萌。なに視姦してんだよ。俺の彼女だぞ」

「あいかわらずめんどくさなお前!」

 いつものツッコミを受けた。大吾は大丈夫そうだ。

「あ、えーと」

 花田さんが俺たちを見渡すと、頭を下げてきた。

「助けてくれて! ありがとうございました!」

 俺たちは一瞬無言になった。心に暖かな物を感じたからだ。

「どうしたの改まって」

「一人ひとりには言ったけど、こうしてみんな揃ってるし、改めてと思って……」

 頬が染まっている。花田さんは恥ずかしそうだ。

「私攫われた時しか覚えてないんだよね……。気づけばベッドの上だったし……」

 小さな唇が動いている。

「でもみんな擦り傷とかいっぱいだしッ……。ッ大吾くんは、ッボロボロだし」

 俯き涙を浮かべる花田さん。その震える肩に瀬那が手を置いた。

「私たちのために頑張ってくれたんだって……!」

 涙を流す花田さん。

 俺は、俺たちは、この涙を……いや。

「蕾。こっちきて」

「っひぐ、大吾くぅんん!!」

 みんなの笑顔を、二人の笑顔を勝ち取ったんだと、心の底から思える。



 白。

 白の世界。

 狂いそうになるほどの白。

 だが、白を塗りつぶす様に主張する色たちが腰を深く沈めて座っていた。

「弁明はあるか」

 扇状のテーブル。その真ん中の白鎧が問うた。

 色たちの視線を受ける問われた存在。責められる構図だが、本人は無言で爪を執拗に噛んでいた。

「……無言は弁明しないと受け取る」

 白鎧は続ける。

「ウルアーラ。嫉妬に駆られる君主だと我々は容認している。だから許してきた、別次元の世界を三回も滅ぼしたのを。もう勝手な行動はしないと認知させたうえでだ」

 ウルアーラは長い前髪を揺らし、爪を速く噛む。

「だが我々を裏切った……。一切の信用を貴様は自ら蹴ったのだ……」

 責める口調だったのを、白鎧は無意識のうちに悲しみを含ませた。

 その心境に共感したのか、赤、青、緑、桃、その他の君主も目を瞑り、目を細め、足を組みなおす。

「勝手な行動だったが、家臣を失った気持ちは我にも分かる。よって情状酌量を以って、ウルアーラ。貴様に謹慎を言い渡す。……皆者、異論は」

「異論なしだ」

 灼焔しゃくえん

「当然だな」

 藍嵐あいらん

「信用なし、かな」

 森深しんしん

「残念だけどね……」

 桃源とうげん

 他にも次々と異論なしと回答される。その一言一言を長い髪の奥の眼球がぎょろぎょろと動いて目に焼き付けた。

 そして、指から青い血を流しながら、最後の一人を眼球が射貫いた。

「いやぁ不幸は蜜の味って調査した日本で言うらしいが、まさにその通りだなぁ! ンク。今日も元気だ蜂蜜酒ミードが美味い!」

 ケラケラと笑いながら杯をあおる存在、黄金の君主が太もものアーマーを叩いて座っていた。

「……やっぱりあなた嫌いだわ」

「やっと喋ったと思ったらそれか。ちゃんと反省しろよ?」

 杯と同色の酒を回しながら言った。

「まぁ白鎧やみんなみたく俺は家臣いないからさ、ウルアーラの気持ちなんてちーっとも分からんね。何だっけ彼。フランダー?」

 ウルアーラの瞼がピクリと動いた。

「彼って悲鳴とか凄い好きだろ? まぁ俺も昔はヤンチャしてたから分かるって言うかさ、共感? うん」

 饒舌は止まらない。

「でも最後に聞きたかったなぁ」

「……」

「悲鳴をあげて命乞いする顔――」

 遮られた。

「おっと」

 黄金が持っていた杯。それが雷を纏う白壁に刺さった三又の槍によって砕かれたのだ。

「う゛あ゛あああああ!! 殺してやるううう!! 殺してやるううううう!!」

 髪がタコ足の様にうねり、目が浮き出た端正な顔を覗かせた。今にも黄金に襲い掛かろうとするが、瞬時に展開された透明な膜によって阻害される。

「できればトライデント投げられる前に張って欲しかったなー。白鎧」

「お前だけは絶対に殺してやる!! 私の手で! その黄金を奪い取って惨めに――」

 膜が中から白に染まっていくと、数秒後にはウルアーラともども忽然と消えた。

「……さて、ウルアーラの処遇は決まったが黄金」

「なにか」

「貴様は態度を改めろ。我の癪に障る」

 へいへいと棒読みで応えて酒を注ぐ黄金。その姿を見て藍嵐がため息をついた。

「さて。では黄金……いや、エルドラド。貴様から調査の報告があるそうだな」

 白鎧の言葉に、君主たちの目の色が変わる。

「え? 酒でも飲みながら小休憩しないの?」

「エル……」

「はいはい言いますよ」

 黄金の小瓶を出現させ、杯に赤色の酒を注ぎ、一口飲んでから口を開いた。

「幻霊、アンブレイカブルは確かに斃された。が」

 兜の奥の赤い目が怪しく光る。

「アンブレイカブルの力を継承した者が居る」

 目を見開く者。期待に頬が吊り上がる者。口を両手で覆う者。

「そしてその者の名前は――」

 白鎧は装着している白い兜に手を持っていく。

花房はなぶさ はじめ。だ」

 兜を脱いだ口元が緩む。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

異世界帰りの底辺配信者のオッサンが、超人気配信者の美女達を助けたら、セレブ美女たちから大国の諜報機関まであらゆる人々から追われることになる話

kaizi
ファンタジー
※しばらくは毎日(17時)更新します。 ※この小説はカクヨム様、小説家になろう様にも掲載しております。 ※カクヨム週間総合ランキング2位、ジャンル別週間ランキング1位獲得 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 異世界帰りのオッサン冒険者。 二見敬三。 彼は異世界で英雄とまで言われた男であるが、数ヶ月前に現実世界に帰還した。 彼が異世界に行っている間に現実世界にも世界中にダンジョンが出現していた。 彼は、現実世界で生きていくために、ダンジョン配信をはじめるも、その配信は見た目が冴えないオッサンということもあり、全くバズらない。 そんなある日、超人気配信者のS級冒険者パーティを助けたことから、彼の生活は一変する。 S級冒険者の美女たちから迫られて、さらには大国の諜報機関まで彼の存在を危険視する始末……。 オッサンが無自覚に世界中を大騒ぎさせる!?

[完結済み]男女比1対99の貞操観念が逆転した世界での日常が狂いまくっている件

森 拓也
キャラ文芸
俺、緒方 悟(おがた さとる)は意識を取り戻したら男女比1対99の貞操観念が逆転した世界にいた。そこでは男が稀少であり、何よりも尊重されていて、俺も例外ではなかった。 学校の中も、男子生徒が数人しかいないからまるで雰囲気が違う。廊下を歩いてても、女子たちの声だけが聞こえてくる。まるで別の世界みたいに。 そんな中でも俺の周りには優しいな女子たちがたくさんいる。特に、幼馴染の美羽はずっと俺のことを気にかけてくれているみたいで……

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

クラス転移、異世界に召喚された俺の特典が外れスキル『危険察知』だったけどあらゆる危険を回避して成り上がります

まるせい
ファンタジー
クラスごと集団転移させられた主人公の鈴木は、クラスメイトと違い訓練をしてもスキルが発現しなかった。 そんな中、召喚されたサントブルム王国で【召喚者】と【王候補】が協力をし、王選を戦う儀式が始まる。 選定の儀にて王候補を選ぶ鈴木だったがここで初めてスキルが発動し、数合わせの王族を選んでしまうことになる。 あらゆる危険を『危険察知』で切り抜けツンデレ王女やメイドとイチャイチャ生活。 鈴木のハーレム生活が始まる!

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

美人四天王の妹とシテいるけど、僕は学校を卒業するまでモブに徹する、はずだった

ぐうのすけ
恋愛
【カクヨムでラブコメ週間2位】ありがとうございます! 僕【山田集】は高校3年生のモブとして何事もなく高校を卒業するはずだった。でも、義理の妹である【山田芽以】とシテいる現場をお母さんに目撃され、家族会議が開かれた。家族会議の結果隠蔽し、何事も無く高校を卒業する事が決まる。ある時学校の美人四天王の一角である【夏空日葵】に僕と芽以がベッドでシテいる所を目撃されたところからドタバタが始まる。僕の完璧なモブメッキは剥がれ、ヒマリに観察され、他の美人四天王にもメッキを剥され、何かを嗅ぎつけられていく。僕は、平穏無事に学校を卒業できるのだろうか? 『この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません』

服を脱いで妹に食べられにいく兄

スローン
恋愛
貞操観念ってのが逆転してる世界らしいです。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

処理中です...