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第五章 泡沫の葛藤

第31話 チュートリアル:男の涙

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「お願いします! 俺たちも連れて行ってください!」

 時計の針が十五時を指した頃。俺たちは頭を下げていた。

「君たち学生でしょ? いくら攻略者学園の生徒でも贔屓できないよ」

「俺の、俺の彼女が攫われたんです! 助けに行かせて――」

「ダメ。同じ境遇の人がどれ程いると思う。君たちさっきから作戦に参加するサークルに声かけてるっぽいけど、無駄だと思うよ」

 じゃあ。と言って去って行く。六回目のアタックも撃沈した。

 日本は今、混乱の一途をたどっている。なぜ何の前触れもなくダンジョンが出現したのかと。

 関係者以外の周辺の封鎖、攫われた人数と名称の確認等、ヤマトサークルが駆けつけてからは迅速な対応だった。国連も当然動いていて、既に救出作戦と、それに伴うダンジョン攻略が通達され、集合場所のここ、宿泊施設に続々と攻略者たちが集結している。

 俺たちはダンジョンブレイクの当事者として国連の事情聴取を受け、一応は待機の令を受けている。

 だが、俺たちは居ても立っても居られない。花田さんが攫われたのだから。

 一応、俺たちは攻略者の卵な訳で、現攻略者の同伴ならダンジョンに潜ってもいいとされている。俺たちはそれに乗っ取り、片っ端からサークルのリーダーと思わしき人達に声をかけているが、全然ダメだ。

 そもそも今回の様な突飛なケースで見ず知らずの学生を同伴させるなんて、リスクしかないのだろう。何かあれば責任問題になるし。

「クソ……。何で分かってくれないんだよ……!」

 うつむいて苛立ちを隠せない大吾。握った拳が震えている。

「花田さんとは知らない仲じゃないし馳せる気持ちもよくわかる。だが冷静にならなければ、いざという時動けないぞ」

「……そうだな。月野の言う通りだ。俺がイラついてもしかたない」

 月野の顔を見て同意した大吾だが、どこか影を帯びた表情。冷静な眼をしているが瞳が揺れている。そうは言っても抑えが効かないのだろう。

 そう思っていると、月野のスマホにキャッチが入った。

「はい。……あー、こっちこっち」

 通話しながら周囲を見渡す月野。手を振った方向に顔を向けると、台車を引いた人が。段々と近づいて来ると、月野が好意を寄せ、バイトもしている屋台の女主人が晴れやかな顔でこっちに来た。

「よ~学生諸君! 元気してるかい?」

「あ、ども」

 俺と瀬那は会釈した。

「えらい事になったねぇ。まさかダンジョンブレイクが起きるなんて」

「お姉さんは無事そうですね」

「一旦店を畳んで進太郎と休憩中だったんだ。ホテルで休憩してたら騒ぎが起きるし、閉じこもってたのさ」

「俺が様子を見に行ったタイミングで大吾たちとバッタリな感じだ」

 そうだったのか。そういえば戦線が崩壊した反対側に店があった。無事でなによりだ。

「あのこれって……」

 瀬那が目を光らせて台車を見ている。台車に乗っているのは大量の焼きそばとオムレツのパックだ。

「慈善事業ってやつね! 駆けつけた人たちに渡して回ってるんだよ。屋台も奇跡的に無傷だったし、お腹空かせちゃ力出ないしねぇ~」

 確かに、緊急事態で食事も取っていない人もいるだろう。それを考慮してタダで飯を渡しているのか。女性だけど、なかなかに男前な気質だ。

「まぁ国連から緊急時の活動って名目でお金降りるんだけどね~。しかも結構な金額!」

まこと姉ちゃん……」

 慈善事業とはいったい……。ドヤ顔なお姉さんと対照的に、月野が頭を押さえている。

「って事で、みんなも食べてね! はい」

「ありがとうございます!」

 俺たちは焼きそばパックを受け取り、お礼をした。

「で? 君がお姫様を攫われた騎士ナイトくんだよね?」

「……はい」

 受け取ったパックに目を落としていた大吾が、目だけ動かして返事をした。

 事情を知っている経緯は月野が関わっているのだろう。

「この感じだとどのサークルも面倒見てくれないんでしょ。だから落胆してるんだ」

「お見通しですね……」

 大吾の疲れ切った微笑みがお姉さんに向けられた。

 お姉さんが考え事をしている。

「んー。……約束はできないけど、ワンチャンあるかも」

「……」

 サラッと言われた希望抱ける言葉。その言葉に大吾含む全員が息を飲んだ。

 スマホで誰かに連絡するお姉さん。

「あ、もしもし? 私今集合場所の施設にいるんだけど……。はあ? あ、ノブもここに居るんだ。……あそ。今すぐエントランスに来て。じゃ」

キャッチされた通話相手に有無言わさずだいたいの場所を言うと、一方的に通話を切った。

「ふぅ。ちょうど上の階に居るんだってさ。ほらあそこ」

 つられて、吹き抜け状エントランスの上階に顔を向けると、人が俺たちに向かって飛び降りてきた。

 大事故になる。訳もなく、着地した瞬間帯電した電気が地面に流れた。

「ったく、急に呼び出してなんだよ」

「忙しいところ悪いね~。まぁ紹介するまでもないけど、私の友達」

 軽装だが強固な鎧。先ほども活躍をし、日本が誇るサークルのメンバー。

「西田 信彦。名前より西田メンバーの方が有名かな」

「と、とりあえずよろしく……」

 顔を引きつり困った表情の西田メンバー。果敢に戦っている姿からは想像できない態度だ。

「真姉ちゃんのの月野 進太郎と言います。よろしくお願いします西田さん」

「お、おう。よろしく……」

 すかさず月野が声を張って挨拶した。しかも重要なキーワードをハッキリと言って。俺含む月野以外の人は少し驚き、西田メンバーにいたっては動揺を隠せない。

「こら進太郎! 私の友達だからいいけど、年上なんだからそんな言い方ダメでしょ!」

「うぅ……確かに。すみません、西田さん」

「気にしてないからうん……」

 大好きな幼馴染のお姉さんが呼んだ男友達。突然出てきた男の存在に、月野は緊迫したに違いない。

 エロ本とかならここで「あっ(察し)」的な感じでNTRを予想するのに難くない。

 俺だったら脳が壊れる。

 そうアホな事を思っていると、西田メンバーが俺と顔を合わせてきた。

「お! 君ってバーサーカーじゃないのか?」

「ば、バーサーカー……?」

 なんだそれ。

「まぁ大惨事な状況だったし知らないか。生中継のテレビに、取材陣を颯爽と助けた君が映ったんだ。逃げてる間もカメラは向いていて、君がタオルの如くモンスターでモンスターを薙ぎ倒してる映像が世間に広まったんだ。ネットでは既にバーサーカーって認知されてる」

「……」

 ええぇ……。必死になって助けたのに、いつの間にか地上波デビューにネットのおもちゃと化してしまったようだ。

「ちなみにバーサーカーと範馬勇○郎の二つが候補としてあがってる」

「勇○郎っつか勇一○な気が……」

「まあ何はともあれ、ナイスガッツだった! あー」

「花房 萌です」

「そっか。花房くんがいなければ現場はさらに甚大な被害が予想された! 他の攻略者もそうだが、君のおかげで俺たちサークルも間に合う事ができた」

 ありがとうな。

 そう言われて、少し気恥ずかしさが胸に生まれた。

 頬を指で掻いていると、大吾が西田メンバーに近づいた。目をしっかりと合わせている。

「俺、梶 大吾っていいます。西田さん、俺を……俺たちを、ダンジョンに連れて行ってください!!」

 勢いのある綺麗なお辞儀だった。

 西田メンバーは驚きもせず、自分を呼び出したお姉さんに一瞬チラと目を向け、そういう事かと妙に納得した顔になった。

「彼女が。彼女が攫われたんです……。自分の力不足で……!」

 震える声。

「絶対に守るって心に誓ったのに、でもそれが出来なかった! それが悔しくて、堪らなくて。蕾が怖い思いをしてると思うと……辛くて……息が苦しくて。いっそ死んでしまいたいと思う程、胸が痛くて……」

 震える体。握りこんだ拳。段々と声が小さくなり、引き攣った声になっていった。

「ック……」

 大吾の懇願に静観する西田メンバー。

 そして俺も、頭を下げる。

「俺からもお願いします、西田メンバー」

 地面を見ると、大吾の下にまばらな水跡がある。

 それを見てしまって、俺もこみ上げてくるものがあった。

「私も! お願いします! 友達を助けに行かせてください!」

「お願いします、西田さん」

 瀬那に続いて月野も頭を下げた。

 数秒の静寂。大きく溜息をついた西田メンバー。

「あのなぁ、そろって頭下げられると周りに変な眼で見られるだろ?」

「……お願いします」

 すがる様に大吾が言った。

「……はぁ。本村、二十分後くらいにヤマトサークルが集まってる部屋に焼きそば頼むわ」

「あいよ~」

 そう言って足音が少し遠ざかっていく。どうやら今回もダメみたいだ。お姉さんの助力があってもこれだから、多難すぎる。

「あーそれと」

 西田メンバーの少し大きな声。

「いつまで頭下げてんだよ。お前らも二十分後くらいに俺んとこ来いよ。いいな」

「!!」

 予想だにしないその言葉に、俺たちは揃って頭を上げた。

「ありがとうございます! ありがとうございます!!」

 手を振る後姿。その姿に大吾は何度も頭を下げた。

 震える今の大吾は悔しさからの震えじゃない。歓喜の震えだ。

 そして二十分後、階層で一番広い部屋に来た。周りにはヤマトサークルの攻略者が談笑していたり武器を磨いたりと、今か今かと各々のスタイルで待機している様子だ。

 中にはお姉さんが配った焼きそばとオムレツを頬張る攻略者もいる。

 周りはちゃんとした装備で身を固めている。だというのに俺たちは水着姿。一応次元ポケットからTシャツを出して大吾と瀬那に着せてあるが、学生の俺たちはかなりの場違い。奇異な視線を受けている。

 先導する大吾と同じタイミングでに西田メンバーの姿見つけた。なにやらバンダナしてる部下と思われる人と言い合いになっているようだ。

「――困りますよ! ノブさんが抜けたら考えたチーム構成無駄じゃないスかぁ!」

「一人くらい抜けたって変わらんだろぉ。お前が俺の分まで働けばいいだけじゃないか」

「無理ッスよ! ノブさんの戦力にどれ程頼ってるか……! どんだけ我がままなんですか! アイス買ってこいの方がまだマシですよ!」

 内容から察するに、どうやら俺たちのせいで困らせているっぽい。

 顎を前に出してめんどくさいオーラを出す西田メンバー。部下(暫定)が俺たちに気づいて頭に?を浮かべて静止。大吾が西田メンバーに声をかける。

「お待たせしました、西田さん」

「お、来たか。って事で、じゃ!」

「いやいやいやいや! じゃ! じゃないですよ! 誰ですかこの人たち! ……ん?」

 バンダナの人が俺の顔を見ると、慌てふためく顔から驚愕の表情になった。

「あー! 範馬勇○郎!」

 これからどうなるか分からないので、とりあえず勇次郎みたいにしわくちゃな笑顔でもしておこうかな。

「気の毒過ぎてとてもツッコめねぇよ」

 勇次郎のセリフつきだ。

「ぜんぜん似てないな」

「……」

 月野にツッコまれた。
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