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第五章 泡沫の葛藤

第26話 チュートリアル:ビーチ

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《でね、何が言いたいかって、ルーラーズなる集団の存在を公表したら、今みたいに余計に不安が募るでしょ? 時期尚早じゃないの?》

《多岐にわたる見解がありますがね、我々人類の宿敵が分かっただけでも一歩前進です。攻略者にはより一層の――》

 駅に備え付けてある大画面ディスプレイに、コメンテーターが討論している。内容は公表されたルーラーズが論点だろうか。

 正直これを見るくらいなら幼児アニメを見ている方がいくぶんいい。論争を見てるのが好きな人からすれば楽しいだろうが、俺はゲームの方が楽しい。

「お、来たきた! 遅いぞ萌ちゃん!」

 大吾が手を振ってアピールしている。隣には瀬那、大吾の彼女、花田さんも既に集合していた。三人とも夏日らしい涼しげな服装を纏っていて、大き目なバッグや程よい大きさのスーツケースを各々こしらえている。

「おまたせ」

 数分後、時間通りにバスが到着。客は勿論居たが、一番後ろの四人掛けが開いていて、荷物持ちの俺らには都合が良かった。

「楽しみだね大吾くん!」

「おう。蕾の水着姿、はやく見たいよ~」

 出発するバス。隣のカップルがイチャイチャする度に、俺の燃え上がる童貞力が嫉妬として膨れ上がる。

「萌、これ見て美味しそうじゃない?」

 テンションの高い窓際の瀬那がスマホを見せてきた。なんともリンスタ等で映えそうなアイスやらフロート。確かに美味しそうだが、撮影者の爪が陽キャのソレだった。

「俺も食べたいかな。楽しみが増えてよかったじゃん瀬那」

「うん! 今日と明日は海で遊びまくる! そのために一週間バイト頑張ったんだし!」

 今日は予てからの計画、海に遊びに行く。海の周辺には宿泊施設もあり、そこで一泊。海で大いに遊んで帰宅する予定だ。

 まぁ遊びに行く資金が必要で俺もバイトした。引っ越し業者の日雇いだが、持ち前の筋肉と体幹でらくらくお運びだったので効率がアップ。結構弾んでくれた。就職先にと誘われたが流石に断った。

 ちなみに瀬那はレストランのウェイター。大吾はガソスタでバイトした。

 ダンジョンに潜ってアイテムを換金するのも候補に挙がったが、怪我すると元も子もないので、普通にバイトしたしだいだ。

 ちなみにリャンリャンはお留守番だ。来てもいいと言ったが、潮風でボディが痛むと切実な事を言われて納得した。

 風を切って進むバス。乗り込んでくる客は俺たちと同じく海に行く人が多いようだ。聞き耳を立ててるわけじゃないが、海のワードが出ている。

「わぁ見えてきたぁ!」

 瀬那と同じ方向を見ると、日の光を反射する広い海が見えた。

 バスが宿泊施設の前で止まり、荷物を引いて降りた。一応『次元ポケット』にしまう事もできるが、俺だけ荷物が無いのは情緒というか、なんか嫌だったので必要な物はケースに入れている。

 ちらほらと水着姿の客が来往している。

「ようこそお越しくださいました」

「あの、予約している梶ですけど……」

「はい、梶様ですね」

 学割の効いた予約システムだったらしく、思いのほか安い宿泊費。学生様様だな。

 渡されたカードキー。エレベーターで上階まで上がり、少し歩くと割り当たられた部屋に到着した。

 部屋は二部屋。当然男子と女子で分れる。

「じゃあ後でねー」

「うふふ」

 女子二人と分かれて隣の部屋に入る。

 大吾が先に入り俺も入った。マットな床で小綺麗な雰囲気、いい部屋だ。そう思っていると、大吾が立ち止まった。

「どした」

「……やっちまった」

 困った声質を聞き、大吾を退かせベッドルームを見た。そこにはベッドがあるにはあるが、問題が直ぐに分かった。

「なぜダブル。ツインじゃなかったのか……。ッハ!?」

「!?」

 俺と大吾はお互いに距離をとった。睨みを利かせ、臨戦態勢になる。

「大吾お前! まさか俺のお菊さんを狙って!?」

「違わい! これは何かの間違いだ! 誰がお前の狙うか! このハゲ!」

「ハゲてねーわこのハゲ!」

 ひと悶着あったが、冷静にフロントに連絡。どうやら予約した部屋はダブルベッドの二部屋で、明らかに大吾のミスだった。

「ツインベッドの部屋はもう空いてないらしいし、とりあえず海の家で着替えだ」

「すまん。みんなに昼飯驕るわ」

 大きな荷物を部屋に置きいて、必要な物だけ持ってビーチに向かった。

 海の家。そこで水着に着替え、ビーチパラソルを借りて砂浜へと脚を運んだ。

『チュートリアル:海へ行こう』

『チュートリアルクリア』

『クリア報酬:速さ+』

 チュートリアルをクリアしたが、俺の目には眩しい海と水着のお姉さんたちが映っている。あとお兄さんたち。

「うひょー来たぜ海!」

「……リア充がいっぱいだ」

 テンションの高いバカを他所に、俺は早くも帰りたい衝動にかられた。

 見渡す限りリア充の群れ。陰キャな俺はアウェーだ。まだゲームの海イベントをプレイしている方がマシである。

「つかさ、海パンなのになんでTシャツ着てんだよ」

「ほっとけよ。俺はお前らリア充と違って肌は隠すんだよ」

 俺と大吾は海パン姿だが、俺は白の薄いTシャツを着ている。こんなリア充御用達の所で俺の柔肌を晒すとか俺の童貞力が許さない。つか褐色肌のお兄さん達が跋扈しているから、絡まれたくない。

「女子は時間かかるって連絡きてるし、先に場所取りしとこうぜ」

 スマホを見た大吾が提案した。俺も場所取りに賛成だが、既にイイ感じの場所は取られている印象だ。

「なかなか無いなぁ」

 大吾が俺の心情を言ってくれた。もう少し早めに来た方が良かったのかも知れない。

「ちょっと兄ちゃんたち」

「はい? 俺らスか?」

 不意に声を掛けられた。振り返ると、金髪オールバックにサングラス。金色のネックレスを首にかけている、如何にもリア充ですよなおじさんが話しかけてきた。

 小皺が多くて笑顔がナイスな中年のおじさんだが、褐色な肉体は引き締まっている。

「場所探してるんだろ。俺の場所はあそこのヤシの木の下なんだけど、連れが帰ってきたら退くからそこを取るといい」

「マジすか!」

「ありがとうございます!」

 渋い声なナイスミドルだ。ついて来いと言われたのでついて行く。

「ここだ」

「けっこう広めに取ってあるんですねぇ」

「俺ってわがままだから」

 少し笑い気味におじさんが言った。

「まぁ座って座って」

 パラソルを横に置き、言われるがままに広いビーチタオルに座った。

もえ、場所は確保したし、俺クーラーボックスとか飲み物持ってくるわ」

「え、おい!」

 大吾が有無言わさず遠のいていく。あの野郎、おじさんと二人きりにしやがって……。陰キャだぞ俺は。知らない人に何話せばいいんだよ。

「♪~」

 なんかニヤニヤしてるし……。逆に怖いわ。

「学園の学生さんかい?」

「え、は、はい」

「夏休みって訳か。いやー良いねぇ学生は。青春、謳歌してるかい?」

 おじさんの質問に俺は目をそらした。その顔が面白いのか、白い歯を見せて笑う。

「ハハハ! 俺も学生時代があった。遠い昔だけどな。あの頃は結構やんちゃしててな、俺は無敵って思っていたほどさ」

「そ、そスか……」

 なぜ俺は陽キャおじさんの昔話を聞かされているのだろうか。武勇伝とか語り出すんじゃないだろうな……。

「今日はこの町、明日は隣と、体から溢れる力を以って暴れたのさ。それこそ、盗んだバイクで走りもした」

「いや尾○豊か!」

「おお! ツッコんでくるそこ? 若いのに知ってるねぇ~」

 いつもの様にツッコんでしまって焦ったが、おじさんは気にしていないようだ。

「ど、どうも。おじさんは若かったんですね……。いろいろと……」

「ああ」

 笑顔で小皺を増やして、おじさんはこう続けた。

「窃盗、暴行、拉致、そして殺人……。強姦以外はなんでもやったなぁ」

「……」

 潮風が俺の頬を撫で、言葉に詰まった。おじさんが歪に見えたからだ。

「ッハハ! 冗談だよ冗談! そんな怖い顔しないでよ。まぁ何が言いたいかってさ、力を奮って自分を立たせても、しっぺ返しは必ずやって来る。だから調子に乗らず、地道に進んだ方がいい。……これ、おじさんの持論ね」

 言葉の最後にサングラスを少しずらし、赤い瞳を俺に向けてきた。それはまるで、俺を見透かしている瞳だった。

「ダレ、アナタ」

「!?」

 突然、後ろから冷たい声が聞こえ瞬時に振り向いた。

 そこにはビーチに不釣り合いの厚手の格好をした、髪の長い女性が気配無く立っていた。

 指の爪を執拗に噛んでいる。

「おお帰ってきたか。じゃあお暇しようかな」

 おじさんが立ち上がったので俺も退く。器用にタオルを畳んでいるおじさんを横に、爪を噛んでいる女性が俺をじっと見ている。

「ど、どうも。場所、借りますね……」

「……」

 顔が隠れる程に長い前髪。その髪の細かな隙間から黒い瞳と思わしき光沢が俺を睨めつけている。恐怖心が無いから怖くはないが、正直、貞子感あるから不気味だ。明らかに場違いな服装だし、おじさんとの関係も気になるところだ。

 気まずさで視線を逸らし、おじさんのお片付けを見ていると、またもや声をかけてきた。

「オカシイ……。アナタオカシイ! オカシイはアナタ!!」

 急に声を荒げて爪の長い指で俺をさした。周りの人たちも何事かと視線を向けている。

「ウルアーラ、興奮してないでずらかるぞ」

「う゛るさいはね! 肩から手を離せええ!!」

 ウルアーラと呼ばれたおじさんの連れが俺から視線を離さない。おじさんの誘導に抵抗するが、肩をしっかりと掴まれていてズルズルと去って行く。

「う゛わ゛あ゛ああ!! オカシイ! オカシイのよ!!」

「すまないねはじめくん。連れが持病を発症したようだし、帰るよ。楽しんでね~」

 そう言って二人は奥の方へと消えていった。見えなくなるまで見られるのは初めてだが、好意的な視線じゃなくて敵意なのがネックだった。完全にヒステリーな状態だな。

「よっと」

 場所が開いたので、持って来た大き目なクッションマットを広げる。

「……あれ? おじさんに自己紹介したっけ?」

 パラソルを広げながら、そうふと思った。
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