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第三章 仙人は笑う

第20話 チュートリアル:激闘の果てに

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不流亜々々々々々々々々ぶるぅあああああああああ!!!!」

 雷が鳴り、大気が悲鳴をあげ、地が裂ける。

 ツインアイが激しく点滅する黄龍仙。四肢の強固な外部装甲が鋭利に変化。指先も鋭利になり、後頭部から力の放出が行われ、長い頭髪のようになる。そしてフェイスガードが吹き飛ぶと、人間に似付かわしい顔がそこにはあった。

 変化は黄龍仙だけじゃない。

 空には先ほどまでになかった大きな陣が展開されていて、遠くの岩山から何かが噴射。噴射物が上空の陣を模る様に配置された。

 いったい何が起こったのか。考えられる可能性は一つ。これはリャンリャンが言っていた罠、トラップだ。悪意の顕現。つまり君主ルーラーの俺が現れたから発動したのだろう。

 遠くの方でまた何かが噴射された。上空の陣が完成されると、絶大な罠が完成され、俺に牙を向くだろう。あのリャンリャンが自信をもって施した罠だ。ヤバいに違いない。

 ならば俺が取る行動は一つ。いや、はじめから一つだ。

々々々々々々々々あああああああああ!!」

 阿修羅と化した黄龍仙。お前を倒す!!

「ッム!」

 霧の剣――幻霊霧剣ファントム・フォグ・ソード。アンブレイカブルも使っていた剣。形状は違うが、幻霊君主ファントム・ルーラーのみが使える無二の剣だ。

 物質、反物質、大気から次元まで、その刀身に斬れない物は無いとされる。更に驚異的な要素として、俺、幻霊君主ファントム・ルーラーと同じ、物理による干渉は受けず、一方的に攻撃できる。

 つまりは、相手の攻撃はすり抜けて、俺の攻撃は当たるって事だ。

「ヌン!」

 俺は斬る事もせず、霧の剣を投擲した。

 雷を背景に、黒い霧を纏った剣が一直線に飛ぶ。

「!?」

 胸部を貫いた剣。頭髪の一部を斬られ、一歩後ずさったが、刺さった剣のグリップを指で掴むと、ズプズプと胸から引き抜き、霧の剣を捨てた。

 霧の様に消える剣。

「!!」

 次は俺だ。と、先ほどまでとは違う、驚異的な加速で眼前に迫った。

 物理は受けない。俺は右手に幻霊霧剣ファントム・フォグ・ソードを形成。そのまま斬り掛かろうとした。

 だが俺は思い留まった。豹変した黄龍仙。その握り込んだ拳に力が宿っているのを本能が察した。

「噴!!」

「っ!?」

 霧の剣を盾にして拳を受けた。軽く吹き飛ばされるが、立て直した。

 驚愕したが、納得もする。今までは力を溜めて攻撃してきたが、あくまで物理の拳。だが、豹変した黄龍仙は、今まで溜めていた力を拳に乗せてきた。

 なんの力かは知らないが、オーラと同じ系統だと思った方がいい。現に俺はダメージを受け、体からダメージの霧が出ている。

空刃くうは!!」

 構えた。

弧月脚こげつきゃく!!」

 見知った脚技。だが威力は桁違いだった。

「デエエエエエイイ!!」

 危険を察知し脚先を避けた。

 可視化した威力の波。半透明な半円が音を置き去りにし、雲海を裂き、山を両断した。

「ファントム・タッチ!」

 手をかざす。着地した隙を狙って攻撃をしかけた。

 地面から黒い空間が現れ、そこから飲み込もうと影の様な手が無数に伸びる。

 瞬時に絡まれる四肢。そのまま飲み込まれるはずが、黄龍仙は抵抗。大きな鋼鉄の手で影が引きちぎられ、後から出てきた大きな影の手も同様に千切られる。

 この隙に斬りつける。迫った俺は剣を振りかざしたが、黄龍仙の蹴りをもらい後退。攻撃は失敗に終わった。

「!!」

「ック」

 アッパーをもらい宙に浮いた。

空刃くうは――」

「ッム!」

 力み震える拳。俺が宙に浮いた状態の攻撃は、既に経験していた。

 それに対抗する技を応用で仕掛ける。

連弾拳れんだんけん!!」

「ファントム・アーム!!」

 俺の周囲に無数の霧纏う巨椀が出現。

「破々々々々!!」

「うおおおお!!」

 一撃、二撃三撃。そして腕が枝分かれしたと錯覚する程の連打を、無数のファントム・アームが迎え撃った。

 一発当たると霧は消え、更に次の霧が拳と撃ち合う。

 霧が消える軽い音。鋼鉄がぶつかり合う重い音。その両方が入交、拳どうしが当たった空間は細かく歪む。

 豹変した黄龍仙の技はグレードアップしていて、まさに脅威。技の前に空刃と付いただけなのに、拳に刃が追随したように思える。

 だが俺も負けていない。俺の技、ファントム・アームの無限連打は、黄龍仙の技を凌駕する。

幻霊霧剣ファントム・フォグ・ソード!」

 着地。霧の剣を構えて突撃。ガラ空きの胸部を切り裂く。

「!?!?」

 スパークを引き起こしながら勢いよく飛ぶ黄龍仙。

 遠くで噴射された物が陣を着々と形成している中、雲海を抜けて別の岩山に背中から着地した。

 黄龍仙に影が覆った。

 ツインアイが空中の俺を見る。

「こいつでも!!」

 巨大なファントム・アームを出現させ、それを思いっきり、

「くらいやがれ!!」

 打ち降ろした。

「――」

 岩山の天辺から芯を貫くファントム・アーム。岩々を大きく砕き、雷に負けない凄まじい音を仙界に轟かせ、噴火する様に山を崩壊させた。

 下の浅い泉を陥没させ、地形を変える。落下する俺に泉の雨が降るが、コートとフードをすり抜けて水が下に落ちる。

「……」

 攻撃を与えたが、倒したという実感は無かった。クリアしたメッセージ画面も出ていない。それもあって油断を許さなかったが、その気構えは見事に当たった。

「仙気循環!!!!」

 辺りにスパークを撒きながら目に見える力が黄龍仙から迸る。

「不!!」

 跳躍し、俺に一撃を入れた。

「ッ!?」

「ゼァア!!」

 ゆっくり落下する崩壊した岩に、俺を吹き飛ばす。

イー!」

「ック!」

 更に別の落ちる岩に向けて攻撃。

アー!」

 同じく落下する上の岩に向ける。

サン!」

 仙気なる物を纏った黄龍仙は、金色の跡を残す。それははたから見れば、

スーウーリュウチーバー!」

 上へ上へ昇って行く、

ジゥ!」

 雷の如し。

「噴!!」

 上空に飛ばされた俺より先に、金の跡を残して先回りした。

 大きく脚を上げ、仙気を纏う。

シー!!」

「ッッッ!!」

 落雷を彷彿とさせる猛烈な踵落とし。

 音の壁を発生させる衝撃を体感した。噛み締めた歯、遠のく音、瞳に映ったのは、衝撃波で周りの岩が崩壊する光景だった。

「――」

 泉の地盤で止まる俺。食いしばる。

 まだまだ幻霊君主ファントム・ルーラーの力を引き出せていないとはいえ、まさか君主ルーラーになっても苦戦を強いられるとは微塵も思わなかった。

 ……これは俺の慢心が招いた結果だ。大丈夫、いけるいける。その間違いが苦戦を強いた。

 だが俺は、負けられない!

「空刃・機仙――」

 空中で停滞する黄龍仙。その構えは両手を掴む様に合わせている。

「ああそうかよ!」

 あれも見た事がある。放ったら最後、絶大な威力の塊が俺を襲うだろう。

「だったら俺もやってやらあああ!!」

 両手を合わせ、前へ構えた。

孔々こぉお

「ファントムゥゥウウウ」

 二つの両手、その間に力が集まる。方や黄金。方や漆黒。甲高い音を上げ、重低音を鳴らし、エネルギーが集まって行く。

「「砲々々々々々々々々ブラスタアアアアア!!!!」」

 黒と金が引き合う様に激しくぶつかる。その拮抗している力の中心から膨張する互いの力。大地、雲海、岩山に原生生物、俺と黄龍仙をも飲み込み、世界は黒と金色《こんじき》に包まれる。

 何も見えない。音すら聞こえない。そんな中瞬きすると色が戻り、そいつは鋼鉄の手を向けてきた。

「「ふんぬ!!」」

 地に足を付き、互いの両手を鷲掴む。

 技、立ち回り、隙の突きあい、そんなもの、もう考える必要はない。

「っぐぐぐ!!」

「ッ!! ッ!!」

 腕の力を抜かない。手の力を抜かない。指の力を抜かない。

 支える地盤は足の形に砕け、握りあう手からは肉と鋼の痛々しい音が響く。

 鋼鉄が曲がる。黒い手袋からは霧が噴き出す。

 泉の水が滴り、風が破片を転がす。

 先ほどまでの激しい攻防が嘘のように静か。文字通り、手も足も出ない。

「っく!」

 だが一つだけ、超至近距離の攻撃方法があった。

 それは。

「オラァ!!」

「!?」

 衝撃により黄龍仙の首が後ろに伸びた。

 俺に顔を向けると、同じ攻撃を仕掛けてきた。

「!!」

「ぐあ!?」

 もっとも単純で原始的。頭のぶつけ合い。つまるところ、頭突ヘッドバットきだ。

「ぬん!!」

「!! 不流亜!!」

「ぅう、あ゛あ゛!!」

 頭突き。

「!!」

 頭突き。

「まだまだぁ!!」

 頭突き。

 ボディ全体がスパークしようが、体全体から霧が噴きだそうが、もう関係なかった。

 もう、意地の張り合いだった。

「「ッ!!」」

 額を預け合う。首から内部パーツが露出し、頭部、頭髪からスパーク。首、顔、頭から霧が噴き出して肩で呼吸。

 口からも霧を吐いている俺は、一種の心地よさを感じていた。今の全力を出して戦ったからだ。

 だが、水音の心地いい音を邪魔する大きな音が鳴った。

 それはそう、上空からだ。

「「!」」

 同時に上空を見た。いつの間にか陣が完成されていて、まさに今、謎の噴射物だったモニュメント群が形を成して降りてくる途中だ。

「不流!!」

 変化があった。それは、互いの指が結合する程に握りこんだ手を、否が応でも離そうとしている。

「は……ハハ……ハハハ!!」

 俺は黄龍仙の慌てふためく姿が可笑しくて、自然と笑っていた。

「離すか! 離すかバーカ!! タッチだタッチだ!」

不流亜々々々々々々々々ぶるぅあああああああああ!!!!」

 低い音声を悲鳴の様に轟かせる黄龍仙。いやだ、離せ。もがくが俺は絶対に離さない。

 地面から影の手が伸びる。トラップを一緒に受ける覚悟で縛り付けた。

 自分の腕部を引き千切る勢いでもがくが、不意に、首が不規則に動き、挙動がおかしくなる。

「……?」

 どうした。壊れたか。俺の予想は、大いに外れた。

「□□。□。……に、你好ニーハオ☆」

「……。……?」

 黄龍仙から出た音声とは思えない軽い口調が聞こえた

「いやぁわたしも粋な計らいを用意したものだ。まさか黄龍仙にAIを移行できるシステムを施していたとはね☆」

「……リャンリャンか?」

シー(そう)☆」

 ツインアイがリャンリャンの口調と同期する様に点滅している。

「その深く被ったフードの奥はどんな顔してるんだい? ボコボコにされて腫れてるの?」

「い、いや。いやいやいや! なんで突然お前が出てくるんだよ!? 黄龍仙はどうした黄龍仙は!」

 驚きのあまり早口になった。頭がこんがらがる。

「くぐもった声で聞きづらいね☆」

 知らんがな。

「もうすぐ罠が発動する。発動したら少年は尸解しかいもできず消滅する。で、時間が無いから端的に話そう☆」

 俺は唾を飲んだ。

「一緒に罠を壊そう☆」

 何を言ってるんだこいつは……。

「お前らが仕掛けた罠だろ!?」

「壊すったら壊すの! 打坏ダーファイ打坏ダーファイ打坏ダーファイ!!」

 駄々っ子と同じ態度だ。力強い手なのに首から上はリャンリャンの挙動そのもの。

「わかったわかった! で、どうすんだよ!」

仙術八卦陣せんじゅつはっけじんを壊すには、同じ仙術、または同等の仙気を叩きこむと破壊可能だ☆」

 仙術八卦陣は罠、仙気は黄龍仙の力の事だろう。

「それをできるのはこの黄龍仙だけだ☆」

「じゃあ手を解いて壊しに行けよ!」

「無理☆ 完全にコントロールを乗っ取るには時間がない☆」

「どうすんだよ!?」

 降り立ったモニュメントが囲む様に回転。嫌な予感しかしない。

「君が黄龍仙を乗っ取れ」

「……」

 リャンリャンの真剣な声が俺に刺さる。

「かつて悪意によって機仙が持っていかれた。乗っ取ったとは違うかもしれないけど、似た様な事は、君にもできるんじゃないのかい?」

「……」

 俺の意志と呼応する様にメッセージ画面が現れ、チュートリアル一覧が表示、選択肢による主張が目に映る。

『チュートリアル:家臣を作ろう』

 知識としてはあった。このチュートリアルをクリアするのは当分先、もしくは出来ないと思っていた。

 君主に仕える家臣。聞こえはいいが、幻霊に仕えるとは、死の淵を覗くということ。

 幻霊君主おれに染まるという事だ。

 生きながら死んだも同然。黒い霧となる。

「……俺と同じ存在になるんだぞ」

 声が震えた。

「悪意は悪意でも幻霊ファントムだ。緑の不細工になるより百倍いいさ☆」

「ふざけんなよ!!」

 指に一層力が入った。

「後戻りできないんだぞ! 肉体が崩れ落ち、魂が縛り付けられる! 俺に! 俺にだ! 人間に、幻霊ファントムになれだって……。ましてや機械になんて!! ――」

「機械だよ、この体は……」

「……ぇ」

 優しい声だった。ヒステリー気味だった俺を、落ち着かせるには十分だった。

 確かに。確かに、人や動物を家臣にするより、機械の黄龍仙を家臣にした方が精神的にまだいいのだろう。

 でもそれでいいのか。そんな道徳観で、俺はいいのか。人道を踏みにじる行為なのかも知れないんだ――

「はぁ、だから君は處男チューナンなんだよ☆」

「な、何?」

「時間ないってのにウジウジ尻込みしちゃってさ。そんなんだから童貞なんだよ☆」

「……は?」

 ど、童貞? 何言ってんだコイツは!

「関係ないだろそんなの!」

「童貞が許されるのって小学生までだよねー☆」

「はあ!?」

「童・貞! 童・貞! はい童・貞!」

 リャンリャンの野郎、首を上手いこと揺らして煽って来る。

「ぐぬぬ! こなくそ! やぁってやるぜ!!」

 ありがとう。お前なりの応援なんだろ。踏ん切りは付いてないけど、後悔するのはやってからだ!

「ファントム・シンセサイズ!!」

「!!??」

 掴んだ手から、黒い影が黄龍仙を侵食していった。


 仙術八卦陣せんじゅつはっけじん。モニュメントが発光しだし、後は発動を今か今かと佇んでいる。

 八卦陣が囲む中央は黒い霧が発ちこんでおり、その中から突如、猛スピードで上空に向かう影があった。

 長い金色こんじきに光る頭髪をなびかせ、体色ベースの黒色から霧が漏れ、金の装飾が際立っている。

「いやぁ言ってみるもんだね☆ 私はAIだけど、こうして体を手に入れたんだ。まだまだ遊んでいいのなら遊びたいよねー☆」

 軽い言葉とは裏腹に、膨大な仙気を纏い陣を睨む。

大哥ダーグァー(アニキ)にカッコいい所見せるためにも、景気づけに一発やっちゃいますか☆」

 右脚に仙気が集約。だんだんと膨れ上がり、光となって真っ直ぐ陣の中心に向かった。

「お見せしよう、これが機仙拳の奥義が一つ――」

 ――機仙 ――破滅拳

 流れ星が、陣を貫いた。

『チュートリアル:ダンジョンをクリアしよう』

『ダンジョン:機仙の仙山』

『チュートリアルクリア』

『クリア報酬:スペシャルギフト』
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