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第一章 幻霊の君
第3話 チュートリアル:幻霊の君主
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いったいここはどこなのか。古びた廊下を進みながら思う。
ここに来てから数十分は経っているはずだが、人っ子ひとりいない。そもそもダンジョンのはずだが、モンスターの類もいない。まぁこんな洋館? 古城? のモンスターっておばけ系だったりゾンビ系だったりするから、ちょっと楽しみだった。今のところ遭遇していないので残念だ。
「……わ~お」
しばらく道なりに歩いていると、大きな額縁に入った相応の絵が飾られていた。
中央のソファに座るのは清楚な気品ある女性。その腕に抱かれているのは彼女の子と思われる赤子。ペンダントが目に付く若いがダンディズムな男が寄り添うようにソファの後ろに立っている。きっと夫婦なのだろう。
そして母親と赤ちゃんを囲むように二人の子供が凛々しい顔で描かれている。……この家族は五人家族。とても幸せそうだ。
俺はふと気づいた。
「あれ?」
通って来た道にも絵が飾られていたが、総じて破けていたり燃え残った様な絵ばかりだった。なのにこの絵だけはその様子は一切ない。埃一つ付着しておらず、まるで毎日清掃しているかと思う程に綺麗だ。
「……」
悩んでいても仕方が無いので先に進んでいく。このダンジョンは物凄く広い。時折階段があって昇っているが、一向に終わりが見えない。瓦礫の破片とかが散らばっていて、歩くのは困難だが、底が厚いゴム製のスリッパを履いているので助かっている。
続く廊下。慣れというか、独りだというのにまったく恐怖心がない。それどころか、捻じ曲がる廊下を前にしても物怖じない。そこを歩いていると、自分は確かに歩いているが、はたから見るに捻じりに沿って歩いているのだろうか。
幾度も昇り、角を曲がって辿り着いた先。眼前にあるのは渦巻くゲートだ。だが入ってきたゲートとは違い、半透明で、大きな扉を隔てる様だった。
「は、はは」
ゲーマーならこの絢爛な扉の先に何が待ち受けているのか、容易に分かる事だろう。俺も分かる。分かってしまう。だから乾いた笑いが出た。
ゲートに触れる。波紋し、水が渇く様に消滅した。そして扉が音を立てて独りでに開く。
「わーお」
中に入る。
一瞬の目の瞬き。薄い霧が発ちこめている。左右と前方。先が見えない程に広い石造り。後ろを見ると入ってきた扉が無くなっていて、俺は本当に入ってきたのかと思った。
後戻りできない、ボス部屋に。
「……!」
霧の向こうにたゆたう様な人影が見えた。
近づくにつれ朧だった姿がハッキリと見えてくる。
はためくボロボロのローブ。大き目なローブに隠されているが、人の形をしている。
布を纏った手には刃のかけた短刀。足は地についているようだが、ローブが足元を隠し浮いている様にも見える。
そして三、四メートルあるだろう巨体。フードの奥にある発光する眼差しに目が合うと、メッセージ画面が現れた。
『チュートリアル:ボスを倒そう』
『幻霊君主《ファントムルーラー》 アンブレイカブル』
『警告:レイドボス出現。現在のステータスでは非推奨』
「え、は? え?」
押し寄せる情報の波。頭が処理が追い付かず混乱する。
「え」
ボスが姿を消した。瞬間、俺は形容し難い感覚が脳に伝達した。
「ブ、ブハ!!」
熱い痛い熱い痛い。
「カッ、ッカッハ!!」
血? 血の味だ。何で俺は地面から浮いている。何で胴体から何かが突き出して血が出ている。
熱さと痛みが同時に襲い掛かって来る。
「あ……あ……」
寒く感じる。力を振り絞って首を動かすと、ボスのフードから覗く発光する眼が俺を見ていた。
(ああ。そうか。俺。死ぬんだ)
最後に見たのは何だったのか、見当もつかないや。
『チュートリアル未達成のため、補正適応。ステータス上昇』
『チュートリアル:ボスを倒そう』
「はうぁ!! ッハ! ッハ! ッハ!」
なにが、なにが起こった!?
「俺は! 死んで!」
いたのにどおして!
『幻霊君主《ファントムルーラー》 アンブレイカブル』
『警告:レイドボス出現。現在のステータスでは非推奨』
「ッハ! ッハ! ッハ!?」
息も絶え絶え。脳に酸素を送って理解していく。それに努める。
俺は死んだ。死んだんだ。体を貫かれて死んだ。なのに生きている。こうして考えられて呼吸もできる。
これはボス戦。ここはボス部屋。だからボスが居る! そしてそのボスは!
「また居ない! どこだ!?」
必死に首を動かして見渡す。そして後ろを振り向くと。
「っ!?」
俺は頭のてっぺんから両断された。
『チュートリアル未達成のため、補正適応。ステータス上昇』
『チュートリアル:ボスを倒そう』
「っ!?」
『幻霊君主《ファントムルーラー》 アンブレイカブル』
『警告:レイドボス出現。現在のステータスでは非推奨』
まただ、また俺は死んだ! なのに生きている!
「ッハ、ッハ」
嘘だろ。
「――」
斜めに斬られて死んだ。
「なんなんだよ!!」
『チュートリアル未達成のため、補正適応。ステータス上昇』
「ふざけんな!! 出せ――」
死んだ。
『チュートリアル:ボスを倒そう』
死んだ。
『幻霊君主《ファントムルーラー》 アンブレイカブル』
死んだ。死んだ。
『警告:レイドボス出現。現在のステータスでは非推奨』
死んだ。死んだ。死んだ。
一秒で死に。一秒で復活。そして一秒で死に。一秒で復活。
意識がある途切れ途切れの状態で思考する。何故、こうなったのかと。
始めはそう。あの時だ。朝起きたら、メッセージ画面が視界にあった。
「あは、ははは」
普通ありえないじゃん、だってゲームのメッセージ画面が現実に有るんだ。おかしいと思った。確かに思った。だから友達の大吾にもそれとなく聞いた。
『チュートリアル未達成のため、補正適応。ステータス上昇』
でも、俺はさも当たり前の様にチュートリアルをこなしていった。非現実なメッセージ画面を、現実だと、日常だと、まるで脳が適応していくかのようだった。
『チュートリアル未達成のため、補正適応。ステータス上昇』
俺はまた、死んでいく。
「……。……」
いったい何回死んだのか。途中から数えるのをやめた。俺はただ座って、ボスを瞳にうつすだけだ。
「幻霊君主《ファントムルーラー》 アンブレイカブル」
ボスの名前だ。幻霊の主。主と謡っているんだ、幻霊のトップに君臨しているのだろう。
挨拶する訳もなく、声を発する事も無く、俺を見るなり人ほどある刀身で俺を殺しに来る。もうすでに、恐怖心は無い。
「……」
……俺はそもそも、恐怖していたのか……?
『チュートリアル未達成のため、補正適応。ステータス上昇』
辿る記憶。朝の異臭、見違える肉体、未知なゲートに未知なダンジョン。そして対峙するボス。
「ぁ」
『チュートリアル未達成のため、補正適応。ステータス上昇』
そして気づいた。思い出した。俺の異常。
『至高の肉体を適用します。なお、適用の際に激しい痛み及び脳に損傷が伴う可能性有り』
脳に損傷。
「アッハハハ!」
『チュートリアル未達成のため、補正適応。ステータス上昇』
俺は肉体を得た代わりに、感情を一つ、無くしたんだ。
「クハハハ、アッハハハハハ!!」
一つのパズルが組み合わさり、俺は笑った。
嬉しくて笑った訳じゃない。呆れた、納得した、俺は馬鹿だと笑った。
そして一つの感情が沸き上がった。
迫る凶刃。
ガキンッ! と欠ける短刀。俺が力任せに拳を振るって欠けさせ、軌道をずらした。
「ッ!!」
跳躍する俺。
溢れる怒りの感情のままに。
「死ねええええええ!!!」
ボスの顔面に拳を突きさす。
ハズだった。
すり抜ける拳。
『物理攻撃は無効です』
俺は大きな手で掴まれ、握り潰された。
ここに来てから数十分は経っているはずだが、人っ子ひとりいない。そもそもダンジョンのはずだが、モンスターの類もいない。まぁこんな洋館? 古城? のモンスターっておばけ系だったりゾンビ系だったりするから、ちょっと楽しみだった。今のところ遭遇していないので残念だ。
「……わ~お」
しばらく道なりに歩いていると、大きな額縁に入った相応の絵が飾られていた。
中央のソファに座るのは清楚な気品ある女性。その腕に抱かれているのは彼女の子と思われる赤子。ペンダントが目に付く若いがダンディズムな男が寄り添うようにソファの後ろに立っている。きっと夫婦なのだろう。
そして母親と赤ちゃんを囲むように二人の子供が凛々しい顔で描かれている。……この家族は五人家族。とても幸せそうだ。
俺はふと気づいた。
「あれ?」
通って来た道にも絵が飾られていたが、総じて破けていたり燃え残った様な絵ばかりだった。なのにこの絵だけはその様子は一切ない。埃一つ付着しておらず、まるで毎日清掃しているかと思う程に綺麗だ。
「……」
悩んでいても仕方が無いので先に進んでいく。このダンジョンは物凄く広い。時折階段があって昇っているが、一向に終わりが見えない。瓦礫の破片とかが散らばっていて、歩くのは困難だが、底が厚いゴム製のスリッパを履いているので助かっている。
続く廊下。慣れというか、独りだというのにまったく恐怖心がない。それどころか、捻じ曲がる廊下を前にしても物怖じない。そこを歩いていると、自分は確かに歩いているが、はたから見るに捻じりに沿って歩いているのだろうか。
幾度も昇り、角を曲がって辿り着いた先。眼前にあるのは渦巻くゲートだ。だが入ってきたゲートとは違い、半透明で、大きな扉を隔てる様だった。
「は、はは」
ゲーマーならこの絢爛な扉の先に何が待ち受けているのか、容易に分かる事だろう。俺も分かる。分かってしまう。だから乾いた笑いが出た。
ゲートに触れる。波紋し、水が渇く様に消滅した。そして扉が音を立てて独りでに開く。
「わーお」
中に入る。
一瞬の目の瞬き。薄い霧が発ちこめている。左右と前方。先が見えない程に広い石造り。後ろを見ると入ってきた扉が無くなっていて、俺は本当に入ってきたのかと思った。
後戻りできない、ボス部屋に。
「……!」
霧の向こうにたゆたう様な人影が見えた。
近づくにつれ朧だった姿がハッキリと見えてくる。
はためくボロボロのローブ。大き目なローブに隠されているが、人の形をしている。
布を纏った手には刃のかけた短刀。足は地についているようだが、ローブが足元を隠し浮いている様にも見える。
そして三、四メートルあるだろう巨体。フードの奥にある発光する眼差しに目が合うと、メッセージ画面が現れた。
『チュートリアル:ボスを倒そう』
『幻霊君主《ファントムルーラー》 アンブレイカブル』
『警告:レイドボス出現。現在のステータスでは非推奨』
「え、は? え?」
押し寄せる情報の波。頭が処理が追い付かず混乱する。
「え」
ボスが姿を消した。瞬間、俺は形容し難い感覚が脳に伝達した。
「ブ、ブハ!!」
熱い痛い熱い痛い。
「カッ、ッカッハ!!」
血? 血の味だ。何で俺は地面から浮いている。何で胴体から何かが突き出して血が出ている。
熱さと痛みが同時に襲い掛かって来る。
「あ……あ……」
寒く感じる。力を振り絞って首を動かすと、ボスのフードから覗く発光する眼が俺を見ていた。
(ああ。そうか。俺。死ぬんだ)
最後に見たのは何だったのか、見当もつかないや。
『チュートリアル未達成のため、補正適応。ステータス上昇』
『チュートリアル:ボスを倒そう』
「はうぁ!! ッハ! ッハ! ッハ!」
なにが、なにが起こった!?
「俺は! 死んで!」
いたのにどおして!
『幻霊君主《ファントムルーラー》 アンブレイカブル』
『警告:レイドボス出現。現在のステータスでは非推奨』
「ッハ! ッハ! ッハ!?」
息も絶え絶え。脳に酸素を送って理解していく。それに努める。
俺は死んだ。死んだんだ。体を貫かれて死んだ。なのに生きている。こうして考えられて呼吸もできる。
これはボス戦。ここはボス部屋。だからボスが居る! そしてそのボスは!
「また居ない! どこだ!?」
必死に首を動かして見渡す。そして後ろを振り向くと。
「っ!?」
俺は頭のてっぺんから両断された。
『チュートリアル未達成のため、補正適応。ステータス上昇』
『チュートリアル:ボスを倒そう』
「っ!?」
『幻霊君主《ファントムルーラー》 アンブレイカブル』
『警告:レイドボス出現。現在のステータスでは非推奨』
まただ、また俺は死んだ! なのに生きている!
「ッハ、ッハ」
嘘だろ。
「――」
斜めに斬られて死んだ。
「なんなんだよ!!」
『チュートリアル未達成のため、補正適応。ステータス上昇』
「ふざけんな!! 出せ――」
死んだ。
『チュートリアル:ボスを倒そう』
死んだ。
『幻霊君主《ファントムルーラー》 アンブレイカブル』
死んだ。死んだ。
『警告:レイドボス出現。現在のステータスでは非推奨』
死んだ。死んだ。死んだ。
一秒で死に。一秒で復活。そして一秒で死に。一秒で復活。
意識がある途切れ途切れの状態で思考する。何故、こうなったのかと。
始めはそう。あの時だ。朝起きたら、メッセージ画面が視界にあった。
「あは、ははは」
普通ありえないじゃん、だってゲームのメッセージ画面が現実に有るんだ。おかしいと思った。確かに思った。だから友達の大吾にもそれとなく聞いた。
『チュートリアル未達成のため、補正適応。ステータス上昇』
でも、俺はさも当たり前の様にチュートリアルをこなしていった。非現実なメッセージ画面を、現実だと、日常だと、まるで脳が適応していくかのようだった。
『チュートリアル未達成のため、補正適応。ステータス上昇』
俺はまた、死んでいく。
「……。……」
いったい何回死んだのか。途中から数えるのをやめた。俺はただ座って、ボスを瞳にうつすだけだ。
「幻霊君主《ファントムルーラー》 アンブレイカブル」
ボスの名前だ。幻霊の主。主と謡っているんだ、幻霊のトップに君臨しているのだろう。
挨拶する訳もなく、声を発する事も無く、俺を見るなり人ほどある刀身で俺を殺しに来る。もうすでに、恐怖心は無い。
「……」
……俺はそもそも、恐怖していたのか……?
『チュートリアル未達成のため、補正適応。ステータス上昇』
辿る記憶。朝の異臭、見違える肉体、未知なゲートに未知なダンジョン。そして対峙するボス。
「ぁ」
『チュートリアル未達成のため、補正適応。ステータス上昇』
そして気づいた。思い出した。俺の異常。
『至高の肉体を適用します。なお、適用の際に激しい痛み及び脳に損傷が伴う可能性有り』
脳に損傷。
「アッハハハ!」
『チュートリアル未達成のため、補正適応。ステータス上昇』
俺は肉体を得た代わりに、感情を一つ、無くしたんだ。
「クハハハ、アッハハハハハ!!」
一つのパズルが組み合わさり、俺は笑った。
嬉しくて笑った訳じゃない。呆れた、納得した、俺は馬鹿だと笑った。
そして一つの感情が沸き上がった。
迫る凶刃。
ガキンッ! と欠ける短刀。俺が力任せに拳を振るって欠けさせ、軌道をずらした。
「ッ!!」
跳躍する俺。
溢れる怒りの感情のままに。
「死ねええええええ!!!」
ボスの顔面に拳を突きさす。
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