異能専科の猫妖精

風見真中

文字の大きさ
64 / 103
贖罪編

認識共有

しおりを挟む

 陽が傾き薄暗くなったころ、俺はリルを連れてトシと一緒に食堂に赴いた。
 まだギリギリ夕方と言える時間で、しかも夏至が近いというのに窓の外は予想以上に暗い。
『匂うな』
「ああ、今夜は降るかもな」
 食欲を刺激する夕食の匂いに混じり、換気のために開けられた窓からは湿気た土や草木の匂いが漂ってくる。
 梅雨入りしてから少し安定していたのだが、今夜は結構な雨が降る気がする。
 昼間に出かけた時にはさほど気にならなかったが、鬼無里は結構な山奥だ。山の天気は変わりやすい。
「まあそれなりに涼しいから、山奥も悪くないけどな」
「それは言えてる」
 トシの言う通り、鬼無里は山だけあって海抜も高い。東京で言えばスカイツリーよりも遥かに高い位置にあり、同じ市内でも繁華街のある盆地より平均で二、三度は気温が低いだろう。
 去年の今頃は実家で冷房を付けていたはずだが、今年はまだお世話になっていない。そもそもこの辺りの民家には、クーラーがない家も多いとか。
「いや~、ホントにこっちは涼しいよね。夏に東京とか行ったことある? あれもうサウナだよ、サウナ‼」
 そう言って俺たちの座ったテーブル席にやってきた人物が誰なのか、俺は一瞬分からなかった。
「お、お前……⁉」
 俺と並んで座るトシの正面に山盛りの料理を乗せたトレーを置き、そいつは花のような笑顔を振りまいた。
「やほー。久しぶりだね、大神くん!」
 ウエーブのかかった、金色に近い長い茶髪。袖の余ったダボダボのカーディガン。
 俺のよく知る少女の、虚像。
 あの事件以前の東雲八雲が、椅子を引いて座った。
「そっちの背の高い人が、大神くんのお友達の円堂くんだよね? ネコメちゃんから聞いてるよ」
 よろしくー、と東雲はトシに握手を求めるように手を伸ばした。
 その手をおずおずと握り、トシはぎこちなく「よ、よろしく……」と返した。
「大神くんからあたしのこと聞いてる? 霊官で、一応クラスメイトなんだけど」
「あ、ああ、聞いてるよ。ちょっとイメージ違ったけど……」
 トシが異能で見た俺の中の東雲の情報は、あの時俺が思い浮かべた表面的な情報だ。
 事件以前の東雲は、トシにとって完全に未知の存在だろう。
(短い時間で仕上げてきたな、東雲のやつ……)
 鎌倉一味と里立以外のクラスメイトは、当然東雲が休学してから今までどこで何をしていたのか知らない。
 そんなクラスメイトたちに不信感を与えないために、東雲は霊官の長期任務から帰ってきたばかりということになっている。
 つまり、事件以前の東雲を演じ続けるということだ。
「円堂くんはサトリの異能混じりなんだよね? 今あたしが何考えてるか、とかも分かっちゃうの?」
 トシの異能に興味津々なフリをしながら、あくまで『初見のクラスメイトに接する』という演技をする東雲を見て、俺はキョロキョロと周囲を伺う。
「東雲、ネコメは?」
「ネコメちゃんならまだ列に並んでるよ。冷たい麺の列が長くて」
 寮の食堂はメニューの種類によって食券を渡すカウンターが違う。
 空気が湿気を伴って若干蒸し暑い今日は、ネコメ同様に冷たい麺類を求める生徒が多く、時間がかかっているわけか。
 俺は周りに同じクラスの人間がいないことを確認し、小声かつ早口で、簡潔に事情を説明する。
「それならちょうどいい。トシは事情を知っている。一応三人目の護衛ってことになった」
 俺がそう告げると東雲は一瞬だけ目を見開き、すぐにお調子者の仮面を被り直す。
「そっか。じゃあ、あたしのこととかは?」
 漠然とした質問だが、つまり東雲は自身の事情についてどこまでを知っているのかということを問うているのだろう。
「……すまん」
 ここで誤魔化してもすぐにバレることなので、俺は素直に打ち明けることにした。
 俺の謝罪で全てを悟った東雲は、「そっか……」と呟いてからわざとらしく頰を膨らませる。
「もー、悪い子だな大神くんはー。女の子の秘密簡単にバラしちゃうなんてー」
 行儀悪く手足をジタバタさせる東雲に、トシはテーブルに額を押し付けるような勢いで頭を下げる。
「大地は悪くない。俺が異能を使って無断で聞き出したんだ。すまない、東雲さん」
 頭を下げた体勢のまま動かないトシに、東雲は「顔上げてよー」と明るく笑いかけた。
「あたし気にしてないよ。わざとじゃなかったんでしょ?」
 東雲の言葉に、トシはためらいながらも頭を上げた。内心では罪悪感に苛まれているのかもしれないが、大勢の生徒がいる食堂内であまり目立つ行動をするのは避けた方がいいことは、トシにも分かっているだろう。
 俺たちの仕事はあくまでもネコメの護衛。しかも本人にさえ正確な情報を秘匿している、言わば極秘任務なのだから。
「サトリの異能が味方なんて、頼もしいよね。よろしく、えんどーくん」
 二パッと笑い、東雲は表情を隠した。
 貼り付けられた仮面のような笑みと、お調子者を演じる薄っぺらい会話。
 時折テーブルの近くを通りがかったクラスメイトから声をかけられ、東雲は笑顔を向ける。
 寒気を感じるほど、東雲は事件以前の東雲だった。
(無理してるんだろうな……)
 顔や態度に現れなくても、感情を完全にコントロールできるはずはない。
 心の整理がつかないうちに演技をすることになった東雲は、恐らく多大なストレスに見舞われているだろう。
 その証拠に、料理と湿気の匂いに混じる東雲の体臭は、以前のように甘くはなかった。
「あ……」
 窓際の生徒たちがにわかに騒ぎ出したのと同時に、窓の外から土の濡れる匂いが漂ってきた。
 雨が、降り出していた。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

熟女愛好家ユウスケの青春(熟女漁り)

MisakiNonagase
恋愛
高校まで勉強一筋で大学デビューをしたユウスケは家庭教師の教え子の母親と不倫交際するが、彼にとって彼女とが初の男女交際。そこでユウスケは自分が熟女好きだと自覚する。それからユウスケは戦略と実戦を重ねて、清潔感と聞き上手を武器にたくさんの熟女と付き合うことになるストーリーです。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。

沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。 すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。 だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。 イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。 変わり果てた現実を前に、 夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。 深い後悔と悲しみに苛まれながら、 失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。 しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。 贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。 そして、母の心を知っていく子供たち。 イネスが求める愛とは、 そして、幸せとは――。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

最難関ダンジョンをクリアした成功報酬は勇者パーティーの裏切りでした

新緑あらた
ファンタジー
最難関であるS級ダンジョン最深部の隠し部屋。金銀財宝を前に告げられた言葉は労いでも喜びでもなく、解雇通告だった。 「もうオマエはいらん」 勇者アレクサンダー、癒し手エリーゼ、赤魔道士フェルノに、自身の黒髪黒目を忌避しないことから期待していた俺は大きなショックを受ける。 ヤツらは俺の外見を受け入れていたわけじゃない。ただ仲間と思っていなかっただけ、眼中になかっただけなのだ。 転生者は曾祖父だけどチートは隔世遺伝した「俺」にも受け継がれています。 勇者達は大富豪スタートで貧民窟の住人がゴールです(笑)

充実した人生の送り方 ~妹よ、俺は今異世界に居ます~

中畑 道
ファンタジー
「充実した人生を送ってください。私が創造した剣と魔法の世界で」 唯一の肉親だった妹の葬儀を終えた帰り道、不慮の事故で命を落とした世良登希雄は異世界の創造神に召喚される。弟子である第一女神の願いを叶えるために。 人類未開の地、魔獣の大森林最奥地で異世界の常識や習慣、魔法やスキル、身の守り方や戦い方を学んだトキオ セラは、女神から遣わされた御供のコタローと街へ向かう。 目的は一つ。充実した人生を送ること。

アラフォーおっさんの週末ダンジョン探検記

ぽっちゃりおっさん
ファンタジー
 ある日、全世界の至る所にダンジョンと呼ばれる異空間が出現した。  そこには人外異形の生命体【魔物】が存在していた。  【魔物】を倒すと魔石を落とす。  魔石には膨大なエネルギーが秘められており、第五次産業革命が起こるほどの衝撃であった。  世は埋蔵金ならぬ、魔石を求めて日々各地のダンジョンを開発していった。

私とわたしとワタシの日常

凪司工房
現代文学
大学生の岩根今日子は他人には見えないIF(イマジナリーフレンド)と共に実家を離れ、アパートで暮らしていた。 今日子のIFは五歳の「きょう子」と十五歳の「キョウコ」だ。人付き合いの苦手な今日子だったが、誰にも見えないはずの彼女のIFと普通に接する青年・宮内翔太郎の登場により、何とかバランスを保っていた平穏に見えていた日常が崩れ始める。 これは多感な学生時代に、色々な人間関係に悩みながらも、一歩、大人へと成長していく少女の物語である。

処理中です...