異能専科の猫妖精

風見真中

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旧友編

旧友編 エピローグ

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「納得いかねえ‼」
 異能専科の寮の地下、執務室に俺の絶叫が響く。
 異能者、大木トシノリの逮捕に尽力した俺とネコメは、円堂悟志と共に鬼無里にある異能専科に戻ってきた。
 トシを談話室に残して、夜遅いというのに寮の地下にある執務室で雑務に追われていた諏訪先輩に事件のあらましを説明すると、先輩から告げられたのは労いの言葉ではなく、俺の自室謹慎という処分だった。
「上官であるネコメに対しての命令無視に、複数の一般人に対する異能の露見行為。当然これは始末書じゃ済まないわよ」
 車の中でネコメが書いた報告書に目を通しながら、諏訪先輩は淡々とそんなことを言ってくる。
 ちなみにその膝の上にはスヤスヤと寝息を立てるリルが乗せられている。雑務で疲れたところに動物セラピーが欲しかったらしい。
「でもそのお陰で大木を逮捕できたんじゃねえかよ⁉」
 ネコメの言うことを聞かなかったのは事実だし、チンピラ共の前で異能を使ったのも間違いない。でもそれによってもっと大きな事件を防げたのだし、大目に見て欲しい。
「結果的には、ね。でもアンタの動機は完全な私怨で、そこに情状酌量の余地はないわ」
「それは……その……」
 確かに正論だ。
 俺は大木をトシに謝らせるために、廃工場に乗り込んだ。それは私怨だし、完全に俺のエゴだ。
「……分かりましたよ。部屋で大人しくしてますー」
 投げやりな俺の返答に先輩は「まったく……」と溜息を吐き、何やら机から出したハンコを書類の一枚に押した。
「謹慎期間は明日から二週間。謹慎中は寮内から出るのは禁止で、自室と食堂、談話室以外に入ることも禁止よ」
「遊戯室とかもダメなのかよ⁉」
 遊戯室は寮の地下にある施設で、ダーツやビリヤードなどの屋内遊戯やテーブルゲームなんかもある。また、下の階にはフットサルコートやバスケットコートなどもあり、普段外に出ることができない異能専科の生徒の総合娯楽施設だ。
「ダメよ」
「そんな……」
 そんななんの娯楽も無い状態で二週間とか、ヒマ過ぎて死んでしまう。
「あとケータイも没収ね」
 とことん俺から楽しみを奪うつもりだな、コンチクショウ。
「えーえー、どうぞ。どうせ壊れてますんで!」
 俺はポケットから出したバキバキのケータイを先輩のデスクに放り出す。
「何したらこんな風になるのよ?」
「角材と鉄パイプでフルボッコにされたんだよ」
 悪態をつきながら俺は先輩の膝からリルを奪取し、執務室のドアを開けて外に出る。
「どこ行くの?」
「謹慎は明日からだろ? このまま遊戯室で日付変わるまで遊んでやるよ」
「エレベーター動かせないでしょ?」
「…………」
 なんでこんな面倒臭い仕様になってんだよ、この学校は‼
「ネコメ、今日はもういいわ。お疲れ様」
「はい、会長。失礼します」
 先輩の労いの言葉に対してネコメがペコリと頭を下げる。その優しさ半分でいいから俺に分けてくれませんかね。
「雪村先輩も、お疲れ様です」
「うん、おつかれー、ネコちゃん。ワンちゃんもね」
「お疲れっす」
 デスクに寝そべるようにして作業を続ける雪村先輩にも挨拶し、俺はとネコメは執務室を後にした。
 バタン、とドアが閉まった瞬間、俺はガッツポーズをする。
「っし、マジで夜通し遊んでやる!」
 退屈な謹慎に備え、今日は遊び溜めしてやる。
「ダメですよ、就寝時間は守らないと」
 相変わらず真面目だね、ネコメさんは。
 ネコメの操作でエレベーターを動かし、俺たちは寮の一階、トシの待つ談話室に向かう。
 中に入ると、ソファに座ったトシがうちのクラスの三馬鹿と雑談していた。
「んで、大神って中学の時どんな感じだったの?」
「いやあ、ヤバかったぜ。金髪な上に今より五割り増しで目つき悪かったし、気に入らねえ奴がいれば上級生だろうと片手で首掴んで吊るし上げる奴だったよ」
「うっわぁ……。そりゃケンカ強えわけだよ」
「その感じだと、大地のやつにこっぴどくやられたのか?」
「はぁ? 別にやられてねえよ、痛み分けだ!」
「あれのどこが痛み分けだよ鎌倉?」
 人の話題で盛り上がる輪の中に割り込み、トシの向かいに座る鎌倉の肩に腕を回す。
「げ、大神……ぐえっ⁉」
 顔を引きつらせる鎌倉に裸締めを食らわせながら、俺はトシに向き直る。
「余計なこと言ってんじゃねえよ、トシ」
「ははは、いいじゃねえかよ、これくらい」
「いいわけあるか」
 ジト目でトシを睨んでやると、鎌倉の腰巾着一号こと目黒が「昔の写真とかねえの?」とトシに詰め寄った。
「おお、あるある」
「見せんな‼」
 まったく、昔の自分を知っている相手というのは、なんともやり辛いな。
「大地君の、昔の写真ですか……」
「ネコメさん、何でちょっと見たそうな顔してるんですかね⁉」
「え、そんな、別に見たくなんて……」
 ネコメの様子にトシが「ははは」と笑い、次いで俺に視線を向けた。
「なあ大地、ちょっと話があるんだけど、いいか?」
「話? 別にそんなの……」
 今ここでも、と言いかけて、やめた。
 トシのその目の中に小さくない覚悟を垣間見て、俺はゆっくりと頷いた。
「……ちょうど遊戯室行こうと思ってたんだ。お前も来いよ」


 時間が遅いこともあり、遊戯室には俺たち以外に誰もいなかった。
 ダーツやビリヤード台などの置かれた階を素通りし、地下二階のスポーツ施設に足を踏み入れる。
「へぇ、結構本格的なんだな……」
 物珍しそうにコートを見回すトシに、俺は誰かが片付け忘れて放置されているバスケットボールを放り投げた。持った感じ空気が抜けている様子もないし、よく跳ねそうなボールだ。
「おっと、久々にやるか?」
 受け取ったボールを指の上で器用に回しながら、トシはニッと口角を上げた。
「……俺はいいけど、リルがな……」
 俺とリルの離れられる距離では、コートの中を走り回るには狭すぎる。
 完全に異能を発現させてしまえば話は簡単なのだが、眠っているリルを起こすのは忍びないし、そもそも俺とトシもそこそこな重傷を負っているのだ。走り回るのは控えるべきだろう。
「そうだな」
 トシは寂しそうに目を伏せ、ボールをドリブルする。
 ダムダムとフロアにボールの跳ねる音が響き、俺はそれを眺める。
「なあ、大地。悪かったな」
「はあ?」
 唐突にトシが謝ってきた。
 何のことだよ、と問いかける前に、トシは言葉を重ねる。
「カラオケでさ、俺、お前のせいみたいなこと言っちまったろ?」
「……ああ」
 そう、だったな。
『お前はまた、俺から夢を奪うのか……?』
 あれは正直、少し堪えた。
 特にトシに言われるのは特別しんどいからな。
「ホントに、ごめん。異能のことはお前のせいじゃないのに、お前になすり付けた……。それに二年前のことだって」
「二年前のことって……」
 あれは俺が、大木との諍いにトシを巻き込んでしまったんだ。
「俺が勝手にクビ突っ込んで、勝手に怪我して……。なのにお前が、一番俺のために怒ってくれた」
 違う。
 俺が、俺がトシを巻き込んだんだ。
 トシの夢を奪ったんだ。
「……お前はいつでも、本気で怒るのは人の為なんだよな」
 バカだぜ、とトシは笑った。
 違うよ、トシ。
 俺はそんな立派な人間じゃない。
 いつだって自分のエゴで周りを巻き込む。そんな人間だ。
「……この学校にも、バスケ部ってあるんだよな?」
「ああ」
「なら、バスケはどこでも出来るさ」
 大会には出られねえし、部内では異能使い放題って訳の分かんねえ部だけどな。
 それでも、トシはまた好きなバスケが出来る。
 それだけが、ほんのわずかな救いになればいい。
「……真面目にやってたよな、俺」
 静かにそう呟き、トシはドリブルしていたボールを抱えてシュートの構えをとった。
「毎日練習したし、ボールも磨いてた。モップ掛けもしっかりやってた」
「……ああ、よく知ってるよ」
 トシが誰より真摯にバスケと向き合っていたことは、俺もよく知っている。
「大会には出られねえし、もう結果は残せない。最後の大会じゃ、異能ってズルをしちまったみたいだけど……」
 綺麗なフォームで放たれたシュートは、吸い込まれるようにゴールリングに飲み込まれ、ネットを揺らした。

「俺、ちゃんとバスケしてたよな?」

 ああ。
 俺は知ってる。
 お前が、円堂悟志が、最高にバスケを好きだってことを。
「ナイスシュート、トシ」
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