異能専科の猫妖精

風見真中

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旧友編

人間の葛藤

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 砕いたはずの大木の右腕は、再び大きく伸びて枯れ枝の槍を無数に生み出した。
 とめどなく溢れるトコロテンのように枝は大木の体から伸び続け、やがてとぐろを巻きながら大木の体を覆っていった。
「な、なんだよアレ……⁉」
 左腕の丸太を残してあっという間に大木の体は完全に覆い隠され、枯れ木を全身に巻いたミイラ男になってしまった。
「これはもう、暴走じゃないです。異能に、飲まれてしまった……」
 飲まれた、その表現は確かに分かる。
 大木の体は、まさに枯れ枝に飲まれてしまっているのだから。
 唯一枯れ枝から露出している左腕の丸太に瑞々しい枝と針葉樹の鋭い葉が生え出し、やがて丸太から一本の木に変わってしまう。
顔のあった部分には虚ろな闇があるだけで、その姿は最早完全に人のそれではなくなってしまった。
「だ、大地……大木は、どうなってんだ?」
 戸惑うトシには悪いが、俺にもわからない。
 異能の暴走は収まったと思ったのに、あの状態は何だ?
 不気味な呻き声を上げながら、大木は枝に覆われた頭を左右に動かして辺りを伺うような動作をする。
 とても人間らしい動きとは思えない。
「……手遅れです」
「手遅れ?」
「完全に異能に飲まれてしまい、自我もありません。あれはもう、異能生物です」
 異能生物に、なったってことか?
「おい待てよ、まさかそれって……」
「……妖怪化する前に、殺害します」
 やっぱり、そういうことかよ。
 暴走し、異能生物として扱われる異能者は、殺される。
 以前俺も、暴走の危険を示唆されたときに言われたことだ。
 あれは放置できない。それは分かるが、いくら何でも殺すなんて。
「ネコメ、何か他に方法は……」
「下がっていてください、大地君。円堂さんや周りの人は、大地君が守ってください」
 ネコメは一層異能を強め、右手に銀の爪を装備して一歩前に歩み出る。
「待てって! 他に何か方法が……‼」
「ありません。周りの人を巻き込まないために、今は議論しているヒマは無いんです」
 ピシャリと言い放ち、ネコメは腰を落として右手を構えた。
「……私の爪なら、すぐに終わります」
「待てっつってんだろ‼」
 今まさに駆け出そうとするネコメの腕を掴み、無理やりこちらを向かせる。
「だ、大地君⁉」
「んなツラして、戦えねえだろ‼」
「ッ‼」
 ネコメは、目に見えて分かるくらい動揺していた。
 尻尾は垂れ下がってるし、瞳の色は異能の乱れを現すように不規則に明滅している。
 さも当然のようにあれを殺すなんて言っていたが、どう見てもそれをよしとしているようには見えない。
「お前、人なんて殺したことねえだろ?」
「…………」
 俺の言葉に、ネコメは言葉を失った。
 がくがくと肩を震わせ、右手の爪に繋がった鎖が音を鳴らす。
「あれは……あれはもう人間ではありません」
「お前はそう思ってねえんだろ?」
 そんなこと、見れば分かる。
 優しすぎるネコメには、人間を、大木を殺せない。
「……俺がやる」
 優しすぎるネコメにつらい思いをさせるくらいなら、俺が、アイツに因縁のある俺が、ケリをつける。
「そんな……‼」
「殺してやる、なんてアイツに思ったことは、一度や二度じゃない。ちょうどいいさ」
 そうだ。俺と大木は、いがみ合い、憎み合っていた。
 ケンカなんて生易しいものではなく、殺し合いになりかけたことだって何度もある。
 お互いに傷つけ合った。痕が残るような、手酷い傷だ。
 だから、俺が殺すのがちょうどいい。
「異能具を返してくれ。自分で放っといて、勝手だとは思うけど」
「ダメです‼ 大地君がそんなことする必要……」
「お前にそんな顔させるよりマシだ‼」
「大地君だって、泣きそうな顔してます‼」
「ッ‼」
 ああ、分かってるよ。
 自分がどんな顔してるのかなんて、自分が一番よく分かってる。
 人殺しなんかしたくない。誰が何と言おうと、大木は人間だ。
 ぶっ殺す、殺してやる、そんな言葉は何度も言ったし、言われてきた。
 でも、一度だって人の命を奪ったことなんてない。そんなの当然だ。
「俺とアイツには、因縁がある。俺が殺すのが……‼」
「ちょい待ち‼」
 一刻の猶予もない中で言い争いをする俺とネコメに、トシがこめかみのあたりを抑えながら割り込んできた。
「なんだよトシ⁉ 今は言い争いしてる場合じゃ……‼」
「あのデブが助けてくれってうるせえんだよ‼ まだ意識あるんじゃねえかアイツ‼」
「ッ⁉」
 大木にまだ、意識があるだと?
 トシは今、大木の心の声を聴いているのか?
「ほ、本当ですか⁉」
 ネコメは目を見開き、トシに詰め寄った。トシは複雑そうな顔でこくりと頷き、未だに頭を振ってウロウロしている大木に目を向ける。
「よく分からねえけど、痛いとか、苦しいとか……あと、『吸われる』って‼」
「吸われる?」
 痛いや苦しいは分からなくないが、なんだ、吸われるって?
「腕に、吸われるって……言って……⁉」
 突如、トシが鼻血を噴き出しながら膝を折った。
「と、トシッ⁉」
 トシは激しく咳き込み、鼻だけでなく耳からも血を溢れさせ、眼球まで真っ赤に充血させる。
「ゲホッ……くそ、なんだ、これ……⁉」
 両手で頭を抑え、青ざめた顔で震えるトシ。
 これは、異能による副作用か?
「異能を抑えてください‼ 頭に負荷が掛かり過ぎです‼」
 ネコメは慌ててトシを落ち着かせようとするが、キチンとした異能の扱いを教わっていないトシには急に異能を御するのは難しいはずだ。
「ど、どうやって……⁉」
「落ち着きなさい‼」
 ネコメの『命令』が届いた瞬間、トシは急激に落ち着き、身体からゆっくり力を抜いた。
「大丈夫か、トシ?」
「あ、ああ……」
 異能は治まったみたいだが、トシにはもう異能を使わせるわけにはいかないな。
「腕に吸われる……つまり、妖木の養分にされる、ということだと思います」
「木に吸い殺されるってことか?」
 今の大木の姿、右腕を中心にして全身を枝に覆われ、左腕の丸太が樹木に成長した。
「まさかあれ、枝じゃなくて、根っこなのか?」
 右腕の根を伸ばし、養分を求め、左腕の樹木を育てる。
「なら、養分を吸う根を切れば……‼」
 チラリと目配せすると、ネコメは僅かに顔を綻ばせながら頷いた。
 右腕を切れば、大木を、助けられる。
「私の爪では、あの太い腕は切れません。それに、銀の毒もあります」
 確かに、ネコメでは大木を殺すことは出来ても、腕のみを切り落とすことは出来ない。木が相手じゃ命令も効かないしな。
「じゃあ、俺が‼」
 俺なら、腕のみを切り落とせる。
「……大地君」
 ネコメは、懐から出したホルスターをそっと手渡してくる。
 俺の、異能具だ。
『ダイチ、やっと出番か?』
「ああ。待たせたなリル」
 ネコメから受け取ったホルスターをベルトに戻し、二本の牙を抜く。
『ステイは終いだな‼』
「俺のセリフだ、リル」
 まさか俺が、お前を助けることになるとはな、大木。
 殺し合いの相手だ、優しくは出来ないぜ。
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