異能専科の猫妖精

風見真中

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旧友編

激昂

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 市内にある国立の大病院。その地下に隠された秘密の入院病棟に、円堂悟志、トシは寝かされていた。
 全身に傷を負っていたトシだが、幸い打撲と打ち身程度で済んでいた。
 ベッドの上で落ち着いた呼吸を繰り返すトシの寝顔を見て、俺は病室に備え付けの椅子の上で貧乏揺すりをしていた。
(大木、トシノリ……)
 過去の異物、俺の中学時代の闇を象徴する男。
 なぜアイツが、トシを襲う?
 決まっている。俺への当てつけだ。
 大木は二年前の事件を、俺との戦いの続きでもしようというのか。
(……ふざけんな)
 二年前も今回も、トシには何も関係ない。
 ただ俺の友達だったからという理由でこんな目に遭った。
 異能にバスケを奪われて、消沈していたであろうトシに、追い討ちをかけるようなこの仕打ち。
 許せない。
『ダイチ……』
 俺の感情の昂りを感じ取ったのか、足元でリルが不安そうな声を出した。
 俺はそっとリルの顎を撫でてやりながら、それでも冷静ではいられなかった。
(大木、お前がどういうつもりで、俺に何をしたいのか。そんなことはどうでもいい……)
 そうだ。アイツの思惑など、今はどうでもいい。
 ただ俺への当てつけなら受けて立つし、違う考えがあれば、それも潰す。
(ただ、潰す。落とし前はつけてやる……‼)
 一人静かに闘志を募らせていると、ガラッと病室のドアが引かれ、ネコメと、見知った顔の中年の男女が部屋に入ってきた。
「大地君、円堂さんのご両親がいらっしゃいました」
 ネコメに促され顔を出したのは、トシの親父さんとお袋さんだ。二人とも仕事を中断して来たのだろう、仕事用の作業着に、手や顔にも工業用のオイルが付いている。
「やあ、しばらくぶりだね、大地君」
「元気だった?」
 俺の記憶の中にある通り、人の良さそうな顔で二人は挨拶してくる。
「おじさん、おばさん、ご無沙汰してます」
 俺は立ち上がり、暗い顔で頭を下げる。
 二人は俺を見て小さく頷き、次いでベッドに横たわるトシに目を向けた。
「全く、最近大人しかったと思ったのに、何やってるんだかなこのバカ息子は」
 親父さんははぁ、と嘆息し、首をすくめながらベッドの横に備え付けられた椅子に腰掛ける。
「どうせまた余計なことに自分から首突っ込んだのよ。ね、大地君?」
 お袋さんは苦笑いを浮かべながら、俺に視線を向ける。
「……違うんです」
 二人が今の段階でどこまで話を聞いているのか知らないが、この怪我はトシに責任なんてない。
 原因は俺だ。
 二年前と同じ、俺のせいでトシはこんな目に遭ったんだ。
 いっそ罵倒してくれれば楽だった。
 うちの息子に金輪際近づくなと、そう言ってくれた方がマシだったのに。
「……私たちはね、大地君」
 俺の葛藤を察したのか、親父さんは目尻を下げながらそっと話しかけてきた。
「息子は、悟志はいい友達を持ったと、そう思っているんだよ」
「え?」
 この人は、何を言っているんだ?
 自分の息子がこんな目に遭って、それでもその原因の俺を、いい友達だと?
「本心さ。現に君は二年前も今回も、私たちよりも悟志のことを心配してくれている。君ほど友情に厚い男を、私は知らないよ」
 親父さんの言葉を聞いて、俺は胸が熱くなった。
 柔らかく微笑むお袋さんを見て、泣き出しそうな衝動に駆られた。
「でもね、それは心配しないという訳じゃない。悟志のことも、君のこともね」
「……ッ‼」
 考えてみれば昔からそうだ。周りに煙たがられてばかりだった俺を嫌な顔もせずに家に泊めてくれて、一緒に飯を食った。
 自分の家よりも居心地のいい場所を、俺に与えてくれた。
 だからこそ、バスケを奪った異能が、家族を引き裂く行いが、トシをこんな目に遭わせた大木が、許せない。
「円堂さん。これから大事なお話があります」
 それまで黙っていたネコメが、親父さんたちにそっと話しかける。
 ポケットから霊官手帳を取り出し、顔写真の貼られたページを二人に見せ、改めて名乗った。
「申し遅れました。私は霊能捜査官中部支部所属、猫柳瞳と申します。これからお話することは、どうかあなた方の胸の内にのみ納めて頂きたく思います」
 訳の分からないネコメの自己紹介に、親父さんたちは揃って頭にクエスチョンマークを浮かべる。まあ、そりゃそういう反応になるよな。
「おそらくは理解し難い話になってしまうかと思いますが、これらは全て事実です。まず、霊能捜査官というのは……」
 ネコメが霊官についての説明を始めた辺りで、俺はおもむろに立ち上がり、リルを連れて病室を出て行こうとする。
「大地君、どこへ行くんですか?」
 背後からかけられるネコメの問いに、俺は「飲み物を買ってくる」とだけ答え、ドアを引いた。
「大地君⁉」
 そそくさとドアを閉め、俺は早足で廊下を歩く。無論、飲み物の自販機を通り過ぎて。
『ダイチ、飲み物買わないのか?』
「ああ」
 幸いこの隔離病棟は基本的に医師も看護師も常駐しておらず、俺たちは誰ともすれ違わないまま専用出口に着いた。
「待ってください‼」
 出口のドアに手をかけた瞬間、小走りでネコメが追い付いてきた。
「どこへ行くつもりですか?」
「親父さんたちへの説明は、任せる」
「そんなことを言っているんじゃありません‼」
 俺はそこでようやく振り返り、ネコメと対峙した。
 ネコメは耳と尻尾、異能を発現させて、俺を見据えていた。
「……大木トシノリという人のところに行くつもりですか?」
「……そうだ」
「何のために⁉」
 何のため?
 そんなの決まっている。
「落とし前を、つけさせるためだ」
 異能のことは、もうどうしようもない。
 トシが異能と混ざったのは変えようのない事実で、そのせいでバスケができなくなったのも、異能専科に編入するのも仕方のないことだ。
 でも、あの怪我は違う。
 あの怪我は大木と俺の因縁に巻き込まれたせいで、トシには何の責任もない。
 だから、俺がその落とし前をつける。
「何を考えているんですかッ‼」
 俺の目的を聞き、ネコメは激怒した。
「異能者が異能で一般人を傷つければ、それはとても重い罪になるんですよ‼」
「……だろうな」
 例えばプロボクサーがケンカで一般人を殴れば、それは普通の傷害罪より重い罪になる。場合によっては殺人未遂になるなんて話も聞いたことがある。
 異能者がケンカに異能を用いればどういうことになるかなんて、バカでも想像がつく。
「異能を使わなきゃいいんだろ?」
「それができないことは、大地君もよく知ってるはずです!」
 確かに。異能混じりは力むと自然に異能が発現してしまう。
 生徒会室の地下で烏丸先輩と戦ったときにも実感したが、能動的な動きをしている最中に異能を全く使わないのは不可能だ。だからこそ、異能者はスポーツの大会には出られない。
「ましてや大地君は異能専科の生徒で、霊官の研修員という立場なんですよ! 異能と混ざったばかりの人が無自覚に異能を使ってしまうのとは訳が違います‼」

「じゃあ要らねぇよ、こんなモン‼」

 ネコメの言葉で、俺は吹っ切れた。
 ポケットに手を入れ、財布から学生証を取り出して床に投げ捨てる。
 次いでベルトに付けられたホルスターごと異能具も捨てる。
「何を……しているんですか?」
 病院の廊下に放り出された俺の異能に関する品々を見て、ネコメは動揺のあまり異能を解除してしまった。
 瞳を揺らし、わなわなと震えるネコメに、俺はハッキリと言ってやる。
「俺はなネコメ、ダチがあんな目に遭わされて黙っていられるほど、いい子ちゃんじゃねぇんだよ‼」
 ネコメの制止を拒絶し、俺は踵を返してドアを開けようとする。
 その背中に、どんっと、ネコメが寄りかかってきた。
「いや……お願い……行かないで……‼」
 ネコメの声は、震えていた。
「ネコメ……」
「逮捕されちゃうんですよ? 学校に、来られなくなるんですよ?」
「……もともと縁のない場所なんだよ」
 そうだ。俺は学校なんか縁遠い人間で、警察なんかの厄介になったのも一度や二度とじゃない。
 昔の俺に戻るようなものだ。
「いやです……八雲ちゃんが居なくなって、大地君まで居なくなるなんて……私いやです‼」
「ッ⁉」
 ネコメは、泣きながら叫んでいた。
 俺の背に縋り、行かないでと、そう泣いていた。
 これ以上友達と離れたくないと。
「……異能で命令してみろよ」
 ネコメの異能、ケット・シーの命令なら、動物の異能混じりである俺は逆らうことができない。
 異能を使えば簡単に済む話を、ネコメは首を振って拒絶した。
「お友達に、命令なんか、したくありません……」
「…………」
 こういう奴なんだ、ネコメは。
 真面目で、ルールに厳しいクセに、根本的に甘過ぎる。
 そんな奴だから、友達になれたんだ。
「……すまん」
 でも、俺は行く。
 ネコメを振り解いて、俺は外に出た。
「……大地君」
「親父さんたちへの説明、任せるわ」
 呆然と呟くネコメの声を聞きながら、俺はそう言ってゆっくり笑った。
『いいのか、ダイチ?』
 足元でリルが不安そうな声を出すが、俺は「平気さ」と言ってリルを抱え上げる。
「大丈夫。考えがあるよ」
『考え?』
 嘘じゃない。
 最初は逮捕も罰も覚悟の上で大木に報復してやろうと思ったが、ネコメの言葉を聞いて気が変わった。
 友達に寂しい思い、させるわけにいかないからな。
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