スキル盗んで何が悪い!

大都督

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第167話 流れて来た災難

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 キラーマンティスの攻撃で負傷してしまったライムの傷を治療士が回復している間と、ミツはヘキドナ達ともう一度作戦の見直しをする事にした。
 ヘキドナが思っていた以上に、自身達が森の中を進む速度が早すぎた事と、キラーマンティスにでくわしたことである。

「このままじゃこの部隊が孤立するね……。どうする坊や?」

 ヘキドナは険しい表情を作り、地面にこのあたり周辺の地図を描いているミツへと声をかける。
 周囲の冒険者が感心する程に、ミツの地図は鮮明に分かりやすく描かれていく。 
 まあ……彼はマップのスキルを発動してそれをそのままなぞるように写し絵を描いているのだから、ネタを知ってる者がいれば、彼はたいした事はしてはいない。
 描き終わったのか、ミツは木の枝を捨て、ヘキドナに向き直る。

「はい……。本来ならエンリエッタさんの部隊が先に農村に辿り着く予定でしたが、現状自分たちが農村に一番近い位置です。ルミタさん達の情報では農村にはまだ家の中などに隠れてる人達も居ると思いますので、悠長にエンリエッタさん達の部隊を待っていては最悪の事態になるかもしれません」

「なら、このまま進むのかい?」

「はい。今回相手にするのはモンスターです。裏をかいて攻撃するよりかは、正面切って戦った方が、村の人達が逃げ込んだ家からモンスターを離す事ができるかもしれません」

「フンッ。つまり坊やは私達に囮になれって事だね」

 ヘキドナは挑戦的な笑みをミツに向けては、少しだけ周囲の冒険者の緊張感を上げる。

「えっ、そんなつもりでは……。いえ……。ヘキドナさん、皆さんにはモンスターの気を引き寄せる囮役をやってもらいます」

 ミツは一瞬否定の言葉を伝えようとするが、彼はあえてヘキドナに向かって囮になる事を促した。
 その言葉に、マネがミツへと険しく視線を送る。

「ミツ、いきなり囮になれって、お前さんは……」

「いえ、マネさん。勿論皆さんがモンスターを引き寄せるのは農村の入り口付近までで結構です。人が隠れている家周りだけでもモンスターを離す事ができればいいんです」

「どう言う意味だシ?」

「はい。自分の持つスキルには、潜伏などがあります。自分が人が避難している家に単独で行きますので、その後にゲートを使い、村人を安全な街道へと送ろうかと」

「なるほど……。確かにそれなら村人を避難させる時に襲われる事も無いわね。でも、それなら逆に虫達が襲ってる家に全員で向かった方が早くない? そのまま家の中にでも入ってそこから君のゲートで帰ればいいじゃない」

 エクレアの案に数名の冒険者が頷き、賛成の言葉を出す。
 確かに下手に囮を出すよりかは、全員で一点集中して攻撃を仕掛ける方が安全性は上がる。
 しかし、ミツはエクレアに対して首を横に振り、農村の方へと視線を送る。

「あの村ですが、見える人には見えたかもしれませんが、100以上のモンスターが家や畑にいます。……ですが、自分のスキルであの周囲を見渡したところ、実は軽く見ても500匹を超えるモンスターが地面に潜っています」

「「「!?」」」

 ミツの言葉に、ゾクリと身震いさせる冒険者達。
 目の前の少年の言葉が真実なら、下手にこの場にいる全員が一斉に突入した場合、地面からの奇襲攻撃にて自身達が虫の餌になってしまうかもしれない。

「チッ……。一種だけならまだしも、あの子達の報告じゃ何種類も居るんだろ。かなり厄介な状況じゃないかい」

「お……恐らくその数なら……アリンツで間違いない……かと。あ、あの……モンスターは敵に回すと、兎に角厄介な相手……です。そ、それに……」

「ルミタさん、そのアリンツってそんなに厄介なモンスター何ですか?」

 ルミタはミツの言葉にコクリと頷き、アリンツの危険度を説明し始める。

「アリンツの餌は草木だけではなく、モンスターの肉……勿論、その……人も食べます……。
私の聞いたことある話だと……アリンツが発見された報告がギルドに行った後、その村に討伐隊が向かった時には……。村人、家畜、全てが食べられて村には何も残らなかったって……」

 アリンツ1匹の危険度は実はそれ程高くは無い。
 寧ろ、1匹なら剣にまだ不慣れなリッケでも問題なく倒してしまう程に弱い方だと思う。
 しかし、その時発見されたアリンツが、卵を大量に産み付ける女王アリンツである事に危険度はぐっと跳ね上げてしまうのだ。
 不運にもそのアリンツを見つけた冒険者はそれがアリンツの女王だとは気づかず、近くに巣がある事だけをギルドに報告しに戻った。
 その際、ギルド職員が討伐隊を送ったが間に合わなかった。
 冒険者がアリンツを発見後、僅か4日でアリンツの卵は孵り、先ずは家畜を餌とし、その後表面を硬く成長させた後に人々を襲ったようだ。人々はアリンツに抵抗するも数の暴力にやられてしまい、アリンツはその村の人、家畜、作物全てを食べ尽くし他の場所へと移動していた。
 廃村となってしまった村を見て、恐らく討伐隊が間に合ったとしても、被害は逃れる事はできなかったかもしれない

「それが500……。それに追加して、他にも厄介なモンスターは居るんでしょ……。恐らくあの辺一帯の森は次々と枯れていくわね……。確か、モスキーやポイズンスパイダーも報告に上がってる程だもん」

 アリンツが地面を潜り移動するモンスターなだけに、木々の根っこは食い荒されてしまうのは間違いない。
 数週間で木は枯れ果て、数ヶ月後には森は緑を失い、この場はただの平地とかしてしまうだろう。

「……仕方ない。あの村はもう捨てるしかないね」

 ヘキドナは農村のある方角を見てボソリと呟いた。
 その呟きが聞こえたミツ達は眉尻を上げ、ヘキドナの判断に反論を口にする。

「なっ!? ヘキドナさん! そんな、見捨てる気なんですか!?」

「リーダー、流石にそれは……」

「姉さん! こうなったらエンリの部隊と合流しましょう! なあに、ミツの支援をあいつらも受ければ力も今以上の戦力になるのは間違いないですよ」

 三人の言葉にヘキドナが呆れた物を見る視線を送り、彼女の後ろからヒョコッと顔を出したシューがヘキドナの言葉の意図を教えてくれる。

「あっ……まったく。あんた達は……」

「ミツ、それと二人も落ち着くシ。アネさんは村を捨てるとは言ったけど村人を見捨てるなんて言ってないシ。 畑の作物は勿体無いけど、多分、もう殆ど虫に食べられてるシ。それなら農村の人達だけでも助ける事ができたなら、また畑を作り直すだけだシ」

 彼女の言葉に、あっと思い自身達の早とちりに反省。
 それにしても、やはりシューは頭の回転が早い子だと思う。ヘキドナの意図を読み取り、更に村の状態を判断した上のその言葉なのだろう。
 
「あっ……そうですね……。すみません、早とちりをしてしまいました。分かりました。策戦の内容は農村をモンスターから守るから変更して、村人を助けるに変更します。その際、自分が村の人を助けるための時間稼ぎを皆さんにはお願いします」

「でもよ……。ミツ、おめえさんを一人で行かせるのは流石に危険すぎるっての」

「マネ、それが今は一番村人を安全に助ける方法だシ。ミツが大丈夫って言うなら、うちらはミツの言葉を信じるだけだシ」

「「……」」

「大丈夫ですよ。マネさん、エクレアさん。村を駄目にしてしまっても、村人を助けることができれば領主様は許してくれますよ。その時は自分がダニエル様にお願いしてみますから」

 ニコリとミツがダニエルの名前を出せば二人は苦笑い。
 庶民である彼女達にとっては、貴族であるダニエルに対して意見するミツの存在が頼もしく、そして恐ろしくもあった。

「うっ……。流石に領主様を出すのはズルいっての……」

「ホントよね……。でも少年、もう一度確認するけど、今この場の責任者は君なのよ。私たちが後々ギルド長や、エンリさんに口を出しても意味がないのは覚えておきなさい」

「はい、分かりました」

 話が終われば、ライムの治療も終わったのだろう。
 彼女はムクリと体を起こし、軽く頭を振っていた。
 マネとシュー、二人が助けられた事に直ぐに感謝を彼女へと告げると、ライムはアハハと笑いながら二人の肩に手を置いて無事で良かったと言葉を返していた。
 実はライムが持っているスキルの中に、ミツも持つ〈自然治癒〉があったのだ。
 そのスキル効果なのか、それとも元々ライム自身が打たれ強かったのか、彼女がキラーマンティスに切られてしまった傷はピッタリとくっつき、既にかさぶたが取れかかっている。
 ライム自身、まだまだ戦える意思を伝え、藪と茂みをかき分け、できるだけ農村に近い場所へと移動する。
 農村に近づく事に、カチカチ、ブーンブーンっと虫が出す音が大きく、そして増えていく。
 身を伏せ隠し、茂みの方から農村へと視線を送れば、そこには数えるのも嫌になる虫の数々。

「ひぇ~。何ですかあの虫の数……」

「ネエサン、あの家とあの小屋だけ、特に虫が集まってるシ。きっとあそこに村人が逃げ込んでると思うシ」

「シューさん、正解です。見たところあの小屋には20人近くと、他にも家畜でしょうか、大きな生き物が中に居るみたいですね。あっちの家にも8人くらい居ると思われます。他の家の中には誰も居ないみたいですね……」

「君、良く解ったわね……」

 エクレアが顔を青ざめさせつつ、虫の種類を確認する。
 シューが指差す方の建物は、確かに周りの家よりも壁や屋根にこびりついた虫の数が違いすぎる。
 ミツがその小屋と家に視線をやり、中の状態をスキルを使用して確認すれば多くの人影が動いているのが確認できた。
 その言葉に驚くゼリ。
 
「一応自分、元アーチャーやってましたから、目と耳は良い方なんです」

「そう……(私もアーチャーやった事あるんだけど、そんな事できないんですけど……)」

「クックックっ。ミツがこっちいてくれて助かったっての」

「それで、どっちから助けるっちゃ? 早いところ動かないとあの小屋も家も持ちそうもなさそうだっちゃ」

「お、恐らく……どっちかに……私達の仲間が……います」

「ルミタさんのお仲間ですか……。分かりました、自分が中に入ってルミタさん達のお仲間を見つけた時はルミタさんとゼリさんを呼ばせて頂きます」

「そうね。私たちが直接あの子達に説明した方が避難も早く済むでしょうし」

「はい、よろしくお願いします」

「じゃ、そろそろ良いかい? あんた達、腹をくくりな。行くよ!」

「「「「「おうっ!」」」」」

 ヘキドナの掛け声と、一斉に茂みの方から姿を見せる冒険者達。
 モンスターは一瞬驚いたのか動きを止めたが、冒険者の数も少ないことに、モンスターは餌が来たとワラワラと動き出し始める。

「来た! あんた達、上手いこと虫共を引き寄せな!」

「オラオラ! ウチの足の速さにおいつけるかシ!」

 ヘキドナの鞭がスパーンっと音を出し次々と虫の頭を吹き飛ばしていく。
 シューの動きは更にスピードを上げ、脚の速いコクロッチを翻弄する。

「せやっ! ライム、まだ傷が痛むなら休んでても良いってばよ!」

「へっ! この程度の傷でウチが戦いを止めるわけないっちゃ! はっ! やっ!」

「それでも無理は止めてくださいよね~。あの子が居なかったら貴女を運ぶことすら大変何ですからねっ! っと。フフン、少年の支援貰うと、やっぱり戦いが楽勝っすね~」

 マネとライムは先程のお返しと言わんばかりに、襲ってきたキラーマンティスの攻撃を防ぎ、反撃の斬撃を二人で食らわせる。
 エクレアは糸を出そうとしていたワームリンクスへと攻撃を仕掛けていた。
 ちなみに、キラーマンティスの攻撃を受け、倒れてしまったライムを運んだのはミツである。

 プーンっと寝ている夜中には聞きたくない音がする方へと視線をやれば、バカでかい蚊、モスキーがこちらに飛んできていた。

「モスキーが動いたよ! 弓と魔法は全力であいつらを撃ち落としな! マネ、鬼っ娘、二人とも無駄口叩いてないで1匹でも潰すんだよ! エクレア、あんたは余裕こいて油断するんじゃない! シュー、無理せず近づいてくる奴だけを倒すんだよ」

「「「はいっ!」」」

 声を出すヘキドナ。その声に背を押される気分なのか、他の冒険者達も次々とモンスターを倒していく。 
 勇ましく戦う冒険者の姿に、怯え逃げるモンスターも居るが、今は目の前の敵だけを目標とした戦いを繰り広げる。

 人が逃げ込んだであろう家や小屋から、モンスターが離れたタイミングとミツが動き出す。

「それではヘキドナさん、あとはお願いします」

「ああ、さっさと終わらせてこんな所から帰るよ」

「ハハッ、それじゃさっさと終わらせて、皆でご飯でも行きましょうか」

 ミツのさりげない食事の誘いに、ニヤリとほくそ笑むヘキドナ。
 彼女は周囲の冒険者に聞こえるほどの大きな声を出す。

「フンッ。 あんたら! これが無事に終わればグラスランク様からの奢りだよ! 坊やが破産しても気にせず、遠慮なくご馳走になる為には死ぬ気で気張りな!」

「えっ!?」

「「「「「はーい!」」」」」

「おおっ、マジかよ!? ミツ、ゴチになるっての!」

「シシシッ。また朝まで飲み明かすシ」

「この数の女の子に奢れるとか少年も懐がでかいわねー。でも遠慮はしない。ごっそさん~!」

「えー。ヘキドナさん」

「ククっ。さあ、坊や。私達の酒の為に働いてきな! 良いかい、無事に終わらせるんだよ。無事にね……」

 突然のことに慌てるミツの姿を見て、彼女はクスリと頬を上げ笑いこぼす。
 そして無事にと言うヘキドナの言葉に、彼は重みを感じ取ったのだろう。
 真面目な表情を作り、ミツはコクリと頷き返事を返す。

「……はい!」

「マネ、鬼っ娘、坊やの道を開けな!」

「おっしゃ!」

「任せるっちゃ!」

 二人は武器を構え、勢い迫る二体のキラーマンティスに先を向ける。
 二匹のキラーマンティスが鎌を振り上げ、それをミツへと振り落とそうとした。
 マネとライムはタイミングを合わせ攻撃を防ぐ。ガキンっと金属と硬い鎌がぶつかり火花を見せる。

「マネさん、ライムさん、助かります!」

 道を切り開いた二人にミツは礼を残し、スキル〈電光石火〉を発動。
 少しでも早く農村に辿り着く為と、ミツの駆け出す一歩は土煙を巻き起こす。
 進む際、足元に沢山いたダンゴ虫の様なモンスターブロディクを蹴り飛ばし、キラーマンティスの胴体にシュート。
 ドカンとまるで砲弾を受けたような音を響かせ、蹴ったブロディクはキラーマンティスの胴体の形を変える程の威力を見せた。
 ブロディクは丸まった時点で鉄球の様に硬くなる。その為、ブロディクを倒すなら動いている時に内側に刃を入れなければ倒す事ができない。
 ミツに蹴られ、キラーマンティスにぶつかったブロディクはいそいそと逃げ出していた。
 これは使えると、ミツはまたブロディクを拾い上げ〈投擲〉スキルをイメージして、カサカサと地面を動いていたコクロッチへと投げる。
 投げられたブロディクは正に豪速球。
 コクロッチを粉砕し、一投で数匹の討伐に成功していた。 
 こんなでかい虫を良く掴めると思うだろうが、丸まったブロディクは本当に砲丸投げに使用する鉄球にそっくりである。
 まあ、大きさはそこそこにあるが、敵に当てるなら程よい大きさであった。
 ミツ自身が電光石火のスキルを使用していた為に、彼が爆走する後に強風に煽られ吹き飛ばされる虫もちらほら。

「は、早っ……」

「もう農村に入ったっちゃ……」

「リーダー……。最初っからあの少年一人を放り込めば良かったんじゃ……」

「ぐっ……」

 ヘキドナはエクレアの言葉に苦虫を噛み潰すような表情を作る。
 後直ぐに、ゴチンっと鈍い音が聞こえた。

「あいたっ! 何で殴るんですか!」

「五月蝿いよ。それより、エンリ達が来る前に後ろからの敵にも気をつけときな。前と後ろ、下手したら虫共に挟み撃ちにあうからね! 後ろの指示はエクレア、あんたがやんな。それとシュー。お前さんはエンリに連絡だよ」

「痛てて。了解です。それじゃ、私は後ろに下がりますね(ふふんっ、楽なポジションゲットー)」

「解ったシ! ネエサン、エンリに何か言付けはあるかシ?」

「んっ。そうだね……。フンッ。首元は抑えた。これだけ伝えておきな」

「ニシシシッ。了解だシ!」

 ヘキドナの指示に直ぐに動き出す二人。
 エクレアは後方の守りと、確かに楽なポジションに付けられたことに喜んでいるが、事実、モンスターの挟み撃ちと言う逃げ場のない状態を回避するにはエクレアの位置は重要な位置となる。
 彼女もそれを理解してか、数人の冒険者を連れて後方の守りへと移動を始めた。
 シューはヘキドナに返事を返した後、直ぐにその場から移動し、少し遠回りになるが自身達が通ってきた道を急ぎ戻り、エンリエッタへと連絡を入れるためと走り出している。
 下手に通った事の無い道でモンスターに出くわしては、それが逆に時間をかけてしまう可能性が高い為である。

「さて、マネと鬼っ娘は……」

「おっしゃ、34!」

「くっ、33だっちゃ!」

「へっ! ライム、このまま突き放してやるよ! そうしたらお前さんの財布の金が無くなるまであたいに酒を奢らせてやるってばよ」

「まだ決めつけるには早いっちゃ! 34!」

「……あいつらは、そのままでいいわ」

 敵を引きつける役割の為、派手な戦いを続けるマネとライム。
 二人が倒すには難しい空を飛んでいるモスキーに注意を向けつつ、ヘキドナはミツの代わりとその場の指示を続けることになった。

∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴

 ライアングルの街に向かっているアベル殿下一行。
 彼らは偶然にもミツ達が居る農村近くを走っていた。
 先頭を走る騎馬部隊が大きく旗を振ったことに馬車のスピードが次第と落ちていく。
 それを疑問に思い、窓から御者をしている騎士へと声をかける重鎮のモズモ。

「どうした、何かあったのか?」

「はっ! 先頭を走る騎馬の旗が大きく振られた為、他の馬車もスピードを落とし始めました。事故や野党が出た訳ではなさそうですが、今状況を調べる為、こちらから一騎走らせております。暫くお待ちください」

「ふむ。解った、報告を急ぐように」

「はっ! 了解しました」

 モズモは椅子に座り直し、窓から止まってしまった風景を眺めているアベル殿下へと声をかける。
 長かった馬車移動もやっと今日にも終わり、目的の場所に到着することに朝からアベルの機嫌も良かった。
 しかし、またその場で足踏みをするような事になり、到着に遅れを出してはアベルの機嫌もどうなるか不安なモズモである。
 彼の機嫌を伺いながら声をかけると、アベルには何か聞こえたのか、少し首を動かし窓の外の様子を調べるような視線をおくりだす。

「やれやれ、ライアングルの街まで間もなくと言う場で……。アベル様、いかがなされましたか?」

「いや……。モズモ、何か聞こえぬか?」

「はて、私には何も……?」

「!?」

 アベルの言葉に疑問符を浮かべるモズモ。
 しかし、もう一人共にこの馬車に乗っている護衛兵には聞こえたのだろう。
 彼は直ぐに馬車の扉をガチャリと勢いよく開け、周囲の騎兵に指示を出し始める。

「全隊、戦闘準備! 警戒を高めろ!」

「なっ、バロン殿、突然何を!?」

 護衛兵の名はバロン・アスリー。
 貴族としての地位も高く、また騎士団の副団長のこの者は、アベルを王とする派閥に属した者である。
 今は硬いヘルムを被っているが、彼の頭はイガグリのようにツンツンとした髪の毛が印象的な人物でもある。
 性格は貴族としての誇りよりも、地位に依存した人物であり、猪突猛進な性格が、彼を副団長に止める原因でもあった。
 今は自身の部隊をつれ、アベルの護衛として共に来ている。

「殿下、モズモ殿、敵襲にございます。私は外に出ては部隊の指示に回ります。お二人は窓を閉め、守りを固めてください。お前らは馬車を守れ、敵を確認する前に陣形を固めよ!」

「「「「「おう!!」」」」」

「はあ……出し抜きを経った罰であろうか……」

「アベル様、ここはバロン殿におまかせしましょう」

「ああ。バロン。他の者に無理をさせるなよ。ここは外道、いざとなれば後退して安地まで引いても良い」

 軽く頭を抑えるアベル。
 彼は窓から顔を出し、バロンと近くにいた騎士達へと気遣う言葉をかける。

「はっ! アベル殿下のご配慮に感謝いたします。皆の者、死ぬ気でアベル殿下の馬車をお守りするのだ! それがお前らの役割、お前らの使命である!」

「「「「「おう!」」」」」

「おいこら、聞けよ人の話を。まったく、脳筋莫迦共め」

 バロンの良いところであり悪い所がまた出たと、アベルは深いため息を漏らす。
 バロンが自身の獲物である大槍を部下から受け取り、肩に背負う。
 
「敵襲!!!」

 バロンが馬を走らせようとしたその時、先頭から先程走らせた一騎の騎士が声を張り上げ戻ってきた。

「「「「「「!?」」」」」」

 バロンが道を開けろと騎士達に手を振る。
 割れた騎士達の間を馬が走り、騎士が飛び降りると勢いつけてはバロンの前に膝をつく。

「報告せよ!」

「はっ! 先程、東側の森より大型のモンスター数体を発見! 現在、先頭部隊が交戦中のこと! 救援を求む連絡が来ております!」

 その報告に険しい表情を作るバロン。
 その場にいる騎士達も警戒を高め、バロンの指示を待つ。
 バロンは目を伏せ、指示を考える。
 先に王族であるアベルを避難させた後、先頭部隊の救援に向かうべきかと。
 しかし、アベルは自身の立場も理解してるゆえに、バロンがどの様な判断を下すのかはすぐに理解していた。
 だからこそ、彼は先頭部隊を見捨てるような発言はしない。

「……。バロン、俺に気にせず行って来い」

「しかし殿下。……承知いたしました」

 意見する言葉を出そうとしたその時、アベルの瞳が彼を動かした。
 彼はまだ若い第二王子であるが、王としての素質は十分に備えた人であると。
 バロンはそれを見込んではアベルの派閥に属している。
 彼の気持ちをありがたく受け取り、バロンは数隊の部隊を残し、急ぎ指示を出していく。

「1番から4番はここに残れ。残りは俺と共に行くぞ」

「はっ!」

「殿下、直ぐに戻りますゆえ、暫しお待ちを」

「バロン殿、お早きお戻りを」

「フンッ。お任せください。どうぞ、モズモ殿は殿下とここでごゆるりとお待ちを」

 不運にもアベル達の先頭部隊を襲ったのは、農村から離れたキラーマンティスの群れであった。
 しかし、その数が実は半分以下だったのは、知らず知らずのアベル達の微々たる運であろうか。
 残りの半分はミツが農村へと駆け出した際、投げたり蹴ったりしたブロディクにて倒されていた為である。
 要するに、今アベル達を襲っているキラーマンティスはミツが取り逃した残党である。

 アベル達の存在など知らないミツは、今正に新しいスキルを目の前にして、彼は悔しい思いをしていた。
 それは何故か……。

「あっ、また一撃で倒しちゃったよ」

 ミツに襲い掛かってくる虫の数々。
 中にはミツの持っていないスキルを持つモンスターもいる為、彼は人々が避難している小屋に近づく際についでとスキルを回収を目論んでいた。
 しかし、キラーマンティス、コクロッチ、モスキーと、ミツの攻撃に耐える事のできる程、虫の耐久力は高くは無い。
 走行している間と、目的の小屋に到着。
 ドンドンと扉を叩き、扉を開けるように中の人へと促す。

「大丈夫ですか!? 自分達はライアングルの街から来た冒険者一行です! 皆さんの救助に来ました、この扉をあけてください!」

「「「!?」」」

 ミツが扉の中にいる人達に向かって声を出せば小屋の中から人の声が聞こえてきた。

「ほ、本当か!? お前ら、助かった! 助かるぞ! 今扉を開ける、待ってくれ!」

 中から若者の声が聞こえてきた。
 彼は声を上げ喜び、扉を外から開けられないようにと何か荷物を置いていたのだろう、ガタガタと扉の内側から物音が聞こえてくる。

「ま、待て! おい、冒険者! 今この扉をあけて周りにモンスターは居ないだろうな!? こっちは子供や家畜がいる。危険な状態では無いだろうな! それと、本当に数人の冒険者が倶に来てると言うならお前の声以外聞こえないのは何故だ!? 本当に俺達を助けにきたんだろうな!?」

 扉を開けようとした人物も、その言葉に扉を開ける手が止まっている。
 ミツがここに来たときには小屋の周りの虫は全て追い払ったり、または討伐している。
 殆どが怯え逃げ出しているモンスターも居たので、この小屋の周りには虫の亡骸が散乱した状態であった。
 声を上げた男は何度も確認する言葉を告げ続ける。
 モンスターに襲われた村人達。
 救援が来たとは言え、村人はまだ不安な気持ちに押しつぶされているのだろうと思い、ミツは別の言葉を添えて声をかける。

「はい、問題ありません。安心してください。それと他の冒険者ですが……すみませんが、そこに冒険者のゼリさんとルミタさんのお仲間は一緒にいらっしゃいませんか?」

「……」

 ルミタとゼリの名前を出せば、先程まで声を荒らげていた男の声がピタリと止まり、代わりに女性の声が扉の内側から聞こえてきた。

「は、はい! 私達が二人のパーティーメンバーの仲間です!」

「良かった、こちらに避難されてたんですね。あの、自分です。試しの洞窟でゲイツさん達と一緒に洞窟を探索したミツです」

 女性冒険者は一瞬声を止めるが、ゲイツの名前と洞窟探索を共にした自分だと名を出すと思い出したのだろう。
 彼女は共に避難した村人達へと、扉の外にいる人物が強い冒険者だと言う事を説明し始めた。

「……!? えっ、あの子が!? は、はい! 覚えています。皆さん、安心してください。今扉の外にいる彼は、確かに冒険者でとても強い方です。先程からこの小屋を襲うモンスターの音も聞こえていませんので、間違いなくモンスターは倒されたと思います」

「そうか……お嬢さんがたがそう言うなら……。すまない、今扉を開けるから待ってくれ」

「はい、お願いします」

 村の人は謝罪の言葉を告げると、ガタガタと音を鳴らしながら扉を開けてくれた。
 まだ外にはモンスターがいる事を説明し、ミツを中に入れるとまた扉はバタンと閉められる。
 中に入れば村の人達の衣服はボロボロ、チラホラと怪我人も居るようで家畜の草牛も息を荒々しく座り込んでいた。
 ミツの姿を見た瞬間、喜びの表情となんだかがっかりした表情と困惑した表情をする人様々。
 助けに来た人物が自身より歳の下と思える人では期待値も下がるのも仕方ない。
 だが、ルミタ達の仲間はミツの姿を見た瞬間、助かったと気持ちが救われた思いだったかもしれない。

「失礼します。皆さん、先ずは落ち着いてください。取り敢えず、皆さんに現状をご説明します。自分達はこちらのお仲間であるゼリさんとルミタさんの報告にて緊急招集に集まった冒険者です。この小屋を囲んでいたモンスターは、入口付近で他の冒険者のみなさんが囮として引き付けています。また、他にもこちらの村に救援として向かって来ている大勢の冒険者がいますので安心してください」

 ミツの言葉に安堵する人々。
 村の状態は酷い有様だが、幸いにもこの場に死者は居ないようだ。
 小屋の中を見渡せば、卵を生む鶏や、馬と草牛と、村の財産を何とか守る事はできた村人。
 しかし、ここから逃げ出す事もできずに怯えていたそうだ。
 一人の男性がここから直ぐに逃げ出そうと扉に手をかける。

「なら、早くここから逃げ出そう!」

「村の入り口にモンスターが溜まっとるなら、井戸のある方から逃げるべ! あそこなら斜面もそんな急でもねえから、こいつらも連れていける。冒険者さん、すまねえが村の娘や子供達を守ってやってくれや。オラたちは牛や馬を連れていくけんさね」

「はい。勿論です。ですが皆さんはこちらから避難してもらいます」

「「「「「!?」」」」」

 ミツは扉に手をかけていた男性を少し扉から離れさせ、出口である締め切った扉に重ねるようにと〈トリップゲート〉を発動する。
 ゲートの先は農村から離れた街道である。
 村人は驚きに暫し呆然とするが、冒険者の女性達が避難を促した事に皆は恐る恐るとゲートをくぐり抜けて行く。
 怪我をして動けなかった草牛には治療を施し、自力で歩いてゲートをくぐってもらう。
 ミツはまだ家の方にも数人村人が残っていることを伝え、後にそちらの人達も助けに行くことを村の人へと伝える。
 ミツはゲートをもう一つ出しては、ヘキドナ達が戦う場所につなげ、ゼリ達の仲間の救助と、小屋にいる村人の避難が終わったことを伝えていた。
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異世界の貴族に転生できたのに、2歳で父親が殺されました。

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