スキル盗んで何が悪い!

大都督

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第158話 破天荒遊戯

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158話


 脅威と伝えられるヒュドラに対するは五つの光。
 美しい翼を広げ、大きな槍と盾をその手に握り、今、五人の精霊がヒュドラへと戦いを挑む。
 この幻想的な戦いをもし詩人が見れば、異様と言われつつも、歴史に語り継ぐ歌が残されたのかもしれない。

「はぁ~。マスターのあの笑顔。本当に最高だったわ。……それを邪魔したテメェは、この槍で絶望の痛みを味あわせながら絶対に貫いてやるよ! いや、その生皮を裂いて、酸をぶっかけてジワジワと溶かしてやろうか!? ああっ!」

 ミツを思いつつ、四女であるダカーポは乙女のように瞳を潤ませるが、ヒュドラに向けるその視線は正に殺意の眼。
 口調をガラリとかえるが、次女のティシモは気持ちは分かると、ダカーポへは軽く窘める程度の言葉しかかけない。

「あらあら。ダカーポ。貫いちゃったらあの蚯蚓がポックリいっちゃうわよ。そうなったら、マスターが悲しむんじゃないかしら?」

「チっ! でも、ティシモ姉様!」

「はいはい。ダカーポ。貴女の気持ちも分かるから、やり過ぎには注意してね。んっ? フィーネ、何を見てるの?」

「メ、メゾお姉ちゃん。あ、あれ。マスターの分身が戦ってるの」

「「えっ、どこどこ!」」

 下の方に視線を向けたまま嬉しそうに羽を羽ばたかせている五女のフィーネに話しかける三女のメゾ。
 彼女がそばに近寄り、フィーネの指を指す先にはミツが出した分身が竜を次々と倒す姿があった。
 三人に分身をだしているが、その姿はミツそのもの。
 メゾだけではなく、ダカーポもそちらに視線を向け、感嘆の声を漏らす。

「んー! マスター、本当にカッコイイわ!」

「ああ、一撃で蜥蜴を駆逐するそのお姿。私は貴方の手に握る武器となり、共に戦いとうございます」

「ほ、本当に、す、凄い……。格好いい……(ポッ)」

「三人とも。マスターの戦いぶりに見惚れるのは分かるけど、今は目の前の掃除が先よ」

「「「はーい」」」

「結構。では、妹達よ! 我らの力を見せ、マスターに喜びを! マスターの為に! アドレイション!」

「「「「アドレイション!」」」」

 フォルテの掛け声に四人の妹が声を合わせ、槍先をヒュドラへと向ける。
 五つの光の翼は、ヒュドラへと素早い速さで槍先を突き立てる。
 ヒュドラは五つの頭を使い、精霊を羽蟲のように叩き落とそうとするが攻撃が当たらない。
 口から灼熱のブレスを吐き、精霊の羽ごと燃やそうとするが、フォルテ達は魔法障壁が使用できるのか、フレイムブレスを受け付けない。
 精霊達はお返しと槍先から光を出し、ヒュドラにぶつけてダメージを与えている。
 恐らくビーム的な奴だろうと、ミツは遠目に見て思っていた。
 ヒュドラの多種多様の攻撃も、姉妹の連携にて彼女達は大きなダメージを受けることなくヒュドラを追い詰めていく。

「私、今夢を見てるのね……。目が覚めたら、きっと屋敷のベットの上よこれは……」

 ミツの分身の三人が竜を倒していく、その姿だけでも目を疑うような光景だと言うのに、更に追加してミツが呼び出した精霊達の戦う光景に等々セルフィは現実逃避を口にし始めた。
 気持ちは凄く分かると、ゼクスは言葉を入れる。

「セルフィ様、そのお気持ちは分かりますがこれは現実です」

「わー! もう、何よあれは! ゼクス、貴方どうせ帰ったらダニエル様達に今日の戦いの報告をするんでしょ。貴方はこれを如何やって説明するのよ! 教えなさいよね」

「ホッホッホッ。私のご報告の相手は、ご理解のある旦那様と奥様のみ。お二人の様に、更に上位の方では無いので、それほど酷な報告にはならないかと」

 ミツの戦いはゼクスの読み通り、バーバリとセルフィは国に報告するだろう。
 しかし、目の前で見せられている戦いでも信じられない光景が続くだけに、これを文章にして相手に伝わるかは疑問である。
 ゼクスの言葉に、眉を寄せる二人。

「むっ……」

「フンッ……」

「と、兎に角。今は少年君が無事に戻ってくる事だけを祈りましょう。どうせ私達には何もできないんですから」

「フムッ……バーバリさん、一つご質問をよろしいでしょうか?」

「……なんだ」

「はい。ローガディア王国にてヒュドラが出現した時、討伐には幾日の日数を必要といたしましたでしょうか?」

「んっ……。確か……歴史には歴代の王が出撃された日数からしか残されてはおらぬ。だとしても、50日以上はかかっておるのは間違いはない。兵を集め、戦の用意をするにも日は必要。兵の数が数百なら二日、数千なら1週間。しかし、その時用意した兵の数は万を超えておる。それを考えるなら急ぎ足でも10日以上は確実であろう」

「なるほど。だとすれば、彼はその万の兵を集める事もなく、それ以上の戦力と計算もできますね。ホッホッホッ」

「……。ゼクスよ、それは全く笑えぬ話だ」

 いつもの飄々とした笑いを溢すゼクスの言葉は、バーバリに頭痛の種を植えさせる発言であった。

 大人達の話し声が聞こえていたのか、ミツの戦いに呆気にとられていたリック達が思った事があった。
 俺達は、またやはりミツに驚かされる光景を見せられたと。
 伝説級の怪物と言われるヒュドラと、神話の中に出てくる天使の戦いは、子供に聞かせるお話としては面白いだろうが、現実に目の前で見せられている分としては心臓に悪い。
 リック達は早々と、次はミツに如何やって驚かされるだろうと思っていた。
 これ以上ミツに驚かされる事があるとしたら、ミツは何処かの王子とか、本当は神様とか、もうありえない想像しか思いつかない面々であった。

 目と鼻の先では分身達が今も、次々とヒュドラのサモンのスキルで出てくる竜と戦っている。
 上を見上げれば精霊達が翼を羽ばたかせながらヒュドラの頭と戦っている。

「見てるばかりじゃ皆に悪いからね。自分も行くよ! 嵐刀!」

 ミツは両手に嵐刀を出しては握りしめる。
 自身に能力上昇系スキルを発動後、その場を蹴り上げる勢いと走り出す。

「フォルテ姉様、マスターが動かれました」

「よし、我らはマスターの盾となり、ヒュドラのブレスを防ぐ! メゾ、ダカーポ、フィーネはそのままヒュドラの頭を撹乱を、私とティシモがマスターの盾となり側に向かいます!」

「「「はい!」」」

「行くわよ、ティシモ!」

「フォルテ、よろしくてよ!」

 竜の集団に突撃の勢いと切り込むミツ。
 威嚇的な声を出し、鋭い牙を向ける竜の首を首チョンパし、数を減らしつつ本体であるヒュドラへと進む。

「はっ! せい! 次!」

 仲間が倒されても召喚された竜には恐怖心は無いのか、ミツに襲いかかる竜。
 ミツの背後から飛びかかった竜が、空中でティシモの槍に横から貫かれる。

「ハッ! マスター、お怪我は、ご無事ですか!?」

「マスター、我ら姉妹、貴方様と共に参ります!」

「ありがとう。分かった、ついて来て!」

「「はい!」」

 フォルテの言葉にミツは頷き返し、二人に左右を守られた状態に駆け出す。
 ヒュドラの二つの頭が口を開けると、またヒュドラはミツの方へとフレイムブレスを吹き出す。
 頭二つ分と言う事で、炎の勢いは凄まじく、近づいてくる熱気に肌を焼く思いに暑い。

「くっ! ブレスが来る! 二人とも自分の後ろに! 壁を作るよ!」

「「マスター! 我らにおまかせを!」」

「えっ!」

 炎を防ぐ為と、天岩戸スキルを発動しようとしたその時。
 フォルテとティシモの二人がミツの前に移動し、自身の盾を前に突き出す。
 盾はみるみる大きくなり、二人の盾が重なり一つの盾として三人を炎から守った。

「その様な吐息程度のブレスに、我らのマスターに傷などつけれると思うな!」

「マスター、今です!」

 ブレスの炎を盾で受け止め、ミツへとフォルテが今だと声を出す。
 ミツは二人の横をすり抜け、ガラ空き状態のヒュドラの胴体へと、両手に持つ嵐刀でダイレクトアタック。
 腕をクロスさせた状態に、上から下に勢い良く嵐刀を振り下ろす。
 硬い鱗をその身体にびっしりと身に付けようと、ミツの嵐刀には意味はなさなかった。
 バリバリと激しい音をだしつつ鱗を剥いでいく。そして嵐刀はザシュっと肉を切り裂いた。
 ヒュドラの胸部分には、大きなバッテンの傷が深く刻まれる。
 その瞬間、激痛がヒュドラを襲い、耳を塞ぎたくなる様な鳴き声を出し、痛みに全ての頭を振り回す。
 その場でのたうち回るようにヒュドラは暴れだした。

「きゃあ!」

「フィーネ! 大丈夫!?」

 突然暴れだしたヒュドラの頭にぶつかる寸前、それをギリギリに回避するフィーネ。
 バランスを崩した彼女を姉であるメゾが背中から抱きしめる。

「あ、ありがとう、メゾお姉ちゃん。うん、それよりもマスターの分身が!」

 フィーネの視線の先には、暴れだしたヒュドラの胴体から避け続ける分身の姿があった。
 ヒュドラはサモンにて出した竜をも巻き込み、胸の痛みにぐるぐると胴体を回し続けている。
 巻き込まれた竜はブチブチとヒュドラの大きな胴体に潰され、数を減らしていく。
 メゾはもう一人の妹の名を呼び、分身を助けるためと彼らの方へと羽を羽ばたかせる。

「ええ、ダカーポ、行くわよ!」

「はい! 姉様!」

 ミツの分身はスキルで出した者であり、別に本人ではないのだが。それでも精霊の彼女達にとっては、それが分身であろうともミツの容姿をしている彼らを放って置くことなできないのだろう。
 三人は高くジャンプしていた分身の三人を各自背中から抱きしめ受け止める。
 ミツ本人もヒュドラに一撃入れた後、回避とフォルテに抱きしめられ空へと避難していた。

「良かった、三人もあれなら安心だ」

「マスター、お見事です。たった一撃にてあれ程のダメージを与えるとは」

「ありがとう。でもまだスキルが取れる状態じゃないけどね」

 ミツはフォルテに抱きしめられた状態。
 空中から地面で未だウネウネとのたうち回るヒュドラを鑑定しつつ見下ろしていた。
 しかし、痛みに身体は未だ暴れていても、ヒュドラの瞳はミツから視線を外してはいなかった。
 五つのヒュドラの頭が一斉に口を開け、口の中に紫色の炎を出す。
 火のフレイムブレスでもない。
 氷のコールドブレスでもない。
 それはヒュドラのスキルの中で、一番の威力を持つ〈龍の息吹〉である。
 その炎を見た者はゾクリと身震いさせ、ティシモが警戒と声を張り上げる程であった。

「フォルテ!」

「くっ!」

 その声にフォルテはミツを抱きしめる腕の力を入れ、羽を大きく羽ばたかせては飛ぶスピードを上げる。
 ヒュドラの吹き出した紫の炎は全てを破壊する勢いとフロアの壁にぶつかる。
 洞窟内を大きく揺らし、衝撃は扉の外にいる仲間たちにも影響を及ぼす。
 試練の扉は確かにモンスターの攻撃は一切受けつけない作りだが、他は違う。
 ただの岩壁は破壊され、ヒュドラの攻撃がプルン達へと襲いかかる。

「やべぇ! 皆、伏せろ!」

 リックは迫る紫の炎から仲間を守る為と、スキルの〈城壁〉を発動。
 更にミーシャがその前に〈アイスウォール〉の氷壁を発動する。
 二枚重ねの壁を張るが、ヒュドラの攻撃を防ぐにはそれは薄い膜でしかなかった。
 氷壁は破壊され吹き飛び、城壁も砂の城が風で吹き飛ばされるように崩れていく。
 炎に包まれる恐怖心は全ての者に死を覚悟させた。
 だが、自身を包み込んでしまうと思ったその炎が身に当たる前と、突然周囲が暗転したように暗く周りが見えなくなってしまった。
 目が溶かされ、視力を失ってしまったのか?
 一瞬そんな考えが過ぎったが、近くに居る仲間たちの姿は薄っすらと見えている。
 それよりも、まるで何かに包まれているかのように、ゴーっとした音だけが耳に入って来る恐怖が彼らを襲う。

「な、何だ……。おい、皆、無事か!?」

「ええ、大丈夫。驚いたけど怪我もないわ」

「こ、これはいったい……」

「はぁ……はぁ……。あ、危なかった……。良かった、ここに自分が残ってて正解だった」

 戸惑う言葉にまぎれ、分身が安堵の言葉とガクリとその場に膝を崩した。

「んっ!? ミツさん!」

「ミツ!」

「少年君! どうしたの!?」

「小僧!」

 突然目の前で膝から崩れた分身へと、ゼクスとプルンが彼の顔を覗き込む。
 すると、分身は恐怖に大粒の汗を出し、息も荒々しくも、良かったと強く目を瞑り身体を震わせる。

 分身とは言え、少年の見たことのないその姿に、セルフィとバーバリ、両者が焦り声を出した。

「い、いえ。ご心配かけました。一先ずヒュドラのブレス攻撃には耐えたようで良かったです」

「攻撃を耐えたって……これは君が出したの?」

「はい。武道大会で相棒……いえ。えーっと。その時、壁として出した守りの魔法です。セルフィ様はお屋敷に帰られていたので見たのは初めてかもしれませんが」

 リックとミーシャの発動した城壁と氷壁は簡単に破られ、あわや皆はヒュドラのブレスに飲み込まれてしまう所を、分身が〈時間停止〉を発動し、新たに炎から皆を守るためと壁を作りだしていた。
 氷壁の〈アイスウォール〉土壁の〈アースウォール〉。
 それだけではブレスの勢いは防げないと察した分身は、天岩戸スキルを急ぎ発動する。
 時間停止の停止時間は20秒。
 その僅かな時間で、分身は急げ、急げとドーム状に天岩戸を展開。
 更に天岩戸を強固とする為、物質製造スキルを発動して壁をカチカチに固め、ミリの隙間もない状態に創り上げた。
 先程から耳に聞こえるゴーッとした音は、龍の息吹が天岩戸を焼いている音であった。
 分身のこのファインプレーに、ミツ本人は心から安堵していた。

「良かった。分身を消してしまってたらと思うと、皆が本当に危なかった」

「マスター、あの暴れるヒュドラをどうにかしなければ、我々の攻撃がままなりません。一度安全な場所まで引き、我々姉妹が引きつけますのでマスターがその空きを突いてください」

 ミツを抱きしめ飛び続けるフォルテが、自身達を囮にする提案を出す。
 だが、ミツはそれを即却下。

「君達を囮に? そんなのは駄目だよ。」

「マスター……」

「それより、あいつの龍の瞳を先ずは封じないと。でも、恐らく目を攻撃しても避けられるだろうから、別の策を考えないといけない……」

「マスター、口を挟むことをお許しくださいませ」

「どうしたの、ティシモ?」

 ティシモは側に近づき、ならばこれはと彼女も提案策を出す。

「はい。私に策がございます。この策を現実にする為と、不甲斐ない我々にマスターのお力をお貸しください」

「構わないよ。自分は何をすればいい?」

「はい。それでは……」

 ヒュドラの攻撃を避けつつ、ミツはティシモから策を聞く。
 ティシモの言葉に、ミツは険しい表情をつくり、ヒュドラを見る。
 何故なら、その策戦はミツの試したことの無い事ばかり。
 だが、サポーターであるユイシスもティシモの策に太鼓判を押す程に、今の状況では最善策と言ってきた。
 五人姉妹の中でも、ティシモは知恵に優れているとフォルテの言葉に、彼女の有能さを今感じる。

「分かった、その案で行こう! 皆、聞いてほしい。壁を崩されてしまったせいで、今は被害は扉の外のプルン達にまで行ってしまっている。自分の我儘でこうなってしまった事に先ずは謝る。だからこそ、ティシモの策にて、もしヒュドラを倒したとしても悔いはない。頼む、皆の力を貸して欲しい」

 ミツの言葉に、メゾ、ダカーポ、フィーネに抱きしめられている分身も頷く。
 ミツの決意にフォルテが笑みを作り声を出す。
 その気合に合わせるように、妹達が合わせるように横一列と並び、美しく翼を広げた。

「我らはマスターの望むままに!」

「「「「はい!」」」」

「ありがとう! 行くよ皆、煙幕!」

 煙幕スキルをミツと分身三人が一斉に放出。
 フォルテ達に抱きしめられたミツが煙幕を出せば、それはまるで曲技飛行を行う様に見える。
 煙幕はモクモクと煙を出し続け、ヒュドラを包み込む。
 ヒュドラのスキル〈龍の瞳〉でもミツ達を見失うこととなった。
 フォルテ達は翼の羽ばたきの音、そして風の流れで壁や姉妹同士ぶつからないように飛んでいる。
 彼女達の見た目は天使だが、今彼女達がやってる事はコウモリの様に超音波で飛ぶ生き物か、仲間を探すイルカみたいだ。 

「マスター、ヒュドラの視界を奪いました!」

「良し、次! フォルテ!」

「はい! 放します!」

 ミツの言葉に合わせ、フォルテはミツを抱きしめる手を離し、彼を地面に落す。
 ミツ自身は煙幕の効果は無いので、地面が見えているので落下事故は無い。
 だが、彼が地面に着地した瞬間、ビチャっと水溜りに降り立ってしまった。
 何でここに水溜りがと思い、よく見るとそれはヒュドラに潰された竜の血溜まりであった。

「うわっ……。びっくりした、竜の血か」

 足場にあっては足を取られるかもしれないので、ミツは地面に手を起き竜の血をアイテムボックスへと入れる。
 竜の血はザザサッと水音を鳴らし、アイテムボックス内に掃除機に吸い込まれるように地面から血を消した。
 
 ヒュドラの方に視線を向けると、ヒュドラの頭は獲物を探すように絶えず首を動かしている。たまに頭同士がぶつかる音はするが、硬い頭同士だけにダメージは無いのだろう。

 ミツはティシモの提案した次の策戦に行動を移す。
 地面に両手をあてがえ、イメージを出す。

「さて、行くよ! 泥沼! 」

 忍術スキル、水と土、二つの属性の合わせ技〈泥沼〉
 このスキルは文字通り足場を泥濘と変え、対象の足場を崩す事ができる。
 暴れるヒュドラはドプンっと泥水に石を落としたような音を鳴らし、暴れる足場の動きを止めることができた。

「足元は崩した! 分身の三人、頼んだよ! ヒュドラを抑えて!」

 声を出すミツに三人の分身は頷き、スキルを発動。

「「「双竜!」」」

 フロア内に響く大きな地響き。
 そしてフロアの壁がガラガラと岩を崩して姿を表した〈双竜〉スキルで出した土の竜。
 その数は六体。
 六体の土の竜に囲まれた状態のヒュドラだが、煙幕の効果でその光景を見るのはミツのみ。
 土の竜は姿を見せたと同時に、分身は直ぐに指示をだし、六体の土の竜を動かす。
 岩でできた鋭い牙を見せ、大きく口を開けた土の竜六体がヒュドラの首へとがぶりと食らい付く。
 ヒュドラはいきなり全ての首が噛みつかれた事に暴れるが、泥沼の効果で足が動かせない。
 巻き付く土の竜が重すぎて体が動かせない。
 ブレスを吐こうとするが首を噛まれてブレスが出せない。
 それでもヒュドラは抵抗する様に首を動かそうとする。

「まだ暴れる!? なら押さえつけるまで! 水鎖!」

 忍術スキルの一つ〈水鎖〉。
 これは捕縛を目的としたスキルであり、ダメージは与えない。
 それでも今のヒュドラにはこれで十分な効果がある。
 ミツは泥沼の中から水の鎖を出し、ヒュドラをハムの様に縛り動きを止める。 

「抑えた! 攻撃に討つ! フォルテ!」

「はい、マスター! 妹達よ、行きます!」

「「「「はい!」」」」

 フロアの天井に飛ぶ美しい五人の精霊。
 五人は槍先を合わせ、槍先から光を出す。
 五つの光は大きな天光となり、真っ直ぐにヒュドラへと降り注ぐ。
 攻撃が有効なのか、ヒュドラは激痛に叫び声を上げる。

「胴体がガラ空き! 剣山!」

 更に発動する忍術スキル。
 風と土、二つの属性の合わせ技〈剣山〉
 ミツが指定する足場に、千の剣山を突き出させる攻撃スキル。
 足を奪うだけの泥沼から突然剣山が突き出し、硬いうろこをグサクザと突き破り、ヒュドラに大きなダメージを与える。
 そして、土の竜が噛みついていたヒュドラの首のいくつかがゴキっと骨を折る音がしたその時。
 ミツが待ちわびた時が来た。

《ミツ、ヒュドラのスキルがスティールできる状態になりました》

「来た! 絶対に取る! スティール!」

 ユイシスの言葉に心弾む思いの彼は、掌をヒュドラに向ける。
 そして流れ込むようにユイシスのいつもの声が脳内に響く。

《〈フレイムブレス〉〈サモン〉〈グラビティーボマー〉〈属性耐性(Ⅴ)〉〈状態異常無効化〉〈龍神の力〉〈龍の瞳〉〈龍の息吹〉を取得しました。》


フレイムブレス
・種別:アクティブ。
灼熱の炎の息吹を出す。レベルが上がると効果が増す。

サモン 
・種別:アクティブ。
竜を召喚できる。

グラビティーボマー
・種別:アクティブ。
重力の球体を出し攻撃をする。レベルが上がると効果が増す。

属性耐性(Ⅴ)
・種別:パッシブ。
自身の属性値を上げる。

状態異常無効化
・種別:パッシブ。
自身の与える状態異常を全て無効化する。

龍神の力
・種別:パッシブ。
全てのステータス150%UP。

龍の瞳
・種別:パッシブ。
敵対する者を全て見極め、見つけ出すことができる。

龍の息吹
・種別:アクティブ。
全てを破壊するブレスを吐く事ができる。
自身にもダメージを与える。

《〈属性耐性(Ⅴ)〉を取得した為〈火耐性〉〈水耐性〉の効果を失いました。〈状態異常無効化〉を取得した為〈気絶耐性〉の効果を失いました》

(そうか、これは魔法威力増加と同じでそれ以下の効果のスキルは、効果を出さなくなるのか。まあ、結果プラスなんだから良しとしよう)

 ヒュドラのスキルを盗むことができたミツ。
 彼はこの時本当に運が良かったと言える事が彼も気づかずと起きていた。
 それはヒュドラのスキル〈龍神の力〉である。
 これはヒュドラの様に頑丈な体、硬い鱗に覆われた状態だからこそ、ヒュドラはこのスキルを持っていたのかもしれない。
 もし、それが無いただの人がこのスキルを持てば、体内から力が溢れ、穴という穴から血が溢れ、筋肉は膨張して無残な死を迎えたのかもしれない。
 ミツにその現象が起きず、彼がこのスキルを自身の物にできたのは、破壊神バルバラの加護の効果あってであろう。
 ヒュドラの力も、破壊神の前では蜷局を巻いたただの蛇である。
 
 分身の出した天岩戸の一部をガラガラと崩し、リックが飛び出すように出てくる。
 どうやらミリの隙間も無く強固に作り上げたせいか、空気穴が無かったようだ。
 あわや酸欠状態になる所だったが、天岩戸を揺らす龍の息吹が止まったことに、分身は安全を確認後に一部の壁を崩したのだろう。

「ぷはっ! な、何だあれは! ヒュドラの周りに新しい竜のモンスター!?」

 飛び出して来たリックは周囲の惨状も気になるが、それよりもうめき声を出し苦しむヒュドラの姿を見て目を見開き驚いていた。
 いや、彼だけではなく、その光景を見たものは唖然とするしかできないだろう。

「あれは大会でミツ君が出した竜!? 凄い!」

「何よこの戦い!? ミツ、ミツは何処!?」

「分からない! 煙が充満してよく見えないわ!」

 大会で見た覚えのある竜の姿に、リッケは直ぐにそれはミツが出した双竜だと思いつく。
 リッコの言葉は正に周囲の者の思う言葉。
 恐怖に震え上がらせていたヒュドラは今正に瀕死状態になるほどにボロボロ。
 六体の土の竜がヒュドラの首に食らいつき、今にも首を引きちぎる音を出している。
 強固な鱗に覆われた体は焼け溶けた跡がちらほら。
 水の鎖に縛られ、ヒュドラの胸には大きな傷。
 更に剣山に足場は串刺し状態に血を流すヒュドラ。
 圧倒的な勝敗が決まったと思えるこの光景に、バーバリは苦虫を噛み潰した思いに顔をしかめる。

「ぐぬぬ! 小僧、貴様はどれ程の力を備えておるのだ!」

「ねえ、あの竜の上に居るミツ君は違うの!?」

「いや、ミーシャ。あれは自分と同じスキルで出した分身だよ。相棒なら……あそこの煙の中に居る」

「何処ニャ!? あ、居たニャ! ミツニャ!」

「確かに。少年君よ!」

「フムッ。どうやら次の一手にて、戦いに終止符を決めるようですね」

 次第と薄れゆく煙幕の中に、分身が指差す場所にはミツが居る。
 プルンがミツの名を叫ぶように呼ぶと、周囲がそちらに視線を向ける。
 ゼクスの言うとおり、ミツは最後の一手をヒュドラへと叩き込む準備をしていた。

「……。行くよ! 嵐球!」

「「「「ミツ!」」」」
「「ミツ君!」」

 ミツが嵐球を掌に出せば、周囲の煙が激しく霧散。
 ミツは履いている靴に物質製造で強固に変え、足裏に硬質化を発動して駆け出す。
 目の前の剣山も気にもせず、その上を走る。
 足を取られることも無く、ミツはヒュドラの懐に近づき、大きな傷をつけた場所へと、嵐球を叩きつけた。
 ヒュドラに叩きつけられた嵐球はズドンと心臓に響く重低音を出し、大きなヒュドラの体を後方に下げる。
 ブチブチと肉の切れる音が土の竜の口から聞こえ、反動にヒュドラの体は正面に倒れる。

「倒れるぞ! 小僧ども、伏せろ!」

「任せて……」

 バーバリはリック達の前に立ち、飛んでくる岩などから皆を守ろうと背負う大剣を前に出しては、それを盾代わりと身構える。
 そこに分身が一声だし、氷壁を二重に展開。
 氷壁に飛んできた石がバチバチと音を出し、まるで弾痕の様に無数に氷壁へと傷がついていく。
 ヒュドラが倒れた事に、ビルや煙突を爆破解体した様な振動が洞窟内を揺らす。
 そして巻き起こる土煙。
 それは直ぐに晴れ、咳き込むミツの姿を見せることになった。

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 魔法が存在し、魔物が跋扈し、人々が剣を磨き戦う世界、『ミリオン』  この世界では自身の強さ、もしくは弱さを知られる『ステータス』が存在する。  そして、どんな人でも、亜人でも、動物でも、魔物でも、生まれつきスキルを授かる。  それは、平凡か希少か、1つか2つ以上か、そういった差はあれ不変の理だ。  しかし、この物語の主人公、ギル・フィオネットは、スキルを授からなかった。  正確には、どんなスキルも得られない体質だったのだ。  そんな彼は、田舎の小さな村で生まれ暮らしていた。  スキルを得られない体質の彼を、村は温かく迎え・・・はしなかった。  迫害はしなかったが、かといって歓迎もしなかった。  父親は彼の体質を知るや否や雲隠れし、母は長年の無理がたたり病気で亡くなった。  一人残された彼は、安い賃金で雑用をこなし、その日暮らしを続けていた。  そんな彼の唯一の日課は、村のはずれにある古びた小さな祠の掃除である。  毎日毎日、少しずつ、汚れをふき取り、欠けてしまった所を何とか直した。  そんなある日。  『ありがとう。君のおかげで私はここに取り残されずに済んだ。これは、せめてものお礼だ。君の好きなようにしてくれてかまわない。本当に、今までありがとう。』  「・・・・・・え?」  祠に宿っていた、太古の時代を支配していた古代龍が、感謝の言葉と祠とともに消えていった。  「祠が消えた?」  彼は、朝起きたばかりで寝ぼけていたため、最後の「ありがとう」しか聞こえていなかった。  「ま、いっか。」  この日から、彼の生活は一変する。

うっかり『野良犬』を手懐けてしまった底辺男の逆転人生

野良 乃人
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辺境の田舎街に住むエリオは落ちこぼれの底辺冒険者。 普段から無能だの底辺だのと馬鹿にされ、薬草拾いと揶揄されている。 そんなエリオだが、ふとした事がきっかけで『野良犬』を手懐けてしまう。 そこから始まる底辺落ちこぼれエリオの成り上がりストーリー。 そしてこの世界に存在する宝玉がエリオに力を与えてくれる。 うっかり野良犬を手懐けた底辺男。冒険者という枠を超え乱世での逆転人生が始まります。 いずれは王となるのも夢ではないかも!? ◇世界観的に命の価値は軽いです◇ カクヨムでも同タイトルで掲載しています。

リリゼットの学園生活 〜 聖魔法?我が家では誰でも使えますよ?

あくの
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 15になって領地の修道院から王立ディアーヌ学園、通称『学園』に通うことになったリリゼット。 加護細工の家系のドルバック伯爵家の娘として他家の令嬢達と交流開始するも世間知らずのリリゼットは令嬢との会話についていけない。 また姉と婚約者の破天荒な行動からリリゼットも同じなのかと学園の男子生徒が近寄ってくる。 長女気質のダンテス公爵家の長女リーゼはそんなリリゼットの危うさを危惧しており…。 リリゼットは楽しい学園生活を全うできるのか?!

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