スキル盗んで何が悪い!

大都督

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第139話 閉会式

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139話

 フロールス家にあるホールにて、ロコンの声が拡散機にて響き渡る。
 人々の視線が集まり、挨拶と先ずはカイン殿下が壇上に立てば、セレナーデ王国の貴族達がカインへと臣下の礼を取る。

「皆、武道大会が終わった。しかし、それは正式な終わり方ではなかった。皆も知っているであろうが、残念だが武道大会の会場の破損も酷く、続行は不可能と判断された。だが、それでもそれまで戦ってくれた選手達へと、戦いの労いを欠かしてはならん。なぜなら、この大会の自主を忘れぬ為。そして、我々の為、己の武勇を魅せた戦士の為にこの場を広めとする」

 カインの短い挨拶が終わり、次にフロールス家領主、ダニエルがカイン殿下と代わって壇上に立ち、遥々来訪してくれたローガディア王国代表者と、エンダー国代表者に礼の言葉を述べていく。
 そして、大会中の騒ぎを共に謝罪を入れた。
 後は国へ帰るも、まだ暫くこの街に残って旅行気分を楽しむのも本人の自由。
 ダニエルは出場した選手一人一人の名を呼び、その者に賭けられた賭け金の一部を旅費として渡していく。
 麻袋に入ったその金額は、賭けられた者で一人一人違う金額である。
 チャオーラにはこの場にいないバーバリとルドックの分も共に渡されるが、残念ながら彼女はそれを受け取る事が今は出来ない。
 大会で片腕を失ったチャオーラの隣にベンガルンが身を下げつつ近づき、ダニエルから三人分の金の入った麻袋を受け取る。
 ダニエル自身も若くして腕を失い、絶望を1度経験している。
 その為か、彼はチャオーラへと深い感謝の言葉を幾度も送っていた。
 麻袋を持ったベンガルンが側に戻って来た事を、一瞥を送り眉を寄せるエメアップリア。
 多額の金を貰おうと、自身の私兵であるチャオーラの失った腕と比べてしまうと、どんなに積み重なった金を見ても彼女の気分が晴れるわけがない。
 その後も次々と出場した選手へと金の入った麻袋が渡される。
 ダニエルに対して大半は礼儀を持つのだが、自身の主ではないと思う者は、ダニエルから麻袋を受け取るとそそくさと元の場所に戻る者もいた。
 礼儀知らずと言われるだろうが、下手に他国の貴族に尻尾を振るマネはできないのもその国のルール。
 ダニエルはそれを理解している。
 他貴族ではなく、ましてや王族のカインやマトラスト辺境伯にこの役目を任せることはできないので、ダニエル自身がこの譲渡役を行っている。
 ダニエルの性格をよく知る者なら、彼がそのくらいで不敬罪などと騒ぎ立てることはないのを承知してのことである。
 またメイド姿になっているシャシャに金の入った麻袋が渡された後、最後はミツの順番が来た。
 ミツの名が呼ばれた瞬間、周囲の者全ての視線を彼が集める。
 ここでダニエルの婦人であるパメラがトレーを持って壇上へと近づく。
 そのトレーの上には数々の品が乗せられていた。
 パメラが壇上の上に立つダニエルの前に置いたのち、彼女は静かにその場を離れていく。
 後にダニエルはロコンの近くにいるエマンダへと頷きを送った。
 ロコンがエマンダから羊皮紙を受け取り、それを読み上げていく。

「皆様、武道大会にて残念ながら試合を棄権されたミツ選手。彼が棄権した理由を、今この場を借り、皆様にご説明させていただきます……!?」

 ロコンは続きを読もうとするが、その内容に彼女は目を見開き、言葉を失ってしまう。
 一度エマンダへと視線を送った後、ダニエルにも視線を送る。

 二人が頷いたのを確認した後、ロコンが静かに続きを読み上げていく。
 その内容に会場内はどよめき、ざわざわと声が出てきた。
 内容は大会中、フロールス家の虜囚事件、そしてステイルのダニエル暗殺計画。
 この二人は結託し、フロールス家を壊滅に追いあり、暗殺計画があったと公表した。
 前者は本当の事だが、後者はマトラストの知恵である。
 また、フロールス家の虜囚事件の犯人が捕まったことも告げられる。
 それがこの場にいないベンザ伯爵と言う事が公表されると、顔色を青くする者、明らかに動揺が隠せぬ者がチラホラといた。
 マトラストはその者達をみては、頬を上げてニヤリとほくそ笑む。
 そして、ミツが試合を棄権した理由は、虜囚されるダニエルの子息を救う為と、連れ去られた馬車を追いかけた為に、試合を棄権したと説明される。
 また、早々とダニエルの家族を救い、大会に戻ってきたミツが見た異常な光景。
 彼は観客の人々を救う為と、直ぐに動き出す。
 ステイルの計画していたダニエル暗殺計画はミツの戦いにより阻止された。
 彼の行いでフロールス家だけではなく、試合を観戦していた大会関係者が救われた事をこの場で公表する事となった。

「勇敢にも私の家族、民を救ってくれた貴殿の勇気に感謝としてこれを送る」

 ダニエルはいつもの話し方とは違い、公表の場として、貴族の伯爵としての態度でミツに言葉をかける。
 ミツはパメラとエマンダ、二人から貴族への立ち居振る舞いを前もって教わっていたのでその通りにダニエルへと頭を垂れる。
 ダニエルはミツに大会中に賭けられた金をまず渡し、その後ミツの前にトレーを差し出す。
 その上には美しくも装飾を施された数々の品がのっている。
 
「今回の大会では優勝者は出ることはなかった。よって貴殿の戦いを評価し、優勝者に送られる品を貴殿に送るとする。受け取るがよい」

「はっ。伯爵様の御好意、謹んでお受け取りいたします」

 トレーの上にあるのは優勝者が本来受け取るべき品々。
 天使の腕輪、瞬速の足枷、治力の盃である。
 この三点はミツがダニエルへと、昨日希望した物でもある。
 ミツは金銭を受け取るよりも、元々大会の賞品と言う限定的な物が欲しかった。
 それは天使の腕輪の効果がミツにとって魅力的に見えたため。
 天使の腕輪を装着した者は、ステータスを20%もアップさせる。
 一般の冒険者が身に着けても微々たる効果しかないが、ミツの様に一般人よりもオーバーなステータスを持つ者には、20%増加は戦いにて見えた効果をだす。
 瞬速の足枷は足枷と言う名前はついているが、実際はリングが二つと、個別とした金色のリングを身に着ける物である。
 これも身に着けた者の移動速度を増加させ、歩く際の疲労軽減の効果を秘めた魔術具であった。
 治力の盃は見た目ただのおちょこにしか見えないが、その使用効果は冒険者として喉から手が出る程に欲しい品物である。
 盃に水を入れると使用した者の魔力の有無で、その効果を変える物であった。
 例えば魔力を持つリッコがこれを使用すれば、中に入れた水は傷を癒やす回復薬に。
 反対に魔力を持たないプルンがこれを使用すれば状態異常回復薬になるのだ。
 ミツは傷を癒やすも状態異常を治すのも、治力の盃を使用せずともスキルがあるので必要する物ではない。
 これはダニエルからのおまけ的な贈り物なので、取り敢えず貰えるものは貰っておこうと、トレーを受け取り元の場所に戻る。

「最後に、カイン殿下の挨拶にて閉会とさせていただきます」

「諸君。この度は決勝戦、前回優勝者と、勝ち上がってきた選手の戦いが見れなかった事は残念である。しかし、フロールス家が大会の場を整え、また多くの選手を集め、我々を迎える日が来ることを、次回の楽しみとしよう」

「さて、ここで皆に伝える事がある。ダニエルよ、前に」

 カインに呼ばれたダニエルは前もって言われた手順通りと、右腕の袖を捲り、ホールに集まった貴族に見えるように右腕を上げる。
 ダニエルは貴族の一部では片腕貴族と陰口を言われる程に、彼が右腕を失っていたことは知れ渡った事実であった。
 それでも民の為に自身で動く姿に惹かれる者もいるが、貴族としてそれを醜いと思う者もいる。
 そんな彼の右腕には、失った右腕が付いている。
 貴族はざわめき、驚きに目を瞬かせる。

「「!!」」

「見ての通り、ダニエルの右腕はこの通り元に戻っておる。これはマトラスト辺境伯が独自に入手した最高級のポーションの力である。ダニエルはこれ迄幾度も我々近隣各国の集まるべき場を用意し、民衆からの支持も高い。よって、ダニエルへと褒美とし、この右腕を与えた」

「!?」

 カインの話にエメアップリアが目を見開き、側にいる片腕を失った私兵のチャオーラへと一瞥をおくる。
 彼女は顔を下げ、奥歯を強く噛みしめるのだった。
 周囲の拍手も聞こえない彼女に、側にいる者達は声をかけることができなかった。

「カイン殿下。マトラスト辺境伯様。お二人のお気持ち、私は深く感謝いたします。我が失った右腕をお戻しいただき、私はこの感謝を国へと、必ず我がフロールス家として深き忠誠としてお返しいたします」

「……よろしい。それではこれにて閉会とする」

 カインの言葉を最後と、ホールに再度大きな拍手が沸き起こる。
 そして、庭の方では食事ができるようにとパーティーが始まる。
 貴族達は出場した選手達へと声をかけたり、王族であるカイン殿下へと自身の印象を残そうと挨拶に動いたりと、その場はまだ騒がしく話し声は耐えない。
 初戦で負けてしまったライムやシャシャにもやはり屋敷の私兵にならないかと声をかける者もいた。
 ヘキドナは貰う物は貰ったと、貴族に声をかけられる前に、ミツに軽く手を振った後はそそくさとホールを退出して出ていってしまった。
 ミツは受け取った品をアイテムボックスにしまい、ヘキドナ同様にホールを退出しようとしたその時だった。
 
「人族の小僧、止まれ」

「?」

「……フンッ」

「えーっと……自分ですか?」

 声をかけてきたのはエンダー国の王子。
 今は王妃レイリーの私兵として動いているジョイスであった。
 彼はミツの言葉に当たり前と、こっちへ来いと顎を動かして招く。

「ああ、そうだ。お前以外に誰がいる。母上……いや、王妃様が貴様を呼んでいる。早々にこちらに来てもらおうか」

 あまりにもジョイスの不躾な誘い方に、後ろにいたスリザナの焦り声が聞こえてきた。

「ちょっと、ジョイス様。そんな誘い方の言葉では相手に失礼ですよ」

「スリザナ、ならば貴様がその者を母上の前に連れて来い」

 その言葉を残して、ジョイスは踵を返しエンダー国の席の場へと戻ってしまった。
 呆れるスリザナ。
 彼女はジョイスの言葉に乾いた笑いをミツに向けるが、その顔は全く笑っていなかった。

「うわ……。えーっと……アハハ……。悪いけど、こっちに来てもらえるかな。王妃様の圧も凄くてさ。ここで君を連れてこれなかったら、私の首が永遠に身体とバイバイしちゃうかもしれないから……ね」

「は、はい。ご挨拶ぐらいなら問題ありません……(彼女も大変だな……)」

 スリザナの後を歩き出すミツを遠目で見ていたカイン殿下とマトラスト。

「動きましたか……」

「どうする、マトラスト」

「どうするも何も、本人がエンダー国に足を向けてしまっては我々に止める権利はございません。それよりも、礼の場を止めようものなら、我々がいらぬ叱責を受けるのは明確です」

 他国との外交の場では、何がきっかけで互いの足元を救われる結果になりかねない。
 ミツの能力を自国に固持するような真似をこの場でするなら、他国への宣戦布告と思われても仕方ない。
 エンダー国の王妃はそれを回避する為と、数日前の会議の場で自身の手元に置いとく事を前もって宣言している。
 あの場でカインも同じ事を言えばレイリーと同等にミツを取り合えたのかもしれない。
 だが、第三王子と第一王妃の発言力では力が大きすぎる為に、判断は国へ送った早馬任せのカイン殿下とマトラストであった。

「失礼。セレナーデの王子よ。良いであろうか」

 カイン殿下とマトラスト、二人の会話に入ってきたのはローガディア王国の王女、エメアップリア。

「? これはこれは。エメアップリア姫。この度は参列いただき、誠に感謝いたします。して、いかがなされました」

「いや、私は父上の希望に従い参列したまで。感謝の念はカルテット国の王へと気持ちを送ると良いの。……その、そちらの御仁に話があってな、少し良いであろうか」

 エメアップリアはカインとの会話を早々に止め、側にいるマトラストへと会話の場を申し込んできた。
 他国の姫君の願い、カインはマトラストへと場を譲った。

「んっ。マトラスト」

「はっ。ローガディアの姫君。改めてご挨拶をさせて頂きたい。私、セレナーデ王国の外れにあります、リッヒントの街にて辺境伯を務めております。マトラスト・アビーレ・リッヒントにございます。カルテット国の姫君が態々足をお運びいただく程に、私めに何かご要望でも」

「うむ。貴殿に頼みたい事があるっての。これはローガディア王国の王の代理としてではなく、私一個人、エメアップリアの願いである事を先に伝えておくの」

「……分かりました。ローガディア王国とは友好を結べき相手。内容によっては私ができる事ならば力をお貸しいたします。ですが、私の街は離れた辺境にございます。姫君のご希望に添えますかは分かりかねませぬ」

「感謝するのよ。早速であるが……」

 場所を変えて、エメアップリアとの話場となるマトラストであった。
 
 ジョイスに連れられ、外の中庭へとやって来たミツ。
 そこにはエンダー国に住む人々。いや、亜人種が数多く見られる。
 魔族の他に、大会で見かけた骨族、阿修羅の様に顔がいくつもついた者、手が異様に長い者、体中を包帯の様な布を巻いて、大きな瞳でこちらを見ている者。
 鳥のような鳥人も少し見られる。
 また、ライムと同じ鬼族もチラホラ。
 しかし、一番多かったのがやはり顔が青く、瞳を赤くした魔族であろうか。
 数多くの兵士はその場を固く守り、他国の者を入れまいと厳重に警備を固めている。
 兵士達はミツを見た瞬間、緊迫とした空気の中、明らかに動揺が見えたが、その場を離れる者は流石にいなかった。
 
(うわ~。亜人種の人ばかりだよ……)

「ここで待て……」

「はい」

 ジョイスは一言残し、中庭の中央に建てられているガゼボへと一人足を進める。
 レースのカーテンで中は見えないが、人の気配は確かにそこにある。
 ジョイスがガゼボの前で膝を折り、ミツに対しての話し方とは裏腹に、敬愛する者へと口調を変え、ガゼボの中に居る人物へと言葉をかける。

「……王妃様、例の者を連れてまいりました」

(例の者って……。この人に客人の相手はやらせては駄目なのでは……)

 〈聞き耳〉スキルで少し離れたジョイスの失言も耳に入ってしまう。
 ミツが呆れた表情をしていた為か、隣にいるスリザナがジョイスの言動をフォローするかのように声をかけてきた。

「はあ……」

「ごめんね。ジョイス様は王妃様以外には誰にでもあの対応なのよ……」

「それは、周りの人も大変ですね」

「そうなのよ……」

「王妃様の許しである。外方者を前へ」

「はっ!」

 ジョイスの言葉に兵士達は道を開け、ミツを中庭へと招き入れる。
 ガゼボの前にミツが立つと、ゆっくりとガゼボのレースが開けられ、エンダー国の第一王妃、レイリー・エンダー様の姿が顕となる。
 魔族特有の紫のメッシュが入った黒い髪、赤い瞳、少し青みがかった肌、更に魔族の特徴である小さな角。
 他の魔族とは違い、レイリーとジョイスの角は漆黒の色。
 これは魔族の中にある貴族的血が濃い魔族ほど目に見えてこうなるようだ。
 ミツの姿を見て、レイリーが不敵に笑う。

「フッ……」

「貴様! お前は今、誰の前に居ると心得るか。母上……いや、エンダー国の第一王妃、レイリー・エンダー様の御前ぞ! 直ぐに膝を折らぬか!」

「おっと。これは失礼しました」

 謁見の場であるにも関わらず、自身が敬愛する王妃へとミツが膝を折らない事に腹を立てるジョイス。
 ミツはジョイスの言葉にそうだったと思い出しながら膝を降り、頭を下げる。

「よい……。ジョイス、少し下がれ。童がよく見えぬ」

「!? はっ……。クッ」

 ミツではなく、ジョイス本人が邪魔だとその場を下げさせる母の言葉に軽くショックを受け、ミツを睨みつけるジョイスであった。
 ただの八つ当たりである。

「初めまして。冒険者として旅をしております、ミツです。エンダー国の王妃様にお初にお目にかかれた事に感謝申し上げます」

「……良い」

「「「!!!」」」

 ミツの挨拶を受け、レイリーは一言だけ発言する。
 その言葉を聞いた文官や兵達は驚きに目を見開き、ミツは更に視線を集めていた。
 レイリーはとても気難しく、あからさまな媚びへつらいを極度に嫌う傾向がある。
 しかし、本人がそれを嫌がってもレイリーは第一王妃。
 挨拶する者がそれを承知していたとしても、本人を前にしては低姿勢になってしまうのは仕方ないのだ。
 だが、ミツの挨拶は正直褒められた程上手くもないし、礼儀としては不合格であろう。
しかし、それが逆に功を奏したのかもしれない。

(えっ、何その反応? あっ、挨拶が上手くできたのかな)

「童は放浪者と聞いておる……。不作法であるが、そこは瞑るとしよう」

(はい、違いましたね)

「余はエンダー国のレイリーである。詳しくはそこのジョイスが述べたので省かせてもらう。……余はこの数日、童の戦いを見ておった。先ずは余を楽しませた事に童に礼と言葉を送る」

「ありがとうございます」

「ふむ……。先程の言葉を少し撤回しよう……。全てが不作法と言う程でもなさそうじゃな……。童は歳はいかほどに。それと、童はいつから旅をしておる」

「はい。歳は今は15です。幼き頃から亡き祖父と物心ついた頃から旅をしており、自分でも何歳からか旅をしていたのかは詳しくは覚えておりません」

「そうか……。童にはまだ聞きたい事が多数ある」

「はい。どうぞ、何なりと」

 今まで他者に興味を持たなかったレイリーが珍しく本人が進んで相手へ質問をかけている。
 これだけでも驚きな事であり、息子のジョイスですら見たことの無い母の笑みに更にミツに対して嫌悪感が増して睨みを効かせていた。
 ただの嫉妬である。

 レイリーの質問はミツの素性から聞き始まり、本質を探る言葉が続いた。
 聞かれた質問は以前カインとマトラスト、そして巫女姫のルリとの初顔合わせの話場があったときの内容と、それほど大して変わらなかった。
 だが、その質問の回答の話し方。
 王妃様相手だと言うのに、敬意を示す気のない返答。
 ミツは一応当たり障りの無い返答はする物の、時折敬語などを忘れた口調に、ジョイスはミツに対して怒りを膨らませていた。

「良きに。……童、お前はこの国に未練はおらぬか?」

「未練?」

「……」

 ミツが疑問符を浮かべた返答をした事に、レイリーは先程までの微小たる笑みを消す。
 その瞬間、その場にいたエンダー国の兵、文官、側仕え全ての者が背筋をゾクリと感じさせる思いとなる。
 今のレイリーの瞳は、相手を射殺してしまう恐怖を与える程にとても不気味に瞳の奥が揺らいでいる。
 事実、レイリーの言葉一つで幾人もの魔族の首が飛んでいる。
 このままではミツもレイリーへ不敬を行ったと言われ、斬首が執行されかねない。
 他国でその様な行いはあってはならない事。
 レイリーの放つ異様な雰囲気に震える身体を押し殺し、一人の魔族が静かに一歩前に出ては、頭を下げる。

「し、失礼いたします……。私、エンダー国にて左大臣を務めております、アンドルと申し上げます。以後、お見知りおきを。ミツ殿、王妃様は貴殿を高く評価されております。貴殿は武道大会の試合の後、戦勝の礼を我が国、レイリー様へと送られております。よって、貴殿の願いを王妃様は寛大なお心にて受入れ、貴殿を王妃様の私兵として、我が国へと招きたいと思っております。その返答を王妃様はお待ちしております」

「え?」

「んっ?」

「戦勝の礼?」

 アンドルの説明に更に疑問符を増やすミツ。
 場の空気が異様な雰囲気に変わっていく。
 口に出す者はこの場にはいないが、大半は何を今更言っているのかと、周囲の者達の思いは重なっているのかもしれない。

「「「……」」」

 この場で、それって何ですかとも聞ける空気では無い事はミツ本人でも察したのだろう。
 お助けのサポーターであるユイシスへと、戦勝の礼の意味を質問する。
 ユイシスは直ぐにその意味を教えてくれた。

《ミツ。戦勝の礼とは、この世界では武道大会の様な戦いで勝利した後、その者へ頭を下げる事は自身を雇用してくれと言う意味があります。ミツはバーバリとの戦闘に勝利した後、目の前にいるレイリーへと戦勝の礼を行ったことになります》

(えっ! マジで。どうしよう……。そんなつもりは無かったんだけど……)

《問題はありません。ミツは他国にも同じことをしてます。この場で直ぐに答えを返す必要もありません。それに》

〘あんたは先にやる事があるでしょう〙

「!」

 ユイシスとの会話の途中、創造神であるシャロット様の声が割り込んで来た事に、思わず身体をビクリとさせるミツ。
 異様な行動に見えたのか、アンドルが訝しげに声をかけて来る。

「……いかがなさいましたかな、ミツ殿」

「い。いえ……」

(シャロット様、突然会話に入ってきたら驚くじゃないですか)

〘ああ、すまんすまん。些細なことだし許せ。いちいち気にしてたら禿げるわよ〙

(はぁ~)

 ミツはシャロット様の言葉に呆れつつ、ユイシスに相手にどう答えるべきかを教わり、そのままレイリーへと伝える事にした。

「王妃レイリー様にお応えします。私は他国にも戦勝の礼を行いました」

「……」

「他国との会談もせずにエンダー国にこの場で返答してしまうのは、なんとも不躾。もしお許し頂けるのなら、他国との会談を済ませた後に改めて返答をしたく思います」

「……であるか」

 ミツの言葉に、彼女は静かに目を瞑る。
 レイリーは理由を理解して受け入れたが、息子のジョイスは母の落胆とした姿に彼は声を張り上げてきた。

「貴様! 王妃様のお心遣いを無下とする発言は許さん! 貴様のその発言を今直ぐに撤回し、この場で忠誠の言葉を吐かせるまで!」

「ジョ、ジョイス様!」

 ジョイスは自身の腰に携えた剣を抜き、剣先をミツへと向ける。
 中庭に響くジョイスの怒鳴り声に周囲の人々に緊迫とした空気が張り詰める。

「うわ~、あのマザコン莫迦王子、他国で問題起こすきなの!?」

「……」

 スリザナの言うとおり、ジョイスの浅はかな行為はエンダー国の品を下げ、他国との友好関係にも亀裂を起こさね兼ねぬ行いである。
 ミツに向けられた剣先には止の言葉を入れない王妃レイリー。
 ミツも向けられた剣先に少しイラッとしたのか、ジョイスへと睨みを効かせる。

「ぐっ! 貴様、他国との会談とは、我がエンダー国を天秤にかけると同様! 貴様の都合に合わせる必要がどこにある。再度問う。王妃様へ忠誠をすると言う発言以外は受け付けぬ。心して答えよ!」

 ジョイスが威圧を込めながら、一歩前に進む。
 ミツに突きつけられた剣先が更に近づいた所で、アンドルと他数名の文官が間に入りジョイスへと止の言葉をかける。

「ジョイス様、お止めください! 我々は他国に足を踏み入れております。ミツ殿が人族である限り、この場で人族に剣を振り下ろしては人族に対しての宣戦布告に取られかねませぬ!」

「左様で! ジョイス様! お怒りをお沈め下さいませ」

「ジョイス様!」

「ぐっ! 黙れえぇぇ!!!」

「「「!?」」」

 ジョイスはアンドル達の言葉を聞き入れることも無く、怒りのまま自身の剣を振り上げ、邪魔をする文官達へとその剣を振り下ろした。
 あまりにも身勝手、そして助言した者へのこの仕打ち。
 ミツはジョイスの振り下ろす右腕に握られた剣へと掌を向け、スキルを発動した。

(スティール!)

「!? なっ!」

 突然自身の手から消えてしまった剣。 
 振り下ろした腕にジョイスはバランスを崩し、倒れそうになる。

 そして、ジョイスがカチャリと音がする方を見れば、自身の剣を地面に押し付けるミツの姿が視界に入る。

「お、俺の剣!? き、貴様! いつの間に!?」

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