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第127話 人の悩みと想い。
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冒険者ギルド、ギルド長のネーザンと副ギルドマスターのエンリエッタ、二人との話が終わり、部屋から退出。
「失礼しました……」
今回、自分は冒険者として、街に対しての迷惑行為にあたるとして、ギルドからペナルティーを食らうことになった。
人の避難作業を行ったことに対しては厚く褒めの言葉をもらったが、残念ながらそれはそれ。
最後に自分のスキル〈双竜〉で起こした被害が大き過ぎる為に、最低限のペナルティーを課せられてしまった。
仲間たちは、人々の命を救ったにも関わらず自分のペナルティーは可怪しいと言ってくれていたが、武道大会の会場と観客席の破損、また魔石画面に映像を送る魔導具などなど、もう上げたらきりが無い程に自分のスキル発動は損害的被害を出していた。
また〈双竜〉のスキルで出された水の竜。
これが良いと思ってやった鎮火作業。
その水の竜が出した水が流れ泥土となり、武道大会会場の外にまで被害を出している。
火事は起きなかったが、地面は泥土に汚れ、馬車の車輪などを飲み込み走れなくなってしまう。
更には出店も被害が酷く出ている。
それに関してエンリエッタからは雑務の作業を行う事を指示された。
そしてもう一つ。
これはギルドマスターのネーザンからのお使い?の様な物。
この街、ライアングルの街から真っ直ぐ北上し、バチューの街とオラヴィの街。
この二つの街にある、冒険者ギルドへと手紙を渡して欲しいと言われた。
手紙を渡した後、もう一つ、羊皮紙のスクロール状に巻かれた手紙も共に見せろと指示を受けることになった。
ネーザンの手紙は急ぎではないので、先にエンリエッタから与えられたペナルティーの依頼を受けにカウンターへと移動。
そこには今回共にペナルティーを受けることになっている女性陣四人の姿もあった。
「こんにちはヘキドナさん」
「坊や、ギルド長とエンリエッタとは話してきたかい?」
「はい。今回のペナルティーに対しての細かい説明と、改めてその……。エンリエッタさんからはお叱りを頂きました」
エンリエッタからお説教混じりの説明があったことをヘキドナへと伝えると、彼女は嫌そうな顔をしつつ鼻を一つ鳴らした。
「フンッ。アイツの事だ、今回の依頼を断るならギルドカード剥奪とか、人の揚げ足取るような面倒くさい事言って来たんだろう」
「ありえますよねー。あの副マスなら~。ところで私達の今回のペナルティー依頼って、何をするのか君は聞いた?」
「えーっと。確か雑務がメインでしたね。街の清掃、荷物運び。この二つを五人でやって頂戴だそうですよ」
ヘキドナのメンバーの一人、エクレアは自身の胸を寄せながら腕組みをし、周囲の仲間たちを見ては誰がどこに行くべきかを考える。
「清掃と荷物運びか~。マネは荷物運び、シューは清掃は確実ですね。リーダーはどうしますか?」
エクレアの言うとおり、小柄な身体のシューが荷物運びの作業に回ってもあまり役にはたてない。
マネも細かい掃除などの事が苦手なので、力仕事の方が彼女は役にたてるだろう。
二人は分かったと二つ返事にエクレアへと返す。
「はあ……。私は掃除に回るよ。まだ試合の疲れも避難誘導時の疲れも抜けてないんだ。少しでも楽な方を選ばせてもらうよ」
「なら、私もリーダーと同じ清掃にいきますよ。君はマネと二人で荷物運びの依頼やってて頂戴」
「荷運びですか? 別に問題ないですよ」
「そうそう。君にはアイテムボックスもあるんだし、最適な仕事じゃない」
「シシシッ。ミツ、サボらずに頑張るシ!」
「シュー、それはお前もだぜ。ミツ、さっさと依頼を受けて早めに終わらせようじゃないかい」
「早くって……。マネ、早く終わったら終わったでまた別の仕事回されるわよ。こう言うのはね、適度で良いのよ。適度でね」
エクレアが両腕を後ろに回し、ペナルティーの仕事は適当に片付けるような発言をしていると、いつの間にか彼女の後ろにいたエンリエッタがコホンと一つ咳払いを入れ声をかけてきた。
「エクレア、そう言った考えでは困るわね」
「うぎゃ! エ、エンリエッタさん!」
エンリエッタは自身の眼鏡をクイッとかけ直す。自分の位置からは光りで彼女の瞳は見えなかったが、恐らく近くにいたエクレアは彼女の厳しい瞳が見えたのだろう。
蛇に睨まれたカエルの如く、その場でくすみあがってしまっている。
「エクレア、これはただの依頼じゃないのよ。貴女達の冒険者としての責任力を測る依頼なの」
「うっ……。そりゃ、分かってますけど……。無報酬ってのがやる気が起きないんですよね……」
エクレアは自身の両方の人差し指を合わせてイジりながら、エンリエッタの視線から逃げるように自身の視線を泳がせている。
はぁっとため息を混ぜながら、マネがエクレアの気持ちもわかると言う。
「まあ、エクレアの言うこともわかるっての。でもよ、アタイらがこの依頼受けないと姉さんが大変なことになるっての」
「そうだシ。エクレア、ネエさんの為にしっかりと働くシ」
「む~……」
マネもシューもここに来るまでに色々とぶつくさと言っていたにも関わらず、今は自身だけがペナルティーの依頼を嫌がっているような雰囲気に、頬を膨らませ不機嫌になるエクレア。
そんな彼女をみて、姉のヘキドナが口を挟む。
「……。フッ。別にあんたが無理して受ける必要はないんだよ。これは元々私の問題。あんた達は無理に受ける必要もないんだからさ」
「うー。リーダー、そんな事言わないで下さいよ! 分かりました。分かりましたから!」
自身が尊敬もするパーティーリーダーのヘキドナからそんな言葉を聞かされては、彼女も納得するしかないのだろう。
少し目元を赤くしつつ、ペナルティーの依頼を受けることを改めて承諾していた。
依頼は明日からと言うことで簡単な説明をカウンターのナヅキに受けていると、シスター服のままのプルンが冒険者ギルドへと入ってくる。
冒険者ギルドには似つかわしくない格好に周囲の視線がプルンへと集まるが、その人物がいつも騒がしい声を出している娘と解ると、周囲の視線は直ぐに戻り、見ていた掲示板や手に持つ酒に視線は戻されていた。
プルンもローゼからの依頼を承諾した事に、リッコも依頼を受けることになった。
これでリック、リッケ、リッコとプルン。
そしてローゼ、ミーシャのブロンズランク六人となり、護衛依頼の条件を満たしたことになった。
また、トトとミミもローゼの言うとおり採取依頼をいくつか受け、護衛依頼の帰り際に皆でその依頼を済ませて帰ってくる計画を立てたようだ。
プルンはエンリエッタからギルド部屋へとそのまま連れて行かれ、スパイダークラブの情報提供分の報酬の話となった。
内容的にはプルンの行いはギルドから見ても評価は大とし、今まで食べられなかった食料を手に入れた事、また良品として足を取ればスパイダークラブの胴体等の素材品も良品として取れることにネーザンはプルンを手放しで褒めている。
いつも小言ばかりのネーザンがプルンを褒めることに彼女は照れくさいのか、顔をうつむかせ、照れ臭そうにしていた。
さて、今回のプルンが得た情報だが、食料の確保の他、スパイダークラブの素材を良品として確保できる方法。
この素材情報の方が実はギルドとしても大きな利益を出すことになった。
スパイダークラブの脚は素材としては弱いが、食料としては使える。
胴体部分は食べることはできないが鎧や武器の素材としては使える。
ネーザンはプルンへと破格の情報料を提示していた。
彼女は最初こそ、なんの数字だと思う程の情報料を見せられたが、次第とその顔は苦悶とした表情へと変わっていく。
理由としては本当にそれを貰って良いのか。
また、それは自身だけで受け取るべきではない物と思っていたようだ。
プルン一人だけで得た物ではないし、ミツが居なければ得る事のできなかった物事でもある。
ネーザンはプルンの母代わり……いや、母であるエベラとは昔ながらの親友関係であった。
だからこそ、目の前の娘が自身の友と言えるエベラそっくりな性格に育っている事に、ネーザンは内心喜び笑っていた。
エンリエッタは改めてスパイダークラブの情報はプルンが渡してきたこと、ミツや仲間たちが承知した上でプルンへと情報提供料が行く事を説明する。
プルンはようやく納得したのか、深々と二人に頭を下げ、スパイダークラブの情報料を受け取ることになった。そして、プルンが受け取った情報料、虹金貨3枚と金貨50枚が彼女へと渡された。
あれ程貧困としていた生活が一変し、プルンの教会は教会その物を建て直しできる程に金を蓄えることができていた。
それは彼女の弟妹であるヤン達が立派に大人になった後でも十分すぎる程に豊かに慣れたことであった。
何故ここまで彼女に運が回ってきたのか。
それは近くに桁外れな運の持ち主がいた効果もあったのだろう。
ミツとの出会いが彼女の家族を救い、一人不安な冒険者時代から変わって、多くの新たな仲間も増えた。
暫くミツが彼女の側から離れたとしても、彼女を支える仲間や家族がいてくれるおかげで、プルンの心が凍えることはもう無いだろう。
ミツの初めての冒険者としてのパートナーとして、彼女は今までの不幸を全て跳ね返す勢いと幸運に恵まれていた。
次の日、プルン達は護衛依頼のために朝早く教会を出ていった。
行き先はそれ程遠くない場所とはいえ、初めての護衛依頼。
彼女たちへと、自分はおまじないである能力上昇系スキルをかける為に、見送りにきていた。
見送りの際、少し離れて自分はリッケに呼ばれ話をしていた。
「あの。ミツ君。その……」
「如何したのリッケ?」
「実は……どうも僕はマネさんから避けられているみたいで、もし彼女が怒っているようなら、その理由をミツ君からさり気なく聞いて貰えませんか……?」
「マネさんが? うん……。解った、それとなく聞いてみるね。でも、何でマネさんがリッケを避けるの?」
「すみません、僕にも何故か分からなくて……。こんな事をミツ君に頼むのも悪い気がするんですが……」
昨日、冒険者ギルドにマネ達が来た時の事だった。リッケがマネへと話しかけた時、マネはリッケに対しての返事は塩対応並に素っ気なく、視線を一度も合わせてくれなかったとリッケは内心落ち込んでしまっていた。
近くにいたシューもマネの対応が素っ気ないと言うほどに、マネはリッケに対して冷めた対応をしていたようだ。
以前の飲み会で自身がマネへと失礼なことをしたんじゃないのか? それとも怒らせるような発言を気づかずにしてしまっていたのではと、彼から出発前と相談を受けていた。
今日はマネと共に荷運びの作業を行うので、彼女と話す機会はあるだろう。
彼女が怒っているならその原因をリッケに教えてあげようと自分は思っていた。
ローゼとミーシャが近寄り、自分へと話しかけてくる。
「ミツ君、今回は共に依頼は受けれなかったけど、また今度何かの依頼を受けましょうね」
「はい、ローゼさん。その時を楽しみにしときます。リック達の事、よろしくお願いします」
「ええ。分かったわ」
ローゼにリック達の事も頼むと一言添えると、隣に立つミーシャが突然自分を抱きしめてきた。厚く柔らかいミーシャの胸に包まれたまま、彼女は更にギュッと抱きしめる力を込める。
突然の事に隣にいるローゼも止めることもできず、唖然とその光景を見るしかできなかった。
自分は余裕で避けることもできたが、自分が避けるとミーシャが地面にコケるかもしれないのであえて。そう、あえて避けなかったのだ。
「行ってくるわねミツ君。私達が帰ってくるまでに、絶対に何処かに行ったりしないでね!」
「は、はい。大丈夫ですよミーシャさん。ペナルティーの依頼は数日分とエンリエッタさんから課せられましたから。それが終わらないと自分は普通の依頼も受ける事もできませんし、素材の買い取りもしてもらえませんからね」
「そうね……」
「ちょっと! 二人とも何やってるのよ!?」
「あっ! いや、これはミーシャさんなりの行ってきますのハグで、深い意味はないよ」
自分に抱きついたままのミーシャをみて、リッコが自分とミーシャを離そうとする。
ミーシャから身体は離れたが、突然自分は服を引っ張られた事にミーシャの豊満な胸を掴んでしまった。うむ、柔らかい。
「あんっ!」
「うわっ! ご、ごめんなさい」
「何やってるのよ、このエッチ」
「自分が悪いの!?」
「リッコ、そのスケベを取り敢えず放っとくニャ」
「だから誰がスケベなのさ。もう」
リッコはプンプンと怒っているが、ローゼがミーシャに一撃入れた所を見て納得したのだろう。
彼女は直ぐに怒りを抑え、平常に戻ってくれている。
「そうだ。皆、良かったらこれ」
「んっ? なんだコレ?」
「紐? でも、凄く編込みがされてるわね」
「ミツ君、何これ?」
「これはベル……じゃない、腰結びだよ。お守りも縫い付けてるから着けてくれると少しだけ、本当に少しだけ戦闘で強くなれるよ」
アイテムボックスから前日に作った、8人分の腰結びを取り出す。
長さは全て同じであり、紐に縫い付けているステータスが上昇する魔石が幾つも散りばめられている。
見た目も良く、男性女性、また前衛後衛関係なしに誰が身に着けても変な見た目にはならない仕上がりとなっていた。
「へー、あんたが作ったの?」
「うん。マーサさんのお守りの編込みを見本として作って、お守りの縫い付けはアイシャが手伝ってくれたんだよ」
「そうなの……。ミツ、ちょっとこれ持ってて」
「はいはい」
リッコは手に持っていた杖を自分に渡し、自身の腰に腰結びを巻き始める。
腰回りが細いリッコだが、紐は邪魔にならないように余った部分は纏めて結べば問題はない。
「うん。悪くないわね。折角だから使ってあげるわ。ミツ、ありがとうね」
「うん。どういたしまして」
リッコが率先して腰結びを巻いたことに他の皆も腰に巻き始める。
プルンもローゼもこれなら狩の邪魔にもならないと理解したのか、しっかりと身に着けてくれた。
「ニャ。これは良いニャね」
「ええ、邪魔にもならないから私にも使えそうだわ。ミツ君、ありがとうね」
「ありがとうニャ」
作ったベルト、もとい腰結びを喜んでくれている皆をみて、彼らを笑顔で見送ることになった。
今回ローゼ達が受けた護衛依頼は、イベント期間中にお店を出していた商人の護衛だった。
馬車が二台分にもなるので、確かに最低でも五人の護衛は必要になる依頼であった。
馬車の中は敷物や布生地の品。
食料ではないがそこそこに高価な品を護衛することになる。
無事に戻ってくることを願いつつ、皆が出発したのを確認した自分は約束の場所へと急ぐ。
場所は武道大会会場に近い物置広場。
ここで馬車の荷降ろしや人々が搬入作業をしているようだ。
約束の場所へとたどり着けば、マネが既に待っていた。
「おーい! ミツ、こっちだっての!」
自分の姿を目視したマネは大きく手を振り、呼びかけてきた。
「すみません。マネさん、おまたせしました」
「いやいや。アタイもさっき来たところだっての。さて、早速やるかい!」
「はい。よろしくお願いします!」
ペナルティーの依頼1日目。
初日の依頼は荷物の移動がメインだった。
出店の片付けや商品の入った木箱を馬車へ詰め込み作業。
主に力仕事がメインなので、マネ以外の三人はこの仕事はできなかっただろう。
マネは見た目も勇ましく、女性であっても男に負けない働きを見せ、店の店主や現場監督のような人に時折褒めの言葉を飛ばされていた。
マネは自分からブレッシングや速度増加等の魔法支援を受けていた事もあって、その日二番目に活躍する働きを見せることになった。
ちなみに、一番の功績を上げたのが自分であった。
マネのように魔法支援を自身にもかけている。それに追加と、スキルの〈運ぶ〉や〈筋肉強化〉が荷運びのペースを更に上げていく。
荷運びをする際、一番驚かれたのが自分が馬車ごと運んだ事だろう。
武道大会会場近くにあるこの荷物広場にも泥土が流れて来ていた。
馬は何とか泥土の中から出す事はできたが、車輪にこびりついた泥土が重りとなり、馬車を引っ張る事も移動させることも不可能な状態になっていた。
少しづつと泥を退かす作業を行っているが、ブルドーザー等の重機の無いこの世界。
人の手のみで作業をするには時間がかかっている。
地面の泥を一気に洗い流したいが、馬車が邪魔で水魔法が使える魔術士もまだ作業に参加できていない。
馬車が邪魔なんですねと、自分は一言現場監督に伝えた後、泥土の中へと足をすすめる。
何をする気なんだと声をかけられたが、自分が馬車の下に潜り込んで直ぐ、泥土に足を取られていた馬車がゴトッと音を鳴らし持ち上げられる光景をみて、周囲の人々は大きく口を開き、唖然と目を見開く。
「「「!!!」」」
「よいしょっと……。ふー、後4台か」
何もない場所へと馬車をゆっくりと置き、自分は次の馬車を運ぶためとまた泥土の中へと足を進める。
「嘘だろ……」
「ぷっ。あっはははは! ミツ、やるじゃないかい! アタイも負けてらんないよ!」
現場監督は自分が運んできた馬車へと恐る恐ると近づく。
自身でもその馬車を持ち上げようと手を回すが、現場監督の力では馬車を持ち上げることなど不可能であった。
それはそうだろう。馬車自体の重さもあるが、中の荷物と車輪や底にこびり付いた泥に、更に馬車は重さを増しているのだから。
そんな重い馬車を少年一人で持ち上げ、息も切らさずにまた次の馬車を持ち上げようと潜り込む少年の後ろ姿を見て、今回のイベント中は驚かされることばかりと内心唖然としていた。
マネはそんな光景に笑いが込み上げてきたのか、周囲の驚きを吹き飛ばす勢いと声を出し作業を再開し始める。
荷運び作業は本来2~3日を予定していた現場監督だったが、ミツとマネ、この二人だけでも2日分の作業効率をだし、後はまとめた荷物を商人が持っていくだけの状態までに作業効率を出していた。現場監督は二人を是非ともうちで働かないかと声をかけてくるが、勿論それは断られる。
2日分の人件費が大きく浮いたことに現場監督は喜び、二人の報酬は加算させて頂くよと感謝の気持と言ってくれた。
だが、今回の依頼。自分とマネはペナルティーとしての依頼なので報酬は発生しない。
折角の気持ちだが、それを受け取ることができないのが残念とぼやきつつヘキドナ達の居る場所へと歩く二人だった。
歩く道中、自分はリッケの話を思い出し、マネへと何故リッケを避けているのかを聞いてみる。
「マネさん、一つ良いですか?」
「んっ? なんだい?」
「あの、リッケの事なんですが」
「……」
リッケと名前を出した瞬間、マネの顔から笑みが消え、視線を外されてしまった。
「マネさん?」
「……アイツがどうしたっての」
「……はい。実は、リッケがマネさんから嫌われたのではないかと気持ち落ち込んでまして」
「はぁ? 何でアタイがアイツを嫌うんだい」
マネは足を止め、眉を寄せながら自分へと顔を向ける。
「あれ? でも、マネさんがいつも以上に素っ気ないとリッケが言ってましたよ?」
「ああ……。そうかい。アイツには……悪いことしちまったね……」
歩く足取りが重くなったのか、マネは歩くのを止めてしまった。
「マネさん?」
「……なあ、ミツ。アタイはリッケに、アイツにとって大事なことを失わせちまったかもしれないんだ……」
「それって、何ですか?」
ボソリと呟きながら語りだすマネ。
先程までの元気はどこに行ったのやら、彼女は見るからに落ち込み始めている。
「お前さんはリッケの仲間だから知ってるだろう。アイツがジョブを前衛のソードマンに変えたこと」
「はい、勿論」
「……。アイツと洞窟で会った時は支援のクレリックだったけどさ、次にあった時は前衛のソードマンだよ。アタイはその時本当に驚いたね。なんせ、支援をする奴が、剣を持って前衛の戦うスタイルに変えたんだよ!?」
「……そうですね。確かに普通なら変えませんからマネさんの驚きも分かります」
普通と言いつつ、自分も後衛職のアーチャーからジョブを始め、次に前衛のシーフにジョブを変えている。
頬を掻きつつ、マネの話にあわせるように取り敢えず話を進めた。
「……それでさ。この間皆で飲んだじゃないか。その時アイツが言ったんだよ……。アタイが男は強くなくちゃいけないって……」
「え、ええ。それも聞きました。マネさん?」
「はぁ……。ミツも支援が使えるから解るだろうけどさ。リッケ、アイツは支援者として立派なもんだよ。武道大会の観客の避難時、怪我をした奴には回復をして、アタイ達にもこまめに支援を回してくれてた」
マネは自身の掌を見ながら、指折りリッケの働きを語りだす。
「はい」
「リッケは前衛にならずに、そのまま支援者として続けたほうがアイツは凄い支援者になったんじゃないかって……。あの時は酒も入ってたから直ぐに解らなかったけどさ、酒が抜けて冷静になると……その。リッケの支援者としての才能をアタイが潰したんじゃないかと怖くなっちまって……」
「ああ……なるほど」
確かにリッケが支援のジョブから前衛のソードマンに変わった理由は自分は知っている。
知っているからこそ、彼女にその理由を話すのは躊躇われる内容だ。
「直ぐにでもアイツには支援に戻って支援者として才能を活躍して欲しいけど、その……。昨日、本人を目の前にすると口を開くのが怖くてね……」
「マネさん……」
「あんた達にも悪いことしちまったね。パーティーから支援者を一人抜けさせた様な物だから。いや、謝って許される事じゃないのはアタイにも解ってる。パーティーに支援者が居ると居ないでは戦いで生き残る可能性も変わっちまうんだからね」
マネは中級冒険者として既に戦いのイロハを身に着けている。
前衛の役割、仲間たちの配慮、そして戦う知識。
その中でも傷を負ったものがモンスターに狙われてしまう一番の危険性を。
マネは自身の安易な発言をした事を表に見せてはいないが、深く後悔していたようだ。
「マネさん。確かにリッケが支援から前衛に変わったのはマネさんの言葉がきっかけかもしれません」
マネはトボトボと重い足取りに歩みを進める。
自身の目頭を抑えるように少し手で顔を隠すマネ。
「……」
「でも、それを決めたのはリッケ本人ですよ。彼は賢い男です。パーティーから支援者が減れば危険性が上がるのは承知してると思います。それでも二人の兄妹もそれを認めて彼が前衛になる事を認めてます。マネさん、自身の言葉で他の人の人生を変えてしまった事は怖いかもしれません。だからといって、言って終わりは駄目だと思いますよ。彼が勇気を振り絞って決めた決断を見てみぬふりはしないであげて下さい。リッケも貴女から目を背けられる事は辛いと思います。マネさんはその……。あれです、リッケにとって憧れの人なんですから」
「憧れ……アタイがかい?」
「ええ。貴女に認めてもらいたいから彼は今も努力しています。それにマネさん、思い出してみてくださいよ」
「んっ……」
「リッケは今は支援職ではありませんが、いざという時、誰かが傷つけば直ぐに治療をする優しい男ですよ。前衛になったからといって、見てみぬふりをするような冷たい男じゃありません」
マネは自身の頭に手をあてがえ思い出していた。武道大会の予選敗退時、頭の傷が治りきっていない時、一筋の血が流れるのを見て、リッケが直ぐに治療をしてくれた時の事を。
自身がたいしたことないと言ってもリッケは強く反対し、半端無理やりと治療を行ってくれた。
その時の彼の強い瞳、誰かの為に自身のMPも惜しまず治療を行う青年。
そして治療が終わった時の彼の笑顔。
マネはスッと心に固まってしまっていたモヤモヤとした気分が消えたと同時に、今まで経験したことの無い気持ちが沸々と顔を赤くする程に湧き上がってきていた。
それはミツに言われた言葉に救われた思いの熱い気持ちなのか。
それとも優しく自身の名を呼び話しかけてくる青年の笑顔を思い浮かんでしまったせいなのか。
「マネさん。リッケが帰ってきたら彼と話してみてください。きっと彼の本音が聞けますよ」
「あ、ああ………。解ったよ」
マネはそう言うと、近くにあった水樽へと近づく。彼女はフタを開け、両手でその水をすくいゴシゴシと顔を洗い出す。
少し赤く腫れた目元の熱を下げるためなのか、肉体労働をしたあとの汗を流すためにやったのか。
理由は聞かずに自分はアイテムボックスから布を1枚取り出しマネへと差し出す。
ちなみに、マネが使った水樽の水だが、これは火事などの時に使用する為の雨水であり飲水ではない。勝手に使って怒られることはない物だよ。
暫く歩くと、ヘキドナ、エクレア、そしてシューが休憩と休んでいる姿を見つける。
「えーっ! そっちの作業もう終わったの!?」
「はい、量もそんなに多くもなかったのもありますけど、まだ荷物を回収するための商人が来ていないので自分達の作業は取り敢えず終わりだそうです。貴重品などの品は自分達では取り扱えないので、本当に後は専門の人の仕事ですね」
「な、なるほどね……。あれ? マネ、如何したの? いつもの無駄な元気が無いじゃない。いつものアンタなら、早めに終わりましたから、ネエさん飲みにでも行きましょう! っとか言うのに」
「い、いや。流石に張り切り過ぎたせいかな。アタイも疲れちまったんだよ……」
「ん~。なんか変だシ。エクレアの言葉に突っかかって来ないシ」
「……マネ」
「は、はい。ネエさん。何か?」
「マネ、アンタはもう今日は帰りな。アンタの仕事分は今日は終わったんだ。明日も仕事はあるんだからね。早めに休めるなら布団かぶって寝てな」
「!? いや、ネエさん」
「そうですよマネさん。ヘキドナさんの言うとおり、早めに終わったなら休んで良いと思いますよ」
「ミツ……。そうかい……。ネエさん、すみませんがアタイは先に戻らせてもらいます。二人も悪いね」
「う、うん。マネ、ちゃんと着替えて寝ときなよ」
「お疲れだシ……」
ヘキドナに深く頭を下げたマネはエクレアとシューに一言残し、家へと戻っていった。
「はあ。……坊や、何があったんだい? マネがあんなふうになるのは無駄に悩みを抱えたときだよ」
「ははっ……。ヘキドナさん、鋭いですね……。でも、きっと大丈夫だと思いますよ。数日あの状態が続くかもしれませんが、マネさんとリッケがちゃんと話し合えばいつもの彼女に戻ってくれるんじゃないですか?」
ヘキドナは自分の言葉が直ぐに理解できたのか、彼女は目を丸くする。
シューもリッケと言う名前に思い当たる事が思いついたのか、自分が肯定するとエクレアも同時に納得したようだ。
「リッケ? リッケって君の仲間の男の子だよね?」
「はい」
「「あー、なるほど」」
「フンッ。全く、心配して損した気分だよ」
マネが帰ってしまったので自分もこちらを手伝うと申し出たのだが、ヘキドナからはアンタは風呂に行きなと突き放されてしまった。
確かに泥土の中を進み、何台ものの馬車を移動させた時に、衣服や足を汚している自分が清掃のお手伝いというのも変な話だ。
ヘキドナは三人で作業をすれば夕刻までには終わると、言葉を残して作業へと戻ってしまった。
しかたないと自分は言われたとおりに、臨時の風呂場へと連日足を運ぶことになった。
今日もマチが汚れた衣類を受け取るカウンターにおり、また自分はスッポンポン状態にマチへと汚れた衣類を渡すことになった。
一人でお風呂というのも寂しいと思うだろうが、浴場内では物売りなどがいるので商品をおすすめされたりと意外と楽しんでたりする。
自分と背丈の変わらない男の子に銅貨を渡せば背中を洗ってもらえるし、色々と街のイベント中にお金稼ぎができるチャンスの話が聞けて楽しかった。
その子は姉弟二人でこの臨時のお風呂場で背中流しの日銭稼ぎをしているようで、姉の話では何だかこの数日と女湯の湯の温度が低くなったとボヤいていたそうだ。
ぬるま湯に浸かっていては風邪を引くかもしれないと、お風呂を利用するお客さんも早々に帰ってしまうので姉の方の稼ぎが少なくなっているとボヤいてると言っていた。
お湯の温度が下がってきているという事は、湯を作る為の火の魔石。
魔石の魔力が無くなってきているのではと考える。
お風呂上がりにマチへと話をし、お湯を作るボイラー室へと案内してもらう。
普通なら関係者以外は入ることもできないが、マチが自身の相方であるカートに会わせたいとお風呂の管理者であるおばさんへと一言入れると、彼女は良いよの一言をくれ、簡単に中に入れた。
「カート。ちょっといいかしら?」
マチがボイラー室前で声をかけると、中からまるでサウナから出てきた人のように体中に汗を流したカートが出てきた。
「何だマチ? もう昼休憩かって、おお! ミツさんじゃないですか」
「カートさん、お久しぶりです。それとお仕事お疲れ様です」
久々の再開、互いに握手を交わしながら少し雑談に花を咲かせる。
マチはまだ仕事があるということで、衣類を受け取るカウンターへと戻っていった。
嬉しそうに仕事に戻るマチの姿を見て、カートは改めてマチの指を治してくれたことに深々と頭を下げ、彼はお礼の言葉を述べてきた。
あの時の自身の指を失うというショックも少しづつ減ってきたマチ。だが、まだモンスターとの戦闘依頼は不安もあるのが本音。
カートも暫くはマチと共に街内の依頼をこなし、二人で生計をたてていくと決めたそうだ。
そして、自分はカートへとお湯を温める為の魔石を見せてもらえないかと話をしてみる。
するとカートは少し苦笑い気味にボイラー室へと入れてくれた。
中に入ったとたん、肌を焼くような熱を感じる。
「暑っ!?」
「ハハッ。ここはお湯を温める場所だからね。この中では常にこの温度だよ。おっと、その辺の物に触れないようにね。熱い湯が流れてるから火傷するよ」
カートに言われて気づいたが、筒のようなパイプラインが壁一面に敷き詰められている。
「すごい熱気ですね。まるでサウナ室じゃないですか」
「サウナ? なんだいそれは?」
「えーっと。こんな感じに部屋の中を熱くして、汗とかを出してサッパリする為の部屋ですかね」
身振り手振りの説明だが、カートは理解してくれたのか笑みを見せてくれた。
「へー。面白い事を考えるね。サウナか……。でも、俺はこの仕事をしているとそのサウナって言うのには入る必要はないかな」
笑みは苦笑とかわり、カートは自身の額の汗を軽く拭う。
確かに室内に入って間もないのに、自分も薄っすらと汗をかいていた。
「ほら、見てごらん。この魔石が水をお湯に変える役割をしてくれるんだよ」
カートは水が流れる筒の一部を開いてみせる。
蓋を開ければ熱い熱気が蒸気と共に白い煙を出し、中ではボコボコとお湯が沸騰している。
「凄いですね。あの茜色に光ってるのが魔石なんですよね」
「そうですよ。けど、本当のお湯の温度はこんな物じゃないんだけどね」
カートの話を聞くとやはりお湯の温度が下がってきているそうだ。
本来魔石を入れた時の温度は100度を軽く超える程のお湯を作り出すが、今は80度と低めの湯しか作ることができない。
日本にある様にお湯の温度を管理するシステムなどが無いこの世界。
魔石が作ったこの湯を筒が通る間に温度がぐんぐんと下がり、理想なら50度以下になった時に湯船に溜まる仕組みを作っていた。
だが今のこの温度では湯船にたどり着く時には40度を切ってしまっている。
夏場なら問題ないが、外が肌寒い時期のこの季節には少し物足りない温度のようだ。
「新しい魔石が来る予定だったんですけどね。連絡を出しても待ってくれの一点張りだよ。俺もだけど、お湯ができなくなったらここで働く者は仕事を失うから困ったもんだ」
「そうなんですね……。カートさん、この魔石へ自分が魔力を入れましょうか?」
「はっ? えっ? なんだって?」
「ですから、魔力が足りないなら自分の魔力をこの魔石に入れましょうかと」
「そ、そんな事できるのかい!? いや、そんな事して魔石もミツさんも大丈夫なのかい!?」
「はい。無くなった分の魔力を入れるだけですから」
「そ、そんな……。いや、君はマチの指も治す程の魔力があるしな……。ミツさん、直ぐにでもやって欲しいが、試しにこっちの小さな方からやってもらっても良いいですか?」
「こっちは?」
「これは洗い場に流れる湯を作る方の魔石を入れてあるんだ。これも少し温度が下がってきているから交換の時期が近い魔石。ミツさんができそうならこれから頼みたいんだ」
「いいですよ」
カートは小さな魔石を数個取り出し、自分の前に差し出す。
湯気を出している魔石を受け取ると少し熱いが、直ぐにその熱さに手がなれたのか熱さを感じなくなった。恐らくスキルの〈火耐性〉が発動しているのではと思いながらも、自分は魔石に対して〈ディーバールチャンスダイ〉を発動した。
「失礼しました……」
今回、自分は冒険者として、街に対しての迷惑行為にあたるとして、ギルドからペナルティーを食らうことになった。
人の避難作業を行ったことに対しては厚く褒めの言葉をもらったが、残念ながらそれはそれ。
最後に自分のスキル〈双竜〉で起こした被害が大き過ぎる為に、最低限のペナルティーを課せられてしまった。
仲間たちは、人々の命を救ったにも関わらず自分のペナルティーは可怪しいと言ってくれていたが、武道大会の会場と観客席の破損、また魔石画面に映像を送る魔導具などなど、もう上げたらきりが無い程に自分のスキル発動は損害的被害を出していた。
また〈双竜〉のスキルで出された水の竜。
これが良いと思ってやった鎮火作業。
その水の竜が出した水が流れ泥土となり、武道大会会場の外にまで被害を出している。
火事は起きなかったが、地面は泥土に汚れ、馬車の車輪などを飲み込み走れなくなってしまう。
更には出店も被害が酷く出ている。
それに関してエンリエッタからは雑務の作業を行う事を指示された。
そしてもう一つ。
これはギルドマスターのネーザンからのお使い?の様な物。
この街、ライアングルの街から真っ直ぐ北上し、バチューの街とオラヴィの街。
この二つの街にある、冒険者ギルドへと手紙を渡して欲しいと言われた。
手紙を渡した後、もう一つ、羊皮紙のスクロール状に巻かれた手紙も共に見せろと指示を受けることになった。
ネーザンの手紙は急ぎではないので、先にエンリエッタから与えられたペナルティーの依頼を受けにカウンターへと移動。
そこには今回共にペナルティーを受けることになっている女性陣四人の姿もあった。
「こんにちはヘキドナさん」
「坊や、ギルド長とエンリエッタとは話してきたかい?」
「はい。今回のペナルティーに対しての細かい説明と、改めてその……。エンリエッタさんからはお叱りを頂きました」
エンリエッタからお説教混じりの説明があったことをヘキドナへと伝えると、彼女は嫌そうな顔をしつつ鼻を一つ鳴らした。
「フンッ。アイツの事だ、今回の依頼を断るならギルドカード剥奪とか、人の揚げ足取るような面倒くさい事言って来たんだろう」
「ありえますよねー。あの副マスなら~。ところで私達の今回のペナルティー依頼って、何をするのか君は聞いた?」
「えーっと。確か雑務がメインでしたね。街の清掃、荷物運び。この二つを五人でやって頂戴だそうですよ」
ヘキドナのメンバーの一人、エクレアは自身の胸を寄せながら腕組みをし、周囲の仲間たちを見ては誰がどこに行くべきかを考える。
「清掃と荷物運びか~。マネは荷物運び、シューは清掃は確実ですね。リーダーはどうしますか?」
エクレアの言うとおり、小柄な身体のシューが荷物運びの作業に回ってもあまり役にはたてない。
マネも細かい掃除などの事が苦手なので、力仕事の方が彼女は役にたてるだろう。
二人は分かったと二つ返事にエクレアへと返す。
「はあ……。私は掃除に回るよ。まだ試合の疲れも避難誘導時の疲れも抜けてないんだ。少しでも楽な方を選ばせてもらうよ」
「なら、私もリーダーと同じ清掃にいきますよ。君はマネと二人で荷物運びの依頼やってて頂戴」
「荷運びですか? 別に問題ないですよ」
「そうそう。君にはアイテムボックスもあるんだし、最適な仕事じゃない」
「シシシッ。ミツ、サボらずに頑張るシ!」
「シュー、それはお前もだぜ。ミツ、さっさと依頼を受けて早めに終わらせようじゃないかい」
「早くって……。マネ、早く終わったら終わったでまた別の仕事回されるわよ。こう言うのはね、適度で良いのよ。適度でね」
エクレアが両腕を後ろに回し、ペナルティーの仕事は適当に片付けるような発言をしていると、いつの間にか彼女の後ろにいたエンリエッタがコホンと一つ咳払いを入れ声をかけてきた。
「エクレア、そう言った考えでは困るわね」
「うぎゃ! エ、エンリエッタさん!」
エンリエッタは自身の眼鏡をクイッとかけ直す。自分の位置からは光りで彼女の瞳は見えなかったが、恐らく近くにいたエクレアは彼女の厳しい瞳が見えたのだろう。
蛇に睨まれたカエルの如く、その場でくすみあがってしまっている。
「エクレア、これはただの依頼じゃないのよ。貴女達の冒険者としての責任力を測る依頼なの」
「うっ……。そりゃ、分かってますけど……。無報酬ってのがやる気が起きないんですよね……」
エクレアは自身の両方の人差し指を合わせてイジりながら、エンリエッタの視線から逃げるように自身の視線を泳がせている。
はぁっとため息を混ぜながら、マネがエクレアの気持ちもわかると言う。
「まあ、エクレアの言うこともわかるっての。でもよ、アタイらがこの依頼受けないと姉さんが大変なことになるっての」
「そうだシ。エクレア、ネエさんの為にしっかりと働くシ」
「む~……」
マネもシューもここに来るまでに色々とぶつくさと言っていたにも関わらず、今は自身だけがペナルティーの依頼を嫌がっているような雰囲気に、頬を膨らませ不機嫌になるエクレア。
そんな彼女をみて、姉のヘキドナが口を挟む。
「……。フッ。別にあんたが無理して受ける必要はないんだよ。これは元々私の問題。あんた達は無理に受ける必要もないんだからさ」
「うー。リーダー、そんな事言わないで下さいよ! 分かりました。分かりましたから!」
自身が尊敬もするパーティーリーダーのヘキドナからそんな言葉を聞かされては、彼女も納得するしかないのだろう。
少し目元を赤くしつつ、ペナルティーの依頼を受けることを改めて承諾していた。
依頼は明日からと言うことで簡単な説明をカウンターのナヅキに受けていると、シスター服のままのプルンが冒険者ギルドへと入ってくる。
冒険者ギルドには似つかわしくない格好に周囲の視線がプルンへと集まるが、その人物がいつも騒がしい声を出している娘と解ると、周囲の視線は直ぐに戻り、見ていた掲示板や手に持つ酒に視線は戻されていた。
プルンもローゼからの依頼を承諾した事に、リッコも依頼を受けることになった。
これでリック、リッケ、リッコとプルン。
そしてローゼ、ミーシャのブロンズランク六人となり、護衛依頼の条件を満たしたことになった。
また、トトとミミもローゼの言うとおり採取依頼をいくつか受け、護衛依頼の帰り際に皆でその依頼を済ませて帰ってくる計画を立てたようだ。
プルンはエンリエッタからギルド部屋へとそのまま連れて行かれ、スパイダークラブの情報提供分の報酬の話となった。
内容的にはプルンの行いはギルドから見ても評価は大とし、今まで食べられなかった食料を手に入れた事、また良品として足を取ればスパイダークラブの胴体等の素材品も良品として取れることにネーザンはプルンを手放しで褒めている。
いつも小言ばかりのネーザンがプルンを褒めることに彼女は照れくさいのか、顔をうつむかせ、照れ臭そうにしていた。
さて、今回のプルンが得た情報だが、食料の確保の他、スパイダークラブの素材を良品として確保できる方法。
この素材情報の方が実はギルドとしても大きな利益を出すことになった。
スパイダークラブの脚は素材としては弱いが、食料としては使える。
胴体部分は食べることはできないが鎧や武器の素材としては使える。
ネーザンはプルンへと破格の情報料を提示していた。
彼女は最初こそ、なんの数字だと思う程の情報料を見せられたが、次第とその顔は苦悶とした表情へと変わっていく。
理由としては本当にそれを貰って良いのか。
また、それは自身だけで受け取るべきではない物と思っていたようだ。
プルン一人だけで得た物ではないし、ミツが居なければ得る事のできなかった物事でもある。
ネーザンはプルンの母代わり……いや、母であるエベラとは昔ながらの親友関係であった。
だからこそ、目の前の娘が自身の友と言えるエベラそっくりな性格に育っている事に、ネーザンは内心喜び笑っていた。
エンリエッタは改めてスパイダークラブの情報はプルンが渡してきたこと、ミツや仲間たちが承知した上でプルンへと情報提供料が行く事を説明する。
プルンはようやく納得したのか、深々と二人に頭を下げ、スパイダークラブの情報料を受け取ることになった。そして、プルンが受け取った情報料、虹金貨3枚と金貨50枚が彼女へと渡された。
あれ程貧困としていた生活が一変し、プルンの教会は教会その物を建て直しできる程に金を蓄えることができていた。
それは彼女の弟妹であるヤン達が立派に大人になった後でも十分すぎる程に豊かに慣れたことであった。
何故ここまで彼女に運が回ってきたのか。
それは近くに桁外れな運の持ち主がいた効果もあったのだろう。
ミツとの出会いが彼女の家族を救い、一人不安な冒険者時代から変わって、多くの新たな仲間も増えた。
暫くミツが彼女の側から離れたとしても、彼女を支える仲間や家族がいてくれるおかげで、プルンの心が凍えることはもう無いだろう。
ミツの初めての冒険者としてのパートナーとして、彼女は今までの不幸を全て跳ね返す勢いと幸運に恵まれていた。
次の日、プルン達は護衛依頼のために朝早く教会を出ていった。
行き先はそれ程遠くない場所とはいえ、初めての護衛依頼。
彼女たちへと、自分はおまじないである能力上昇系スキルをかける為に、見送りにきていた。
見送りの際、少し離れて自分はリッケに呼ばれ話をしていた。
「あの。ミツ君。その……」
「如何したのリッケ?」
「実は……どうも僕はマネさんから避けられているみたいで、もし彼女が怒っているようなら、その理由をミツ君からさり気なく聞いて貰えませんか……?」
「マネさんが? うん……。解った、それとなく聞いてみるね。でも、何でマネさんがリッケを避けるの?」
「すみません、僕にも何故か分からなくて……。こんな事をミツ君に頼むのも悪い気がするんですが……」
昨日、冒険者ギルドにマネ達が来た時の事だった。リッケがマネへと話しかけた時、マネはリッケに対しての返事は塩対応並に素っ気なく、視線を一度も合わせてくれなかったとリッケは内心落ち込んでしまっていた。
近くにいたシューもマネの対応が素っ気ないと言うほどに、マネはリッケに対して冷めた対応をしていたようだ。
以前の飲み会で自身がマネへと失礼なことをしたんじゃないのか? それとも怒らせるような発言を気づかずにしてしまっていたのではと、彼から出発前と相談を受けていた。
今日はマネと共に荷運びの作業を行うので、彼女と話す機会はあるだろう。
彼女が怒っているならその原因をリッケに教えてあげようと自分は思っていた。
ローゼとミーシャが近寄り、自分へと話しかけてくる。
「ミツ君、今回は共に依頼は受けれなかったけど、また今度何かの依頼を受けましょうね」
「はい、ローゼさん。その時を楽しみにしときます。リック達の事、よろしくお願いします」
「ええ。分かったわ」
ローゼにリック達の事も頼むと一言添えると、隣に立つミーシャが突然自分を抱きしめてきた。厚く柔らかいミーシャの胸に包まれたまま、彼女は更にギュッと抱きしめる力を込める。
突然の事に隣にいるローゼも止めることもできず、唖然とその光景を見るしかできなかった。
自分は余裕で避けることもできたが、自分が避けるとミーシャが地面にコケるかもしれないのであえて。そう、あえて避けなかったのだ。
「行ってくるわねミツ君。私達が帰ってくるまでに、絶対に何処かに行ったりしないでね!」
「は、はい。大丈夫ですよミーシャさん。ペナルティーの依頼は数日分とエンリエッタさんから課せられましたから。それが終わらないと自分は普通の依頼も受ける事もできませんし、素材の買い取りもしてもらえませんからね」
「そうね……」
「ちょっと! 二人とも何やってるのよ!?」
「あっ! いや、これはミーシャさんなりの行ってきますのハグで、深い意味はないよ」
自分に抱きついたままのミーシャをみて、リッコが自分とミーシャを離そうとする。
ミーシャから身体は離れたが、突然自分は服を引っ張られた事にミーシャの豊満な胸を掴んでしまった。うむ、柔らかい。
「あんっ!」
「うわっ! ご、ごめんなさい」
「何やってるのよ、このエッチ」
「自分が悪いの!?」
「リッコ、そのスケベを取り敢えず放っとくニャ」
「だから誰がスケベなのさ。もう」
リッコはプンプンと怒っているが、ローゼがミーシャに一撃入れた所を見て納得したのだろう。
彼女は直ぐに怒りを抑え、平常に戻ってくれている。
「そうだ。皆、良かったらこれ」
「んっ? なんだコレ?」
「紐? でも、凄く編込みがされてるわね」
「ミツ君、何これ?」
「これはベル……じゃない、腰結びだよ。お守りも縫い付けてるから着けてくれると少しだけ、本当に少しだけ戦闘で強くなれるよ」
アイテムボックスから前日に作った、8人分の腰結びを取り出す。
長さは全て同じであり、紐に縫い付けているステータスが上昇する魔石が幾つも散りばめられている。
見た目も良く、男性女性、また前衛後衛関係なしに誰が身に着けても変な見た目にはならない仕上がりとなっていた。
「へー、あんたが作ったの?」
「うん。マーサさんのお守りの編込みを見本として作って、お守りの縫い付けはアイシャが手伝ってくれたんだよ」
「そうなの……。ミツ、ちょっとこれ持ってて」
「はいはい」
リッコは手に持っていた杖を自分に渡し、自身の腰に腰結びを巻き始める。
腰回りが細いリッコだが、紐は邪魔にならないように余った部分は纏めて結べば問題はない。
「うん。悪くないわね。折角だから使ってあげるわ。ミツ、ありがとうね」
「うん。どういたしまして」
リッコが率先して腰結びを巻いたことに他の皆も腰に巻き始める。
プルンもローゼもこれなら狩の邪魔にもならないと理解したのか、しっかりと身に着けてくれた。
「ニャ。これは良いニャね」
「ええ、邪魔にもならないから私にも使えそうだわ。ミツ君、ありがとうね」
「ありがとうニャ」
作ったベルト、もとい腰結びを喜んでくれている皆をみて、彼らを笑顔で見送ることになった。
今回ローゼ達が受けた護衛依頼は、イベント期間中にお店を出していた商人の護衛だった。
馬車が二台分にもなるので、確かに最低でも五人の護衛は必要になる依頼であった。
馬車の中は敷物や布生地の品。
食料ではないがそこそこに高価な品を護衛することになる。
無事に戻ってくることを願いつつ、皆が出発したのを確認した自分は約束の場所へと急ぐ。
場所は武道大会会場に近い物置広場。
ここで馬車の荷降ろしや人々が搬入作業をしているようだ。
約束の場所へとたどり着けば、マネが既に待っていた。
「おーい! ミツ、こっちだっての!」
自分の姿を目視したマネは大きく手を振り、呼びかけてきた。
「すみません。マネさん、おまたせしました」
「いやいや。アタイもさっき来たところだっての。さて、早速やるかい!」
「はい。よろしくお願いします!」
ペナルティーの依頼1日目。
初日の依頼は荷物の移動がメインだった。
出店の片付けや商品の入った木箱を馬車へ詰め込み作業。
主に力仕事がメインなので、マネ以外の三人はこの仕事はできなかっただろう。
マネは見た目も勇ましく、女性であっても男に負けない働きを見せ、店の店主や現場監督のような人に時折褒めの言葉を飛ばされていた。
マネは自分からブレッシングや速度増加等の魔法支援を受けていた事もあって、その日二番目に活躍する働きを見せることになった。
ちなみに、一番の功績を上げたのが自分であった。
マネのように魔法支援を自身にもかけている。それに追加と、スキルの〈運ぶ〉や〈筋肉強化〉が荷運びのペースを更に上げていく。
荷運びをする際、一番驚かれたのが自分が馬車ごと運んだ事だろう。
武道大会会場近くにあるこの荷物広場にも泥土が流れて来ていた。
馬は何とか泥土の中から出す事はできたが、車輪にこびりついた泥土が重りとなり、馬車を引っ張る事も移動させることも不可能な状態になっていた。
少しづつと泥を退かす作業を行っているが、ブルドーザー等の重機の無いこの世界。
人の手のみで作業をするには時間がかかっている。
地面の泥を一気に洗い流したいが、馬車が邪魔で水魔法が使える魔術士もまだ作業に参加できていない。
馬車が邪魔なんですねと、自分は一言現場監督に伝えた後、泥土の中へと足をすすめる。
何をする気なんだと声をかけられたが、自分が馬車の下に潜り込んで直ぐ、泥土に足を取られていた馬車がゴトッと音を鳴らし持ち上げられる光景をみて、周囲の人々は大きく口を開き、唖然と目を見開く。
「「「!!!」」」
「よいしょっと……。ふー、後4台か」
何もない場所へと馬車をゆっくりと置き、自分は次の馬車を運ぶためとまた泥土の中へと足を進める。
「嘘だろ……」
「ぷっ。あっはははは! ミツ、やるじゃないかい! アタイも負けてらんないよ!」
現場監督は自分が運んできた馬車へと恐る恐ると近づく。
自身でもその馬車を持ち上げようと手を回すが、現場監督の力では馬車を持ち上げることなど不可能であった。
それはそうだろう。馬車自体の重さもあるが、中の荷物と車輪や底にこびり付いた泥に、更に馬車は重さを増しているのだから。
そんな重い馬車を少年一人で持ち上げ、息も切らさずにまた次の馬車を持ち上げようと潜り込む少年の後ろ姿を見て、今回のイベント中は驚かされることばかりと内心唖然としていた。
マネはそんな光景に笑いが込み上げてきたのか、周囲の驚きを吹き飛ばす勢いと声を出し作業を再開し始める。
荷運び作業は本来2~3日を予定していた現場監督だったが、ミツとマネ、この二人だけでも2日分の作業効率をだし、後はまとめた荷物を商人が持っていくだけの状態までに作業効率を出していた。現場監督は二人を是非ともうちで働かないかと声をかけてくるが、勿論それは断られる。
2日分の人件費が大きく浮いたことに現場監督は喜び、二人の報酬は加算させて頂くよと感謝の気持と言ってくれた。
だが、今回の依頼。自分とマネはペナルティーとしての依頼なので報酬は発生しない。
折角の気持ちだが、それを受け取ることができないのが残念とぼやきつつヘキドナ達の居る場所へと歩く二人だった。
歩く道中、自分はリッケの話を思い出し、マネへと何故リッケを避けているのかを聞いてみる。
「マネさん、一つ良いですか?」
「んっ? なんだい?」
「あの、リッケの事なんですが」
「……」
リッケと名前を出した瞬間、マネの顔から笑みが消え、視線を外されてしまった。
「マネさん?」
「……アイツがどうしたっての」
「……はい。実は、リッケがマネさんから嫌われたのではないかと気持ち落ち込んでまして」
「はぁ? 何でアタイがアイツを嫌うんだい」
マネは足を止め、眉を寄せながら自分へと顔を向ける。
「あれ? でも、マネさんがいつも以上に素っ気ないとリッケが言ってましたよ?」
「ああ……。そうかい。アイツには……悪いことしちまったね……」
歩く足取りが重くなったのか、マネは歩くのを止めてしまった。
「マネさん?」
「……なあ、ミツ。アタイはリッケに、アイツにとって大事なことを失わせちまったかもしれないんだ……」
「それって、何ですか?」
ボソリと呟きながら語りだすマネ。
先程までの元気はどこに行ったのやら、彼女は見るからに落ち込み始めている。
「お前さんはリッケの仲間だから知ってるだろう。アイツがジョブを前衛のソードマンに変えたこと」
「はい、勿論」
「……。アイツと洞窟で会った時は支援のクレリックだったけどさ、次にあった時は前衛のソードマンだよ。アタイはその時本当に驚いたね。なんせ、支援をする奴が、剣を持って前衛の戦うスタイルに変えたんだよ!?」
「……そうですね。確かに普通なら変えませんからマネさんの驚きも分かります」
普通と言いつつ、自分も後衛職のアーチャーからジョブを始め、次に前衛のシーフにジョブを変えている。
頬を掻きつつ、マネの話にあわせるように取り敢えず話を進めた。
「……それでさ。この間皆で飲んだじゃないか。その時アイツが言ったんだよ……。アタイが男は強くなくちゃいけないって……」
「え、ええ。それも聞きました。マネさん?」
「はぁ……。ミツも支援が使えるから解るだろうけどさ。リッケ、アイツは支援者として立派なもんだよ。武道大会の観客の避難時、怪我をした奴には回復をして、アタイ達にもこまめに支援を回してくれてた」
マネは自身の掌を見ながら、指折りリッケの働きを語りだす。
「はい」
「リッケは前衛にならずに、そのまま支援者として続けたほうがアイツは凄い支援者になったんじゃないかって……。あの時は酒も入ってたから直ぐに解らなかったけどさ、酒が抜けて冷静になると……その。リッケの支援者としての才能をアタイが潰したんじゃないかと怖くなっちまって……」
「ああ……なるほど」
確かにリッケが支援のジョブから前衛のソードマンに変わった理由は自分は知っている。
知っているからこそ、彼女にその理由を話すのは躊躇われる内容だ。
「直ぐにでもアイツには支援に戻って支援者として才能を活躍して欲しいけど、その……。昨日、本人を目の前にすると口を開くのが怖くてね……」
「マネさん……」
「あんた達にも悪いことしちまったね。パーティーから支援者を一人抜けさせた様な物だから。いや、謝って許される事じゃないのはアタイにも解ってる。パーティーに支援者が居ると居ないでは戦いで生き残る可能性も変わっちまうんだからね」
マネは中級冒険者として既に戦いのイロハを身に着けている。
前衛の役割、仲間たちの配慮、そして戦う知識。
その中でも傷を負ったものがモンスターに狙われてしまう一番の危険性を。
マネは自身の安易な発言をした事を表に見せてはいないが、深く後悔していたようだ。
「マネさん。確かにリッケが支援から前衛に変わったのはマネさんの言葉がきっかけかもしれません」
マネはトボトボと重い足取りに歩みを進める。
自身の目頭を抑えるように少し手で顔を隠すマネ。
「……」
「でも、それを決めたのはリッケ本人ですよ。彼は賢い男です。パーティーから支援者が減れば危険性が上がるのは承知してると思います。それでも二人の兄妹もそれを認めて彼が前衛になる事を認めてます。マネさん、自身の言葉で他の人の人生を変えてしまった事は怖いかもしれません。だからといって、言って終わりは駄目だと思いますよ。彼が勇気を振り絞って決めた決断を見てみぬふりはしないであげて下さい。リッケも貴女から目を背けられる事は辛いと思います。マネさんはその……。あれです、リッケにとって憧れの人なんですから」
「憧れ……アタイがかい?」
「ええ。貴女に認めてもらいたいから彼は今も努力しています。それにマネさん、思い出してみてくださいよ」
「んっ……」
「リッケは今は支援職ではありませんが、いざという時、誰かが傷つけば直ぐに治療をする優しい男ですよ。前衛になったからといって、見てみぬふりをするような冷たい男じゃありません」
マネは自身の頭に手をあてがえ思い出していた。武道大会の予選敗退時、頭の傷が治りきっていない時、一筋の血が流れるのを見て、リッケが直ぐに治療をしてくれた時の事を。
自身がたいしたことないと言ってもリッケは強く反対し、半端無理やりと治療を行ってくれた。
その時の彼の強い瞳、誰かの為に自身のMPも惜しまず治療を行う青年。
そして治療が終わった時の彼の笑顔。
マネはスッと心に固まってしまっていたモヤモヤとした気分が消えたと同時に、今まで経験したことの無い気持ちが沸々と顔を赤くする程に湧き上がってきていた。
それはミツに言われた言葉に救われた思いの熱い気持ちなのか。
それとも優しく自身の名を呼び話しかけてくる青年の笑顔を思い浮かんでしまったせいなのか。
「マネさん。リッケが帰ってきたら彼と話してみてください。きっと彼の本音が聞けますよ」
「あ、ああ………。解ったよ」
マネはそう言うと、近くにあった水樽へと近づく。彼女はフタを開け、両手でその水をすくいゴシゴシと顔を洗い出す。
少し赤く腫れた目元の熱を下げるためなのか、肉体労働をしたあとの汗を流すためにやったのか。
理由は聞かずに自分はアイテムボックスから布を1枚取り出しマネへと差し出す。
ちなみに、マネが使った水樽の水だが、これは火事などの時に使用する為の雨水であり飲水ではない。勝手に使って怒られることはない物だよ。
暫く歩くと、ヘキドナ、エクレア、そしてシューが休憩と休んでいる姿を見つける。
「えーっ! そっちの作業もう終わったの!?」
「はい、量もそんなに多くもなかったのもありますけど、まだ荷物を回収するための商人が来ていないので自分達の作業は取り敢えず終わりだそうです。貴重品などの品は自分達では取り扱えないので、本当に後は専門の人の仕事ですね」
「な、なるほどね……。あれ? マネ、如何したの? いつもの無駄な元気が無いじゃない。いつものアンタなら、早めに終わりましたから、ネエさん飲みにでも行きましょう! っとか言うのに」
「い、いや。流石に張り切り過ぎたせいかな。アタイも疲れちまったんだよ……」
「ん~。なんか変だシ。エクレアの言葉に突っかかって来ないシ」
「……マネ」
「は、はい。ネエさん。何か?」
「マネ、アンタはもう今日は帰りな。アンタの仕事分は今日は終わったんだ。明日も仕事はあるんだからね。早めに休めるなら布団かぶって寝てな」
「!? いや、ネエさん」
「そうですよマネさん。ヘキドナさんの言うとおり、早めに終わったなら休んで良いと思いますよ」
「ミツ……。そうかい……。ネエさん、すみませんがアタイは先に戻らせてもらいます。二人も悪いね」
「う、うん。マネ、ちゃんと着替えて寝ときなよ」
「お疲れだシ……」
ヘキドナに深く頭を下げたマネはエクレアとシューに一言残し、家へと戻っていった。
「はあ。……坊や、何があったんだい? マネがあんなふうになるのは無駄に悩みを抱えたときだよ」
「ははっ……。ヘキドナさん、鋭いですね……。でも、きっと大丈夫だと思いますよ。数日あの状態が続くかもしれませんが、マネさんとリッケがちゃんと話し合えばいつもの彼女に戻ってくれるんじゃないですか?」
ヘキドナは自分の言葉が直ぐに理解できたのか、彼女は目を丸くする。
シューもリッケと言う名前に思い当たる事が思いついたのか、自分が肯定するとエクレアも同時に納得したようだ。
「リッケ? リッケって君の仲間の男の子だよね?」
「はい」
「「あー、なるほど」」
「フンッ。全く、心配して損した気分だよ」
マネが帰ってしまったので自分もこちらを手伝うと申し出たのだが、ヘキドナからはアンタは風呂に行きなと突き放されてしまった。
確かに泥土の中を進み、何台ものの馬車を移動させた時に、衣服や足を汚している自分が清掃のお手伝いというのも変な話だ。
ヘキドナは三人で作業をすれば夕刻までには終わると、言葉を残して作業へと戻ってしまった。
しかたないと自分は言われたとおりに、臨時の風呂場へと連日足を運ぶことになった。
今日もマチが汚れた衣類を受け取るカウンターにおり、また自分はスッポンポン状態にマチへと汚れた衣類を渡すことになった。
一人でお風呂というのも寂しいと思うだろうが、浴場内では物売りなどがいるので商品をおすすめされたりと意外と楽しんでたりする。
自分と背丈の変わらない男の子に銅貨を渡せば背中を洗ってもらえるし、色々と街のイベント中にお金稼ぎができるチャンスの話が聞けて楽しかった。
その子は姉弟二人でこの臨時のお風呂場で背中流しの日銭稼ぎをしているようで、姉の話では何だかこの数日と女湯の湯の温度が低くなったとボヤいていたそうだ。
ぬるま湯に浸かっていては風邪を引くかもしれないと、お風呂を利用するお客さんも早々に帰ってしまうので姉の方の稼ぎが少なくなっているとボヤいてると言っていた。
お湯の温度が下がってきているという事は、湯を作る為の火の魔石。
魔石の魔力が無くなってきているのではと考える。
お風呂上がりにマチへと話をし、お湯を作るボイラー室へと案内してもらう。
普通なら関係者以外は入ることもできないが、マチが自身の相方であるカートに会わせたいとお風呂の管理者であるおばさんへと一言入れると、彼女は良いよの一言をくれ、簡単に中に入れた。
「カート。ちょっといいかしら?」
マチがボイラー室前で声をかけると、中からまるでサウナから出てきた人のように体中に汗を流したカートが出てきた。
「何だマチ? もう昼休憩かって、おお! ミツさんじゃないですか」
「カートさん、お久しぶりです。それとお仕事お疲れ様です」
久々の再開、互いに握手を交わしながら少し雑談に花を咲かせる。
マチはまだ仕事があるということで、衣類を受け取るカウンターへと戻っていった。
嬉しそうに仕事に戻るマチの姿を見て、カートは改めてマチの指を治してくれたことに深々と頭を下げ、彼はお礼の言葉を述べてきた。
あの時の自身の指を失うというショックも少しづつ減ってきたマチ。だが、まだモンスターとの戦闘依頼は不安もあるのが本音。
カートも暫くはマチと共に街内の依頼をこなし、二人で生計をたてていくと決めたそうだ。
そして、自分はカートへとお湯を温める為の魔石を見せてもらえないかと話をしてみる。
するとカートは少し苦笑い気味にボイラー室へと入れてくれた。
中に入ったとたん、肌を焼くような熱を感じる。
「暑っ!?」
「ハハッ。ここはお湯を温める場所だからね。この中では常にこの温度だよ。おっと、その辺の物に触れないようにね。熱い湯が流れてるから火傷するよ」
カートに言われて気づいたが、筒のようなパイプラインが壁一面に敷き詰められている。
「すごい熱気ですね。まるでサウナ室じゃないですか」
「サウナ? なんだいそれは?」
「えーっと。こんな感じに部屋の中を熱くして、汗とかを出してサッパリする為の部屋ですかね」
身振り手振りの説明だが、カートは理解してくれたのか笑みを見せてくれた。
「へー。面白い事を考えるね。サウナか……。でも、俺はこの仕事をしているとそのサウナって言うのには入る必要はないかな」
笑みは苦笑とかわり、カートは自身の額の汗を軽く拭う。
確かに室内に入って間もないのに、自分も薄っすらと汗をかいていた。
「ほら、見てごらん。この魔石が水をお湯に変える役割をしてくれるんだよ」
カートは水が流れる筒の一部を開いてみせる。
蓋を開ければ熱い熱気が蒸気と共に白い煙を出し、中ではボコボコとお湯が沸騰している。
「凄いですね。あの茜色に光ってるのが魔石なんですよね」
「そうですよ。けど、本当のお湯の温度はこんな物じゃないんだけどね」
カートの話を聞くとやはりお湯の温度が下がってきているそうだ。
本来魔石を入れた時の温度は100度を軽く超える程のお湯を作り出すが、今は80度と低めの湯しか作ることができない。
日本にある様にお湯の温度を管理するシステムなどが無いこの世界。
魔石が作ったこの湯を筒が通る間に温度がぐんぐんと下がり、理想なら50度以下になった時に湯船に溜まる仕組みを作っていた。
だが今のこの温度では湯船にたどり着く時には40度を切ってしまっている。
夏場なら問題ないが、外が肌寒い時期のこの季節には少し物足りない温度のようだ。
「新しい魔石が来る予定だったんですけどね。連絡を出しても待ってくれの一点張りだよ。俺もだけど、お湯ができなくなったらここで働く者は仕事を失うから困ったもんだ」
「そうなんですね……。カートさん、この魔石へ自分が魔力を入れましょうか?」
「はっ? えっ? なんだって?」
「ですから、魔力が足りないなら自分の魔力をこの魔石に入れましょうかと」
「そ、そんな事できるのかい!? いや、そんな事して魔石もミツさんも大丈夫なのかい!?」
「はい。無くなった分の魔力を入れるだけですから」
「そ、そんな……。いや、君はマチの指も治す程の魔力があるしな……。ミツさん、直ぐにでもやって欲しいが、試しにこっちの小さな方からやってもらっても良いいですか?」
「こっちは?」
「これは洗い場に流れる湯を作る方の魔石を入れてあるんだ。これも少し温度が下がってきているから交換の時期が近い魔石。ミツさんができそうならこれから頼みたいんだ」
「いいですよ」
カートは小さな魔石を数個取り出し、自分の前に差し出す。
湯気を出している魔石を受け取ると少し熱いが、直ぐにその熱さに手がなれたのか熱さを感じなくなった。恐らくスキルの〈火耐性〉が発動しているのではと思いながらも、自分は魔石に対して〈ディーバールチャンスダイ〉を発動した。
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