スキル盗んで何が悪い!

大都督

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第102話 獅子の牙

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「なっ、なんじゃこりゃー!!!」
 自分でも驚くほどの声が出た。
 
 慌てながらもユイシスに確認すると、ユイシスからは問題ないと答えが帰ってきた。
 その声の後ろからは、シャロット様とバルバラ様のケラケラとした笑い声が聞こえてくる。
 原因はバルバラ様から貰った加護の効果が反映していると聞いて、無理矢理に自身を納得させる。
 取り敢えず時間が停止してる間に自身に再度〈コーティングベール〉を使用し、気持ちを整え、森羅の鏡はアイテムボックスへと収納する。

「ふー……。はっ!!!」

 時間が動き出したタイミングを狙い、自分は一喝と声を出す。
 その声に反応した面々。
 ハッと驚きから我を戻し、ロコンが実況を再開する。

「なっ、なっ。何ということでしょう! 気合の叫び声を上げたミツ選手。あの黒髪の少年が白髪の少年へと、一瞬にして変わってしまいました! さ、更に実況席にも伝わってくるこの気迫! バーバリ選手からも熱い闘気を感じますが、ミツ選手の、こ、これは闘気とはまた違う何か! そう、説明ができない程に熱く、熱く感じるこの気持ち。全てを押し潰すと思わせるこの気迫が、私、ロコンの身体を無意識と震わせております! 私と同じ気持ちの人はいますでしょうか!? 無意識と視線を背けたくなるその存在! ほ、本当に彼はただの料理人なのでしょうか!?」

 自身で見ているのに信じられない思いと観客の面々。
 ミツを見ているだけでカタカタと無意識に口が震える。身震いと震える身体を抑えることもできずに、自身が戦うわけではないというのに恐怖に襲われ、足まで震えてくる。
 周囲の人々程ではないにしろ、ミツを知っている仲間達も恐怖に襲われていた。
 それに加えて驚きが強すぎて言葉がいまだに出てこない。
 そんな中、一人の女の子が勇気を振り絞り、バッと席を立ち上がり声を出す。

「ミツさん! 頑張って!」

 響くアイシャの声。
 声のする方へと視線をやれば、彼女は自身ができることは応援とばかりに声を出していた。

「アイシャ……」

 そんな彼女と視線を交わし、自分は笑みを送り、ヒラヒラと手を振り返す。

「ミツ君、その気合で行け!」

「デカブツ野郎なんざ、また殴っちまえ!」

 アイシャの側に座るバンとリックが続けて声を出す。
 その声に反応したのか、周囲の仲間達も口々と応援の声を出してくれる。

 そして、軽く鼻を鳴らしてはバーバリが口を開く。

「フンッ。どうやら貴様も我と同じ様な事ができるようだな……。しかし! 貴様と我が背負う物が違う限り、貴様のその拳にて我が倒れることはけしてない! 先程の我と思うなかれ! この剣が貴様を斬る!」

 バーバリが手に持つ剣をひと振りすると、ブオンっと強い風切音が聞こえてくる。

「拳が駄目なら、これで戦います!」

 パシっと地面に触れてはスキルの〈アースウォール〉を発動。だが、発動後に出てきたその壁は自身を守るには細く、家などの柱程度の大きさ。
 自分はそれに触れてスキルを発動する。
 それを見たバーバリはフルフルと怒りに満ちてく思いとなった。

「なっ!? き、貴様……。貴様! それは我に対する侮辱としれ!!!」

「なっ、なんと! ミツ選手、土の壁を突然出したと思いきや、その壁の中から剣を取り出した!? し、しかもその剣! バーバリ選手の持つ剣と瓜ふたつです!」

 自分が土壁に使用した魔法は、武器を作り出すスキル〈マジックアーム〉と〈物質製造〉の二つ。
 普通に土壁を剣の形に変えただけでは耐久性は無いので、魔法の剣として一度生成後、〈物質製造〉スキルで形を整えてはバーバリの持つ剣と似せて作ったのだ。
 更にシャロット様から貰っていた加護の効果で完成度は本物と近い物を創り上げていた。
 ただの土塊から作られ自身の持つ剣と同じ姿を見て、バーバリは怒髪天の如く怒号に叫び襲い掛かってきた

「小僧! 土塊と我が剣を同じと思うな!」

「セイッ!」

 ガキンッ!

 赤い閃光の如く凄まじいスピードで襲いかかるバーバリの攻撃を受けると、剣と剣がぶつかり合う音が響く。
 その一撃の衝撃に、見えない衝撃波が発生したのか審判は場外に吹き飛ばされ、観戦席にも衝撃の凄まじさが襲いかかる。
 ある者は座る椅子が壊れ、ある者は手に持つコップが割れ、ある者は薄い髪の毛が哀しくも頭皮を晒していた。
 闘技場から近い者ほど衝撃の被害が大きく、ロコンの使う魔導具が破損する程の影響を与えていた。
 直ぐに予備の魔導具と交換し始めるロコンに変わってセルフィ様が実況を続ける。

「凄いわ! 二人の鍔迫り合い! うっ……!? 二人の武器がぶつかり合う度に私のところまで衝撃が飛んでくるわね! 魔法で障壁が使える者は今すぐに使いなさい! そうすれば瓦礫などの観客席に飛んでくる被害が防げるはずよ!」

 セルフィ様の声に反応した魔術士達。
 彼らは咄嗟に〈アイスウォール〉を使用しては観客席最前列を守る形を取っていく。
 貴族席に座るエマンダ様やパメラ様も、周囲の貴族を守る思いと防壁を発動していた。

 氷のドームに包まれた中で戦う二人。
 剣の大きさを感じさせない程に素早い攻撃を繰り出すミツ。その一撃一撃がとても重く、バーバリがその一撃を剣で受けるたびに体中がビリビリと筋肉を響かせる。
 そして、ガキンガキンと響く度に衝撃波にて二人の身体に切り傷の様な傷が入る。

 しかし、バーバリは戦いの中、剣を交える相手に驚きを隠せなかった。
 それは相手が傷ついても、直ぐにその傷が癒えていくのが原因であろう。
 ミツ自身、回復のヒール等のスキルを使用はしておらず、その殆どが〈自然治癒〉と〈自然治療〉の効果、この二つのスキルが常に発動しているパッシブスキルなだけに、切り傷程度の傷は直ぐに回復している状態であった。
 だが、ミツの弱点もバーバリは直ぐに見抜いていた。
 それは戦い方の動き、剣の走らせ方、そして体力の疲労。
 戦いの動きはスキルの効果で素早い反撃で攻撃を弾いている。
 ユイシスの助言もあり、バーバリの攻撃にも直ぐに反応することができる。
 ミツは未だバーバリの一太刀を浴びてはいない状態。
 変わってミツの攻撃。彼の〈剣術上昇〉スキルレベルは3、〈能力強化〉スキルの効果で、剣術上昇は倍のレベル6である。
 その為、ミツの剣の扱いは、剣士としては中々の使い手程度。
 だが、いま対戦しているバーバリの〈剣術上昇〉レベルはMAXの10。
 バーバリを相手ではミツは剣術では勝てていない。
 それでもバーバリが苦戦するのは、ミツ自身の能力上昇系スキルの多重使用もあるが、いまのミツとバーバリのステータスの差が一番の理由であった。
 
 そして、唯一ミツの弱点と思われる物、それはスタミナ不足。
 ミツの顔にはいくつもの大粒の汗が浮き出ては、たらりたらりと頬を伝わっていた。
 ミツの身体は15歳の身体であり、戦いの経験が少ないのも含め、訓練などしていない彼はスタミナが少ないこと。
 ミツ自身、スタミナを回復させる手段がない。
 嫌、あるとしたら20秒だけ時を止める〈時間停止〉スキルなのだが、実は既にそれを実行しているため、息を切らしながら戦っていた。
 ならばその時間を停止してる間に倒せば良いのではと思うだろうが、それをやってはここまでのアプローチも無駄になってしまう。
 バーバリのスタミナはまだ少しだけ余裕はあるが、ダメージの蓄積が溜まって身体が言うことをきかなくなってきている。
 長引かせては共に不利なのだが、判断を間違えると一気に勝負が決まり、自身が敗者となってしまう。
 ミツの場合は、無我夢中でユイシスの指示に従い動いているだけであり特に作戦といった物は無い。

「はぁ……はぁ……。どうですか、降参しませんか」

「くっ! 笑止!」

 ポタリ、ポタリと流れる血を脱ぎ捨てる様に地面に血を捨てるバーバリ。
 そして、フッとバーバリの視線がゼクスに向けられる。
 その時、ゼクスが自身に告げた言葉を思い出す。

(貴方は上を登る前に自身の足元を救われぬようお気をつけください。貴方の立場もございます。自身がこれから戦う者を見ずに私だけを見ては、貴方は私と戦う時は来ないでしょう……)

(ま、まさか……。そうか……ゼクス。お前の言う戦う者とは、この小僧であったか……。ならば!)

 バーバリはゼクスを一瞥した後、目の前のミツを見ては大きく目を見開く。

「おおっと! バーバリ選手! 自身からミツ選手との距離を取った!」

 新しく声を拡散する魔導具を出し、ロコンが実況を再開する。
 距離をあけたバーバリを見て、ホッと息を漏らすも、自分は異様な違和感を感じ、戦いの構えを解くこともなく警戒を高める。

(ユイシス、指示を!)

《落ち着いてください。対戦相手のバーバリは闘気を高め、スキル〈獅子咆哮波〉を発動の準備をしています。ミツはタイミングを見ては横に飛んで下さい。避ける事は可能です》

(解った、避ければいいんだね)

「貴様にこの技を出すとは思わなかった……。我が宿敵の為と生み出されたこの技、小さきその体が吹き飛ぶとも恨むことなかれ!」

「……」

《ミツ、避けてくださいね……》

 バーバリの言葉にまたピクリと自分の眉尻が動くと、ユイシスから再度言葉が飛んできた。

「貴様がその小さき身体で闘技場内を逃げまとおうと、我が技は必ず貴様を仕留める!」

「……。はいはい、自分に向かってくるんですね。フンッ! フンッ!」

 バーバリの言葉に反抗するかのようにと、その場で剣をバットの様にブンブンと振り出す自分。
 そんな行動を見ていたユイシスは、呆れた感じに言葉をかけてくる。

《はあ……。ミツ、反撃を仕掛けるのなら〈獅子咆哮波〉の攻撃に対してカウンターを合わせてください》

(了解!)

「行くぞ小僧!」

「来い!」

 振り上げられたバーバリの剣。
 その剣にまとわりつくように付いていた赤い靄が形を作り、見る見ると獅子の姿を作り出していく。

「これが我が技の一つとなりて、剣の先より敵を食らう! 全てを食らい尽くせ! 獅子咆哮波!!!」

 まるで生きた獅子の様に向かってくるスキル。
 その大きさも普通の獅子の大きさではなく、4tトラック程の大きさ。それが大きく口を開けては迫ってくる。

「これは斬るのは無理か……。ならっ!」

 自分は剣の構えを解き、手に持つ剣を地面に刺し、腰を落として右腕に力を入れる。

「愚か者め! そのまま朽ちて滅びよ!」

 自分が剣を手放したことに、バーバリは勝敗が決まったと確信を得た思いに口を開く。
 だが、そんな気持ちに心が動いたのも一瞬だった。
 剣を手放し、全く動こうとしないミツ。
 そんな彼の右手が赤く光、そしてバチバチと腕の周りを黒い電気のような光を見せてくる。
 バーバリの放った攻撃が棒立ちのミツを噛み付く瞬間、ミツが突き出した右手から物凄い力が獅子咆哮波へとぶつけられる。
 
「インパクト!」

 ドカーン!

 ミツはスキル〈インパクト〉を発動した瞬間、獅子は弾ける様に霧散し、ミツに襲い掛かってくるはずの衝撃、それもろともインパクトの打ち出した闘技場の上えと衝撃が流れていく。
 吹き出す衝撃、様々なスキルを使用していた分、その威力は洞窟で使用していた比ではなかった。

 ドドドッドッカーン!!

 一度目の衝撃で獅子咆哮波を吹き飛ばし、その後吹き出すように起きる爆風に、自身の足元がバキバキと音を鳴らしながら地面が凹む程の衝撃。
 更に観戦席を守るためと作られた氷壁、複数人の魔術士が作り出したアイスウォールを破壊してもその威力は止まらない。

 ドカンッとけたたましい音を鳴らし、氷壁で作られた天井部分が破壊される。
 その瞬間、観客席に襲いかかる暴風。

「きゃーー!」

「ふ、吹き飛ばされる!!」

「俺の賭け札が!!!」

「皆様! 二人の戦いにて、巻き起こった風が観客席にまで来ております! 決して席から離れないよう、お子様などからは手を離されませんよう、キャー」

「いや~~飛ばされる~~」

「シュー、掴まるっての!」

「キャー!」

「お前ら、後ろに固まれ! 婆さんも俺の後ろに!」

「アイシャ、先に隠れなさい!」

「お母さん! お婆ちゃん!」

「お袋、絶対に手を離すな!」

「こ、これがミツ坊の力かい!?」

「あの莫迦、やり過ぎよ!」

「リッコ、怒るのは後にするニャ!」

「二人とも、いいから身を縮めて下さい!」

「ミーシャ、壁を! 壁を作って!」

「解ってる! 待って、集中しないとできないのよ~」

「ミミッ、頭を下げろ!」

「トト!」

 インパクトを向けた先が空の上であったのが幸いしたのか、直撃を受けるものは誰もいなかった。
 だが、それでも観戦席に座る人々には暴風が襲いかかる。
 爆発したように破壊された氷壁の一部は何故か一瞬にして消えてしまったが、今はそれを気にする人はいなかった。いや、気にする余裕がある者が全く居なかった。
 客席の殆どが吹き飛ばされるかと思うほどの風に恐怖し、固定された椅子にしがみつく者もいれば、リックの様に咄嗟に盾を前に出し、飛んでくる物から仲間たちを守ろうと、前に出るものもチラホラ。
 これは不味いと、防壁の使える者は新たに土壁や氷壁を出しては観客の人々の守りを固めていく。
 しだいに風は暴風から強風、そして風が落ち着くタイミングと壁を解除していく魔術士達。
 未だ恐怖に身を縮めては蹲る者や、隣に座る顔も知らぬ者に抱きつく者。風が収まったことに安堵に声を出す者。様々とアクションは違うものの、それでも人々が見る先は同じ場所である一点であった。

 闘技場の上には少年が一人。
 対戦相手のバーバリは地面に倒れ、審判は闘技場を降りてすぐ下に隠れていた効果なのか、自身で起き上がり無事であった。
 闘技場を見ては唖然と言葉を失った観客席や貴族席に座る面々。
 そして、各国の代表者の席に座る人々。
 代表者席は魔術具の効果で砂一つ入り込むことはなかったが、外の様子を見てこれまた唖然としていた。
 そんな中、真っ先に声を出したのは獣人国代表者である、エメアップリアであった。

「バーバリ!!」

 彼女の声に反応する様にピクリと動くバーバリ。
 彼はスキルを発動後、ミツに追撃を仕掛けるつもりに駆け出していた。
 だが、予想の斜め上以上のことが起きた。
 ミツが拳を突き出したと直ぐに、自身が放った獅子のスキルが弾ける様に消えた。
 そして、それを見た瞬間、自身の体に走る衝撃と風の勢いに場外まで吹き飛ばされていた。
 傷ついた身体では直ぐに反応もできず、地面に強く打ち付けた身体は、悲鳴を出すほどのダメージを受けていた。
 そして、バーバリはエメアップリアの声で薄れ行く意識を起こし、ゆっくりと目を開ける。
 ミツが闘技場を降りてバーバリへと近づく。
 バーバリが身体を起こそうとするが、激痛の痛みで指一本動かすことができなかった。感じる痛みに眉間を寄せていると、ミツは既にバーバリを見下ろす近くまで来ていた。

 観客席が未だ混乱し、ざわざわと声があふれる中に実況者のロコンの声が響く。

「皆様、お怪我などはありませんでしたでしょうか。闘技場から巻き起こった強風に、観戦席は嵐が過ぎたような惨状です。私も少々服や髪が乱れてしまいましたが実況を続けさせて頂きます。さて、先程の戦いを少し解説を入れながら振り返らせて頂きます。セルフィ様、よろしくお願いします」

「はいは~い。と言っても、私もロコンちゃんも直ぐに身を隠して避難したから、ある程度しか解らないんだけどね。少年君に向かっていった獅子君の攻撃なんだけど、こう、パーンって殴られたように消えてたわね」

「セルフィ様、その……、バーバリ選手の技ですが、見るからに凄まじい攻撃だと私は見ております。それをミツ選手は殴り消したと言う事でしょうか?」

「んー。殴ったと言うか、少年君が凄い衝撃をぶつけて消したって感じね。私もそれからは危機感を感じてテーブルの下に隠れたから見てないんだけど。見た感じあの強風に巻き込まれて獅子君は外に放り出されちゃったのね」

「なるほど、解説ありがとうございました。さて、ミツ選手、倒れたバーバリ選手に近づいてから何をするわけでもなく、ジッと倒れるバーバリ選手を見下ろしておりますが、あれは一体何をされてるのでしょうか?」
 
 実況者の声が響く中、暴風が落ち着いた事に混乱している観客の人々も落ち着きを取り戻しては席に座りだす。倒れるバーバリを見下ろすミツを見て、ざわざわと少しづつ声が増えてくる。

「お、おい……まさか、バーバリ、死んだんじゃねえよな……」

「莫迦言ってんじゃねえよ! 国一番と言われる程の戦士なんだぞ!?」

「でもよ……と、闘技場があんなボロボロになる程の威力だぜ……。あんな攻撃を受けたら……」

 一人の観客が闘技場を指を指しては震えながら口を開く。闘技場の地面は瓦礫が散乱しボロボロ、ミツが立っていた場所に関しては数メートルのクレーターの様に地面が凹んでいる。
 今まで武道大会の試合で、ここまで闘技場が破損するのを見たことのない観客達は、先程のミツの出したと思われる技を思い出し、また身震いしはじめる。

 自分とバーバリの姿を確認した審判が急いで駆け寄ってくる。だが、バーバリとミツがいる場所からは、闘技場を挟んで反対側にいるために、直ぐには来れそうにも見えない。
 倒れるバーバリに自分は声をかける。

「(大丈夫ですか?)」

 バーバリは自分の声に反応してはゆっくりと口を開く。

「……。しょ、笑止……。トドメを刺したいのなら……するがよい……。我が誇りにかけて……降参は決してせぬ……。敗北は死と同じこと……」

「(……。はぁ~……。バーバリさん、貴方は何のために戦ってるんですか? 前も聞きましたけど、その誇りって命より大切ですか? 仲間より大切な物なんですか?)」

「……」

 自分の問に少し眉尻を寄せるバーバリ。

「(自分にはその誇りの意味が解りません……。ですが、命よりも大切なものは無いと思いますよ)」

「貴様は……何を……」

「(バーバリさんが誇りを胸に戦うのは自由です。ですけど……、貴方の命は貴方だけの物じゃないんですよ。誇りで命が救われますか? 誇りが大事だから命を捨てるんですか? だとしたら莫迦ですよ)」

「き、貴様……」

 悪態に反応するかのように、バーバリは少しだけ頬を上げては牙を見せる。

「(聞こえないんですか? さっきから貴方を呼ぶ声。あんなにも、一生懸命に名前を呼ぶほどに……。彼女にとっては、貴方がそれ程に大切なんですね)」

「声……だと……。貴様の……声なら……」

「(あっ、すみません。さっきから会話してますけど、この会話。自分のスキルで直接バーバリさんの脳内に語りかけてるんです。ですので、周りからはバーバリさんだけが喋ってるように見えてますね)」

「なっ……」

 自分が今使用しているスキルは〈念話〉で言葉を伝え、そして霞のように消えそうなバーバリの声は〈聞き耳〉のスキルで聞き取っている状態である。

「(ああ。恐らく耳の鼓膜を痛めたんですね……。失礼)」

 仰向け状態に倒れるバーバリの耳元に軽く手を当て〈ヒール〉を使用。
 バーバリは頭痛に襲われていたような頭の痛み、先程からキーンとした耳鳴り、そして顔に走る痛みがスッと消えては目を開ける。

「バーバリ! バーバリ!」

「……!? ひ、姫……様……」

 身体はまだ動かすには厳しいが、顔を動かせば、観戦席から身を乗り出すように、白い髪を靡かせては声を出すエメアップリアの姿が視界に入った。

「(聞こえましたか?)」

「ああ……」

 バーバリの意識があることが見えたのか、エメアップリアは名を呼ぶ声を止め、ホッとため息を漏らし安堵する。
 そこにやっと駆け寄ってきた審判。
 バーバリの意識があることを確認した後、一歩下がっては声を出す。

「ミツ選手、バーバリ選手共に場外! カウントを取ります! アインス!! ツヴァイ!! ドライ!!」

「(あっ、このままじゃ自分も負けちゃうのか。ではバーバリさん。貴方から降参宣言は取れそうもないので、審判のカウントが終わるまで寝ててください)」

「ぐっぬぬ……」

 審判がカウントを始めた途端、闘技場へと戻るミツの後ろ姿を見て顔をしかめるバーバリ。

「(それともう一つ……)」

「なんだ……」

 自分は軽く振り返り、もう一度バーバリへと念話を使用する。

「(仲間は大切にしてくださいね。誇りと仲間、天秤にかけることでもないですけど、大切なのは何方かなんて聞くだけ野暮ですけど)」

「貴様に言われぬとも……心得ておるわ……」

「(そうですか……)」

 一歩一歩と闘技場に戻るミツ。
 地面に倒れるバーバリは身を起こそうともしない。

「こ、これは! 今審判のカウントが進む中、ミツ選手は闘技場へと足を勧めております。意識はあるようですが、バーバリ選手は起き上がろうともしません!!」
 
「あらあら。これまた信じられない光景ね」

 ロコンは声を拡散する魔導具を握りしめ、静まりかえる闘技場に声を響かせる。
 自身の目で見ているのに信じられない観客の代弁とばかりに、隣に座るセルフィ様も言葉を入れる。

「フィーア!! フュンフ!! ゼクス!!」

「まじかよ……。まじかよ! マジなのかよ!!」

「嘘だろ、優勝候補なんだろ!?」

「それでもよ、あれが結果なんだぜ……」

 静かに進む審判のカウント。
 それを一瞬たりとも見逃すまいと、観客全てが闘技場を見守る。

「申し訳ございません……姫様……。私は自惚れが過ぎたようです……。この敗北後は……必ずや……」

「ズィーベン!! アハト!! ノイン!!」

 審判のカウントを静かに聞くバーバリ。
 自身の強さに酔いしれ、多くの部下を使い、彼は今まで幾千もの戦いを繰り広げては勝利を積み重ねて来た。
 そんな中。今、彼は心から認める敗北に身を委ねている。

「バーバリ……」

 エメアップリアの目尻からひと粒の涙が流れた時、審判のカウントが高らかに終わりを告げた。

「ツェーン!!! 勝者、ミツ選手!!」
  
「ありがとうございました」

 闘技場へ上がった瞬間、審判からの勝利宣言。
 その後、バーバリへと一礼をすれば、観戦席からは割れんばかりの歓声と拍手が送られてきた。

「決着です!!! 今、審判の10カウントにて、4回戦の勝者はミツ選手と決まりました!!!」

「「「「「うおおおおおおおお!!!」」」」」

「凄えぞガキ!」

「まじかよ! また大穴が勝ちやがった!!」

「バーバリさん!!! 立派です! 立派でしたぜ!!」

「お聞きくださいこの歓声の声! 誰が予想したでしょうか!? 獣人国より送られた最高の剣士と言われ、今大会の優勝候補であるバーバリ選手を倒し、勝利したのは何と大会初出場、アイアンランク冒険者。15歳の少年、ミツ選手であります!! 高らかに鳴り響き、選手へと送られる拍手に私ロコンも興奮が止まりません!!」

 武道大会の外にまで聞こえる程に、観戦する客の声が響く。
 その中にはミツの仲間達の声も入っていた。

「やったニャ! やったニャ! ミツが勝ったニャ!!」

「ええっ! 少しやり過ぎだけど、あの対戦相手に勝ったのよ!」

「おめでとう! 凄いよミツさん!!」

 まるで自身の事のように喜び声を出す面々。

「おっしゃ! ミツ、この調子で次も勝ってくれよ!」

「わっ! リック、嬉しいのは解りますけど危ないですよ」

 ミツの戦いに興奮し、席を立ち上がっては声を出す兄を止めるリッケ。
 そんな冷静なリッケに、一人の人物の腕が彼の首に回される。

「何言ってんだっての!? ほら、あんたも嬉しいなら、自分の兄貴みたいに喜ぶっての!」

「わっ!? マネさん!」

「やったシ! まさかの2連続の大穴が来たシ!!」

「良くやった少年! リーダーに賭けた分以上が返ってきたわ!!」

「「「イェーイッ!!」」」

 ハイタッチと声を合わせる三人。
 リッケは自身の顔に押しつけられたマネの胸に実るスイカに赤面の至りの思いであった。

 観戦席は純粋にミツの勝利を喜ぶ者、ミツにまた賭けをし大勝ちしては喜ぶ者、逆に安定の勝利と大金を賭けては、それがハズレ券となりその場に崩れる者、興奮に凄え凄えと声を出す者。
 様々な感情がその場の熱気を更に向上させていた。
 しかし、先程の戦いを見ては一般的な庶民はその感想で済まされるが、貴族席に座る者の反応は凄いで済まされるものではなかった。
 やはりミツを自身の手元に取り込むためと直ぐに動き出す者もいた。
 だが、先程の戦いも含め、更に人々がミツにまた視線が集まることが起きる。

(ねえ、ユイシス。この髪ってちゃんと黒く生えてくるよね……)

 ファサッっと髪をかきあげると、ツルツルの肌触り。
 今のミツの髪はバルバラ様の加護とスキルの効果で、眉毛を含めて全てが白髪である。
 自分の頭の未来を心配するのはまだしたくないので、正に神に髪頼みとばかりに訪ねてみる。

〘あら良いじゃない。私とお揃いになるわよ。でも、私は白じゃなくて銀色なんだけどね〙

(いえ、素直にお断りします)

《ふふっ。ミツ、大丈夫ですよ。月日が経てば元の髪に戻ります。それでも待てないようでしたら、頭に手を添えて〈再生〉のスキルを使用してください。ご主人様とリティヴァール様の加護の効果にて〈再生〉スキルの効果が向上しております。欠損以外にも効果はでますので、使用すれば直ぐに元に戻りますよ》

「そうなんだ。良かった」

 シャロット様の茶化す誘いを断り、ユイシスの言うとおりと〈再生〉スキルを使用しながら自分は眉毛に手を添え、そのまま髪をかきあげる。
 すると、白髪となってしまった眉毛と髪がスッとまた変色するように黒く染まっていく。
 白髪の原因は、色素細胞であるメラノサイトが不足していることが一番の理由である。
 戻った髪の毛をかきあげると〈再生〉を使用した効果で、以前より少し髪が伸びた気がする。
 
「「「!?」」」

「ふ~。良かった。あのままじゃ教会の子供達にも泣かれてたかもしれなかったからね」

 ミツが髪を白から黒へと元に戻ったことに、彼から感じられていた威圧されるような違和感、これがスッと抜けた事に、観客も更に驚きであった。
 それよりも声を出した者は、自身の頭上に荒野を持った者、森林伐採された様にスカスカの髪の者。
 彼らは目をギラギラとさせながらミツを見ていた。

 数人がかりで担架の様な物で運ばれていくバーバリを見送っていると、突然ゾクリとした視線を感じる。
 咄嗟に其方へと振り向けば、そこには正に魔性の笑みを浮かべている人物が居た。
 そこは魔族の国の代表席。彼女、レイリー・エンダー様が赤い瞳を細め、獲物を見つけたように笑う姿が目に入る。
 母を護衛するジョイスはその笑みは見えずとも、滅多なことに椅子からも立ち上がらない母が闘技場を見下ろしていることに違和感を感じたのか共にミツを見ていた。

「な、何だろう……。まぁ、あの人達も取り敢えずお偉いさんだし……」

 自分はレイリー様とジョイスの居る観戦席へと一礼をした後、他のお偉いさんへとこれまた頭を下げておく。
 だが、この行動に自分は意味があったとは知らず、貴族席からはざわざわと声が溢れていた。
 何か変なことをしたのかとダニエル様の方を見ると、ダニエル様を囲むように座るパメラ様とエマンダ様も口を抑えて驚き顔である。

 そして、また強い視線がエンダー国の方から感じると思い、視線を向けると、今度は王子であり、レイリー様の息子のジョイスが今にも自分へと襲い掛かってきそうな程の強い視線を送ってきていた。

(えっ? 何っ?)

 ジョイスの視線に困惑しているが、ミツが無意識に行なった行為。
 それは武道大会など、自身の力を示す戦いの後に貴族や王族に対して頭を下げると言うのは、簡単に言えば自身を雇わないかと売り込み、アプローチをした事と同じことである。
 昨日行なったシャシャとの戦いの後は、ミツは早々と闘技場を後にしたので今回頭を下げたのは初である。
 この世界の常識を知らない彼は無意識と、レイリー様の居る方から、エメアップリアのいる席、実況席に座るセルフィ様、そして最後にカイン殿下達のいる席へと順に頭を下げている。
 それを見た人々は、人族であるミツが各国代表へと頭を下げたことに驚きであった。
 普通なら人族は人族の代表者の席に、獣人は獣人国だけにと、自国に自身を売り込むものである。
 この場でミツの行動を見た各国の貴族や騎士団は、ミツが雇い主を探している者だと、大きな勘違いをしてしまったのだ。
 ジョイスに関しては、母を守るのは自分しかいないと強い想いもあったので、自身の母に近寄りそうなミツに対して嫌悪の視線を送っていたまでである。
 エメアップリアも先程のミツの行動に警戒しながらも驚きを隠せていない。
 セルフィ様はアハハと手を軽く前に振っては「もー、冗談キツイわ」など、ご近所のオバさんのように軽く流していた。
 問題はカイン殿下達の座る席であった。
 カイン殿下、マトラスト様は先程の戦いを見ては唖然としていたが、ミツが各国代表者へと自身を売り込む行動に、焦りと自国の危機感に襲われていた。
 それは前日でのミツとの対談にて、力の一部をその目で確認しているからに他ならなかった。
 戦いぶりを見ても、彼は少年とは思えない戦闘能力を秘め、更には〈トリップゲート〉等の今は失われたと思われる魔法を扱い、欠損して数年と時が経った腕を治療させる治癒術が使える。
 更に付け加えるなら自身たちが見たことのない芸術品を一瞬に作り出し、指折り数えてもミツが他国へ流れると言うことは予想を遥かに超える大きな損失となることは明白であった。
 しかし、昨日対談にて、カイン殿下、この場では国の代表者である王子直々とミツへと勧誘の言葉を告げるが、ミツは間を置かずとその誘いを断っている。
 なら、なぜ今他国含め、また自身たちの国にまで自身を売り込むことをしてきたのか。
 カイン殿下とマトラスト様、これは二人の深読みであるが、自身の力を各国代表者へと見せ、条件の良いところに行くつもりなのではと、勝手に思考を走らせていた。
 まあ、ミツがカイン殿下の誘いを断った理由は、創造神のシャロット様と、豊穣神のリティヴァール様の二柱、二人からのお願いを先に受けていたのが一番の理由である。
 荒れた土地、枯れた井戸、底が見えそうな程に水が無い川や池、そう言った場所を見つけては、自身で作り上げた魔石を入れるだけのお手伝い程度の使命を受けている。
 元々この世界を旅回ることが目的であったミツは、二つ返事とそれを承諾している。
 
 
 ミツが闘技場を後にしたことに、実況席のロコンが本日の試合の終了を知らせる放送をすれば、貴族席に座る領主ダニエル様含め、周囲の貴族も次々と席を後にしていく。
 それはいつもより小走りにその場を後にする者、先手とばかりに従者に連絡を入れては早速ミツへと勧誘の書状を書かせ走らせる者もチラホラ。
 観客も帰りだした頃には、荒れた闘技場を明日までに直すためと、土魔法が使える魔術士、瓦礫を片付ける為の人々が変わって闘技場へと入ってきた。
 修繕の為と入ってきた者は、壊され荒れた闘技場を見ては唖然としていたが、そこは仕事だと割りきって急ピッチで作業が開始されていた。
 
 
∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵

 バーバリが運ばれた治療室にて。

「……」

「これで傷は治りました。思った程お怪我がなくて良かったですね。試合でお疲れでしょうから少し休まれていかれてください。何かありましたら入り口に係員が控えておりますので、何時でもお声をおかけ下さい」

「ああ。すまぬ、助かった……」

「それでは、私達はこれにて。どうかご自愛くださいませ」

 バーバリをベットに寝かせては部屋を出る治療士達。
 治療士の回復魔法を受けては、バーバリは考えに耽っていた。
 そこに部屋の扉をノックする音が響く。

「誰だ……」

「団長、入るぞ」

「……お前か」

 部屋に入ってきたのは獅子の牙の団員の一人、ベンガルンだった。
 彼は予選にてミツと戦いで敗北し、謹慎のためと、宿の部屋に待機していた。
 だが、チャオーラの件もあって、護衛として共に帰路につかせる為と部屋から出てきていたようだ。
 チャオーラと共に先に国へと帰る際、普通なら次の試合が控えるバーバリに顔など出すことは無いのだが、現にバーバリは敗北してしまったので団員として団長に挨拶をしてからこの街を発とうと判断したようだ。
 また、それとは別に、ベンガルンはどうしてもバーバリと話もしたかったのもあった。

「団長、あの激しい戦いの中、ご無事でなによりです……」

「ふんっ。皮肉としか聞こえんな」

 ベンガルンの言葉に、目を細めては言葉を返すバーバリ。

「いえっ! その様なつもりでは……」

「……」

「……」

 部屋の外はざわざわと人の声で溢れる中、部屋の中は反対に沈黙の時間が流れていた。
 バーバリはベンガルンを一瞥した後、窓の外を見ながらまるで独り言のように語りだした。

「まったく、ゼクスの奴め……」

「……?」

「あいつは昔からそうだ……。肝心なことは何も告げぬ奴だ……。いや、それを忘れていたのは自身の穴であったか……」

「……」

 バーバリが何の話をしているのか解らないベンガルンだったが、彼はただ静かにバーバリの言葉を聞いていた。ベンガルンもゼクスの事は知っている。
 兄であるバーバリがまだ王の側近になるズッと前のこと。
 その頃まだ冒険者であったゼクスと、何度も剣をまじ合う姿をその目で見ていたから。
 最初は敵対する敵として剣を合わせていたが、二度目は友として二人は剣を合わせていた。
 そして、ベンガルンがまだ戦士として国に仕える前、自身もゼクスと何度も模擬戦を行っている。
 当たり前だがその時のゼクスは既にシルバーの冒険者。ベンガルンが勝てるわけでも無く、ボロボロとやられていた。
 その時共にゼクスへと戦いを挑んだルドックとチャオーラ、二人の姿も脳裏に浮かんでいた。

「ベンガルン……」

「はっ……」

 突然名を呼ばれたことに、昔の頃を思い出しつつも返事を返すベンガルン。

「我は姫様と契を結んだ……。我が命をかけると……。すまぬ……。許せとは言わぬ……。今のこの姿、油断していたのは我の方だったかもしれぬ。」

「団長……。いえ……。いえ! 違います! 団長は油断などされておりません。俺も戦いを拝見いたしました……あの子供の力は……その……」

「よい、ここには我とお前しかおらぬ。気を使うな……」

「……はっ。あの子供は普通ではありません。姿は人族ですが、人ならざる者の力はあきらかに……。団長……いえ、兄貴が本気を出した時、あの子供の容姿が変わった瞬間、俺は……」

「……」

「恐怖に足を引いてしまった……」

 バーバリを兄と呼んだ瞬間、ベンガルンは口調を崩しては自身の感想を述べ始めた。
 バーバリが視線を落とせば、ベンガルンの震える腕が目に入る。
 対戦していた当の本人であるバーバリは〈ライオンズハート〉のスキルを使用していた為に、観客含め、ベンガルン程に恐怖をあまり感じてはいなかった。

「お前が恐怖をか……。ただの子供に……いや、そのただの子供に負けた者が言う言葉でもないか」

「……」

「お前に頼みがある……」

「なにを……」

「姫に我が命を届けよ……」

 バーバリは自身の懐からナイフを取り出し、ベンガルンへと差し出した。
 ベンガルンは差し出されたナイフの意味を直ぐに理解したのか、震える手にてそれを受け取る。

「兄貴……。いや、団長……」

 受け取ったナイフを見ては戸惑い、部屋の中には二人以外誰も居ないというのに、誰かに変わって欲しい気持ちと辺りを見渡すベンガルン。

「莫迦者。貴様も我が獅子の牙の団員であろう。これは勤めである」

 厳しい顔をしてはベンガルンを一喝と怒鳴るバーバリ。その声に震える身体はピタリと止まり、ベンガルンはゆっくりとナイフの鞘を抜いた。

「本当に良いのか……」

「構わん……。敗北が決まる時、既に我が心に迷いは無い」

 バーバリはベットから降りては地面に座り、ベンガルンに背を向ける形をとった。

「直ぐに……終わらせるから……」

「ああ……。頼む……」
 
 覚悟を決めたバーバリの姿に、団員として、また弟として、ベンガルンは眉間を強く寄せる。
 受け取ったナイフをゆっくりと、躊躇うその手に力を入れてはバーバリのうなじへと当てる。

 その後、エメアップリアのいる部屋にベンガルンは荷が入った箱を差出し、バーバリの覚悟を差し出すこととなった。
 その中身を確認したエメアップリアの側近は厳しい顔のままベンガルンを一瞥した後、エメアップリアへと静かに頷きを送った。

「……そう。ベンガルン、お役目ご苦労だっての」

「……はっ!」

 エメアップリアは箱の中を見ることはしなかったが、視線を箱から背けることはしなかった。
 部屋の中は数人の獣人族が居ると言うのに、誰一人とも言葉を発する者は居なかった。
 暫くの沈黙が続く。
 明日の最終戦を見届ければ、エメアップリアは国の代表者としての役目が終わる。
 その後は国へ帰ることをその場の皆へと告げれば、側仕え含め、その場にいる者達は動き出した。

∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴

 試合が終わり、自分は昨日荒らされた部屋は未だ使えない事を大会係員から詳しく説明を受けていた。
 昨日、自分が部屋を空けていた間と、数名が押しかけては宿の者に暴力を振るい、自分の部屋を荒らすと言う事件があった。
 その者は街の衛兵に捕らえられたが、なんせ相手は貴族。牢屋に入れておくこともできず、領主であるダニエル様にと早馬を出しては事情を説明後、一先ず部屋を荒らした者は一度解放させ、後に話を聞くことになっている。
 その時ダニエル様は王族のカイン殿下と辺境伯のマトラスト様、この二人との対談中と言うこともあって席を離れることもできる訳もなかった。
 自分には別の部屋を用意してもらったがそれは断ることに。昨日、教会に帰った際、アイシャとの会話の中、今、街に臨時的に出店している露店などの話をしていると、行ってみたいと言う流れになった。
 そこにプルンも加わり、ならば、明日の試合に勝っても負けても、終わった後に皆で行こうと約束をしていた。
 
「本当によろしいのでしょうか? ミツ選手の希望であれば、以前よりも良い宿泊場をご用意しても構わないと、領主様よりもご許可をいただいておりますが……」

「お心遣いありがとうございます。はい、このまま外のお店など巡ったりしますので、そのままいつも寝泊まりしてる場所に帰ります」

 係員もミツとバーバリの試合は見ている。
 だからこそ、あんな激しい戦いの後だと言うのに、直ぐにお店巡りをすると言うミツの発言に驚きであった。

「……わ、解りました。この度は誠にご迷惑をおかけいたしまして、係員一同お詫び申し上げます。この度の犯行のを行なった者は既に捕まえ、領主様よりも厳しい罰を科すと連絡を受けております。後にミツ選手にもそれに関してはご連絡が行くと思われます。お手数ですがご対応をよろしくお願いします」

 犯行を行なった貴族は地位も高く、下手に名を出すわけにもいかないと言うことで、係員は言葉を濁しながらも、その場で深々と頭を下げ続けていた。
 既に森羅の鏡を使用しては犯行のすべてを知っている自分にとっては、それは無意味な濁しであった。
 別に係員の人が悪いわけではないので深く追求する必要もないと話を早々と切り上げることに。
 試合が終わったばかりで多少は疲れもあるが、若い身体は凄いもので、今から遊びに行くと思うと疲れなど気にもしないと、足取り軽く闘技場の外へと出ていく。

 待ち合わせにしていた場所へと行けば、そこには予定していた人以外の人々が自分を待っていた。
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