スキル盗んで何が悪い!

大都督

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第100話 武道大会二日目。

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 ドカンッ! ドカンッ! ドカンッ!
 
 試合開始と直ぐに巻き起こる爆発音。
 舞い上がる爆風は武道大会の会場の外からも目視される程。
 舞い上がる煙、肌に感じる爆風の熱、耳鳴りとして残る音。
 それでも続く爆発に、観客は目を細めて試合を見続ける。
 ステイルの持つ虫網の様な物。
 それはセルフィ様の読み通り、魔導具であった。
 虫網の様な円形部分からは不思議なことに炎が吹き出し、ステイルが右へ左へと魔導具を振れば、炎は次々とラララへと襲いかかっていく。
 ステイルは不敵な笑みを溢しながらもラララへの攻撃を止めることをしない。まるで手に持つ魔導具の実験材料として彼女へと試しているようにも見えてくる。
 
「ハハハハッ。どうです! この止まらない攻撃は! 魔術師では不可能と言われた連続の魔法も、錬金術の力ではそれを可能とするのですよ!」

「チっ……」

 ステイルは疲れ知らずとその魔導具をブンブン、ブンブンと繰り返し振っては狙いをつけては逃げるラララへと攻撃を繰り返す。
 彼女は攻撃の直撃を喰らうことはなかったが、それでも次々と自身に襲いかかる炎を避けることが精一杯だった。
 ステイルがひと振りすれば、ゴー、ゴーっと炎が吹き出る音と共に、高熱の熱気が彼女の服をジワジワと燃やし、肌に感じる熱さが火傷のように痛みを感じさせる。
 
「こ、これは凄い! 試合開始と、ステイル選手の魔導具によってのラララ選手への攻撃が止まりません! ラララ選手、機敏な動きでステイル選手の魔導具の攻撃を避け続けますが、闘技場の端へとジワジワと追い詰められております!」

「ラララちゃーん! 頑張りなさーい!」

「ちょっ!? セルフィ様、実況者として片方の選手への応援の肩入れはご遠慮下さい!」

「あっ……。エヘッ」

「……」

 ラララはセルフィ様の声が聞こえていたのか、一瞥した後にフンッと鼻を鳴らし、ステイルへと反撃を繰り出す。
 ラララは自身の懐から一つの瓶を取り出し、ゴクリと中身の液体を飲む。さすればラララの傷、火傷が治まったと思いきや、ステイルの魔導具から飛び出る炎を気にしないとステイルへと駆け出して行く。
 
「莫迦め! 焼けて骨まで焦がしなさい!」

「ぬぁんと!? ラララ選手、襲いかかる炎に向かって走り出した!」

「……」

 そして、なんの抵抗もなく炎に飲み込まれていくラララ。そんな彼女を見ては悲鳴にもにた声が観客席から聞こえてくる。

「キャー!!」
「うわっ! エルフの姉ちゃんが!?」
「何を考えてるんだ!?」

 
「ククククッ。このまま燃やし尽くして……。なっ!?」

 魔導具を向け、吹き出す炎をラララへと浴びさせ続けるステイル。
 勢い良く出てくる炎を喰らえばただでは済まない。
 それは魔導具を扱っている本人が一番理解していること。
 だが彼女は確かに炎に飲み込まれたのだが、ラララの足は止まることはなかった。
 近寄る彼女の影に「何っ!?」っと、気づいた時、炎の中から金色になびく髪の毛が見えた。

「莫迦な!? この炎を受けては髪の毛なんて直ぐに燃えてしまう。ま、まさか!? ぶべつ!?」

 ステイルはラララの先程飲んだ回復薬、それが何かと察したと同時に、ラララからの攻撃を受けては後方へと殴り吹き飛ばされる。

「おおっと! 魔導具の攻撃を受けていたはずのラララ選手がまさかの反撃!? こ、これはいったいどうなってるのでしょうか!?」

「ふふふっ。ラララちゃんは恐らく耐性薬を使ったわね」

「耐性薬ですか!?」

「ええ。一時的だけど、自身の身体をあらゆる属性攻撃から見を守るための薬。つまりは錬金術で作るお薬よ。傷を少量治す効果もあるから、パッと見、回復薬を飲んだのと相手は勘違いしたのね」

「なっ、なんと! ラララ選手、錬金術師であるステイル選手に、まさかの錬金術で対抗! それにやられたステイル選手!!! ダメージはそれ程でもなさそうですが、これは錬金術師としては精神面では大きな攻撃となったでしょう!」

「お……おのれ。私にふざけたまねを」

「……」

「しかし、貴女の攻撃は軽い。軽すぎますね。先程は思わず無様なところをお見せしましたけど二度とその様な方法は取らせません……。いえ、取れないでしょうね」

「……」

「これでラララ選手には、ステイル選手の炎の攻撃は効かないと言うことでしょうか!」

「いえ……。耐性薬の効果は短いわ。恐らく飲んだ量もそうだけど効果は直ぐに切れるから、同じ手は使えないわね」

「な、なるほど。まさに一度限り使える方法でしたか。ではラララ選手にはあの魔導具に対して対策は、もう打つ手は無いと?」

「ふふふっ。ロコンちゃん、よく見なさい。あの魔導具」

「えっ? ああっ!」

 セルフィ様が含み笑いを浮かべ、ロコンへとある一点を指を指しては視線を送らせる。視線の先、それはステイルの持つ魔導具に対してであった。
 ステイルの手に持つ虫網の様な魔導具の根本、そこには目に見えた亀裂が入っていた。

「!? お、おのれ、小賢しいまねを!!」

「ま、魔導具にヒビが!?」

「恐らくだけど、ラララちゃんの狙いは本人じゃなくてあの魔導具だったのね。魔導具はとても繊細よ。あんなふうに魔導具にヒビが入っちゃろくに使えないわ。さらに言えば、それが攻撃用の魔導具としたら使った瞬間、魔力が暴走してボカンね」

「凄い! 僅かな戦いの中、直ぐに相手の武器を封じるその判断力! しかし、数々の魔導具を扱うステイル選手の攻撃の一手を塞いだとして、ラララ選手は今後どう戦っていくのか!? ああっ、何だあれは!!」

「あら。そう言えばあの子、あんな事もできたわね」

 闘技場の上でまるで舞を踊るように動くラララ。
 その動きに魅了されるかの様に、観客席の人々からは感嘆の声やため息が漏れでる。
 そんな彼女の手にはいつの間にか水色の少盾と短剣が握られていた。 

「何と! ラララ選手、美しき舞を踊り、チャンスを伺い攻撃を仕掛けるのかと思いきや、いつの間にか、その手には剣と盾、両方を手にしております! こ、これはラララ選手もアイテムボックスかマジックバックを所持していたと言うことでしょうか!?」

「いえ。ラララちゃんはアイテムボックスの能力は持ってないし、マジックバックなんて所持してないわ。あれはあの子自身の魔力で作りだした武器。彼女は魔術士としても剣士としてもかなりの力を持った子よ。その経験があの技を作り出したの。そう……。あの子は魔法剣士なんだから」

 ラララが使用した魔法。それは魔法剣士のスキルの一つ、マジックアームであった。

「魔法剣士!? あの、魔法を極め、更には剣士としてもかなりの強さを持つ者だけがなれると言うあのジョブですか! しかし、ラララ選手の選手登録時のジョブは狩人となっております! これは我々も把握してなかった情報。ラララ選手はつまり、剣士、魔術士、弓士の3つもの戦闘スタイルが取れる選手という事! しかし、ステイル選手の魔導具は数知れず、いったい何方に勝利の天秤が傾くのか!」

 実況者のロコンの言葉に、観戦席はどよめきの声が溢れる。さらにセルフィ様の口からラララのジョブが魔法剣士だったことも発覚したことに、観戦席にいる数少ない上位のジョブ経験者からは、驚きと尊敬の念が送られていた。
 だが、好意的な視線もあれば、その反対もあるもの。

「……。醜いですね。あれこれと才能を持ち合わせているようですが、詰まりそれは付け焼き刃な様な物……。片足を踏み入れ、そのジョブを経験しただけでは、私の様な錬金術師を極めた強者に勝てるわけがありません。それに、貴女のその魔術……。フッ……魔術ですか……滑稽ですね。良いでしょう! 貴女のその魔術で生み出された剣、それが私に効果があり、脅威となる物なのか! ご自身でご確認してみて下さい!」

 錬金術師が一番、それを主張するステイルの言葉に反応するかのように、舞の様な動きをピタリと動きを止めるラララ。

「この剣は不純なる者を斬るのみ」

「笑止!」

「両者、その場を駆け出した! ラララ選手は魔力出だした武器を構えた状態、ステイル選手は新たに懐から取り出した棒の様な武器で対応! 凄い凄い! 互いの攻防に隙がありません! 踊るように舞戦う姿は正に森の妖精! ラララ選手が動くたびに手に持つ武器からはきらびやかな魔力の光が舞い散り、その姿は幻想のようです! 反対にステイル選手、戦闘を得意とするジョブでもないと言うのにその一撃一撃が重い! 叩きつけた闘技場の地面からは激しい音が響き、振り回す棒の武器からは風を切り裂く音が聞こえてきます! 勿論、ラララ選手の攻撃の剣を上手くさばきます!」

「……」

「……!?」


 次第に激しさを増す二人の攻防。しかし、それが暫く続く中、ラララは異様な違和感を感じ始めていた。
 最初は相手の攻撃を難なく避け続けることができていたが、次第にギリギリのところをかすめたりと、ワンテンポ相手の動きが早くなっている気がしていた。
 自身でも手を抜いている訳ではないが、見えない違和感に胸騒ぎを覚え、たらりと額を汗が垂れていく。
 そして、ステイルのニヤリとした不敵な笑みを見た瞬間、ゾクリと何かを感じたのか、ラララはダッとその場から離れるようにとステイルと距離を取る。
 いつの間にか自身の息も絶え絶えになりながら、握りしめる武器に若干の違和感を感じ、視線をそちらへと送ると、彼女は今まで見せたことのないほどの驚きの表情になっていた。

「どうしました! 顔色が優れないようですね。それに。クっクックッ……先程よりも何やら貴女の持つその武器、少々、いえ、随分とお粗末になりましたね」

「はぁ……はぁ……はぁ……。チっ!」

「どうしたのでしょう!? ラララ選手の動きが先程よりも鈍く見えます? それと剣はそのままですが、左手に構えていた盾を消してしまいました」

 ラララは左手に握りしめていた盾から手を放す。
 盾は地面にぶつかる前と、煙のように靄になっては姿を消してしまった。

「もしかして……」

「セルフィ様、何かお気づきでしょうか?」

「ええ。ラララちゃんの今持ってる武器。あれはさっきも言ったけど魔力で作られた武器よ。勿論あれを出すにも魔力は必要だし、あれを維持するのも魔力を必要とすると聞いたことがあるの」

「つまり……。ラララ選手は武器を維持するほど、もう魔力が残ってないと?」

「恐らく……。あの子、相手の攻撃は受けてないのにあの顔。恐らく魔力の枯渇になりかけてるわ」

「何という事でしょう!? セルフィ様の予想が正しければ、ラララ選手、いつの間にか崖っぷちに立たされております!」

「でも変ね。あの子の魔力でこんな直ぐに魔力を枯渇することなんて無いのに……」

「ふふふっ。はーっははははは!」

「「!?」」

「ど、どうしたのでしょうか!? ステイル選手、何が可笑しいのか、突然の高笑いにラララ選手も動きを止めてしまったぞ」

「貴女との戦いも、もう終わりです。解るでしょう、ご自身でも魔力がどんどんと失われていく感覚に襲われていることに……」

 ステイルの言うとおり、ラララは自身に襲いかかっている違和感の正体が魔力の枯渇、これが原因だと言うことに気付き始めていた。
 改めて盾を出そうと魔法を唱えた瞬間、自身の魔力の枯渇時に起きる症状である目眩を感じ、ステイルの言うことが本当だと確信したようだ。

「……」

「流石に私も貴女がその様な魔法を使うとは知りませんでした。ですが、貴女はエルフ……。エルフならば弓だけではなく魔法も使うことは想定内……。そう、貴女は既に私と戦う前から敗北はきまっていたのですよ」

「それは……」

 ラララは険しい表情のまま、不敵な笑みを浮かべるステイルを睨むように見る。

「おやおや……。まだ気づいていないようですね……。私が莫迦みたいに、ただ単にこれを振り回していただけとでも……? よろしい、折角なのでご披露いたしましょう。低能な貴方方にも解りやすく! この魔導具がどれほど素晴らしいかを! そして、何よりも素晴らしいのは剣術や魔術、弓術や治療術なんかではなく! 錬金術だと言う事を!!」

「……!?」

 ステイルは羽織っているローブを翻し、懐に忍ばせていた魔導具を取り出す。それは一見ただの棒にしか見えないが、既に持っていた棒の根本と先端をガチャっと音を出しては長い一つの棒にした。

「ステイル選手、自身の着ているローブの懐から更に棒状の物を取り出し、先程持っていました棒とそれを一つにくっつけました!  そして、ブンブンと風切音を出しては回転させております!! ああっと! 何故でしょうかラララ選手、突然膝をつき、手にしていた武器を消してしまった!?」

 ブンブン、ブンブンとステイルが魔導具と思われる棒をまるで大車輪のように回転させると、ピューピューと耳鳴りに残る音が聞こえてくる。
 その音が聞こえてきた時、ラララが咄嗟に耳を塞ぐが、既にその音は深い爪痕として彼女に影響を及ぼしていた。

「くっ……。貴様、まさかそれは……。うっ!」

「お解りいただけましたか。まだ範囲は狭いですが、こうして2つ繋げればこの闘技場内にいるものの魔力を吸い出す効果を出すのですよ! あっ、ご安心ください。私にはこの影響を受けない対策をしてますからね。魔力の枯渇にて倒れられるのは闘技場の上にいる者のみにしっかりと抑えております」

「ぐぐっ……」

「何と! ステイル選手、魔導具にて相手を魔力の枯渇状態にする技を見せ、ラララ選手の動きを止めてしまった! 魔力の枯渇と言うのは人それぞれ起きる現象は異なりますが、大抵その状態となった者は満足に動くことができなくなります! 今、審判も避難のためと闘技場から降りました。ですが、試合中のラララ選手は闘技場からは降りることができません! 選手が闘技場から降りてしまうと、審判がカウントを始めます。10カウント内に闘技場に戻らない場合、その時点で選手には負けが宣言されます! どうするラララ選手! このまま何もしないと体内の魔力を失い、危険な状態となってしまいます」

「まだよ! ラララちゃん、しっかりしなさい!」

「くっ……!」

 セルフィ様の応援の声に賛同するように、観客からもラララを応援する声が飛び交う。

「ほほっ、流石エルフ。人とは違って、体内魔力の量も違う分、まだ立ち上がるとは。ですが、産まれたばかりの獣の様に、直ぐに動けぬ物は強者の餌となるしかないのですよ!」

「ぐはっ!!」

「先に攻撃を仕掛けたのはステイル選手! ラララ選手、何とか最初の一撃は避けましたが、二手三手と次の攻撃は避けることができません!! なぁっ! ステイル選手の攻撃をモロに受けてしまった!!」

 フラフラと立ち上がるラララは、ステイルにとっては畑のカカシ同然。手に持つ魔導具を棒術を扱う訳ではないが、右へ左へ、振り回すたびにラララへと鈍い音を出しながら攻撃を与え続ける。

「な、何という事! ステイル選手、倒れそうなラララ選手へと追撃を止めません! 攻撃を受け続け、ラララ選手から鮮血が飛び散り、彼女の周囲を赤く染めております!」

「はははははっ! 如何です! 如何です! 如何なんですか!? これが錬金術の使いかた! 正しい使い方! 己の才を正しい方へと使うあり方! 剣術? 魔術? そんな物、封じてしまえばただのゴミです! ゴミ! ゴミ! ゴミなんですよ! これで終わりです」

「……」

「ステイル選手、さきほどまで振り回していた棒を止めてラララ選手の頭を鷲掴み! 抵抗するにもラララ選手、力が残っていないのか、ステイル選手の腕に手をそえるのみです」

「はぁ……はぁ……はぁ……。なら、私もあなたのこの手を封じるわ……」

「んっ? 何を迷いごとを、そんなことで私の腕が……!?」

 ザクッ。そんな音と鈍い感覚がステイルの腕に走る。
 ステイルは自身の腕に突き刺さるナイフを見ては、一気に血の気が引く思いと、襲い掛かってくる激痛に声を上げて叫び出す。

「ギャーッ!! う、腕が! 私の腕が!?」

「「!?」」

「フッ……」

 ラララはステイルの死角をついた。
 ステイルの右手が自身の頭を掴む時、ラララの右手は懐に忍ばせていたナイフを、最後の力を込め強く握りしめていた。

 ペラペラと喋り、油断しているステイルの不意をつくように、ラララは取り出したナイフを下から上へと、勢い良く突き上げると、自身の頭を掴んでいたステイルの腕へと突き刺した。
 突然の事にステイルはラララの頭を掴んでいた腕を引き、苦痛に顔を歪ませては既に力尽きて地面に倒れるラララを睨みつける。
 苦痛に顔を歪ませては刺さったナイフを抜き捨てては倒れたラララへと蹴りを入れ始める。

「よくも! よくも! よくも、多くの才を生み出すこの私の腕に傷を! 許しません! 許される事ではありませんよ! 貴女のような山猿、傷をつけたことの責任は自身の命で償いなさい!」

「いけない! ステイル選手!」

 審判の止の声が響くが、ステイルは止まらない。
 ステイルは自身の腕に潜めていた魔石を取り出してはそれを強く握りしめる。
 ステイルの手の中で魔石がパリンっとガラスを割ったような音がした瞬間、何やら禍々しい靄が腕から二の腕、そして体を包み、スッと消えた瞬間、ステイルの目がまるで充血したように真っ赤になり、ステイルは倒れるラララの首を掴み持ち上げる。

「まだ息はあるようですね」

「あっ……あっ……あっ……」

「私の流した血は安くないと言うことを知りなさい!」

「くっ!」

 ステイルは腕を大きく振りかぶると、そのままラララへと拳を振る。
 彼女の体にステイルの拳が当たる寸前、バンッと板を殴った様な音が鳴り響く。
 
「ふんっ、魔法の障壁ですか……。ですが、それも無駄なあがきです!」

 ラララは魔力の残りも少ない中、力を振り絞る思いと魔法での障壁を自身にまとわせる。
 だがその効果も薄く、攻撃のダメージはかろうじて防ぐことはできたがそれも長くは持たない。
 ステイルはラララの首を絞める腕に力を入れるたびに、彼女の顔に苦悶が増す。

「あっ……がっ……」

「山猿ごときが、人よりも優れてると勘違いするのも烏滸がましい!」

「「!?」」

「ストップ! そこまでです、ステイル選手。ラララ選手はもう戦意を失ってます! ラララ選手を放してください!」

「……」

 ステイルを止める審判。だが、彼は審判の声に素直に耳を傾けることはしなかった。
 ステイルはラララを高く持ち上げると、まるで物を捨てる様に、ラララを観戦席の壁に向かっておもいっきり投げる。
 場外の10カウントを狙った行為では無く、壁にぶつけることが目的なのは明白な行動に、観客席からは悲鳴の声が響く。
 そして、勢いそのままと、ドカンッと壁にぶつかるラララ。
 壁に走るヒビ。その上を散らす彼女の鮮血。
 魔法障壁を貼りつつも彼女が受けたダメージは計り知れず、直ぐに審判が駆け寄る。
 モクモクと砂塵を出していたが、次第と煙が落ち着く頃、彼女の姿が魔石画面に映し出された瞬間、観客席からは驚きと悲鳴が響き渡る。
 画面から目を背ける者、大丈夫かと不安に声を飛ばす者、そして試合は決まったと察したのか、一人のエルフがラララへと駆け寄る。

「ラララちゃん!」

「セ、セルフィ様、いつの間に!?」

 実況者のロコンが、ラララの側に駆け寄るセルフィ様に気づいては思わずボソリと呟く。
 セルフィ様がラララに触れた瞬間、審判も試合を止めるためと直ぐに懐から回復薬を取り出す。
 セルフィ様はそれを奪い取るように受け取り、血を流しながら薄れゆく意識を保つラララへとゆっくりと飲ませて傷を止めていく。
 
「ひ……姫さ……ま……」

「ラララちゃん! しっかり! さっ、口を開けて」

「……あっ」

 回復薬を飲み終えた後、プツリと糸が切れたように気を失うラララ。
 他の係員が急ぎ駆け寄り、ラララを医務室へと運び出す。
 ラララを係員へと任せ、実況席へと戻るセルフィ様。 

「セルフィ様、ラララ選手の状態は……」

「……大丈夫大丈夫。ラララちゃんにはちゃんと回復薬を飲ませたから大丈夫よ」

「そ、そうですか。皆様、観客席にはラララ選手をご心配のお客様もいらっしゃると思われます。ですが、セルフィ様からもラララ選手は大丈夫とお言葉を頂きました。それでは、改めまして武道大会二日目、一回戦の勝利はステイル選手となります!」

 ステイルの勝利が高らかに実況者から告げられると、観客席からはオーオーっと歓喜の声が迸る。
 ステイルはローブを翻し、アハハと高笑いをしながら闘技場を降りていった。

 それを観客席から見ていたプルン達。
 アイシャは隣に座る祖母のギーラを恐る恐る見つめ、祖母へと声をかける。

「お婆ちゃん……。錬金術って人を守る物じゃないの……」

 不安そうに自身を見てくる孫の顔。
 自身のジョブがステイルと同じ錬金術師(アルケミスト)と解っている分、彼女も思うところがあったのだろう。ギーラは不安そうにしている孫へと、いつもと同じ優しい祖母の顔のまま言葉を伝える。

「アイシャ……。ああ、勿論だよ。錬金術は薬を作っては人々を助ける立派な物だよ。でもね、なんでもあれ、使い方を誤れば人を傷つけることもできてしまうのも事実……」

「うん……。お婆ちゃんのお薬は苦いけど、ちゃんと元気になるからお婆ちゃんの錬金術は正しい使い方なんだよね!」

 同じ錬金術師として辛い戦いを見てしまったギーラだが、孫が自身を信じてくれている、それだけでもギーラは嬉しい気持ちと逆にアイシャに救われた思いになった。

「ああ、勿論だとも……。あたしの作る薬はとても苦いけど、人を傷つけることはしないよ」

 祖母の言葉にニコリと笑顔にあははと笑い返すアイシャだった。
 
 ローガディア王国、観戦席。
 エメアップリアは椅子に座り、身を縮め先程の戦いを見ては後悔の念に潰される思いであった。
 それはラララが場外の壁にぶつけられた時、カルテット国代表であるセルフィ様が選手のラララへと、周囲の視線など気にもせず、全くの躊躇いなど見せず駆け寄る姿を見たからだ。
 自身も同じことができていたら、護衛であったチャオーラを助けれたかもしれない。
 そんな考えが彼女へと重くのしかかっていた。

「チャオーラ……ごめん……ごめんね……」

 エメアップリアの側にいる側仕えの者も彼女の気持ちが解ったのか、次の試合が始まるまでは彼女へと声をかけることを控えていた。
 だが、気持ちを無理やり戻したとしても、次はそのチャオーラを倒したティスタニアの戦い。
 エメアップリアが最後まで試合を見れるのかも不安でもある。
 ステイルの賭け札を握りしめた者が観戦席へと戻るまでと、破壊された壁の修繕など闘技場は整え進められていた。
 既に次の試合が始まるのを入場門にて待機する二人の選手。
 ラクシュミリアとティスタニア。
 二人は同じ王国騎士団からの出場選手、カイン殿下の直属の部隊の部下と言うこともあって、共に戦闘のレベルは部隊内では5本の指に入るほど。
 だが、同じ部隊のもの同士だからといって、二人の仲が良いと言うことはない。
 寧ろこの二人、かなりの犬猿の仲でもあった。
 冷徹な性格で感情を表に出さない為、周りから忌み嫌われているラクシュミリア。
 自身の好きなことをやっては我儘放題のティスタニア。
 部隊やそう言った物に必要な統一感が全く無いこの二人が騎士団にいる理由。
 それは単純に力の強さを持ち合わせているからであった。
 しかし、部隊内ではラクシュミリアが二周りほどティスタニアへと力が勝り、何度も二人の中で衝突はありながらも、実戦などでは渋々とラクシュミリアの指示に従い動くティスタニア。
 彼の中では自身が負けることは理解していた。だからこそほんの少し、いや内心この武道大会でラクシュミリアへのいらぬ計画を立てていた。
 例え後に回復薬や治療士の治療を受けて傷が治ろうと、一先ずラクシュミリアへと一撃入れようと。
 それが偶然の事故に見せかける攻撃であってもだ。

 時間となり、実況者が選手入場の声を出す。
 西門と東門、そこから両選手が入場すると、観戦者は興奮と声を張り上げる。
 ラクシュミリアは兎も角、ティスタニアは昨日の試合にて非道な戦いを見せた為か、若干ティスタニアへとブーイングの声も聞こえるが、当の本人は気にもしないと闘技場へと上がる。
 ちなみに今回の賭けの倍率はラクシュミリアが1.5倍、ティスタニアが2.2倍となっている。
 それでも倍率は低くとも、人気があるラクシュミリアの賭け札を握る者が大半をしめていた。


「野郎め、相変わらずすかした面しやがるぜ」

「……」

「……フッ。何だよラクシュ、言いたいことでもあるのか? まぁ、お前の考えに興味はねえが、それよりもだ、バローリアは早々に消えやがった。俺達は俺達で殿下のご機嫌を取らねえとな。ある程度武器で叩き合って適当なところで場外にでも出してくれや」

 互いにカイン殿下のいる方へと振り向き、二人は騎士の礼をしてはまた向き合う。

「……」

「おい。俺が態々俺が負ける為の策を出してやってんだぜ? 何とか言ったらどうだ」

「……」

 ラクシュミリアはティスタニアの言葉には全く返答もしないまま立ち位置へと歩き出す。ティスタニアはそんな彼の後ろ姿を見ては悪態を吐く。

「チっ! 根暗野郎が」

「さて、皆様、本日二回戦目が間もなく始まろうとしております。この試合、神の悪戯なのか、はたまた運命なのか。セレナーデ王国より王国騎士団同士の戦いとなります! どちらが勝つのか!? 腰に携えた剣をゆっくりと抜くラクシュミリア選手。反対に大きな盾を構え、ガンガンと槍を当てては挑発的な音を出すティスタニア選手。戦うスタイルは違えども、両者共に国に仕えるもの同士。相手の戦い方も勿論頭に入っているでしょう。予選の両者の戦い方を見ても違う事は明らかです。情報によりますと予選での戦い、ラクシュミリア選手は目にも止まらぬスピード勝負で対戦相手を倒し、ティスタニア選手はパワーで押し切っては場外などの勝ちが目立ったようです。ティスタニア選手は槍だけではなく、盾での攻撃も可能とする選手、これは槍と盾、何方かがラクシュミリア選手へと当てることができればパワーで押し切るのではないでしょうか!? セルフィ様はこの戦い、勝負はどう見られますか?」

「……」

「セルフィ様?」

 ロコンの言葉に直ぐに反応ができなかったセルフィ様。先程自身でも大丈夫と言いつつも、やはりラララの容態が気になっていたようだ。
 セルフィ様は再度言葉をかけられると、ハッと気づいては、ロコンへとまたいつもの飄々とした笑顔を向けては闘技場の方へと視線を戻した。

「あっ!? ごめんごめん。えーっと、戦いね。両者とも騎兵としての騎士みたいだけど、自身の足で戦う地面の上では戦い方は変わるわね。剣を持つ方はスピードはありそうだけど、それがどれだけもつのか。槍を持つ方も同じね。この試合、案外早く終わるんじゃないかしら」

「なるほど。セルフィ様の予想ではスピード決着。そうなるとこの戦い、一瞬たりとも目が離せません!」

 実況者の声に反応するように観客席は更に興奮が高まり、声を上げては応援を飛ばす人々。
 だが、闘技場を見守る観客席の一部からはティスタニアへと罵声が飛ばされている。

「槍使い、お前はここで負けろ!」

「お前の勝ちなんざ誰も望んでねえ!」

「臭え鎧と一緒にさっさとベットで眠りやがれ!」

 そんな声が耳に入ると、それを一喝と怒声を上げるティスタニア。

「黙れ!」

「「「!?」」」

「おおっと、ティスタニア選手! 観客席からの声に反応しては一声あげ、観客席を黙らせました! 試合開始前と、既に心が乱されているのか!?」

「身体は大きくても、意外と心は小さいわね~」

「ぐっ!」

 セルフィ様の実況に、黙り込んでいた観客席からはアハハと笑いが吹き出す。
 思わずティスタニアは実況席側を睨むが、それは彼の失態であった。
 彼は自身を莫迦にされた思いと審判の開始の声を聞きそびれていたのだ。

「何処を見ている……」

「なっ! お前、待てっ……」

 ティスタニアが声のする方を見ると、既にラクシュミリアが自身の目の前で剣を構えていた。
 咄嗟に自身の身を守ろうと盾を前に出そうとするが、盾を出す反応が遅れ、ティスタニアの体に衝撃が走る。
 一見ひと振りに見えたラクシュミリアの斬撃だが、ティスタニアの身を固めた鎧には三つの斬撃の跡が深く刻まれていた。

「なっ! ラクシュ、お、お前!」

 大きく闘技場の端まで吹き飛ばされたティスタニア。
 鎧でダメージはそれ程なかったのか、彼はゆっくりと起き上がる。だが、自身の鎧に刻まれた斬撃の跡を見てはゾクリと身を震わせ、蒼白な顔と変わっていく。
 今自身が身につけている鎧はモンスターとの実戦でも使用している強固な鎧。
 それに傷をつけると言う事は、ラクシュミリアの攻撃が鎧を傷つける威力だったと言うこと。
 ティスタニアは何か察したのか、睨みつける様にラクシュミリアへと自身の槍を向ける。

「ああ、そうかい……。お前がそのつもりなら俺も本気で行かせてもらうぜ」

「……」

「なっ、なっ、なっ! 何と! 試合開始前とラクシュミリア選手、先手を取ってはティスタニア選手へと凄まじい攻撃を仕掛けた! あまりの速さにラクシュミリア選手の動きが見えませんでしたが、その攻撃の威力は今ティスタニア選手の身に着けた鎧が証明しております!! 互いに繰り出す攻撃は正に本物! 訓練や模擬戦ではなく、互いに本気と思える攻防戦であります! 凄い! 騎士団と言うのは、武道大会でも甘えた攻撃は全く無いのか!? ティスタニア選手、前回見せた光る槍を出した! ラクシュミリア選手へと攻撃を仕掛ける! ラクシュミリア選手も何かのスキルを使用しているのか! ティスタニア選手の鎧が次々と破損していきます!」

「テメェ! 何のつもりだ!」

「お前はやり過ぎた……。ただそれだけ……。俺はお前の失敗の後始末をしろと命じられただけだ……」

「なっ!?」

 ティスタニアはラクシュミリアとの距離を取りつつ、カイン殿下の方を一瞥する。
 一瞬であったがカイン殿下の表情は驚きと焦りが見えた。なら殿下のご意向ではない。では誰が? そう思いつつも、自身に襲い掛かってくるラクシュミリアの手加減なしの攻撃に既に余裕すら無くなってきたティスタニアは咄嗟に降参宣言を告げようとした。
 
「ま、待て! こ、降参す……」

「朧月……。月影!」

 ティスタニアの言葉を止めるかのように、ラクシュミリアのスキルが発動。
 無数の斬撃がティスタニアを襲い、ティスタニアの盾がズタズタに、槍はスパッと根から切り落とされ、ヒビ割れた鎧からは血が滴り出してくる。

「うぎゃー!!」

「き、決まったかーー!! ラクシュミリア選手の攻撃にティスタニア選手、膝を折った!!」

 激しい衝撃の後に襲い掛かってくる激痛に情けない声をもらすティスタニア。
 一気に薄れそうになった意識を保ちながらも、声を出すが誰も試合を止めない。

「ふ、ふざけるな……ただの街の武芸事で、ここまで……。ひっ!? や、止めてくれ」

「……。斬月。一閃!」

「ガハッ!!!」

 膝をつき、槍先を失った槍を杖の様にして身体を支えていたティスタニア。
 彼の身体は既にボロボロ、指先からもぽたりぽたりと血が滴り落ち、きつく目を瞑り声を出す。
 だが、そんな命乞いに似た声をもらすがラクシュミリアには届かなかったのか、彼は剣を一度鞘に戻しては腰を落とす。
 その構えを見た瞬間、ティスタニアは再度降参宣言を告げようとするが間に合わなかった。
 ラクシュミリアがその場から動くこともなく剣を素早く抜き差しする動作を見せた瞬間、ティスタニアの胸部分からけたたましい程の血が吹き出し、彼は闘技場に血を流してはバタリと倒れた。
 
 
「「「……」」」

 カチャン、ラクシュミリアが剣を鞘に戻したときに聞こえた金属音にハッと我にかえる審判。
 急ぎ倒れたティスタニアへと駆け寄り彼の容態を確認する。
 
「……! ……。勝者、ラクシュミリア選手!」

 審判は険しい顔のまま、ティスタニアから離れ高らかに勝利宣言を告げる。
 その瞬間、割れんばかりの歓声が観戦席から溢れては興奮の渦に闘技場を包み込んでいく。

「決まりました! 二回戦目の試合、勝者はラクシュミリア選手! 同じ騎士団同士の戦いは激しい技と技のぶつかり合い! その後勝利したのはラクシュミリア選手、地に倒れたのはティスタニア選手であります! おや、今倒れたティスタニア選手を医務室に運ぶのか、係員がゆっくりと倒れたティスタニア選手を闘技場から降ろしていきます。あれだけの出血、ティスタニア選手は大丈夫なのでしょうか!?」

 闘技場から降ろされ、担架のようなもので運ばれていくティスタニアを見送る観客の人々。
 そんな彼を見て、観客は違和感を感じてはざわざわと声が溢れてくる。
 そう、今まで闘技場で戦い負けてきた者には審判は直ぐに止めた後、懐から回復薬を取り出し、直ぐに使用していた。だが、今回ティスタニアには何の処置もしていない。その違和感は実況者のロコンとセルフィ様も感じていた。
 審判は実況者の方を向き、軽く首を振る。
 そう、ティスタニアは先程の試合で審判が駆け寄った時には既に死亡していたのだ。
 その為、審判は回復薬に手を取ってはいたが使用しても意味がないと判断したのか、そのまま勝利宣言を行ったのだ。
 審判の首を振ったその動作の意味を理解しているロコンは、うっと声をもらしては言葉を絞る様に口を開く。

「み、皆様……」

「いやー。凄い戦いだったわね! ねっ、ロコンちゃん、私の予想通り、試合は早々に決まったでしょ」

「セルフィ様……。はい、そうですね。流石セルフィ様です」

 ロコンがティスタニアの状態を観戦者へと伝えようとした時、割って入るように言葉を入れるセルフィ様。
 彼女もティスタニアの状況が解ったのか、ロコンの言おうとした言葉をあえて止める言動に、ロコンはセルフィ様の意図が直ぐに理解できたのだろう。
 先程の戦いに未だ興奮冷めない観戦者や、違和感を感じている人々の意識を背けさせる様に談笑のようなトークを進めるロコンとセルフィ様。二人のそんな実況に、先程の戦いではティスタニアはそのまま医務室に運ばれたように人々に思わせることは成功したのか、観戦者は既に次の試合のことを考え始めていた。
 
 だが、二人の実況を聞いてもカイン殿下は違和感が消えなかったのか、直ぐにティスタニアの容態を確認と側仕えを走らせていた。
 そして知らされるティスタニアの死亡の報告。
 二度三度と本当なのかと再確認するも、側仕えの言葉に変わりは無かった。

「なっ……。ば、莫迦な……。ラクシュミリアはいったい……何故……。くっ!」

「殿下っ、何処に行かれるおつもりですか?」

 ガバッと椅子から立ち上がるカイン殿下へと声をかけるマトラスト様。

「知れたこと! ラクシュミリアのところにだ!」

 キツく睨みつける様にマトラスト様を見るカイン殿下だが、マトラスト様はそんな視線から目を背けることはせずに言葉を告げる。

「殿下、ご自身のお立場をお考えの上にて行動して下さい。奔放に動くことは陛下への信頼を失いますぞ」

「何を! 我が騎士団の一人に会うことに、誰の名が傷つくことか! それよりも、我が剣の一本が折れ、それを断ったのが我の剣となれば放置することができるものか! マトラスト、もしお前がこの状態となり、この事をそのままにできるというのか!」

「はい、できます……」

「なっ!?」

 間を置くこともなく、マトラスト様の返答に驚きに言葉が止まるカイン殿下。

「殿下、今貴方が動くことではありません。いえ、寧ろ、今貴方がこのばから動けば、他国にその空席が見られるとどう思われましょう」

「……」

 カイン殿下はゆっくりと自身の座っていた椅子を見る。

「剣が一本折れただけで椅子を差し出す、何とも軽率な者と他国の代表からは烙印が押される事は間違いないです……。もう一度言います。貴方は国の代表としてその席に座っている事をお忘れなきよう……」

「くっ……」

 カイン殿下は震える拳を更にキツく握りしめては椅子に座り直す。
 何かを口にしようとするがそれを止め、また口を開こうとするがやはり言葉が出てこない、
 そして、数分とたってはゆっくりと口を開く。

「ティスタニアの骸は手厚く葬る……。護衛を残し、側仕えは下げるがよい……」

「……はっ。殿下の寛大なご配慮に、心より感謝いたします……」

 カイン殿下は大きく息を吸込み、改めて居住まいを正す。

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