スキル盗んで何が悪い!

大都督

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第74話 実食。

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  ネーザンから受けた依頼。
 それはスパイダークラブの足を使った料理をしてくれと、ギルドの台所にエイミーが案内してくれた。
 早速調理を開始する前に、台所にある調味料を確認する。

「これは砂糖、これは塩、これは小麦粉かな……」

 一つ一つと鑑定をしながら、見たことのない調味料を確認していく。

「ミツ、何を作るニャ!? 材料はネーザンが使い切って良いって言ってたニャ。せっかくだからたっぷり使うニャ!」

「ちょっとプルン。ギルマスはそんなこと言ってないわよ」

「ニャ? そうだったかニャ? でも、ミツの料理食べれば材料使い切っても、婆は許してくれるニャ!」

「いや……流石に全部使ったら怒られるでしょ……」

「ところでミツ? あんた、さっきから何してるの?」

 棚に置いてある調味料を鑑定後、それをひと舐めして味を確認していると、リッコが不思議そうに質問してきた。

「うん、ネーザンさんから頼まれた蜘蛛の足を調理することは問題ないんだけどね……。たぶん、冒険者が使うような材料での料理の方が喜ぶと思うんだ。だから、自分みたいに調味料をいつでも出せる状態じゃないことを考えて、冒険者に合わせた調味料を使って料理をしようかと思ってね。ここに置いてある調味料ってさ、大体は冒険者が持っていきそうな物もあるじゃない」

「そう……。なら、アイテムボックスがない冒険者の持っていける物は……えーっと、これくらいね」

 リッコが選んだのは、岩塩、固めたバター、カラ実、ハーブ系、油。
 持ち運びとして荷物の邪魔にはならないもの。
 そして、いざという時にモンスターに投げつけ、相手を怯ませることも可能な物。これらを考えて冒険者に選ばれたのがこの調味料だ。

「この塩? 岩塩ってさ、どうやって使うの?」

「そうね……。適度な石を当てて、砕いて使うとかかしら。まぁ、大体は粉にして持ち運ぶわね。えーっと、この隣に置いてある小さなハンマーでね、こんなふうに」

 そう言ってリッコは岩塩をハンマーでコンコンと叩くと、岩塩は簡単に粉末状となり、更に叩き続けると、持ち運びにも便利なサラサラの粉状の塩となった。

「なるほどね。このカラ実って奴も?」

「そうそう。あっ、でもこれ砕いたあとに目とか触っちゃ駄目よ! 子供の頃、リックが間違って目をこすって大変だったのよ」

「うわ……それは辛そうだね……」

「粉末にして食べれば辛い物ですものね。そのせいかリック、辛い物が苦手になってるのよ」

 唐辛子程の辛さは無いカラの実だが、食べれば柚子胡椒程の、ピリピリとした感じが口に広がる。
 以前出店で食べた肉串に使われていた調味料だろう。
 そんな物を目に入れては危険でしかない。

「バターは……。うん……何かよく解らない。乳の香りもするけど、殆ど香草の匂いだ……」

「それだけでは匂いが強すぎて食べるのは無理よ。そうね、普通はパンに塗ったり、お肉を焼くときに使うかしら」

 まるで固形石鹸のようにカチカチのバター。
 日本の黄色いバター色はしておらず、濁った茶色い見た目。
 クンクンと匂いを嗅いでみると、確かに乳の匂いがするが殆ど香草の匂いしかしない。

 そして乾燥させて小さなツボに入った香草。

「へー。この草は?」

「これは香り付けね。これ、あんまり火を通し過ぎると、匂いが消えちゃうから注意しないとだめよ」

「なるほどね……」

「それで、何を作るの?」

「取り敢えずこれが焼いても食べれることを知ってもらわないと。先ずはシンプルに塩焼きを作ろうかと。その後に煮たり、別の料理へとアレンジだね」

「焼くだけなら、ウチ達でもできるニャ」

「そうだね。 じゃ、先ずはこの蜘蛛の足から身を取り出すのを皆でやろうか」

「解ったニャ」

 三人で手分けして、先ずは蜘蛛の足から身を取り出す。
 蟹と違って身の中に白い透明な物、つまりは骨が無いので身崩れを起こすことなく、スルリと身を取り出すことができる。
 
 身を次々と取り出していると、プルンは何か思いついたのか、串用として置いていた棒に肉厚の身をクルクルと渦状に巻いている。 

「どうニャ! これなら大っきな串焼きが作れるニャ!」

「デカっ……。ちょっとプルン、それいくらなんでも串に刺しすぎよ。半分にしときなさい」

「いいニャ。これはウチが食べる分ニャ」

「あっ、そう」

 そう言ってプルンは串に刺した足の身、それを炭火に火をかけた網の上で焼き始めた。
 試しに串を数本焼き、粉状にした岩塩をパラパラと振りかける。
 火の通りがいいのか、肉厚な身は直ぐに焼き上がった。

「よし、先ずは一品目だね。って言っても塩を振って焼いただけだから料理と言える品じゃないけど」

「焼けたニャ! リッコ、一口食べてみるニャ」

 ハンターの様に、上手に焼けたモンスターの身を高く掲げるプルン。
 透明な身はきつね色に焼け、食欲をそそる物だった。
 だが、食べれると聞いていてもリッコは少しためらう。

「えっ……。いや……。ミツ、あんた先に食べていいわよ……」

「えっ? うん、解った。プルン、一口貰うよ」

 プルンの差し出していた串を受け取り、肉厚な足を一口。
 もちもちとした食感に、旨味が濃厚に圧縮された足の身はやはり美味い。

「うん、塩を使ったおかげか、足の甘みが良く出てて、凄く美味しいよ」

「そうニャそうニャ。うん、うまいニャ! リッコも食ってみるニャ」

「う、うん……。まぁ、二人がそこまで言うなら……」

 二人が躊躇いなく串の身を頬張る姿を見て、自身も食べることに覚悟を決めたリッコ。
 プルンの差し出してくる串焼きをみては、確かにそれは美味しそうにも見える。だが、少し視線をそらせば、そこには身を出した蜘蛛の足が目に入る。
 香ばしい香りに身から溢れだす肉汁、リッコは食欲の二文字に身を任せパクリと一口……。

「……!?」

「どうニャ?」

「凄い……本当に美味しい……」

「そうニャ! リッコもそう思うニャ」

 美味しい、その言葉にプルンは喜び、プルンはもう一度串焼きをガブリとかぶりついた。

「んっ、うん。食べる時はちょっと抵抗出ちゃうけどね。でも、この味知ったら、蜘蛛を嫌がってたリックでも食べれると思うわよ」

「そうか、見えるから食べることに抵抗心が出ちゃうのか……。よし、取り敢えずプルン、そこに置いてる奴は全部焼いちゃって。リッコは鍋のお湯が湧いたら足を茹ではじめて。自分は先に焼いたので料理してみる」

「解ったわ」

「ニャッ!」

 プルンとリッコ、二人の手伝いもあり、本格的に蜘蛛の足を使用した料理を作り出す。
 時々味見と言いながら、二人は茹で身と焼き身、両方をつまんでいた。
 うん、そんなに食べたらお昼ご飯入らなくなるんじゃないかと心配になる。
 

∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴


 ライアングルの街市民地にて、住宅地が並ぶ家の裏、小さな庭にて父と共に剣を振る青年。
 この世界の一般の冒険者、特に前衛としてはとても華奢な身体つきをしている彼は、朝も早く早朝から素振りを繰り返しおこなっていた。

 ブンッ! ブンッ!

「997……998……999……せ、1000! くっ! はぁ……はぁ……はぁ……」

「よしっ! 良くやったリッケ。今日の訓練はここまでだ。起きて水浴びしてから休め」

「あ、ありがとうございます……。ゴホッゴホッ……」

 自身の父であるベルガーに剣の修行を付けてもらうためと、共に朝からのトレーニング。

 見た目は茶髪で短髪のベルガー。
 剣を扱う者としてその歳とは思えない程の筋肉をその身体につけている。
 そんな父であるベルガーは今ライアングルの街にて街を守る衛兵をしているが、彼は元剣を扱う冒険者。
 元冒険者でありながらグラスを長く務めていた元プロの剣術は、貴族からの私兵としての声も何度も来たという程の腕前。
 しかし、ベルガーはその誘いを全て断っている。
 それはなぜか? 彼は物欲が薄く、貴族からの金を目の前にドドンッと突き出されても断る程だ。

 だが、彼は冒険者として、そしてグラス程の栄誉を捨て、心から愛する人のためにと、この世界では安全の部類に入る衛兵となったのだ。

 そう、その時彼女と出会った時、ベルガーに電流が走る。
 それは貴族に突き出された金貨の山を見せられたとき以上だったろう。
 

「あなた! ソロソロ仕事の準備しなさいよ。あと、そんな汗臭いまま仕事になんか行かないで下さい」

「おお? ナシル、もうそんな時間か……。ん~。スンスン……俺そんなに汗臭いか?」

「そのまま仕事に行ったりしないで下さいよ、私にはご近所の目もあるんですからね。街を守る衛兵が仕事前から汗臭いとか、そんなの直ぐに噂になりますよ。しかもそれが私の旦那だなんて私は絶対に嫌ですからね」

「へいへいっと」

 トレーニングが終わるタイミングと、二人へと声をかけてきた女性。
 ベルガーの妻でありリック達の母であるナシル。
 見た目は赤茶の髪。その髪はポニーテールの様にまとめ、衣服は市民の奥様たちが水仕事をしても汚れを気にしない茶色をメインとした服装をしている。
 顔立ちは整っており、小顔の割に目は大きく、青年であるリッケに雰囲気もよく似た、とても三人の子持ちとは思えない美人さんである。

「リッケ起きろ、一緒に水浴び行くぞ!」

「ぼ、僕はまだ……。はぁ……はぁ……。後で浴びますから……」

「全く、だらしねえな。たった千回棒を振った程度でよ」
 
 ベルガーはたった千回と言うが、元プロの冒険者の千回と、数日前に前衛であるソードマンになったばかりの青年の千回では、二人の身体の作りも違うのだからベルガーの言ってることは無茶苦茶である。
 リッケの手は、1000回の素振りで皮が少し破け、痛々しくも傷ができていた。
 だが、リッケ自身、今のソードマンのジョブになる前はクレリックの治療士であったため、傷は直ぐに治療されて問題はないが、疲労の疲れは魔法では回復はできないため、リッケは地面に倒れたまま動くことができない状態だった。
 
 水浴びへと、庶民地の共有場の井戸に向かうベルガー。
 その時、リッケを迎えに来たリックと鉢合わせ。

「おう、親父。リッケは?」

「んっ? なんだ、リックか。もう戻ってきたのか? リッケならホラ、そこの地面で寝てるぞ」

「いや、また直ぐに出るわ。親父も仕事だろ? のんびりしてていいのかよ。親父は仕事場では長なんだからさ、他の奴より早めに仕事場に行かなくていいのか?」

「いや、俺が早く仕事場に行き過ぎると、下の奴らがゆっくりできねえだろ。これも上司としての下への配慮だ。ってか仕事場ではって! 俺は家でも長だ!」

「あなた! 喋ってないで早く準備しなさいよ!」

「はいっ! ……いいかリック。俺は仕事場でも家の中でも長であることは間違いはない。だが、だがな、長であっても更に上は仕事場にはいる、それは家庭でもだ……。その事、覚えとけよ……」

「おっ、おう……」

 井戸の方へと向かう父の背中は鍛えられた背筋が汗に光り輝き、男として憧れる後ろ姿であった。
 だが、自身の妻であり、リック達三人の母であるナシルには、夫婦喧嘩では父が勝ったことは一度も見たことは無い。
 まぁ、いざとなれば面倒くさい父のベルガーだが、二人の息子と、最近年頃だけに煙たがれている娘からの信頼は厚いものだ。
 

「おや、リック? あんた、ギルドに素材品の報酬を貰いに行ったんじゃないのかい? それにリッコはどうしたの」

「お袋。報酬はちゃんと貰えたぜ。皆と分配の話するから、リッケを迎えに来たんだ。リッケ、さっさと起きろ。ミツ達が待ってるぜ」

「は、はい……」

「皆ってあれかい、昨日話してた教会に住んでる二人かい?」

「ああ、ミツとプルンな。リッコは今言った二人と一緒に三人でギルドで料理してるわ」

「料理? また何でだい?」

「ん~……。今回洞窟で取ってきた素材品なんだけどよ、それがどうやら食べれるみたいなんだよな。ミツがギルドマスターから料理の依頼受けて、もしそれでギルドマスターがその素材が食べれることを証明したら、ギルドマスターから報酬が貰えるみたいなんだ」

「そうかい、ネーザンさんから直接ね……。随分期待された話じゃない。でも、試しの洞窟で食べれる素材ってあったかしら……」

「まぁ、俺は食わねえがな」

「リック、それってアレですか?」

「ああ、アレだよ」

「何だい、二人して。アレって何のことだい」

「母さんも知ってると思いますよ。スパイダークラブ。聞いたことありませんか?」

 ナシルも三人の母となる前は、元冒険者。
 魔法を得意とし、魔力の高さは随一に飛び抜けていた魔術士だった。
 今の旦那のベルガーと出会う前は、アイアンランクであったナシル。
 ある時、護衛依頼をその時のパーティーメンバーと受けてた当初、運悪く魔法耐性の高いモンスターと遭遇してしまい、前衛冒険者が対戦してる時、ナシルへとモンスターが流れてしまった。
 何とか近づけさせないようにするが、それも効果は薄く、ナシルはその時自身に迫ってくるモンスターの恐怖に死を覚悟した。
 その時、依頼を終えてライアングルの街へと帰る道中、ナシルのパーティーを偶々発見したのがベルガーだった。
 危機に駆け寄ってきたベルガーの剣がモンスターを両断。
 正に間一髪で助けてもらったのが二人の運命の出会いだった。
 ベルガーはナシルを見た途端一目惚れ。
 ナシルは危機を救ってくれたベルガーに一目惚れ。
 その後、二人は無事街へともどり、まぁ、あれです……、大人の遊びを二人で繰り広げまして、二人はパーティーを組む以上の関係を結びました。
 そして半年も立たず、ナシルは懐妊。
 ナシルが身籠ったこと、これをきっかけにとナシルは早々に冒険者を引退。ベルガーも最愛となるナシルと、そのお腹の中の子供を残して死ぬわけには行かないと、危険な冒険者を引退したと言う。

 話を戻しましょう。
 リッケのスパイダークラブと言う言葉に、ナシルは驚きに二人を見た。

「えっ!? あれを料理するの。そりゃ無茶ね……。あれは匂いから駄目だし、何より食べれるものじゃないの。無理して食べると、お腹の中に剣を突き刺された程の痛みが走るって話だよ」

「お袋も食べたことないなら、親父もないだろうな」

「俺がどうした?」

「おっ、親父」

「あなた、ちょっと聞いてよ」

「何だ、ナシル? 愛の告白ならちゃんと毎晩ベットで聞いて……グホッ!」

 息子の前にも関わらず、莫迦な発言にナシルは間髪入れずにと、素早い拳がベルガーの割れた腹筋へとクリンヒット。ベルガーは身体をくの字に体を曲げ膝をつく。

「親父……」

「父さん……。はぁ……僕達の前では兎も角、リッコの前でそんなこと言うと益々煙たがれますよ……」

「やばかった……。朝食べたものが全部出ちまうかと思ったぜ……。ナシル、酷えな、旦那の軽いスキンシップじゃないか」

「フンッ! ならこれが妻からのスキンシップよ!」

「おー、愛が痛えぜ。でっ? 何だい話って」

 先程の話をベルガーに伝えると、ベルガーの表情は呆れた顔から難しい表情へと変わっていく。


「まぁ、俺はお前らが洞窟初挑戦で8階層まで行けたことに信じられなかったが……。まさか、あの人からの依頼を受けるとは……。ってか、それは無茶苦茶な話だな……。取り敢えずだ、そのスパイダークラブの依頼は残念だが成功はしないな。あれは煮ても焼いても食えるものじゃない」

「そうよね……」

「父さんも母さんも、スパイダークラブに詳しいですね?」

「んっ……」

 リッケの言葉にベルガーは言葉を失い、ナシルはそんな旦那を見てはクスリと笑って理由を話す。

「そりゃね。お腹が空いたと言って、その身を食べた後に腹痛を起こした張本人ですもの……」

「なんだ、さっきの話は親父のことだったのか……」

「父さん……」

 母の言葉に息子二人からの視線は少し冷たいものがあった。父としての威厳はリック達の年頃には大切なのだから、妻の発言にベルガーは少し焦りを感じた。

「ナシル、あんまりそう言った話はこいつらには……」

「はいはい、解りました。取り敢えずあなたは仕事に行ってください」

「へいへい」

「リッケも起きれる元気が出たなら、さっさと水浴びしてきなさい」

「はい、リック、直ぐに浴びてきますから待っててください」

「おう」

 妻の言葉にベルガーは仕事へと出向き、息子のリッケは井戸の方へと歩を勧めた。


「でも、もしその話が実現したら報酬は凄いでしょうね……」

「んっ? 何でだ?」

「はぁ~。リック、あなたも冒険者としては二年以上にはなるんですから。そろそろ冒険者として必要なことは覚えときなさい。いい? 冒険者として食料は生命線よ。それが洞窟の奥地で手に入る物となれば、その情報の価値はとんでもないことになるのよ。確かに、8階層はセーフエリアがあるから帰ることは問題ないわよ。ただ、冒険者は何があるか解らない仕事だからね……。魔力が尽きたり、魔法が使えるものが居なくなるかもしれない、もしかしたら転移の扉が使えないかもしれない。もしもを考えると、生き延びる可能性が出てくる情報は金を積んでも惜しくない程に貴重だからね」

「おう、確かにそうだな……」

「でも、今回調理するスパイダークラブは話は別ね……」

 ナシルは片腕で腕を組み、右手の掌を頬に当て、ふーと軽いため息。

「いや、たぶんミツなら大丈夫だろ」

「おや、随分とその子を信じてるじゃないか……。ムフッ、何だい、そんなに可愛い子なのかい」

「いや……お袋……ミツは男だぞ。可愛いかと聞かれたら返答に困るわ」

「あら、つまらないね。まぁ、あんた達の歳で浮ついた話もないでしょうし。あ~あっ。リッコは年頃の割に魔法にしか興味なさそうだし、お母さん早く孫の顔が見たいわ~」

「孫って……。そんなに早くババアになりたいのかよ……」

 父と同様、カラスの行水のように水浴びを終わらせたリッケが戻ってきた。

「リック、おまたせしました、って、あれ……。はぁ……。母さん……リックは何で地面に寝てるんですか?」

「そうね、母の乙女の心を傷つけたことに反省してるんじゃないかしら?」

 リッケの質問に笑顔で答える母の下では、地面に倒れ込む兄の姿があった。

「リ、リッケ……回復を……頼む……」

「はぁ……。はい……」

 魔術士である母であるが、何故か腕っ節の強さは父にも負けない力をその細腕に秘めていた。
 夫婦喧嘩での父への治療もやっているリッケ。日常ごとなので、いつものように回復を行う。
 リッケのヒールのレベルが高いのは、この日常効果ではないかと思う……。

∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵

 バタバタと、ある部屋の中へと入る青髪の女性。
 身長は140センチ以下と背は低いが、彼女は立派な成人女性である。
 扉をバタンと大きな音を出しながら入ると、そこにはテーブルの前で剣を磨く金髪の女性と目が合う。

「アネさん! アネさん居るかシ!?」

「シュー? どうしたのさ。リーダーなら奥で寝てるよ。でも、寝起きだから今は機嫌悪いわよ」

「そんなの関係ないシ! アネさん!」

 奥の部屋で毛布をかぶり、シューの声でむくりと起き、体を起こすヘキドナ。

「なんだいシュー……。まだ気分が良くないんだよ……。静かにしておくれ……」

 まだ試しの洞窟での疲れが抜けていないヘキドナ。
 傷はミツが治しているが、傷口からは多くの血を流してしまったためにまだ貧血の日々。


「……うっ……ア、アネさん……アネさん! うっ、うっ……うあぁぁ!」

「どうしたんだい?」

「シュー、どうしたの? そう言えばマネは? ギルドに依頼を更新しに行ったんでしょ? 泣いてちゃ解かんないでしょ」

 突然帰ってきたと思ったら、自身の膝の上で泣き出すシュー。マネが一緒でないことに、また二人が喧嘩でもしてシューが泣いて帰ってきたのかと思っていた二人。
 だが、シューの次の言葉は二人の想像以上の言葉だった。

「み、見つかったシ。うっ……うっ……テ、ティファ達が。ティファ達が見つかったし!」

「「!?」」

「シュー! 本当かい! あの人達が、三人が見つかったの!? シュー、三人は今どこにいるんだい!」

「……。うっ……。ぼ、冒険者ギルドに……三人とも……」

 ミツ達が試しの洞窟内で見つけた三人の女性冒険者の遺体。
 彼女達はヘキドナパーティーの知り合いでもあり、数年行方不明だった。
 ヘキドナ達は金を集め、冒険者ギルドへと捜索依頼を出していた。
 そんな探していた三人が見つかった。
 金髪の女性、エクレアはシューの言葉にガタッと椅子から立ち上がり、ヘキドナの方に言葉を飛ばした。

「リーダー! 直ぐに行きましょう! ティファ姉さんに会いに行きましょう!」

「……」

「うっ……うっ……」

「シュー……。聞くけど……あの子達は……生きてるのかい?」

 膝の上で嗚咽を漏らしながら泣き続けるシューを見て、ヘキドナはゴクリと生唾を飲み込み、恐る恐ると三人の様子を聞く。
 ヘキドナの言葉に、探し人が見つかったことに喜びの声を上げていたエクレアも、心臓を掴まれた思いと、ドキリと鼓動を打つ。
 ヘキドナの質問にシューは突っ伏したまま、首をゆっくりと横に振った……。

「うっ……うっ……」

「そ、そんな……」

「そうかい……。解った……。二人とも、三人を迎えに行くよ……」
 
  未だ泣き続けるシューの頭に、そっと掌をのせ言葉を伝えるヘキドナ。彼女も3年もの行方不明者が生きているとは思ってはいない。だが、やはり心の何処かでは生きていて欲しいという気持ちもあったことは間違いはない。
 一先ず、三人は重い足取りで冒険者ギルドへと行くことになった……。


∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵


 冒険者ギルド内、階段をエプロン姿でタッタッと駆け上がるプルン。
 そんなギルド内では珍しい姿に、多数の注目を集める。

「婆~。飯ができたニャ~」

「おや、もうできたのかい?」

「ウチとリッコも手伝ったニャ。その分ミツが料理に集中できたニャ!」

「そうかいそうかい。エンリ、ちょっと行ってくるよ」

「はぁ……はい」

 ノックの返事も待たずに、部屋の中へと入るプルン。
 部屋の中にいるのはネーザンとエンリエッタだけに、二人は気にすることもなく会話を続ける。
 ネーザンの言葉に、エンリエッタは木札を見てはため息混じりに返事を返した。
 エンリエッタは木札の一枚を見ては、これは優先、これは解体の練習としてと、何やらブツブツと独り言を呟きながら木札に書き込みをしている。
  
「何だい? あんたは行かないのかい?」

「いえ、私は仕事を終わらせたいので……」

「そうかい。なら後を頼んだよ」

「エンリの分は後で持ってくるニャ」

「あら、ありがとうね」

 プルンに礼の言葉を言ったのち、エンリエッタはミツのお陰で更に増えた木札の山に視線を戻し、事務作業を再開した。
 ネーザンはプルンと共にギルドの台所へと移動。
 台所へと近づくと、香ばしく、また香しい香りが鼻をくすぐってくる。
 料理が並べられた部屋へと入ると、ネーザンは目の前に並べられた料理の品々に、素直に感嘆の言葉を伝えた。

「おやおや、凄いもんだね……。これは本当にあのスパイダークラブの足を使った料理なのかい?」

「はい。どうぞ、一口づつで結構ですので、味を見てください」

「婆、ウチがちゃんと全部味見してるから安心するニャ」

「味見ね……。味見にしては、プルンの一口が多かった気もするけどね……」

「ニャハハハ。ニャ? 婆、何持ってるニャ?」

 アハハと笑い飛ばしてるプルンが、ネーザンの手に持つ琥珀色の小瓶に視線が行く。

「うむ、先ずは食べれることを確認しないとね。スパイダークラブの身は食べると急激な腹痛に襲われるから。まぁ、悪いけど薬を持参してきたんだよ」

 ネーザンはその場の皆に見えるようにと、手に持つ瓶を見せる。
 ゆらゆらと中身が見えるところ、恐らく中身はポーションだろう。
 試食として持ってくるポーションと言うことは、解毒薬か腹痛防止薬と言ったところか。

「ニャ、そんな物は無駄だと思うニャ」

「念のためだよ。私だってこんな物使うつもりは元々ないさ。でもね、私の立場上何も持ってこない訳にもいかないのさ」

「ニャ~。面倒くさいニャ~」

「さて、坊や。これから貰うよ」

 皿に盛られた料理数点。
 そんな中、ネーザンが先ず最初に選んだのは基本となる塩焼きだった。

「はい、先ずはスパイダークラブの塩焼きです。優品の品ですし、きちんと火を通してますので、食べても大丈夫ですよ。先ずは素材の味を知ってください」

「ふむ……。では、頂くよ……」

「どうぞ……」

 皿に盛られた焼いた蜘蛛の足。
 身は少し焦げめが入っているが、それがまた見た目もよく見せる物だった。
 ネーザンは焼かれた身を少し取り、先ずは匂いを確認。そして少しつまむ程度に口へと含み、目を閉じて味を確認。
 テレビで見たことあるのだが、五感である味覚を集中する時に、目を閉じると味が更に解ると見たことがある。


「……」

「どうニャ?」

「……」

「婆?」

「……ふむ」

 ネーザンはプルンの問いかけに答えることもなく、ジッと焼いた身を見ては何かを考えている。


「あ、あの……。お口には合いませんでしたか?」

 そんなネーザンを見ていると、自分も不安になり、彼女に言葉をかけてしまった。


「いや……。いやいや、悪いね、驚いて言葉が出なかっただけだよ」

「ニャら!?」

「うむ、塩焼きだけでこの味なら、十分使えるね」

「ミツ、やったニャ! これだけで美味いなら後はもう大丈夫ニャ!」

「うん、良かった」

 ネーザンの食べれると言う言葉に、プルンは喜びに自分の片腕に抱きついてくる。

「しかし、今まで使えないと思っていたスパイダークラブがまさか食べれるとはね……。あんた達、良くやってくれたよ」

「いえ、発見したのはプルンですから。プルンに言ってあげてください」

「そうだったね。プルン、良くやったよ。あんたは食べれる食材を見つけ出したんだ。この功績はでかいよ」

「ニャハハハ」

「うむ、それじゃ他の奴も貰おうかね」

「はい、次はこれです……」

 ギルドの台所を借りて、数点の調理を始め、続けてネーザンへと試食会が始まった。
 一番の問題とされていたスパイダークラブが食用となるのか、それはネーザン自身が試食し、食べれることを明確とした。
 先ずは塩焼きを出し、食べれることを認知してもらい、次にボイルした足。焼きとは違い少し身はふっくらとして味わい深い物となった。
 味はカニシャブを想像してくれたら解りやすいのかもしれない。
 本当はポン酢などがあればベストなのだが、無いものは仕方ないが、なんちゃって辛子酢味噌のような物が作ることができた。酸味と辛味がマッチし、足の身とバツグンに合うものだった。
 焼きと茹で、この二種類だけでも冒険者として、スパイダークラブの足は食材の条件はクリアーとなった。
 後は家庭でも使える料理として、ネーザンへ試食をお願いする。
 先ずは身を入れた卵焼き。
 野菜と和えるなますのような物。
 身を解して入れたスープ。
 ご飯と一緒に炊いた炊き込みご飯。
 リッコの希望した茶碗蒸し。
 日本の調味料を使えば、あんかけや、揚げ物、他にも色々できるが、一先ずはこの世界にある材料でできる物として、以上をテーブルの上へと並べた。

 ネーザンは一つ一つ食しながら、美味いと評価してくれている。

 特にネーザンもだが、プルンとリッコ、二人がオススメとしたのは隅に置いていた手作りのマヨネーズだ。
 この世界のバターはやはりそれ程消費者には人気がないのか、三人にはマヨネーズは特に受けが良かったようだ。
 材料自体そんなに必要としない物なので、この世界でも簡単に作ることができた。
 そのおかげで、まさかのマヨネーズのレシピもネーザンへと教えることに。
 別に教えて困ることもないので、追加を作るときはネーザンと共に作ることに。
 材料は卵黄、酢、レモン汁、塩、カラシと、たったこれだけ。細かい分量は食べる人が味見しながら調整してもらい作ってもらおう。


「いや~。ごちそうさま。坊や、二人ともありがとうね」

「いえ。お口にあったみたいで良かったです。あっ、これエンリさん達にどうぞ、蜘蛛の足を茹でた奴を入れたサンドイッチです。カラシを効かせてますのでパンにも合うと思いますよ」

「おや、すまないね坊や。後で皆でありがたく頂くよ」

「はい。それと、スパイダークラブを食べる時の注意として、一ついいですか?」

「ふむ、言ってみな、何だいそれは?」

「はい、スパイダークラブの足、これなんですけど。例えそれが優品としても、絶対に生では食べないように伝えてください」

 鑑定表示では生食不可と注意事項を知っている自分は、ネーザンへとそのことを伝えた。だが、ネーザンも知っていたのか、そのことは二つ返事に了承してくれた。
 
「ふむ……まぁ、生で食べるのは莫迦者しかおらんからね。大丈夫、その辺はちゃんと伝えとくよ」

「そうよ、流石に美味しくてもモンスターを生で食べるのは莫迦よ」

「そうだね。プルン、だから絶対に生では食べちゃ駄目だよ」

「ニャッ!? 何でウチに言うニャ! 流石にウチも生で食べる莫迦なことはしないニャ!」

「ふふっ、そうね。スパイダークラブの足が食べれること解っても、プルンは生食しなかったもんね」

「そうニャ!」

 知らぬこととは言え、父であるベルガーに悪態を言っていたリッコ。
 後にリッコは父であるベルガーが、スパイダークラブを生食したことを知るのだが、その時のリッコはたまに兄へと向ける呆れた表情以上の冷たい視線を、父へとむけていたそうな……。

 ネーザンへの試食も一通り終わり、作った料理方を説明し終わったと同時に、二人が台所へと入ってきた。

「おっす。リッケ連れてきたぞ。おっと、ギルドマスターもいらっしゃったんですね」

 おちゃらけて入ってきたリックは、ネーザンがいたことに直ぐに言葉を正し、スッと頭を下げた。


「こんにちはギルマス。皆さんすみません、報酬の分配に態々僕を待ってくれてたみたいで」

「やっほーニャ。いいニャいいニャ。お金の話はちゃんと皆で話し合うニャ」

「うん。プルンの言うとおりだよ。料理も終わったから、お金のことは別のところで話そうか?」

「お二人とも、ありがとうございます」

 洗い物を片付けを済ませていると、テーブルに置いてあるサンドイッチにリックの視線が止まった。

「おっ、飯もうできたのか? なっ、ミツ、俺の分は何処だ? このサンドイッチか? サンドイッチと言うことはリッコ、お前が作ったのか?」

「ええ、でもそれは」

「なんだよミツ、メニュー変えたのか? まぁ、美味そうだし貰うわ」

「あっ、リックそれは……」

 皿に盛られたサンドイッチの山に手を伸ばすリックを呼び止めようとするが、リックは一つ手に取りパクリと頬張る。
 

「おっ、美味えなこれ! 前食ったカツサンドだったか? あれより美味いじゃねえか」

「そ、そう。それは良かった……。でもリック、それ……」

「しっ。ミツ、黙っとくニャ」

「ふっ、そうね。自分で勝手に食べ始めたんですもの。止める必要もないわ」

 サンドイッチの中身の具がスパイダークラブとは知らないリック。
 そんな彼を止めようとすると、プルンとリッコの二人が声をかけることを止めてきた。
 一つ、また一つと、リックはお腹が空いていたのか、自分はそんな彼を見守ることしかできなかった。

「はぁ……。ネーザンさん、すみません。後で追加して作っときますので」

「いやいや。気にしないでいいよ。あれはあれで美味しそうだからね。それじゃ坊や、後は頼んだよ」

「はい、リックに手伝わせます」

「クックックッ。それじゃ頼んだよ」

 リックがスパイダークラブを食べることを拒絶していたことはネーザンも勿論知っていた。
 そんなリックを見ては、ネーザンは不敵に笑いを残して部屋へと戻っていく。
 そんなネーザンがその場を後にしたあと、リックは食べる手を止め、恐る恐ると声をかけてきた。

「あ、あれ? もしかして、これって食べたら駄目な奴だったか?」

「あっ、いや。また作るから大丈夫だよ。でもそのときは手伝ってもらうよ」

「おう、こんな美味えもんなら手ぐらい貸してやるよ」

「ニュフフフ……」

「クスクスクス……」

 知らぬが仏とは言ったものである。
 リックは食べていた物を躊躇いなく美味いと言っていた。彼を見ては、プルンとリッコの二人は笑いを堪えることもなく、クスクスと笑っていた。
 そんな二人をみて、リッケは気づいたのだろう。

「あっ……。ミツ君……まさか、今リックが食べてるあれって……」

「うん、あれを使ったサンドイッチだよ」

「あー。なるほど……」

 その後、リッケもサンドイッチの具がアレだと解って少し躊躇っていたが、皆の後押しもあって食べることができた。
 味は何も知らない兄の折り紙付きである。


∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴


「ふ~。一先ずここまでにしとこうかしら……。もう、彼のおかげで仕事が増えるわ」

 一先ず積まれた木札の山を片付けたエンリエッタ。
 目頭を押さえ、ほんのひと時の休憩である。

 コンコン、コンコン。

 その時、部屋をノックする音が聞こえてきた。

「エンリさん、いらっしゃいますか?」

「あら、ナヅキ? どうぞ、入りなさい」

「失礼します。エンリさん、よろしいでしょうか……」

「ええ、今一段落したところよ。ところでどうしたの?」

 部屋に入ってきたナヅキの表情は厳しく、また、困った感じに眉を寄せていた。

「はい。あの、先程カウンターの方にマラスネールさんとシューカプリアさんが依頼の更新に来られまして……。地下に案内しましたら、ヘキドナさんを連れてくるから発見時の詳細を教えてくれと……」

「そう……。解ったわ、私が行きます」

「すみません……」

「良いのよ……。彼女がくるなら私が相手したほうがいいでしょ」
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