追う者

篠原

文字の大きさ
上 下
105 / 278
第十四章  人生の春冬劇  ~関東で暴かれてくる秘密~

第十四章 ②

しおりを挟む
もう、決めていました。
一晩中葛藤して、決心はついていました。

このように、義時さんに、告白しようと。
「私が小さい頃に死んだって、
前に言った、父のことですけど……。
実は、母は、未婚の母だったんです。
つまり、母は、ある日、強姦犯に、
襲われて……。
それで、妊娠したのが、私……。
だから、私の父にあたる人物は、
何人もの女性を襲うようなことをした、
人間界のクズ野郎、レイプ魔なんです。
だから、父方の親戚もいないし、
父のこと見たこともないんです。
前に、警察署でお話しした時に、
正直に言えなかったです。
ごめんなさい」と。



もし、話し終えて、万が一にも、
義時さんが、「ちょっと。ごめん……。
急にこんな告白されて、正直、驚いて
いる。
しばらく考える時間をくれるかな?」
と言うのであれば、その時は、その時で、
黙って身を引こう、彼の前から消えよう
と、決めました。
それが、彼にとって一番幸せなことで
しょうから。
汚れた血を継いでいる女のことで、
彼に、苦しんでほしくなかった……!
私の血統のことで葛藤なんてして
ほしくない!
それなら、そうさせる前に、私が、
消えれば良いのです!
あのクソ強姦魔のことで苦しむのは、
私だけで十分です!!



でも、心のどこかに、微かな希望が
あったのも、事実です。
「義時さんなら……。
変わらずに、受け容れてくれる
はず…」と。





私が告白して、どうなるのかは
分かりませんでした。
義時さんが、どう反応するか。
でも、「話す」と、決めたのです。
隠したまま、『嫁ぐ』と言うような
不誠実なことは、したくなかった。
嫁げば、いつか、父親の話も出るで
しょうし、結婚前にもあちらの親戚筋
から、こちらの親戚について訊かれる
かもしれない……。
そんな時も嘘に嘘を重ね苦しむ位なら
夫になるかもしれない人に、最初に
告白する……。
告白の結果次第では、夫になってくれ
ないかもしれないし、関係が終わるかも
しれない。
でも、『重大な隠し事』を持って、
嫁ぐよりはマシです。







その日の正午過ぎです。
私は、義時さんに、電話をかけました。
手が、震えています……。
結局、義時さんは、出ませんでした。
ホッとしました。
「出ないってことが答えなんじゃ?
こんなこと告白しない方が良いって
言う……」と思ったのです。
でも!!
その直後でした!
電話の音が……!!
携帯を見ます。
相手は、義時さん……。
正直、「無視したい、出たくない!」と
思いましたね。


でも、もう決めたことです…。


私は、ゴクッと唾を呑み込んで、
通話ボタンを押しました。
向こうから聞こえる、義時さんの
明るい声……が、私を憂鬱にさせます。


震える声を抑えながら、私は伝えました。
「どうしても、すぐに、会いたい。
大切なお話がある。
今夜はどう?」と言う内容です。


緊張に震えながら伝えたい内容を
伝え終えた私。
すると、向こうの、義時さんは、
黙ってしまいました。
私も……、何も言えません。
二人の間に流れる沈黙。


数秒後、義時さんが、ハッとした
感じで、訊いてきました。
「も、もしかして……、
結婚のことで、嫌になったとか……?」。



結婚が嫌になるかもしれないのは
彼なのです。
私は、実際問題、彼と一緒になりたくて、
彼の妻になりたくて、しょうがなかった
のです、事実。


今思えば、私の言い方、伝え方が、
悪かったですね。
プロポーズの翌日に、相手から、
深刻な声で、あんなこと言われたら、
誰だって、悪い方向に考えてしまい
ますし、イヤな予想をしてしまいます。



実際、その後、義時さんは、何度も
何度も、私に訊いてきました。
「あの後、何か気に障るようなこと
しちゃったり、言ったりしたかな?
何かあったなら今言ってほしいよ。
謝るから……」と。
私は、「そうじゃないんです」と
何度も答えました。
すると、「じゃあ、何?」。
この連続でした。
彼の戸惑い、不安、苛立ちが伝わって
きました。
でも……!!
私は、直接、会って話したかった。
彼の表情や、話し終えた後の反応も
しっかり見極めたかった。
それに、まず、電話で話せるような
内容でもないのです、私の『最重要
機密』は……!!
だから、私は、一貫して言い張り
ました。
「とにかく会いたい……。
会って話したい。
本当に大事な話があるの」と。
最後は、結局、義時さんが、
「分かった」と言って、折れてくれ
ました。
私たちは、次の日の夜に、千葉県で、
会うことになりました。





次の日の夕方です。
つまり、あれは、
年末の26日でしたね。


私は、約束の時間より早く、
待ち合わせの場所に、着きました。
千葉県千葉市の、とある駅の改札を
出て、私は、寒い冬道を黙って
歩きました。

帰り道……。
義時さんにエスコートしてもらって
歩いているのか、それとも一人侘しく
駅に向かって歩くことになるのか……、
前者であってほしかった!
そんなことを考えながら、私は、
ホテルへの坂道を歩いていました。


駅から10分弱の、約束の場所のホテル。
ロビーに入ると、何と、すでに、
義時さんが、いるではありませんか!?

そして、どこか、ぎこちなく義時さんが
立ち上がり、私に声をかけてくれます。
私も、挨拶を返した、自分の声が、
緊張のせいで、かすれているのに気づき
ました。
「もしかしたら、二人で、会うのは、
今日が最後になるかもしれないわ」と
思いました。
そう思った、次の瞬間。
一瞬ですが、義時さんの視線が、
私の首元……、いえ、胸元を凝視
しました。
「ヤッパリ……。気づいた?」と、
ドキッとします。
でも、義時さんは、すぐに目を逸らし、
また、何も言いませんでした…。




私たちは、前に、みどりちゃんと一緒に
入った、ロビーに隣接するラウンジに
入りました。
私は、ブレンドコーヒーを頼みました。
コーヒーやお茶が、嫌いな義時さんは、
迷った末に、100%のジュース。


オーダーを取った従業員の人が去った
ので、私は、口を開こうとしました。
でも、義時さんの方が、最初に、
口を開きます。
「大事な話だよね?
それは、ここを出てからにしよう」と。
私は、「はい」と小さく頷きました。
確かに、これが、最後の、二人での
コーヒータイムになるかもしれない
のです……。


私たちのコーヒーとジュースが運ばれて
来るまで、義時さんは、無理に作ってる
なと分かる笑顔で、いつも通りに、
話しかけてくれます。
痛々しい……。
「こんな良い人なのに……。
今日で、終わりになるかも」と考えると、
やっぱり言うのはやめにしようかと、
思います。
でも、手を強く握りしめました。
「言わないと……!このまま、お付き合い
して、そのまま結婚ってダメだよ!
真子!!」と、自分に言い聞かせます。



コーヒーとアップルジュースが運ばれて
来たので、私たちは、お互い、黙って
カップに手を差し伸べました。
緊張した表情で、ジュースを飲む義時
さん。
「この人と離れたくない!
黙ったままでも一緒にいたい!
こうやって二人で、これからも時間を
過ごしたい!!」と切に思いましたね。


でも、だからこそです!
黙ったままではいけない、沈黙した
ままじゃダメだと思いました。
生涯で一番愛する男性だからこそ、
全てを知ってもらって、その上で、
結婚したかった。








私が、コーヒーを飲み終えたのを
確認し、義時さんは、
「じゃ、出ようか。場所を変えて、
話したいから」と言いました。
私たちは、ホテルを出ました。


ちなみに、会計は、義時さんがして
くれました。
私は、言ったのです。
「前回、払ってくれたんだから……。
今回は、私が……」と。
でも、義時さんは「良いから……」と、
いつもより強い口調で、そうですね、
ぶっきらぼうな感じで、答えてきま
した。
一瞬、ビックリしました。
「機嫌悪い……?」

その後、また、義時さんの視線が、
私の首元、胸元に注がれました、一瞬
ですが…。


「そうだよね。気づくよね。
当然……」と思いました。






そうなのです。
私は、プロポーズの日に、
義時さんからもらったネックレスを
わざと、外して、来ていたのです、
ホテルに……。


あのプロポーズの日、義時さんが、
震える手で、緊張しながら、私に、
渡してくれたネックレス……。
絶対に、外したくないネックレス。
一生の宝物のネックレス!
そのネックレスを、私は、外して、
ケースに入れたのです。
そして、そのケースを、鞄に入れました。
フッと鞄のキーホルダーが、
目に入りました。
「あの〔さだみん〕さん、元気かなぁ」
と、昔の日々を思い出しました。
あの川崎での日々が、懐かしく、
思えたのです。


それはさておき、ネックレスを外し、
ケースにしまったのは、私の、決意の
現れだったのです。
正直に全部話して、それで、義時さんが、
「ちょっと、考える時間をくれる?」と
言うような反応だったら、自分から、
「ごめんなさい。こんなこと急に話して。
最初に父のことで嘘ついていた私が、
悪いんです。
なので、やっぱり、結婚の話はなかった
ことにしてください。
だから、これもお返しします」と
言って、ネックレスを返すつもりでした。
そして、スパッと彼との関係を
終わりにするのです。
私との関係のことで、彼を悩ませ、
苦しませるわけにはいきませんから…。










(著作権は、篠原元にあります)
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

秘密のキス

廣瀬純一
青春
キスで体が入れ替わる高校生の男女の話

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

小学生をもう一度

廣瀬純一
青春
大学生の松岡翔太が小学生の女の子の松岡翔子になって二度目の人生を始める話

脅され彼女~可愛い女子の弱みを握ったので脅して彼女にしてみたが、健気すぎて幸せにしたいと思った~

みずがめ
青春
陰キャ男子が後輩の女子の弱みを握ってしまった。彼女いない歴=年齢の彼は後輩少女に彼女になってくれとお願いする。脅迫から生まれた恋人関係ではあったが、彼女はとても健気な女の子だった。 ゲス男子×健気女子のコンプレックスにまみれた、もしかしたら純愛になるかもしれないお話。 ※この作品は別サイトにも掲載しています。 ※表紙イラストは、あっきコタロウさんに描いていただきました。

冬の水葬

束原ミヤコ
青春
夕霧七瀬(ユウギリナナセ)は、一つ年上の幼なじみ、凪蓮水(ナギハスミ)が好き。 凪が高校生になってから疎遠になってしまっていたけれど、ずっと好きだった。 高校一年生になった夕霧は、凪と同じ高校に通えることを楽しみにしていた。 美術部の凪を追いかけて美術部に入り、気安い幼なじみの間柄に戻ることができたと思っていた―― けれど、そのときにはすでに、凪の心には消えない傷ができてしまっていた。 ある女性に捕らわれた凪と、それを追いかける夕霧の、繰り返す冬の話。

処理中です...