追う者

篠原

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第十二章  アナザーI.I  ~背を向けたジャージ男~

第十二章 ③

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ああ。トワ……。
何と言ってやれば良いか?
ただ一人、妊娠させてしまった女。
世界でただ一人、自分の子供を妊娠
している女。

トワに自分は手を出した……。
暴力と暴言で、強引に……。
純粋で、心優しい…。
そこを、自分は利用しようと考えた。
本当に、非人間的な手を使った。
鬼だな、自分は!

そうだ。従兄で、日本一と言っても
良いほど悪賢いヤツと飲んだ時…。
良い方法を伝授してもらったんだ。
『仮病を使って、女を落すんだ』と。


で、自分は、心配して見舞いに
来てくれたトワに……。
頼んだ。
「手作りの……おにぎりが、
食べたいな」。
トワは、何も知らずに、まさか仮病とは
思わずに…、真剣に、おにぎりを
セッセと作ってくれた。

トワが、ホカホカの梅おにぎりを
持ってきた、ベッドに横になる自分の
ところに。
無防備なトワに、自分は、サッと手を
伸ばして、そのまま引き寄せた。
2つのおにぎりは、床に転がって行く。
……呆然とするトワをそのまま……。





トワを、妊娠させてしまった。
そして、結婚を迫られている。
この地上で一番、自分を恨んでいる
のはトワのはず。
仮に、このまま生きて、そんな女・トワ
と一緒になったところで、どうなる?
自分は、アイツのように、家庭を捨てる
はずだ。
だから、このまま生きて、責任を取って
結婚するという選択をしたなら、
もっと、トワとその子どもを苦しめて
しまうことになるのだ……。
なら、今、死んだ方が、絶対に、
トワのためにも良いんだ。
そうだ、そして、死んで、償うんだ。







時計を見上げる。
0時43分。
今から、ベッドの上で首をつり、
悪と汚れに満ちた人生に終止符を打つ
……。






~ここからは著者~



二日後、つまり、11月27日(日)、
15時過ぎ。
阿佐ヶ谷中央警察署刑事課に連絡が
入った。
管内にある2階建てアパートの一室で、
男性が死んでいると言う通報が入った、
とのことだった。
地域課の警官が、すでに現場入りし、
死亡を確認。

一報を受け、刑事課の捜査員や鑑識係も
現場に急行する。
その中に、生安課の不動巡査部長の夫で
ある不動刑事もいた…。

不動刑事らが駆け付けた時、現場には、
地域課の警官が3名、そして、本庁の
機動捜査隊の隊員達がいた。
覆面パトカーや白チャリ、そして、
整理の地域課警官の周りに、
野次馬も……。

阿佐ヶ谷中央署刑事課捜査員らが、
その部屋に入る。
そして、目にしたのは、明らかに、
もう蘇生不能と分かるロク-死体-
だった。


ベッドの上で、若い男が、首を吊って
死んでいる。
狭い部屋の中に籠る、異臭……。
死後、数時間とかは絶対にあり得ない、
瞬時に判断できる状態。
そして……。
本庁の捜査官や鑑識を呼ぶ必要は
ゼロ、また、『他殺の可能性』ナシ…。
現場の警察官、全員一致だった。
自殺で間違いない。




部屋の外-廊下-では、死体を発見し、
110番通報をした、第一発見者の
若い女性が泣きながらうずくまって
いた。
不動刑事たちの後に駆け付けた
地域課の女性警官が付き添っている。


不動刑事は上司の指示で、彼女から
事情を聴くことになった。
まずは、彼女をパトカーに案内する。
不動刑事と彼女が後部座席。
女性警官にも助手席に座ってもらう。
第一発見者の女性は、死んでいる男の
『交際者、彼女、 カワシマ』と
名乗った。
彼女の話によると、彼女自身も、死んだ
男も、明慈大学の学生。

しかも、嗚咽を漏らしながら、語る
ところによれば、彼女は、自殺した男
-氏名は『石出生男』と確認がとれた-
の子どもを妊娠していると言う……。

呆然としてしまう不動刑事。
女性警官の方が、早く行動に移し、
彼女にティッシュを渡した…。


パトカーの中で、彼女-カワシマ-は、
気丈にも、不動刑事らに話してくれた。
 妊娠したことを石出に告げた。
 すると、中絶しろと、言われた。
 でも、自分は反対して、責任を…、
つまり、結婚するように迫っていた
のだ、と……。


彼女は、不動刑事たちの前で、
泣き崩れた。
「私のせいなんです!!
私が追い込んじゃったから、
彼、自殺しちゃったぁぁッ!!」
不動刑事と女性巡査長は、この
不憫な女子大生にかける言葉を
見失ってしまった……。





………………
結局、石出生男は、『愛』を
知らなかった、本当の意味で……。
だから、欲望と恐れに苛まれた人生を
送った。虚しい束の間の人生……。

そして、最後、彼は、恐れに憑りつかれ
死んでいった。
父のようになることを恐れた。
彼の人生を左右したもの、それは、恐れ。
小学生の頃、真子を裏切ったのも、
恐れから。
恐れが、彼を、滅びの方向へと導いた。
恐れが、彼を、あの再会の場……、
つまり、赦されるチャンスから、
遠ざかせた。
恐れは、人を、幸せではなくて、
不幸-滅び-へと追いやるものなので
ある。






さて、ここで、平戸狩男に、注目したい。
彼は、自殺した石出生男の実父である。


11月24日(木)に、平戸は、阿佐ヶ谷
中央警察署に任意同行と言う形で、
入った。
だが、どこから見ても、任意には、
見えなかった。
制服警官2名に、挟まれて、パトカーから
署の裏口へと歩く彼の姿は……。




不動みどり刑事は、パトカーの中から、
ことの次第を上司の水口係長に報告した。
水口係長は驚きながらも、すぐに事態は
察してくれた。
「分かった。
課長には、俺から伝えておく。
ついたら、すぐに、取り調べだ。
部屋も、こっちで、用意しておく」
そう言って、すぐに電話を切った。

この係長は、口は悪いし、すぐに
キレるけど、行動は早い、仕事は確実。
キャリアのお偉いさんらより、
はるかに有能で組織のためを思う
警官……、そう思った。









平戸は、阿佐ヶ谷中央警察署の
生活安全課で取り調べを受ける身に
なった。
担当したのは、水口警部補と不動巡査
部長。
まずは、柳沼真子に対するつきまとい等
について認めさせる。
当然、認める、否認できない。
不動刑事は、ハッキリと告げた。
このままいけば、正式な警告を出すこと
になると。


そして、侮辱罪についても。
不動刑事は、親告罪であることを説明
してから言った。
「先も言ったけど、あんたの商店街での
暴言等は、刑法231条の侮辱罪が成立
することは確実。
で、周囲には、証人となる人が山ほど
いました。
これ、事実だね?
今から、私が、柳沼さんに確認を取る。
もし、告訴すると言うことになったら、
侮辱罪で、あなたを逮捕します。
分かった?」。
平戸は、「はい」と小さく答え、視線を
床に向ける。
震えている。
根は、臆病な男だ。
しかも、厳つい男性刑事と気の強い
上から目線の女刑事の目の前だ……。



そんな平戸に、水口警部補が告げる。
「あんたさ。
もう終わりだよ……。
彼女が、告訴するって言ったらさ。
職場にも、家族にも、逮捕ってことが
知られるんだよ。
何やってんだよ?
いい歳した大人が……」。
不動刑事も、同感だった。
だが、黙って、取調室を出る。


不動刑事は、1階に急いだ。
再会を果たせた、真子と義時が待って
いる。

そっと曲がり角から見てみると、
真子と義時が、交通課の前にある椅子に
腰かけて、何やら話していた。
何か……、楽しそう。
「義時にも、署に来てもらって良かった。
そうじゃなかったら、まこちゃんだけで、
待たすことになってたんだ……」と思う。







不動刑事らが、2階で、
平戸を取り調べていた頃…。
警察署の1階で、真子は、待っていた。
隣には、あの義時がいる。
正直、義時がいてくれることが、
嬉しかった。
そう、たとえ、警察署とは言え、
一人きりは心細い。
チラッと横を見る。
「ずっと、憎んでいた人なんだよね。
でも……」
真子は、もう一度、伏し目がちに、
義時の方を見た。
言いたいことが、山ほどある!
助けてもらったことの感謝。
これまで、どんなことをしてたの?
今は、何やってるの?
今日、何で、あそこにいたの?
そして……、胸に広がっていく、
不思議な淡い感情…?
真子は、顔が熱くなるのを感じて、
急いで顔を、反対側に向けた……。









成り行きで、警察署まで、義時は、
真子と一緒に行くことになった。
警察署について、1度、どこかへ消えた、
幼馴染で刑事になっていた、みどりが、
駆け足で自分たちのところに戻ってきた。
そして、真子に言う。
「これから取調室でさ、しっかりお灸を
すえるし、じっくり話を聞くからさ……。
それでね、もしかしたらさ、真子ちゃんに
確認ってことになるかもしれないからさ、
ちょっとだけさ、待っててね」。

真子のすぐ後ろに立っていた義時。
咄嗟に、口が動いていた。
考えるよりも早く、言葉が出ていた。
「あの……。もし良ければ、俺、
奥中さんと一緒に待ってるよ。
一人じゃ心細いだろうし、俺にも確認とか、
って話になるかもしれないし……」。




バッと、二人の若い女性の視線が、
義時に向く。
ドキッ!
「ヤバい!!
出過ぎたマネ、お節介って思われたかな?
そうだよな、久しぶりに会った同級生って
だけで、異性の男と一緒に待つなんて、
嫌だよな……」と思い、焦る。
後悔した。
早く、言い訳を!!













(著作権は、篠原元にあります)
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