追う者

篠原

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第八章 母のいた町へ ~復讐に生きる真子~

第八章 母のいた町へ ~復讐に生きる真子~

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普通に進学していれば、高校1年生の真子。
愛媛県から神奈川県まで一人でやって来た。
そこは、真子が初めて足を踏み入れる地、
神奈川県の川崎市。


中卒の真子を雇ってくれたのは、
川崎市内でスーパー4店舗を経営する
屋山―おくやま―という夫妻だった。
雪子から、屋山夫妻がクリスチャンだと
聞いていたので、真子は安心していた。
奴に復讐する前に騙されたり、変なことを
されることはないだろうと言う安心感。


本当は、屋山社長も15、6歳の中学校を
卒業したばかりの素性も分からない
女の子を雇うつもりは、全くなかった。
それは、かなりのリスクを伴うこと
だからだ、経営者として。
だが、真正面からぶつかってくる
真子の熱さ、そして、正直さを買って
みようと言う気になったのだ。

また、後日、真子の保護者である
栁沼雪子から詳しい話も聞いた。
知り合いの牧師夫妻が、雪子のことを
紹介してくれたのだった。
ここはひとつ、大きな心で、その真子と
いう子を迎え入れてあげよう、
そのように、屋山夫妻は決心した。

それに、屋山夫妻はもともと、慈善活動に
熱心な夫婦だった。スーパーの経営は、
商売目的だけではなく、愛を実践する場と、
考えていた。
だから、真子のように複雑な家庭の子たち、
外国人、また刑務所から出所してきたばかり
の人などを受入れ、働ける場を提供して
いた。
そのために必要な寮も用意して。




屋山夫妻には、真子より4歳上の大学生の
娘と、高校1年生 ―つまり、真子と
同年齢― の息子がいた。

時々、社長の息子は、店を手伝いに来た。
男子慣れしていない真子は、少しだけど、
彼のことが気になっていた。
優しいし、控えめだし、社長の息子と言う
ことで威張るようなこともしないで、
モクモクと働くからだった。
彼も、真子を、チラリチラリと見ている、
真子は気づいていないけれど……。




さて、真子が働くことになったスーパー
について詳しく。
スーパー名は、【ライフ泉・川崎本店】。

真子は、川崎市についた日から、
このスーパーの寮で生活させてもらった。
寮は、【ライフ泉・川崎本店】から、
歩いて2分の木造2階建て、古いアパート。
2階が男性、1階が女性の部屋となって
いて、真子は1階の102号室のカギを
社長夫人から手渡されたのだった。

笑顔で、「何かあったら遠慮なく
言うのよ。私たちは、みんな家族なん
だからね。
困ったときは、助け合いよ」と言って
くれた、社長夫人。
初めての一人暮らしで、ちょっと心細かった
ので、勇気づけられた真子。




さて、真子の最初の仕事内容は、開店前の
店内のチェック、また開店中は品出しや
在庫管理の手伝い、開店後はトイレ掃除等
だった。


1日働くと、若い真子でも、クタクタ
だった。
スーパーでの仕事は、予想以上に、
きつかった。
「お母さん、私を養うために、
本当に頑張ってくれてたんだな」と、
真子は思った。



日中は、スーパー内を駆け回り、
20時頃にヘトヘトになって帰宅して、
夕食をとる真子。
夕食は、スーパーで総菜や弁当が、
従業員価格で買えたので、買ってきて
そのまま食べた。
アパートの部屋に小さな台所があった
ので自炊しようと思えば出来たが、
その余力は、真子になかった。
自分より年上ばかりの職場環境で、緊張
しきりの真子。
最初の1、2か月は慣れるために、
必死だった。




勤務を終え、食事を済ますと、真子は、
コンピューターの電源をつけて、
平戸の行方を必死に追うのだった。
死んでるのか、生きているのかすらも
分からない!
もどかしかった。
でも、このまま進むほかに、
道はなかった。
「1年かな……」と、真子は考えた。
川崎市で1年間平戸を捜して、それでも
見つけることが出来なければ、母が、
犯された空き地で、自らの命を絶とうと。


日曜日。
真子にとって、貴重な休日。
雪子からは、月に1度でも良いから、
教会に行くように言われていたし、
近所のキリスト教会の名前や住所が
書かれたメモまで渡されていた。
でも、教会に行こうとは、
全く思わなかった。
貴重なフリーの時間なんだから!
この日に、動かないで、いつ動くの?
真子は、そう考えた。


日曜日には、早起きして、電車に乗って、
生田区まで出かけた。
もちろん、買い物や遊びに、ではない。
平戸を見つけ出すためだった。
平戸の消息を手に入れるためだった。
商店街や住宅街を歩き回りながら、
平戸と言う表札や平戸と言う文字が、
どっかに書かれていないか、必死に、
捜した。
それしか、できなかった。
こんなことをしていても、見つかる
わけないと、心のどこかで思った。
でも、これしかない!
最後の最後まで諦めなければ、どっかで
見つかるのでは……、真子は賭けた。
自分のその情熱に賭けるしかない。


日曜日ごとに、生田区に通い続けた。
朝から晩まで歩いた。
そのうちに、ここにはこの店、
あそこを曲がったらお洒落な喫茶店と
いうように、生田区の地図が、頭の中に
完全に入ってしまっていた。
それでも、平戸についての目ぼしい
情報は得れなかった…。


生田区に通い出して、4度目の日曜日。
当時、看護学生だった母が、クズの頭で
ある父に犯されたであろう、『被害現場』
を見つけた…。

夕方だった。
見つけたが、本当に薄暗く不気味な
雰囲気が漂っている、嫌な場所。

空き地の奥にはポツンと古い電柱が、
立っている。
それと、不法に捨てられていったような
タイヤが山のように積まれていた。
真子は、死んだ父を呪った。
こんなところで母に暴行を加え、
母の人生を滅茶苦茶にしたのだ!!
それと、平戸!!
「絶対、復讐してやる。お前を、
必ず、見つけ出す!」
絶対に、こんなところで、
死にたくはない、自分は!!



その日の帰り道。
真子は、生田学園前駅に向かった。
周囲を見渡せば、大学生らしき一団。
すれ違うカップルらしき若い男女。
線路沿いを歩く幸せいっぱいの
家族連れ。

……自分は、週6日クタクタになるまで
働いて、たった一日の休日には、復讐の
ためにこの町を歩き回っている。

本当に、惨め気分だった。
何て、報われない、不幸な人生なのか!
真子は、ぐっと涙を堪えた。
心の中で叫んだ!!
「神様!いるなら、何で私だけこんなに
苦しくて、寂しくて、最高に不幸せ
なんですか!?」

周りを見ないようにして、駅への歩を
速めた。



さて、真子は、教会に行ってと言う
雪子からの願いは、さらさら守るつもり
がなかった。でも、「月1度だけで
良いから、手紙か電話で近状報告してね」
と言う希望だけは守ってあげることに
した。

でも、電話だと長くなりそうだし、色々
言われそうだと思って、手紙にした。

これが、雪子が真子に出した、
『川崎市で一人暮らしをする条件』のうち
の1つだったから。
もう一つは、ちゃんと毎月仕送りを、
受け取ることだった。

本当は、真子は嫌だった。
給料も出るし、寮も完備されているし、
遊びに行くわけではなく、ただ復讐の
ために神奈川県に向かう…。
仕送りされても使い道もないし、
自分を甘やかすことになるのでは、と
思った。
だけど、雪子が、
「これを拒否するなら、私は、
また川崎行きに反対するわよ」と言い
切った。
真子は「分かった。ありがたく、
頂戴します」と言うしかなかった。


実際、真子が川崎市で暮らしだした
翌月から、毎月3万円の仕送りが、
届いた。
真子は、「多い!」と思った。
正直、全く遊びにいかないし、彼氏を
つくることも絶対ないし、外食もしない
ので、使い切れない。
すぐに、電話した。
すると、雪子は言った。
「都会で暮らしとると、急にお金が
必要になるもんよ。もし、使わんのなら
貯金しとけばええわ。
私は、家もあって、畑で野菜もできて、
毎月年金も入ってくるの。
こっちの方がリッチな暮らし、しとるん
だから、受け取ってちょうだい。
貯金しといて、イザって時に、使えば
ええんだから」と。
真子は、雪子の言う通り、毎月の仕送り
の全額をそっくり貯金することにした。
その貯金が、後になって、大いに役立つ
ことになってくる……。





そして、川崎での生活も半年が過ぎた。
月曜から土曜まで、朝早くから夜遅く
までスーパーで働き、
日曜日には、平戸を捜して、生田区や
その周辺の街々にも足を運んだ。
母が書いた、平戸と年齢が一致する
ような男を見つけ出すことは、
出来なかった。
真子には、疲れが溜まっていた。
「もうダメかな。ここまでやっても
見つからない!!
って言うか、お母さんの手紙の情報だけ
じゃ、もともと無理だったんだ」と、
思い始めていた。



死んで、楽になりたい。
この強姦犯の娘と言う重すぎる宿命から、
死んで解き放たれたいと、
終始考えるようになっていく…。
平戸への復讐は、九割方諦めた……。




(著作権は、篠原元にあります)
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