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篠原

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第六章  受難~母の死より15年前の記憶~

第六章 ⑫

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でも、母は、強姦犯の娘である私を
本当に愛して、雪子おばさんへの
手紙にもあったように、心から、
私の幸せを願ってくれていました。

私は、母の偉大さを感じました。
母は、私の想像以上に私を愛してくれて
いたのです。
手紙を読んで、ハッキリしました、
そのことが。

でも、そんな母に、『私の父』は、
とんでもないことをした!!
そして、その結果として、生まれたのが、
この自分!!
非情に、心底ショックでした!
自分の存在意義が消し去られるようでした。

「もう消えてしまいたい。
私も、母の所に行きたい!」と違う意味で
思いました。
亡くなった母は、それを絶対に願っては
いないと分かっていましたが、
もう『強姦犯の娘』としては、
生きていたくなかったのです!!

自分の中に汚れたクソ男の血が流れている
のを知りながら、今まで通りには、
絶対に、生きられない……、
そう思いました。
でも、その時でした。
昔、母に言われた言葉、
「お願いだから、元気になって!!」を、
思い出したのです。



あれは、扁桃腺の手術をするために、
入院する日のことでした。
まだ、小学生の時……。

病院に向かうため家を出ようとした
のですが、急に怖くなったのです。
私は、玄関で泣き出しました。
「手術しない!怖いよ!!」と、
泣きじゃくりました。
そんな私の両肩を母がガシッと、
掴んだのです。
そして、母は私に言ってくれました。
「真子ちゃん。ママの目をよく見て!!
できるならね、ママが真子ちゃんの
かわりに風邪ひいて、
お咳をいっぱいして、寝込んであげたいわ。
でも、そうできないの。
だから、手術を受けて元気になるのよ。
もう決まってるの、受けるって。
だからね、一生ママを憎んでもいいわ。
無理矢理手術を受けさせるこのママを!
そうしたら、ママは、一生真子ちゃんに
謝り続ける!!
そのかわり、お願いだから!
手術を受けて!
お願いだから、元気になって!」と。

そうです。母は、私に恨まれてでも、
私が元気になることを望んでくれて
いました。


私は、布団にうつ伏せになったまま、
つぶやきました。
「お母さん……。お母さんに、ああまで
言われたら、死ねないよ」

母に対する感謝と感嘆の気持ち、
そして、申し訳なさ。
そして、クズの極みの父に対する、
言いようもない激しい怒りと憎しみ、
そして、恨み!!


正直、私は後悔で狂い死にそうでした!
ええ、本当に悔しかった!
あの頃、小3の頃、テレビを見ながら、
私は、母を犯した凶悪犯罪者である父、
世界のゴミの頭レイプ犯に同情して、
親近感をいだいてしまっていたのです!
何と言う、暗黒史!!!
自分のしていたことが、本当に時間と感情の
無駄遣いだったと後悔しました。
まさに、地団駄を踏みました、部屋の中で、
何度も何度も。

「あの時、同情して損した!!
あんたみたいなクソ野郎に同情してね!」と
父へ叫びました、心の中で何度も!!
それと、「お前なんか、生れて来るべき
じゃなかったんだ!クソ豚野郎!!」とも。


父は、とんでもないクズの極みの男で、
私が小3の頃までは、生きていたのです!
そして、あの日 の交通事故で轢かれ、
死んだ。
それを知らぬ私は、なんと、母を犯した、
呪われた人間・強姦犯の死を悼み、
その強姦犯に同情し、その強姦犯に、
憧れていた!!
もう悔しくて悔しくてやり切れない
ですよ、皆さん。

私は、私たち親子-父と私-こそ、
奥中峯子と言う一人の一善良市民の女性の
人生を滅茶苦茶に狂わせ、破壊したんだと
思いました。
私と父です。
この二人が、確かに、母の人生を台無しに
したのです!

もし、人間のクズの頭である私の父が、
奥中峯子をあの夜に襲わなければ、
奥中峯子は専門学校を無事卒業して、
看護師になっていたでしょう。
そして、どこかの病院で働き出し、
幸せな結婚も出来たでしょうし、
優しい旦那さんや可愛い子どもたちと
理想の家庭を築いていたことでしょう。

それなのに、あのクズが、私の父が、
奥中峯子をあの夜に襲ったのです。
それによって、奥中峯子の人生は、世界一
悲惨なものとなりました。
なんと、強姦犯の娘を産み、育てると言う、
理不尽の極み、ありえないものと、
なってしまった……!


そして、気づきました。
母の『早死に』の原因も私と父にある、
そう私は思いました。
私の父に犯された記憶がいつも、ずっと、
母を苦しめていたのです、あの手紙に
あったように。
ずっと、母は眠れない夜を過ごしていた
のでしょう。
追い打ちをかけるように、私の不登校や
反抗的態度の数々……。
どんなに母を苦しませ、母の心を
悲しませていたことか。

私は後悔でいっぱいでした。
中学生の私は母と意見が合わず、
ぶつかることが多くなっていました。
母に反抗的態度をかなりとっていました。
父に犯されたあの夜の記憶でずっと苦しみ、
私と言う存在ゆえにも苦しみ、
母は心身ともに疲れ切って、倒れて、
私たちのせいで死んだ……。
私は、そう思いました。
本当に本当に、母に、奥中峰子さんに、
申し訳ない気持ちでいっぱいでした。



私は、母という人のことを思いました。
変わった母でした。
変わった人でした。
新聞、雑誌を読まない。
テレビも見ない。
自宅近くのスーパーで働き、
自宅とスーパーの往復の毎日…。

気づきました、母の苦悩に。
母が、スーパーで働いていたのは、
働くついでにそのスーパーで色々買って
帰れるからだったのです。そうすれば、
余分な買い物に行く手間を省けます。
仕事とは別に、わざわざ外出しないで
すむのです。
仕事と買い物がいっぺんにできますから。

母は外出嫌いでした。
そして、外では伊達メガネとマスク。
それらは、私の父にばったり遭遇して
しまう、また、自分だと気づかれるのを
避けるためだったのでしょう。
だから、極力外出を避けて、
暮らしていた……。

それと、テレビや新聞を全然見ない
人だったから、私の父が死んだ
交通事故のことも知らなかったのです、
おそらく!!
人付き合いも避けまくっていましたから、
誰かからそのニュースを聞くことも
なかったのでしょう!



母から自由を奪い、母に不自由を強制して
いたのは、まさに、父と私だったのです!!
それを知らずに、私は、母のことを
「変わってる」とか「恥ずかしいなぁ」と
思ってしまっていた!
悔やんでも悔やみきれない事実でした。

これらのことを考えながら、私は自分の
右手首を見つめてみました。
そして、左手首も。
緑色の血管が見えました。
恐ろしい気分になりました。
多くの女性を弄んだ最悪の男の血が、
この自分の中に確かに流れている!!!!
強姦犯のDNAが、流れて、生きている
のです!
気が狂いそうでした。
いや、狂った方が、私にとって楽だった
でしょう。

なぜなら、絶望的な感覚に陥ったからです。
この私の中に流れる血は、どんなに私が、
努力して頑張っても、永遠に『強姦犯の
娘の血』なのです!!
勉強を頑張れば、成績は上がります。
努力してれば、担任の信頼も勝ち取れます。
コツコツ学び、英語で日常会話も出来る
位にはなっていました。

でも、この血の問題だけは、絶対に、
解決しない……、一生。
そう悟った、と言うより、そんなこと、
明らかでした。


暗い部屋の中で、布団にうつ伏せになった
まま考えました。
どうすべきなのか?
自分は今後何をすべきなのか?
自分はいったい何者なのか?

真面目に生きていて、汚れなき身だと、
信じ切っていた自分の中に、凶悪犯罪者の
血が流れている。
クソ汚れた強姦犯の血が……。
最悪……!!!


母の手紙でもあったように、強姦犯こそ、
最悪最強の犯罪者です。
いっそ、ロンドンを恐怖の底に陥れた、
ジャック・ザ・リッパーのような
連続殺人鬼の血が流れていた方が、
まだ良かった。
連続殺人鬼なら、被害者は一瞬苦しんで、
すぐに死の苦しみから解き放たれる。
でも、連続強姦犯の魔の手に捉えられた
女性は、辱めと傷と痛みを、一生、
引きずらなければならない!
そして、自分こそ、その連続強姦犯の血を
継ぐ娘……。



被害者の母は苦しみに苦しんで、
短い一生を終えた。
強姦被害ゆえにずっと苦しんで。
そして、母を犯した最悪のクソ男である
父も天罰が下ったように交通事故で、
かなり前に死んでいる。
今は、強姦犯の娘であるこの自分だけが、
ここに生きている。


ここまで考えて、ハッとしました。
気づいたのです。
もう一人、いることです。
許してはいけない男がいました!!

無実の母を強姦犯のクズに引き渡した、
あの平戸と言うアホンダラ高校生です!!

私は、思いました。
「平戸のバカめが‼お前が、お母さんを
引き渡さなければ、お母さんは、
交番に逃げ込めていたのに……。
お前も父の次に、悪いクソ野郎だっ!!」
と真剣に。




私はフツフツという怒りの焔が、内側から
燃え出すのを感じました。
そして、願いました。
いえ、心から願いました。
「平戸!!お前は、生きていてくれ!」と。


あの男子高生平戸のクズ、いや、もう大人に
なっているはずの平戸に絶対に復讐の手を
下してやる、そう決心しました。


母は死んでしまった。
父はすでに惨めな死を遂げた。
もし、平戸がまだのほほんと生きているの
なら、何が何でもこの私が裁きを
下してやる、絶対に、安らかに、
死なせはしない、そう、決めました。





(著作権は、篠原元にあります)
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