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篠原

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第四章 あの日 以降 ~3人の物語~

第四章 ⑦

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だが、母親がいないと、ここぞと
ばかりに、
「大きなパフェ、食べたい!」とか
「この玩具買って!」と言い出す、
二人には困る。
勝手に高価なものを買ってやると
兄が怒るし、
甘いものを沢山食べさせると兄嫁が
良い顔をしない。
だからと言って、二人を無視すると、
隆子も俊光も不機嫌になる。
こんな板挟みになるってことも、
時々ある……。



俊光は、すぐにピューッと
興味のあるものに走って行こうと
する。
特に、昆虫に興味津々だ。
個性的なこの甥は、友達より
昆虫や動物、鳥に目が行く。
絶対に、この子の手は離せない。
鳥や蝶々、目がけて、自転車や車に
注意を払わずに駆け出してしまう
のだから……。

隆子は、活発で誰とでも仲良く
なれる子だ。
また、とにかくうるさい。
いつも「なんで?」とか
「どうして、ああなの?」と訊いてくる。
物事についてちゃんと理解できないと
納得できない性格だ。
質問ばかりではない。
とにかく、ペラペラペラペラ、
いつもしゃべっている。
「これじゃあ、義姉さんも大変だ。
時に、休みたくなるよな」と思う。
おそらく、二人と、一日中一緒に
いたら俺もヘトヘトに疲れるはずだ。
いろんな意味で。
そんな隆子も来年4月から小学生。



二人の父親である兄は、小学生の
頃から野球漬けの毎日だった。
だが、目指していた甲子園の夢は
果たせずに終わり、高校卒業後は、
野球から完全に身を引いて、銭湯で
朝から夜中まで必死に働いた、
結婚するために。
嫁さんを養うために。
結婚後は、不妊治療のお金のため
にも……。

野球からは身を引いて、仕事人間に
なった兄。
だが、かなり時間がかかったし、
途中何度も二人は諦めかけたり、
喧嘩したり、時には離婚も考えた
そうだが、なんと結婚6年目で
待望の赤ちゃん隆子が生れた。
その後は、ポンッという感じで、
長男が翌年に生まれる。
あの時の、兄の喜びよう……。
産まれたばかりの我が子を抱いて、
「この子は、将来、プロ野球選手に
するんだ!」と宣言していた。
今でも、あの光景を思い出す。



その兄と一緒に俺は、今働いている。
仕事場から歩いて5,6分の所に
兄一家の家がある。
父と母と俺と兄が暮らした家だが、
父と母と俺が川崎に移ったので、
リフォームして兄たちが使うことに
なった。
そして、今も暮らしている。
俺も一時期居候させてもらったことが
ある。
その家の隣が、幼馴染の葦田みどりの
実家だ。
小さい頃は、よく遊んだが、最近、
全く会ってない。
今は、東京で公務員をしていると
噂で聞いた。

俺は、その兄たち夫妻の家から
さらに歩いて5,6分のアパート
住まいだ。
父が、所有する古いアパートの1室、
その部屋を借りて暮らしている。

仕事場とアパートの往復の毎日……。
意外と激務だ。だが、それだけでなく、
父も母も普段は横浜なので、
駐車場やアパートの管理も俺の
役目だ。
不動産会社とのやり取りや金銭面は
母が管理しているが、
掃除やら、雑草取りやら、アパートの
共用部分の清掃等、何かと忙しい。

こんな日々を過ごすとは、
小学生時代は想像もしなかった。
銭湯の次男坊なので、高校を卒業したら、
家を出て、どこかに就職して、
それなりの嫁さんをもらって、
それなりに子どもも育てて、
退職して……と、中学生時代は考えた。
でも、今はとにかく忙しい。



実は、今年の1月に兄が
一大決心をした。
なんと、祖父の代から長年続いた
銭湯【会傘の湯】を閉店すると
言うのだ。
そして、銀行からの融資も受けて、
大改装し、スーパー銭湯にしようと
言い出した。
父と母は、反対しなかった。
父は言った。
「もう銭湯のことは、お前たちに
任せてるから、お前たちで考えて、
決めろ。
父さんも母さんもお前たちの決断を
尊重するから」と。

変化を好まない性格の俺は
正直反対だった。
だが、行動力に溢れ、企画力抜群の
兄は、やる気満々だった。
「義時。お前が心配するのも分かる。
失敗したら生活はどうなるのかって、
考えるよな。
……美織もそうだ。美織が毎日
ギャンギャン言ってくるんだ。
でもな、俺には勝算がある。仮に、
万が一にもダメだったら俺の貯金も
生命保険も、あとな、俺名義に
してもらってる物件もお前と美織に
やるから、それで生活してくれ。
俺は、それ位の覚悟だ」と兄は言った。
兄の熱意に賭けてみようと思った。


でも、最後まで兄嫁が反対したので、
最後の最後に家族会議が開かれた。
両親も俺も兄嫁も兄の話しを聞いた。
猛反対していた兄嫁は、兄に内緒で、
実家の父親も呼んでいたと言う
修羅場……の一歩手前だった。
でも、兄は義父に言い切った。
「人生で一番大きな失敗は、
失敗を恐れて何もしないことだと
思います。
僕は、このことを亡くなった祖父の
義憲に教えてもらったんです。
『おい!男なら大きなことをしろよ。
失敗を恐れて大きなことに
チャレンジしないような小さな
人間には絶対になるなよ』って、
高校生の時……。
だから、僕は今回、人生をかけた勝負に
出るつもりです。
僕の一世一代の勝負です。
勝算もあります。
どうか、お義父さん分かってください!」
そう言って、兄は俺らに向けて深々と
頭を下げた。
みんな深く頷いた。
そっぽを向いている兄嫁を
除いては……。


そして、兄嫁のお父さんが一番最初に
口を開いた。
「おい!美織、お前はスゴイ男を
夫としてもらったなぁ。
いやぁ、感動した!!
義治君。そうだよ。私もね、今まで
何十年と生きて来て、後悔が
沢山あるよ。
何で、あの時勇気をもって前進しな
かったのかって、後悔が多いなぁ。
義治君。君の勝負を最大限応援させて
もらうよ。
資金のこととかで何かあったら
私にいつでも遠慮なく言いなさい。
力にならせてもらうから。
……あと、おい!
美織ッ!!見ていると、お前だけ
頑なに義治君の計画に
反対してるようだが、女として
一度嫁いだからには、何があっても
夫を支え、夫に従うものだ!
お前が、義治君の一番の味方に
ならんでどうするんだ!」と。
最後は怒りを含んだ声に
なっていた。
嫁ぎ先の家族の前で、実父に
一喝された兄嫁は、もう何にも
言えなくなっていた。
ジッと黙ってしまった。
いや、シュンとしてしまってたな。


「落ち込んだな?泣き出すかな?」と
内心思ったが、兄嫁はそんな弱い
女性じゃなかった。
すぐに、キッと顔をあげ、
「あなた。あと、お義父さん、
お義母さん、義時君。
今まで、すみませんでした。
一人だけ反対し続けて……。
でも、私、怖かったんです。
幼い子どもたちもいるのに路頭に
迷うようなことになったら
どうしようかって、夜も
眠れなかったんです。でも、
今の父の言葉で目が覚めました。
今から、夫のこの勝負に全力で
付き添います。
一緒に闘います。
……お父さん、ありがとうね。」
と言ってのけた。


良い妻だ、兄嫁は。
決めたら、すぐに態度を改めて、
兄の計画を後押ししだした。
まさに、兄の一番の協力者となった。
今の兄があるのは、兄嫁の存在が
大きいと思う。

家族全員の賛成を受け、事が決まると
兄はすぐに動き出した。
銀行に出かけ、驚くような好条件の
融資を取り付け、すぐに工事を始めた。


あの日のこと、そう、常連さんや
近所の人たちに惜しまれながらの
【会傘の湯】閉店日を昨日のことの
ように思い出す。

それから大工事だった。
銭湯の横にあった倉庫や駐車場も
つぶした。
兄も俺も毎日のように工事現場に
顔を出し、出来ることは何でも
やった。
兄に猛反対していた兄嫁も工事が
始まってからは誰よりも率先して
現場に出かけ、作業員や工事関係者に
おにぎりや麦茶を振舞っていた。
本当に良い嫁さんだと思う。




そして、今年の8月に、スーパー銭湯
【会傘の庄】はグランドオープンした。





(著作権は、篠原元にあります)
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