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だがどうだろう。あれほどに焦がれたディーノはソニアを利用価値のないものとして切り捨てるような人間だったのだ。
呆然とするソニアの耳に、女性の甲高い声が響いた。
「ディーノ! こんな所にいたの? 探したのよ」
「ああエルダ、すまない。ちょっと野暮用でね」
ソニアが顔を上げると黒髪の美しい令嬢がディーノの隣に立っていた。20歳くらいだろうか、ソニアよりも豊かな曲線を持ち大人の魅力に溢れている。
「あら、どうしたの。もしかして浮気していたの?」
きつい口調でディーノを睨みつける。ディーノは慌てて顔の前で手を振った。
「まさか! 前にも話しただろう? 幼馴染のソニアだよ」
するとエルダはにやりと笑い、ディーノの腕を取った。
「ああ、あの夢見る勘違いお嬢様ね。ディーノから話は聞いていたわ。私はエルダ・ザネッティ。ディーノとは学園からのお付き合いよ」
「学園からの……」
「ええそうよ。あなたが送ってくる手紙を毎週、ディーノと一緒に笑いながら読ませてもらっていたわ。世間知らずで馬鹿な恋文をね」
コロコロと楽しそうな声を上げるエルダ。
「学園を卒業したらあなたの顔を見てやろうと楽しみにしていたのよ。それなのに結婚して辺境に行ってしまっていたから会えなくてがっかりしていたの」
かがみ込んでじろじろと楽しそうにソニアの顔を見つめる。
「でもやっぱり、諦めきれてなかったのね? 人妻になってまでディーノを追いかけてくるなんて呆れたものだわ。ジラルディ侯爵も面目丸潰れね」
ソニアはその言葉にハッとした。自分の愚かな行動がリカルドの評判を落としてしまうことになぜ気づかなかったのか。
「あ……あの、お願いです、どうかこのことは誰にも言わないで下さい……」
するとエルダの目がキラリと光った。意地の悪い、義母と同じ目。
「そうねえ。地面に頭を擦り付けて頼むなら、黙っていてあげてもいいわ。元伯爵令嬢、現侯爵夫人が頭を下げる姿が見れるなんて滅多にないもの」
「……わかりました」
ソニアはきちんと座り直し、地面に手を付いて頭を下げようとした。が、その時。
「その必要はない」
突然低い声が響く。見上げるとディーノとエルダの後ろにリカルドが立っていた。
「……リカルド様……」
「えっ、あっ、ジラルディ侯爵殿」
ディーノはさっと道を開け、恭しく礼をする。臣下に降りたとはいえ王弟であることは変わらず、尊い身分には違いないのだ。
「私の妻に頭を下げさせようとしているのか」
リカルドの声は怒気を孕んでいる。こんな声をソニアは聞いたことがない。
「い、いえ、違います、ただの冗談で……」
ツカツカと近寄ってきたリカルドはソニアの腕を取り立ち上がらせる。いつもの優しい手つきと違い少し荒々しいことが、リカルドの怒りを感じさせた。
「地面に打ち倒し嘲笑し、なおかつ頭を下げさせようとしたことが冗談だというのか。卑怯な加害者の言いそうなことだな」
リカルドがギリっと睨みつけると、普段そのような目に遭ったことのない二人は震え上がった。
「も、申し訳ございません!」
「我が妻を侮辱することは私を、ひいてはジラルディ侯爵家を敵に回すことだがそれをわかってのことか」
「と、とんでもございません! そんなつもりは少しも……いえ、全くありませんでした! どうか、どうかお許しを……」
「ならばさっさと立ち去れ。今後一切、妻に近寄ることを禁じる」
「は、はい、わかりました、申し訳ございません……! 失礼いたします……!!」
二人は競うようにもつれ合って走りだした。大広間には戻らず、そのまま馬車のほうへ向かったようだ。よほどリカルドを恐れたのだろう。
呆然とするソニアの耳に、女性の甲高い声が響いた。
「ディーノ! こんな所にいたの? 探したのよ」
「ああエルダ、すまない。ちょっと野暮用でね」
ソニアが顔を上げると黒髪の美しい令嬢がディーノの隣に立っていた。20歳くらいだろうか、ソニアよりも豊かな曲線を持ち大人の魅力に溢れている。
「あら、どうしたの。もしかして浮気していたの?」
きつい口調でディーノを睨みつける。ディーノは慌てて顔の前で手を振った。
「まさか! 前にも話しただろう? 幼馴染のソニアだよ」
するとエルダはにやりと笑い、ディーノの腕を取った。
「ああ、あの夢見る勘違いお嬢様ね。ディーノから話は聞いていたわ。私はエルダ・ザネッティ。ディーノとは学園からのお付き合いよ」
「学園からの……」
「ええそうよ。あなたが送ってくる手紙を毎週、ディーノと一緒に笑いながら読ませてもらっていたわ。世間知らずで馬鹿な恋文をね」
コロコロと楽しそうな声を上げるエルダ。
「学園を卒業したらあなたの顔を見てやろうと楽しみにしていたのよ。それなのに結婚して辺境に行ってしまっていたから会えなくてがっかりしていたの」
かがみ込んでじろじろと楽しそうにソニアの顔を見つめる。
「でもやっぱり、諦めきれてなかったのね? 人妻になってまでディーノを追いかけてくるなんて呆れたものだわ。ジラルディ侯爵も面目丸潰れね」
ソニアはその言葉にハッとした。自分の愚かな行動がリカルドの評判を落としてしまうことになぜ気づかなかったのか。
「あ……あの、お願いです、どうかこのことは誰にも言わないで下さい……」
するとエルダの目がキラリと光った。意地の悪い、義母と同じ目。
「そうねえ。地面に頭を擦り付けて頼むなら、黙っていてあげてもいいわ。元伯爵令嬢、現侯爵夫人が頭を下げる姿が見れるなんて滅多にないもの」
「……わかりました」
ソニアはきちんと座り直し、地面に手を付いて頭を下げようとした。が、その時。
「その必要はない」
突然低い声が響く。見上げるとディーノとエルダの後ろにリカルドが立っていた。
「……リカルド様……」
「えっ、あっ、ジラルディ侯爵殿」
ディーノはさっと道を開け、恭しく礼をする。臣下に降りたとはいえ王弟であることは変わらず、尊い身分には違いないのだ。
「私の妻に頭を下げさせようとしているのか」
リカルドの声は怒気を孕んでいる。こんな声をソニアは聞いたことがない。
「い、いえ、違います、ただの冗談で……」
ツカツカと近寄ってきたリカルドはソニアの腕を取り立ち上がらせる。いつもの優しい手つきと違い少し荒々しいことが、リカルドの怒りを感じさせた。
「地面に打ち倒し嘲笑し、なおかつ頭を下げさせようとしたことが冗談だというのか。卑怯な加害者の言いそうなことだな」
リカルドがギリっと睨みつけると、普段そのような目に遭ったことのない二人は震え上がった。
「も、申し訳ございません!」
「我が妻を侮辱することは私を、ひいてはジラルディ侯爵家を敵に回すことだがそれをわかってのことか」
「と、とんでもございません! そんなつもりは少しも……いえ、全くありませんでした! どうか、どうかお許しを……」
「ならばさっさと立ち去れ。今後一切、妻に近寄ることを禁じる」
「は、はい、わかりました、申し訳ございません……! 失礼いたします……!!」
二人は競うようにもつれ合って走りだした。大広間には戻らず、そのまま馬車のほうへ向かったようだ。よほどリカルドを恐れたのだろう。
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