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 立太子式は滞りなく終了し、人々はパーティーに参加するため教会から王宮の大広間へと場所を移した。

 ソニアはリカルドとともに大勢の賓客に挨拶し、会話し、笑顔を振りまき続ける。いつまでも終わらない苦行のように思われたが、ついにその時が訪れた。ようやく務めを終えたソニアの手を取り壁際のソファに座らせるリカルド。

「疲れただろう、ソニア。ここでしばらく休んでいてくれ。私は少し陛下や兄たちと話をしてくる」
「ええ、いってらっしゃいませ」

 王弟でもあるリカルドはこういう時に家族水入らずで話す時間を設けられている。彼の姿がドアの向こうに消えると、ソニアは立ち上がりディーノの姿を探した。

(どこに……どこにいるの、ディーノ)

 人混みをすり抜けながら五分ほど経った頃、ようやく懐かしい鳶色の髪を見つけた。

「……ディーノ!」

 その声に反応したディーノと目が合い、ソニアは軽く手を挙げた。そして急いで彼のもとへ向かう。

「ディーノ! 会いたかったわ」
「……やあ、ソニア」

 ディーノの目には明らかに困惑の色が見える。ソニアは軽い不安を覚えた。

「ディーノ、本当に久しぶり……私との約束、覚えてる?」
「ちょ、ちょっと待って、ソニア……ここでは話しにくいから、あっちへ行こう」

 ディーノに促されソニアは中庭へと出て行った。

 大広間の灯りが庭を照らしている。花壇の奥のガゼボではどこかの恋人たちが語らい合っているようだが、ディーノは周りを窺いながら人のいない木陰に歩を進めた。

「ディーノ、すごく背が伸びたわね。もうすっかり大人の男の人だわ」
「あ、ああ……ソニアも元気そうだな」
「ええ。夫のリカルド様はとてもお優しくて、良い方なの。田舎の気候も私には合っていて、毎日穏やかに暮らしているわ」

 するとディーノは顔を輝かせてソニアに目を向けた。そういえばさっきまで、下をむくばかりでソニアの顔を見ていなかった気がする。

「そ、そうか! 結婚生活が幸せなんだな。良かった……」
「そうなの。思っていたよりも素敵な生活をさせていただいてるわ。だからリカルド様には感謝してもしきれないの。でも……それでも私はあなたが好き。あなたへの初恋をずっと胸にしまったまま大切にしてきたの。あなたが立派な騎士になるその日まで私は純潔を保って待っているから、早く迎えにきてね」
「え! 純潔って……どういうことだ? 君は、ジラルディ侯爵と夫婦になったんだろう?」
「まだ身体には触れられていないわ。怖いって言ったらやめてくださったの。そして、私がいいと言わない限り手を触れないって仰って……だから私、まだ乙女のままなの」

 ディーノは口をポカンと開けてソニアを見た。信じられないという表情で。

「……い、いや……そりゃあ確かに、いつか騎士になって君を迎えに行くよと子供の頃は言ったかもしれないけれど……そんなことを今さら言われても。それに、僕はもう騎士になるのはやめたんだ」
「だってディーノ、あなたは三男なので伯爵家を継げない、だから騎士にならないといけないんだって言っていたわ」
「もうそんな必要はなくなったのさ。僕は今、ザネッティ家の一人娘エルダと付き合っている」
「え……? ディーノ、どういうこと……?」
「僕は、ザネッティ子爵家に婿入りするんだよ。もう騎士になんかならなくても、貴族として生きていけるんだ」






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