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「おはようございます、リカルド様」
「おはようソニア。よく眠れたか?」
「はい、それはもう。ベッドがとてもふかふかで清潔で……夢のような寝心地でした」
リカルドは少し憐れむような顔をした。ソニアがフィオレンツァ家で邪魔者扱いされているという話を噂で聞いていたからだ。
先妻の子であるソニアは後妻に疎まれて育ったのだという。後妻が娘と息子を相次いで産みその地位を確立してからは、なおさら当たりがきつくなったとも。
今回の縁談も、王都を離れ辺境の地に嫁いでくれる適齢の高位令嬢がいなかったため、うちの娘はまだ若いがどうでしょうかとフィオレンツァ伯爵自ら手を挙げたのである。『邪魔者はいなくなるし王家に恩を売れるし一石二鳥』というところだろう。
ベッドの話で無邪気な笑顔を見せるソニアに、リカルドも微笑みを返してから侍女に合図を送る。
「それは良かった。では朝食を始めようか」
朝食はソニアにとって素晴らしいものだった。新鮮な野菜のサラダ、柔らかな白いパン、塩気の効いたベーコン。フルーツは何種類も用意されている。
「まあ……」
頬を赤くして喜び、次々と平らげていくソニア。伯爵令嬢としては少々はしたない姿かもしれないが、それよりも若い食欲が勝っていた。
満足げな表情で食後のお茶を飲むソニアに、リカルドは馬車で外に出ることを提案した。
「新婚だから一週間休みが取れた。旅行に行くことも考えたが、それよりも我が領地を見てもらいたい。毎日、場所を変えて案内しよう」
「はい! ありがとうございます」
外出着に着替えリカルドのエスコートで馬車へと向かった。隣に並ぶとソニアの頭はリカルドの肩よりも低い。目を見て話すにはかなり上を向かなければ難しい。分厚い胸、高い腰の位置。馬車に乗るときに手を乗せると、固く大きな手はびくともせずソニアをふわりと持ち上げた。華奢で小さな自分とは違う、大人の男の人なのだと感じた。
「今日はまず南のほうへ行こう。王都よりは北になるが、それでも我がステッラの中では暖かく豊かな地方だ。ここでは多くの作物が育つ」
金色に広がる麦畑を目を細めて眺めるリカルド。作業中の農民たちが帽子を取って彼に挨拶をする。
「領民たちに慕われていらっしゃるのですね」
「私の初めての領地だからな。皆を幸せにしたいと思ってやってきた。とはいえ、私は遠征に出ていることが多いから、留守を預かる家令が優秀なのだが」
「……優秀な家令が仕えているということは、リカルド様が素晴らしい方だからですわね」
リカルドは少し驚いた目をしたがすぐに笑みを浮かべた。意外に幼いだけではないと思ったようであった。
こうして一週間かけて二人はステッラのあちこちを見て回った。愛らしいソニアは領民たちに歓迎され、祝福の言葉を行く先々でかけられた。このように誉められ肯定されることはソニアにとって初めてのことだ。
「リカルド様、私、ここに来てから毎日が楽しいですわ」
実際、ソニアは幸せそうに見えた。美味しい食事、明るい太陽の光、優しい使用人たち。夫はいつも穏やかで、義母のように怒鳴ることもない。華奢だったソニアの身体は心持ちふっくらとし、頬は赤みを増して透き通る白肌にますます磨きがかかった。
それでも、ソニアはまだ寝室を共にしない。そしてリカルドもそれについて妻に何も言わなかった。
侍女頭や家令は二人がまだ真実の夫婦になっていないことに気がついていたが、何か考えがあってのことだろうと思い口をつぐんでいた。
「おはようソニア。よく眠れたか?」
「はい、それはもう。ベッドがとてもふかふかで清潔で……夢のような寝心地でした」
リカルドは少し憐れむような顔をした。ソニアがフィオレンツァ家で邪魔者扱いされているという話を噂で聞いていたからだ。
先妻の子であるソニアは後妻に疎まれて育ったのだという。後妻が娘と息子を相次いで産みその地位を確立してからは、なおさら当たりがきつくなったとも。
今回の縁談も、王都を離れ辺境の地に嫁いでくれる適齢の高位令嬢がいなかったため、うちの娘はまだ若いがどうでしょうかとフィオレンツァ伯爵自ら手を挙げたのである。『邪魔者はいなくなるし王家に恩を売れるし一石二鳥』というところだろう。
ベッドの話で無邪気な笑顔を見せるソニアに、リカルドも微笑みを返してから侍女に合図を送る。
「それは良かった。では朝食を始めようか」
朝食はソニアにとって素晴らしいものだった。新鮮な野菜のサラダ、柔らかな白いパン、塩気の効いたベーコン。フルーツは何種類も用意されている。
「まあ……」
頬を赤くして喜び、次々と平らげていくソニア。伯爵令嬢としては少々はしたない姿かもしれないが、それよりも若い食欲が勝っていた。
満足げな表情で食後のお茶を飲むソニアに、リカルドは馬車で外に出ることを提案した。
「新婚だから一週間休みが取れた。旅行に行くことも考えたが、それよりも我が領地を見てもらいたい。毎日、場所を変えて案内しよう」
「はい! ありがとうございます」
外出着に着替えリカルドのエスコートで馬車へと向かった。隣に並ぶとソニアの頭はリカルドの肩よりも低い。目を見て話すにはかなり上を向かなければ難しい。分厚い胸、高い腰の位置。馬車に乗るときに手を乗せると、固く大きな手はびくともせずソニアをふわりと持ち上げた。華奢で小さな自分とは違う、大人の男の人なのだと感じた。
「今日はまず南のほうへ行こう。王都よりは北になるが、それでも我がステッラの中では暖かく豊かな地方だ。ここでは多くの作物が育つ」
金色に広がる麦畑を目を細めて眺めるリカルド。作業中の農民たちが帽子を取って彼に挨拶をする。
「領民たちに慕われていらっしゃるのですね」
「私の初めての領地だからな。皆を幸せにしたいと思ってやってきた。とはいえ、私は遠征に出ていることが多いから、留守を預かる家令が優秀なのだが」
「……優秀な家令が仕えているということは、リカルド様が素晴らしい方だからですわね」
リカルドは少し驚いた目をしたがすぐに笑みを浮かべた。意外に幼いだけではないと思ったようであった。
こうして一週間かけて二人はステッラのあちこちを見て回った。愛らしいソニアは領民たちに歓迎され、祝福の言葉を行く先々でかけられた。このように誉められ肯定されることはソニアにとって初めてのことだ。
「リカルド様、私、ここに来てから毎日が楽しいですわ」
実際、ソニアは幸せそうに見えた。美味しい食事、明るい太陽の光、優しい使用人たち。夫はいつも穏やかで、義母のように怒鳴ることもない。華奢だったソニアの身体は心持ちふっくらとし、頬は赤みを増して透き通る白肌にますます磨きがかかった。
それでも、ソニアはまだ寝室を共にしない。そしてリカルドもそれについて妻に何も言わなかった。
侍女頭や家令は二人がまだ真実の夫婦になっていないことに気がついていたが、何か考えがあってのことだろうと思い口をつぐんでいた。
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