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悠李の実家
しおりを挟む父への婚約報告は予想通り、何の問題もなく終わった。
「悠李くんなら月葉を大切にしてくれると信じてるよ」
「もちろんです。大切な娘さんをお預かりするんですから、必ず幸せにします」
「住む所はどうするんだい?」
「今の部屋は少し狭いので、二人暮らし用の部屋を借りようかと。お父さんたちの新居に電車で通いやすいところを探します」
それは助かるよ、と父は嬉しそうだった。免許の返納もいずれ遠くない未来にするつもりなのだそう。
「ところで月葉。会社を変わる予定はないのかい? やっぱり、陽子に場所を知られてるのが心配なんだよ」
「うん、私もそれはずっと考えてた。会社の先輩にも言われたの。一旦引き下がっても、ああいう親は困窮すればまた来るよって。だから転職するつもり。早いうちに今の会社は辞めるわ」
「僕も転職を勧めたんです。何と言っても待ち伏せが怖いので。24時間月葉さんを守ることはできないから……」
私の転職が決まれば、二ヶ月後には父も引っ越しを終えて母は私たちを追跡することはできなくなる。やっと、母と完全に別れることができるのだ。
「それから月葉、英姓を受け継ぐ必要はないぞ。墓だってちゃんと屋内型永代供養のマンション墓を購入してあるから墓守の必要もない。お前たちは自分の好きなように生きてくれればそれでいい」
「わかった……よく考えて決めるね」
そして次の土曜日。私たちは今度は悠李の実家を訪れた。
中学校が同じなのだから、この地域は私も馴染みの場所。高二で引っ越すまでは近くの町に住んでいたのだ。あれから11年、あまり街並みは変わっていないけれど新しいお店や無くなったお家があって時の流れを感じる。
「めっちゃ久しぶり。なんだか緊張する……」
「実は俺もほとんど帰ってないから久しぶりなんだ」
「そうなの⁈ お正月とかどうしてたの?」
「いつものマンションで過ごしてたよ。実家帰っても、彼女はいないのか結婚はまだなのかってうるさいから」
「そうなんだ……」
「あのさ、うちの親、悪い人ではないけれどデリカシーはないほうだと思う。だから俺はあまり顔を合わさないし、月葉にも付き合わせるつもりはないんだ。だから今日は本当に報告だけ。結婚式もさ、先週話したように写真だけにするんだし」
~~~~~
そう、先週の父への報告の時に結婚式をどうするかという話も少しした。その中でお互いに結婚式というものに重きを置いてないことがわかり、写真だけ撮る方向になったのだ。
『月葉、写真はドレスだけじゃなくて着物も撮ってね。おばあちゃん、月葉の白無垢が見たいのよ』
『もちろんよ。衣装選ぶ時はおばあちゃんも一緒に来てね』
そう話すと祖母は嬉しそうに笑っていた。
~~~~~
「着いたよ、月葉」
悠李の家はごく普通の一軒家。道路側には木が植えてあり、玄関前には鉢植えの花。古い自転車が二台置いてあるのは、どちらかが悠李のものだったのかも。
「じゃあ、行くよ」
「うん」
チャイムを鳴らし玄関に入ると、元気なお母さんと物静かなお父さんが出迎えてくれた。
「まあまあ、いらっしゃい。よく来てくれたわね」
「初めまして。英月葉です」
自己紹介をした時、一瞬、間が空いた気がした。
「まあぁ、月葉さんていうの。可愛いお名前ね。ささ、どうぞ上がって」
「はい。お邪魔します」
そのまま、リビングに通された。
「応接間なんてないから、リビングでごめんなさいねえ」
コーヒーとお茶菓子を出されたあと、悠李が切り出した。
「こちら、英月葉さん。年は同じ28歳。俺たち、結婚しようと思ってるからその報告にきたんだ」
「やだわー、本当に良かった。おめでとうゆうちゃん! お母さん心配してたのよ~。ねえ月葉さん、この子ったら一度も彼女できたこともないし作ろうともしないし。もしかしてボーイズラブなのかと思ったりしてたのよ~」
こっそりと悠李が耳打ちする。
「……な? 今時、デリカシーないだろ」
なんと答えていいかわからず、笑ってごまかした。
「ところで二人はどこで出会ったの? 馴れ初めは?」
「中学校の同級生だよ」
するとお母さんの動きがピタッと止まった。
「同級生って……第二中の?」
「そう。中三で同じクラスだった」
お母さんはあら……と明らかにテンションが下がっていく。
「やっぱり……英って珍しい苗字だものねえ……あのお母さんと親戚になるのね……う~ん……」
(……母のことを覚えているんだわ……きっと学校でも傍若無人に振る舞っていたはずだもの)
「母さん。そういう、思ったことをすぐ口や態度にだすのは母さんの悪いところだよ。月葉と、月葉の母親は別の人間だ。一緒にしないでくれ」
悠李が少し怒った口調で言う。
「あっ、ごめんね、ゆうちゃん。月葉さんもごめんなさい。私、昔からデリカシーが無いってこの子によく怒られるのよ」
「あ、いえそんな……」
「そうよね。月葉さんはお母さんとは別のタイプみたいだし大丈夫よね、お父さん」
「いや、俺は……そのお母さんがどんな人か知らないし……」
お父さんもお母さんも困ってる。私が母と縁を切っていること、言わなくちゃ安心してもらえないだろう。
「あの……」
口を開いた私を悠李が止めた。
「俺が言うよ。母さんの扱い方はわかってるから」
そして悠李が私の代わりに簡潔に説明してくれた。高二の時に離婚して母とは離れたこと。その後時々会ってはいたけれど、今後はもう会わないと決めていること。
「それでも、結婚式には呼ぶ……わよね?」
「結婚式はやらないから、心配ない」
「え! 結婚式しないの?」
お母さんは心底びっくりした顔をしている。
「だってゆうちゃん、こんなに可愛らしいお嬢さんなのに結婚式しないって……もったいないわ。みんなにお披露目したくない?」
可愛らしい、って言ってもらったことがちょっと嬉しい。悠李のお母さんはきっと思ってもないことは言わないんだろうから。
「写真だけは撮るよ。親戚にはそれ見せといてくれればいいから」
「月葉さん、あなたはそれでホントにいいの? 遠慮、してない?」
「大丈夫です。私が、先に写真だけにしようって言ったんですよ」
「そうなの……まあ二人がそう言うなら……」
お母さんは渋々ながら納得してくれた。母のことも、付き合う必要はないとわかって安心したみたいだ。
その後は仕事の話や私たちの新居の話などで和やかな時間が流れた。お母さんは夕飯でも食べて行く? と言ってくれたけど悠李が断り、私たちは帰ることにした。
「明日も早いからまた今度にするよ。籍を入れたら連絡するから」
「ゆうちゃん、じゃあ籍を入れたら一度、お兄ちゃん夫婦も一緒にご飯でも食べに行こ。ね、月葉さん、どうかしら」
「……はい、ぜひ!」
悠李の実家を出て駅まで歩き、電車に乗った。そこまできてやっと、ホッと息をついた。
「ごめんな、月葉。疲れただろ」
「ううん、大丈夫。緊張が解けただけ」
「まさかうちの母親が月葉のお母さんを知ってるとは思わなかったな」
「だよね。けっこう人数の多い中学校だったから知らないと思ってたんだけど……悪い意味で有名だったみたいね。でも結婚、許してもらえてよかった」
悠李の顔を見上げて笑うと、悠李も笑った。
「許してもらわなくても俺は月葉と結婚するよ。まあでも、できるなら祝福された方がいいよね」
父と祖母、そして悠李のご両親。この人たちに認めてもらって祝福されれば十分だ。もし母がいたら、またあれこれ貶され罵倒されて破談に追い込まれていただろう。
「悠李、幸せになろうね」
電車のドア近くに立っている私を後ろから抱いた悠李。窓に反射するお互いの顔を見ながら誓い合った。
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