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父の決断
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その後は長町武家屋敷跡を見て回った。土塀が並び江戸時代の面影が残るレトロな街並みは茶屋街とはまた違う風情がある。名家の屋敷に入館して美しい庭園を眺めていると、タイムスリップしたような感覚に陥る。
「大名の姫の衣装を着た月葉もいいなぁ……」
「じゃあ悠李はちょんまげだね?」
「あっ……」
月代姿の悠李を想像して思わず笑ってしまう。顔が綺麗だからそれも似合いそうで。
悠李は、『それだけは絶対にヤダ』と口をとがらせていたけど。
そして楽しかった旅も終わり、金沢駅に戻ってきた。あちこちでお土産を購入してはいるけど、ラストチャンスということで駅にある『百番街』のお土産フロアにてじっくり品定め。新幹線に乗り込む時には両手に荷物がいっぱいだった。
「楽しかったわ、悠李。本当にありがとう」
「俺のほうこそ。やっと、月葉と一泊旅行するという夢が叶ったよ。次は長期旅行も行きたいな。海外とか」
「そうだね……楽しみ」
実は海外旅行には行ったことがない私。英語も全く話せない。でも悠李とだったらどこへだって安心して行けそうだ。
「あ、そういえばね、悠李。うちの実家のことなんだけど」
「うん? お父さんのこと?」
私は頷く。
実は以前から父が考えていたことをどうやら実行するようなのだ。それは、住んでいる実家の土地と家を処分すること。
おじいちゃんが亡くなって今はおばあちゃんのものになっているあの場所を売って、駅近くに建設中のバリアフリー低層階マンションに移るつもりなのだ。
「そうか。俺もそれはいい考えだと思うよ。お母さんがまた来ないとも限らないからね。お父さんたちの引っ越しの時は俺も手伝うよ」
「うん……ありがとう」
~~~~~
先日会った時に父はこう言っていた。
『陽子に住所を知られているのも落ち着かないし、月葉も帰ってきにくいだろう? もともとこの家もリフォームが必要なくらい古いし、それならいっそ介護しやすいところに移ろうと思ってな』
新しいマンションは病院もスーパーも近い。父が運転できなくなっても祖母の面倒をみられそうな環境なのだという。
そして父は初めて陽菜についてどう思っているかを私に打ち明けた。
『陽菜にはずっと無視されてきて離婚後は一度も会っていない。今どんな顔をしているのか、どんな風に生きているのかもわからない状態だ。月葉のことは可愛いが、正直に言うと陽菜には同じだけの愛情が持てないんだ。だから父さんが死んだあと遺産相続で揉めないようにちゃんと遺言を書いて公正証書を作っておくから、覚えておいてくれ。あの陽子にそっくりなんだから、絶対に全てを奪おうとしてくるはずだ。それだけはさせない』
父は、自分に何かあった時、私が搾取されることを心配してくれている。もちろん父が死ぬなんてそんなこと考えたくもないけど、だからって何もしないのはよくないと父は言う。いつ何が起きて寿命が尽きるかなんて誰にもわからないからと。
『うん……お父さんの決断を尊重するよ。でもおばあちゃんは家を売ることについてはどう言ってるの?』
『それが、すごく乗り気なんだ。親父の思い出があるから売りたくないって言うかと思ったら、『お義母さんにいびられた思い出のほうが残ってて嫌。人生の最後くらいピカピカのマンションに住んでみたい』って言うんだよ』
『おばあちゃん、嫁姑問題で苦労してたんだ……』
知らなかった。私が物心ついた時にはもうひいおばあちゃんはこの世にいなかったから。
『誰かに虐げられた経験はずっと心の中に残る。父さんは、月葉にそんな経験をさせてしまったことをずっと後悔してるし申し訳なく思っている。すまなかった』
『やだお父さん、いいのよ。お父さんだってずっと辛くてしんどかったの、私わかってるから……それに、離婚してくれたおかげで私は今、すごく楽になってるんだもの』
父は、忙しい仕事もしながら家事をやらされていた。陽菜の世話はするけれど私は放っておかれていたため、私のミルク担当も父。仕事と家事と育児、その負担でほぼ精神を病みかけていたという。
『毎日罵倒されながら帰宅後に家事をやっていた。そんな中で月葉の笑顔と成長だけが支えだった。その月葉から笑顔が消えた時、もうこれ以上はダメだと離婚を決意したんだよ』
だからあのタイミングだったんだ……私が悠李と別れどん底に落ちていたあの時。それから父は準備を始め、一年後に離婚を成立させた。
『悠李くんはとてもいい青年だと思う。だけど、結婚してしばらく経ってみないとわからないこともある。もしどうしてもダメな時は、我慢しないですぐに帰ってくるんだぞ。我慢なんて、いくらしたっていいことはない』
この時はまだプロポーズされていなかったから現実的に思えなかったけど、今ならわかる。結婚してから別れることの大変さをよく理解しているからこそのアドバイスなのだ。
~~~~~
父との会話を思い出すうちに新幹線はどんどん東京へ近づいていく。
「悠李、東京に着いたらそのままお父さんに報告に行かない……?」
「え、いいの? 俺は早いほうがいいから全然オッケーだよ。お土産も渡せるしね」
「お菓子もたくさん買ったからまた張り切ってコーヒー入れてくれるわね、きっと」
悠李が私の手を握って微笑む。その顔を見ているとキスしたくなっちゃったけど、新幹線でそんなことはできない。だから手を五回、ぎゅっと握る。ア、イ、シ、テ、ル、のつもりで。わかってくれるかな?
悠李が耳元で囁いた。
「俺も」
わかってくれた。私は嬉しくて微笑んだ。
「大名の姫の衣装を着た月葉もいいなぁ……」
「じゃあ悠李はちょんまげだね?」
「あっ……」
月代姿の悠李を想像して思わず笑ってしまう。顔が綺麗だからそれも似合いそうで。
悠李は、『それだけは絶対にヤダ』と口をとがらせていたけど。
そして楽しかった旅も終わり、金沢駅に戻ってきた。あちこちでお土産を購入してはいるけど、ラストチャンスということで駅にある『百番街』のお土産フロアにてじっくり品定め。新幹線に乗り込む時には両手に荷物がいっぱいだった。
「楽しかったわ、悠李。本当にありがとう」
「俺のほうこそ。やっと、月葉と一泊旅行するという夢が叶ったよ。次は長期旅行も行きたいな。海外とか」
「そうだね……楽しみ」
実は海外旅行には行ったことがない私。英語も全く話せない。でも悠李とだったらどこへだって安心して行けそうだ。
「あ、そういえばね、悠李。うちの実家のことなんだけど」
「うん? お父さんのこと?」
私は頷く。
実は以前から父が考えていたことをどうやら実行するようなのだ。それは、住んでいる実家の土地と家を処分すること。
おじいちゃんが亡くなって今はおばあちゃんのものになっているあの場所を売って、駅近くに建設中のバリアフリー低層階マンションに移るつもりなのだ。
「そうか。俺もそれはいい考えだと思うよ。お母さんがまた来ないとも限らないからね。お父さんたちの引っ越しの時は俺も手伝うよ」
「うん……ありがとう」
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先日会った時に父はこう言っていた。
『陽子に住所を知られているのも落ち着かないし、月葉も帰ってきにくいだろう? もともとこの家もリフォームが必要なくらい古いし、それならいっそ介護しやすいところに移ろうと思ってな』
新しいマンションは病院もスーパーも近い。父が運転できなくなっても祖母の面倒をみられそうな環境なのだという。
そして父は初めて陽菜についてどう思っているかを私に打ち明けた。
『陽菜にはずっと無視されてきて離婚後は一度も会っていない。今どんな顔をしているのか、どんな風に生きているのかもわからない状態だ。月葉のことは可愛いが、正直に言うと陽菜には同じだけの愛情が持てないんだ。だから父さんが死んだあと遺産相続で揉めないようにちゃんと遺言を書いて公正証書を作っておくから、覚えておいてくれ。あの陽子にそっくりなんだから、絶対に全てを奪おうとしてくるはずだ。それだけはさせない』
父は、自分に何かあった時、私が搾取されることを心配してくれている。もちろん父が死ぬなんてそんなこと考えたくもないけど、だからって何もしないのはよくないと父は言う。いつ何が起きて寿命が尽きるかなんて誰にもわからないからと。
『うん……お父さんの決断を尊重するよ。でもおばあちゃんは家を売ることについてはどう言ってるの?』
『それが、すごく乗り気なんだ。親父の思い出があるから売りたくないって言うかと思ったら、『お義母さんにいびられた思い出のほうが残ってて嫌。人生の最後くらいピカピカのマンションに住んでみたい』って言うんだよ』
『おばあちゃん、嫁姑問題で苦労してたんだ……』
知らなかった。私が物心ついた時にはもうひいおばあちゃんはこの世にいなかったから。
『誰かに虐げられた経験はずっと心の中に残る。父さんは、月葉にそんな経験をさせてしまったことをずっと後悔してるし申し訳なく思っている。すまなかった』
『やだお父さん、いいのよ。お父さんだってずっと辛くてしんどかったの、私わかってるから……それに、離婚してくれたおかげで私は今、すごく楽になってるんだもの』
父は、忙しい仕事もしながら家事をやらされていた。陽菜の世話はするけれど私は放っておかれていたため、私のミルク担当も父。仕事と家事と育児、その負担でほぼ精神を病みかけていたという。
『毎日罵倒されながら帰宅後に家事をやっていた。そんな中で月葉の笑顔と成長だけが支えだった。その月葉から笑顔が消えた時、もうこれ以上はダメだと離婚を決意したんだよ』
だからあのタイミングだったんだ……私が悠李と別れどん底に落ちていたあの時。それから父は準備を始め、一年後に離婚を成立させた。
『悠李くんはとてもいい青年だと思う。だけど、結婚してしばらく経ってみないとわからないこともある。もしどうしてもダメな時は、我慢しないですぐに帰ってくるんだぞ。我慢なんて、いくらしたっていいことはない』
この時はまだプロポーズされていなかったから現実的に思えなかったけど、今ならわかる。結婚してから別れることの大変さをよく理解しているからこそのアドバイスなのだ。
~~~~~
父との会話を思い出すうちに新幹線はどんどん東京へ近づいていく。
「悠李、東京に着いたらそのままお父さんに報告に行かない……?」
「え、いいの? 俺は早いほうがいいから全然オッケーだよ。お土産も渡せるしね」
「お菓子もたくさん買ったからまた張り切ってコーヒー入れてくれるわね、きっと」
悠李が私の手を握って微笑む。その顔を見ているとキスしたくなっちゃったけど、新幹線でそんなことはできない。だから手を五回、ぎゅっと握る。ア、イ、シ、テ、ル、のつもりで。わかってくれるかな?
悠李が耳元で囁いた。
「俺も」
わかってくれた。私は嬉しくて微笑んだ。
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