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悠李の提案

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 散々泣いたあと目が腫れてしまった私が顔を洗っている間に、悠李がお昼ごはんを作ってくれていた。

「わ……すごい、美味しそう」

 白ワインで炒めたホタテとグリーンアスパラを添えた明太子パスタ。刻み海苔と鰹節がたっぷりかけられて食欲をそそる。

「料理もできるのね、悠李」
「いつか月葉に食べさせる日のために練習したからね」

(またそんな、本気か冗談かわからないこと言って……)

 でもそんな会話が楽しいし、落ち込んだ気分も上がってくる。

「ホントにありがと。悠李、大好きよ」

 そう言ったら悠李はポカンと口を開けて私を見た。それからパッと顔を輝かせて私のそばに来ると、ぎゅっと抱きついて。

「月葉、ホントに? 本当に俺のこと……好きなの?」
「うん。世界で一番好きよ。大好き」

 これまで、私は悠李に好きだってちゃんと伝えていなかった。悠李に押されて付き合い始めたような形になっていたから。でも悠李はいつもきちんと言葉で好きだと伝えてくれている。だから私も、今伝えなくちゃ。そう思ったのだ。

「あの頃の悠李も好きだったけど……今の悠李が大好き。一番大切なの」

 苦しくなるくらい抱きしめられながら私は好きという言葉を繰り返す。これから、今まで言えなかった分たくさん伝えていこう。

「好きだ、月葉……今までもこれからも、俺には月葉だけなんだ。一生、傍にいてくれる?」
「うん……ずっと一緒にいたい……悠李、愛してる……」

 悠李は私を抱き上げて寝室に連れて行き、私たちはまた深く強く愛し合った。
 



 そして夕方。悠李は車で家まで送ってくれた。

「悠李、車持ってたの?」
「最近買ったんだ。月葉がうちに来てくれることが増えたし、送っていきたいとずっと思ってて」
「そうなんだ。ありがと……」

 そう言いつつ内心では結構驚いている。

(え! 車ってそんなにいきなり買うもの? 高い買い物だよね? 嬉しいけどびっくり……)

 悠李は慣れた手つきでハンドルを握っていた。信号待ちの間に私に話しかける。
 
「月葉、お父さんに話す時……俺も同席していい?」
「うん……いいの? 私、上手く話せるか自信ないから悠李がいてくれたら心強い」
「任せといて。俺は、月葉の幸せを邪魔するものは絶対に排除するから」

(……もしかして悠李っていわゆるヤンデレってやつなのでは……)

 ヤンデレの定義をよくわかってないから違うかもしれないけれど。でも悠李が私を守ろうとしてくれてるのは伝わってくる。私は安心して微笑んだ。



「……そうだったのか……」

 悠李に助けてもらいながら全て話した後、父は手で顔を覆い辛そうに俯いた。

「すまん、月葉。お前がそんなに辛い思いをしていたなんて。やはり、会いに行かせるんじゃなかった……」

 
 父母が離婚した時私たち姉妹はもう小さい子供ではなかった。だから別れて暮らしても会いたい時には自由に会う、そういう約束だった。
 しかし陽菜は父に会おうとせず、父からの連絡も全て無視。着拒もされてしまった父は、陽菜と全く連絡は取れなくなった。
 一方私も母に会いたいとはなかなか思えなかったし母からも連絡はなかった。もうこのまま会うこともなくなっていくんだろうな、と思っていたのだけれど。

 私が就職して社会人になった時、突然母から連絡があった。就職祝を渡したい、と言って。

『お父さん、お母さんがこう言ってるんだけど、どうしよう』
『月葉が母さんに会いたいなら父さんに遠慮せず行ってきていいんだよ。ただ、何か嫌なことを言われたなら必ず父さんに教えて欲しい』
『うん……わかった』

 私ももう22歳の社会人だ。母に何か言われたからってやられっぱなしにはならない。そう思って会いに行った。メイクも慣れたし少しは外見にも自信が持てるようになっていたから。
 だけど、やっぱり認めてはもらえなかった。

『あらやだ。この子ったらまだ全然垢抜けないわね』

 開口一番そう笑われた。

『そんな見た目でよくあの会社に内定もらえたわね。何かの間違いじゃないの? え? 彼氏もいない? 相変わらず鈍臭いわね。陽菜はいつもイケメンの彼氏を連れてくるわよ。会社でも可愛がられていてね、あの子がいると商談がまとまるんですって』

 陽菜を持ち上げ、私をこき下ろす。5年前と何も変わらない。

(もう帰ろう……)

 私が立ち上がると、母は祝儀袋を渡してきてこう言った。

『初給料は親にプレゼントするものよね。楽しみにしてるわ』

 家に帰ると父は心配そうに様子を聞いてきた。

『どうだった? 何か言われたか?』

(お父さんに心配かけたくない。もうお母さんに会うことはないかもしれないし)

『大丈夫。お母さん、お祝いもくれたよ』
『そうか。母さんもお前に会いたかったのかなぁ』

 ホッとした様子の父を見て、これでよかったんだと思うことにした。祝儀袋の中にはシワシワの千円札がニ枚、入っていた。

 それから、ボーナスの頃に必ず連絡が入るようになった。そして徐々にボーナス時期以外にも呼ばれるようになり、その度に心をすり減らしながらお金を渡していた。



 
 そして今日、10万要求されたことに父は怒りを露わにした。

「……陽子には父さんから言っておく。月葉、もう会う必要はないぞ」
「お父さん、僕もそう思います。月葉さんは優しすぎる。お母さんの嘘をわかっていながら見捨てられないんです。でも……逆に言えば月葉さんもお母さんに依存している」

(私が……お母さんに依存……?)

 悠李は驚く私の目を見て頷いた。安心して、というように。

「幼い頃に愛されなかった反動でしょう。お母さんにお金を渡すことで、自分は必要とされていると思おうとしているのではないかと。これを断つには、二度と顔を合わせないことしかない」

 父が深く深く頷いた。

「それでなのですが、お父さん。この実家の場所はお母さんも知っているわけですよね。だったら、待ち伏せされる恐れもある。だから、月葉さんを僕の家に匿うというのはどうでしょうか」
「え?」

 突然の提案に驚いて私は悠李を見たが、ものすごく真面目な顔だ。そして父もそれを真剣に受け取って考え込んでいる。

「確かにな。何かしらお金を必要としているのなら、それくらいのことはやるかもしれない。悠李くん、お願いしても構わないかい?」
「もちろんです! お任せください」
「よろしく頼むよ、悠李くん」

(……えええーっ!!)
 
 
 
 
 
 

 
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