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心を守ること
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ドワーフランドデートのあと、悠李は仕事が忙しい時期に入る。出張も多く、平日はなかなか会えない日が多くなりそうだと。
「だからスペアキー、渡しておくね」
初お泊りの翌日、マンションの鍵を私の手に乗せて照れくさそうに言った。
「月葉が俺に会いたいって思ってくれたら、いつでも会いに来てくれていいから。あ、でも月葉が来られなくても、俺も時間が空けば会いにいくし、とにかく無理はしないでいいからね」
私に気を使い過ぎてるせいで何を言ってるのか全くわからないけど要するに、悠李はいつでも会いたいってことであってるかな?
「ありがと、悠李。じゃあ、土日は悠李の部屋に行くことにしようかな」
「ほんと? だったらすげえ嬉しい……」
本当に嬉しそうに笑ってくれるから、私も笑顔になってしまう。
「悠李が留守の間、部屋の中で見たり触ったりしちゃいけないものだけ教えてくれる?」
「月葉に見せられないものなんかない! 何でも見て、触っていいよ」
「あと、嫌いな食べ物とか」
「あー……、俺、椎茸だけがだめなんだよね……」
想像するのも嫌なのか、みるみる顔が萎れていく。
「そういえば悠李、給食の時に椎茸だけよけてたよね⁈ 私、よく食べてあげてた」
「その節はありがとうございました……」
ぺこり、と頭を下げる悠李。
「ご飯作るときは、椎茸は使わないようにするね」
「え⁈ 月葉が作るご飯なら俺食べられるかも……」
「ほんとに? 椎茸の姿焼きでも?」
可愛いからついいじめてしまったけれど、もちろん食べさせるつもりはない。
「……やっぱ無理かも……」
その悲し気な顔に、思わず吹き出してしまう。
「安心して。無理に食べさせたりしないから。それに私もね、食べられないものがあるのよ」
「え、何?」
「タコ。昔、陽菜に言われてから食べられなくなったの。タコを食べると足に吸盤ができるよって」
「まじか。なんでそんなことを……」
「わかんないけどね、それ以来食べられなくなっちゃった。あ、でもたこ焼きの外側の味は好きなのよ……タコをほじくり出して食べるから、外ではみっともなくて食べられないんだけどね」
「じゃあ、いつかタコパしよう。タコを入れずに、他の具材入れて」
「うん! 楽しみにしてる」
そして、それからは金曜日にマンションを訪れて土日を一緒に過ごすようになった。悠李が疲れていたら家でまったりと映画を観るし、元気だったら食事に行ったりデートスポットに行ったり。普通の恋人同士として楽しくお付き合いしていた。
こうやって一緒にいる時間が増えると、知られたくないことも知られるようになる。私にとってそれは、母からお金の無心をされていることだった。
土曜の夕方、出張から帰ってきた悠李を部屋で待っていて、夜遅くまでいちゃいちゃしていた。そのせいで翌日、私たちは昼までゆっくりと寝ていたのだけど、その時に母から電話がかかってきたのだ。
「……もしもし?」
「何よ、寝ぼけた声で。休日だからってこんな時間まで寝るなんて情けない子ね。陽菜はもう仕事に行ってるっていうのに」
(だって陽菜はもともと土日は出勤日だもの。私だって平日はもっと早く起きてる)
だがそんなことを言ったって話が長くなるだけだ。私は言いたいことを飲み込んだ。
「起こしてあげたんだから、今からこっちに来てちょうだい。いつもより多めのお金を用意してきて」
「多めの? どうして?」
「どうしてでもいいでしょう。そうね、10くらいあると助かるわ」
「そんなに……⁈ 無理よ。私にだって生活があるわ」
いつのまにか悠李が身体を起こして、私たちの会話をじっと聞いていた。母の声は大きくてよく響く。スピーカーにしなくても、周りの人にまで内容が聞こえてしまうのだ。
「あんたは父親と暮らしてるんだから生活に不安はないでしょう? 母親が苦しい思いをしてるっていうのに、助けてあげようという優しさはないわけ? あんたを世話して育ててやったのは誰だと思ってるのよ。あんたみたいな不細工で可愛げのない子供を、可愛い陽菜と分け隔てなく育てて社会に出してやったんだから。その恩を返していくのは当たり前でしょう!」
スマホを持つ手が震える。母と私が一緒に暮らしたのは高校2年まで。しかもずっと陽菜と比べられていて、可愛がられた記憶は無い。大学の学費だって出してくれたのは父で、母からは入学祝の言葉すらもらえなかった。それなのにこの人は、私に恩返しをしろと言っているの?
すると悠李がスマホを私の手から取り上げ、話し始めた。
「どうも。お話し中失礼いたします」
「はあ? あんた誰よ?!」
「月葉さんとお付き合いさせていただいてる者です。どうやらあなたは月葉さんにとって害がある人物だと判断いたしましたので、これ以上彼女に連絡を取らないでいただきたい」
「何を勝手なことを! 私とあの子は親子なのよ! 一生、縁が切れるはずないでしょう!」
「毒親とは距離を取らなければいけませんからね。では、失礼します」
「誰が毒親ですって! 待ちなさ……っ」
悠李は電話を切った。
「月葉、着信拒否していいよね」
「えっ……でも……」
しかし悠李は私の返事を待たずにスマホを操作し、母の番号を着拒にした。
「LIMEも繋がってるならブロックして」
悠李の顔が怖い。私は震えながらブロックした。
「悠李、私に怒ってるの……?」
すると悠李はびっくりした顔をして、私をぎゅっと抱きしめた。
「ごめん、怖がらせてしまった? 月葉に怒ったりしてないから、怯えないで」
私は、ずっと母と姉の不機嫌にさらされてきたせいか『怒った声』『怒った顔』が怖くてたまらないのだ。悠李は私の髪を優しく撫でて気持ちを落ち着かせてくれた。
「俺が怒っているのは君の母親にだよ。たとえ君と血が繋がっているとしても、俺は認めない。月葉にそんな顔をさせる人間なんて、絶対に排除してやる」
「でも……お母さんお金がなかったら……困るかもしれないのに……」
ばかみたいだってわかってる。頭の中では母が浪費してるだけだと理解してるのだ。搾取されてるのに、それでも頼られて嬉しいと思ってしまう気持ちが少しだけあるのは事実だ。
静かに涙を流す私の頭を撫でながら、悠李は優しく、諭すように話す。
「月葉が時々話してくれる子供の頃のことや今の母親や姉がしていること、それらを合わせて考えると……やっぱり君の母と姉はおかしいと思う」
「おかしい?」
「ああ。彼女たちは自分の価値を高めるために誰かを下げることを必要としている。つまり君のお父さんと、君だ」
「自分がちっぽけな存在だと思いたくないから相手を否定し、ダメな奴だと罵って尊厳を奪って従わせる。搾取するだけで与えることは決してない。そんな人とはね、付き合うだけ無駄だ。反省することはないんだから」
「じゃあ、いつかは私を認めてくれるって……そんな日は永久に来ないってこと?」
「きっとね。月葉、君は素敵な女性だ。あんな人に認められなくたって、君の価値は損なわれない。だから関係を断とう。お父さんにも、今までのことを正直に話すんだ」
母に口止めされていたからだけではなく、父を心配させたくない。その思いで私は母とのことを黙ってきた。だから父は、今は私と母の関係が良好なのだと思っている。
「正直に……言ってもいいのかな」
「いいさ。お父さんは月葉の味方だ。もちろん俺も」
「悠李……」
私は悠李にしがみついてわんわん泣いた。子供の頃、泣きたくても泣けなかった分を取り返すように。
「だからスペアキー、渡しておくね」
初お泊りの翌日、マンションの鍵を私の手に乗せて照れくさそうに言った。
「月葉が俺に会いたいって思ってくれたら、いつでも会いに来てくれていいから。あ、でも月葉が来られなくても、俺も時間が空けば会いにいくし、とにかく無理はしないでいいからね」
私に気を使い過ぎてるせいで何を言ってるのか全くわからないけど要するに、悠李はいつでも会いたいってことであってるかな?
「ありがと、悠李。じゃあ、土日は悠李の部屋に行くことにしようかな」
「ほんと? だったらすげえ嬉しい……」
本当に嬉しそうに笑ってくれるから、私も笑顔になってしまう。
「悠李が留守の間、部屋の中で見たり触ったりしちゃいけないものだけ教えてくれる?」
「月葉に見せられないものなんかない! 何でも見て、触っていいよ」
「あと、嫌いな食べ物とか」
「あー……、俺、椎茸だけがだめなんだよね……」
想像するのも嫌なのか、みるみる顔が萎れていく。
「そういえば悠李、給食の時に椎茸だけよけてたよね⁈ 私、よく食べてあげてた」
「その節はありがとうございました……」
ぺこり、と頭を下げる悠李。
「ご飯作るときは、椎茸は使わないようにするね」
「え⁈ 月葉が作るご飯なら俺食べられるかも……」
「ほんとに? 椎茸の姿焼きでも?」
可愛いからついいじめてしまったけれど、もちろん食べさせるつもりはない。
「……やっぱ無理かも……」
その悲し気な顔に、思わず吹き出してしまう。
「安心して。無理に食べさせたりしないから。それに私もね、食べられないものがあるのよ」
「え、何?」
「タコ。昔、陽菜に言われてから食べられなくなったの。タコを食べると足に吸盤ができるよって」
「まじか。なんでそんなことを……」
「わかんないけどね、それ以来食べられなくなっちゃった。あ、でもたこ焼きの外側の味は好きなのよ……タコをほじくり出して食べるから、外ではみっともなくて食べられないんだけどね」
「じゃあ、いつかタコパしよう。タコを入れずに、他の具材入れて」
「うん! 楽しみにしてる」
そして、それからは金曜日にマンションを訪れて土日を一緒に過ごすようになった。悠李が疲れていたら家でまったりと映画を観るし、元気だったら食事に行ったりデートスポットに行ったり。普通の恋人同士として楽しくお付き合いしていた。
こうやって一緒にいる時間が増えると、知られたくないことも知られるようになる。私にとってそれは、母からお金の無心をされていることだった。
土曜の夕方、出張から帰ってきた悠李を部屋で待っていて、夜遅くまでいちゃいちゃしていた。そのせいで翌日、私たちは昼までゆっくりと寝ていたのだけど、その時に母から電話がかかってきたのだ。
「……もしもし?」
「何よ、寝ぼけた声で。休日だからってこんな時間まで寝るなんて情けない子ね。陽菜はもう仕事に行ってるっていうのに」
(だって陽菜はもともと土日は出勤日だもの。私だって平日はもっと早く起きてる)
だがそんなことを言ったって話が長くなるだけだ。私は言いたいことを飲み込んだ。
「起こしてあげたんだから、今からこっちに来てちょうだい。いつもより多めのお金を用意してきて」
「多めの? どうして?」
「どうしてでもいいでしょう。そうね、10くらいあると助かるわ」
「そんなに……⁈ 無理よ。私にだって生活があるわ」
いつのまにか悠李が身体を起こして、私たちの会話をじっと聞いていた。母の声は大きくてよく響く。スピーカーにしなくても、周りの人にまで内容が聞こえてしまうのだ。
「あんたは父親と暮らしてるんだから生活に不安はないでしょう? 母親が苦しい思いをしてるっていうのに、助けてあげようという優しさはないわけ? あんたを世話して育ててやったのは誰だと思ってるのよ。あんたみたいな不細工で可愛げのない子供を、可愛い陽菜と分け隔てなく育てて社会に出してやったんだから。その恩を返していくのは当たり前でしょう!」
スマホを持つ手が震える。母と私が一緒に暮らしたのは高校2年まで。しかもずっと陽菜と比べられていて、可愛がられた記憶は無い。大学の学費だって出してくれたのは父で、母からは入学祝の言葉すらもらえなかった。それなのにこの人は、私に恩返しをしろと言っているの?
すると悠李がスマホを私の手から取り上げ、話し始めた。
「どうも。お話し中失礼いたします」
「はあ? あんた誰よ?!」
「月葉さんとお付き合いさせていただいてる者です。どうやらあなたは月葉さんにとって害がある人物だと判断いたしましたので、これ以上彼女に連絡を取らないでいただきたい」
「何を勝手なことを! 私とあの子は親子なのよ! 一生、縁が切れるはずないでしょう!」
「毒親とは距離を取らなければいけませんからね。では、失礼します」
「誰が毒親ですって! 待ちなさ……っ」
悠李は電話を切った。
「月葉、着信拒否していいよね」
「えっ……でも……」
しかし悠李は私の返事を待たずにスマホを操作し、母の番号を着拒にした。
「LIMEも繋がってるならブロックして」
悠李の顔が怖い。私は震えながらブロックした。
「悠李、私に怒ってるの……?」
すると悠李はびっくりした顔をして、私をぎゅっと抱きしめた。
「ごめん、怖がらせてしまった? 月葉に怒ったりしてないから、怯えないで」
私は、ずっと母と姉の不機嫌にさらされてきたせいか『怒った声』『怒った顔』が怖くてたまらないのだ。悠李は私の髪を優しく撫でて気持ちを落ち着かせてくれた。
「俺が怒っているのは君の母親にだよ。たとえ君と血が繋がっているとしても、俺は認めない。月葉にそんな顔をさせる人間なんて、絶対に排除してやる」
「でも……お母さんお金がなかったら……困るかもしれないのに……」
ばかみたいだってわかってる。頭の中では母が浪費してるだけだと理解してるのだ。搾取されてるのに、それでも頼られて嬉しいと思ってしまう気持ちが少しだけあるのは事実だ。
静かに涙を流す私の頭を撫でながら、悠李は優しく、諭すように話す。
「月葉が時々話してくれる子供の頃のことや今の母親や姉がしていること、それらを合わせて考えると……やっぱり君の母と姉はおかしいと思う」
「おかしい?」
「ああ。彼女たちは自分の価値を高めるために誰かを下げることを必要としている。つまり君のお父さんと、君だ」
「自分がちっぽけな存在だと思いたくないから相手を否定し、ダメな奴だと罵って尊厳を奪って従わせる。搾取するだけで与えることは決してない。そんな人とはね、付き合うだけ無駄だ。反省することはないんだから」
「じゃあ、いつかは私を認めてくれるって……そんな日は永久に来ないってこと?」
「きっとね。月葉、君は素敵な女性だ。あんな人に認められなくたって、君の価値は損なわれない。だから関係を断とう。お父さんにも、今までのことを正直に話すんだ」
母に口止めされていたからだけではなく、父を心配させたくない。その思いで私は母とのことを黙ってきた。だから父は、今は私と母の関係が良好なのだと思っている。
「正直に……言ってもいいのかな」
「いいさ。お父さんは月葉の味方だ。もちろん俺も」
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