【完結】やり直し彼氏は今度こそ私を甘やかすつもりのようです

月(ユエ)/久瀬まりか

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美音の疑念

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「美音さん……」

 あの時より痩せてやつれた感じが痛々しい。流産のことを真吾から聞かされたと知ったら彼女が傷つくだろうから、そこには触れてはいけないだろう。
 でも真吾とどうなったのかもわからないから迂闊なことは聞けない。逡巡していると彼女のほうから口を開いた。

「……月葉さん……でしたよね。その節は……すみませんでした」
「あ、いえ、もう大丈夫ですから……気にしないでください」
「あの……陽菜先輩の妹さんなんですか?」
「ええ。いつも姉がお世話になってます」

 彼女は箒を握る手を見つめて何かを考えていた。眉間に皺を寄せて。

「あの……?」
「あ、はい、今呼んできます」

 パタパタと小走りで戻って行った。

(仕事、休んでるって聞いてたけど復帰できたのね。良かった。だけどあの思い詰めた表情、気になるわ……)

 真吾はあれから話し合いをしたのだろうか。彼女をちゃんと支えてくれてたらいいけど。

「何よ、月葉。何でここに来たの?」

 いきなり、キレた口調で陽菜が出てきた。

「お母さんから聞いてない? お金が日曜日までに必要だから陽菜に渡しておいてくれって頼まれたから来たんだけど……」

 チッと小さく舌打ちする陽菜。その態度に威圧され、私の心が萎縮していくのがわかる。結局、私は母と姉のことがいつまでたっても怖いのだ。

「なんかそんなこと言ってたわね、そういや」

 目の前に手の平を広げて早く出せと催促する。私は鞄からお金の入った封筒を出し、その手の上に載せた。

「じゃあさっさと帰って。職場に来られるのは迷惑なのよ」

 すぐに店内に戻ろうとする陽菜に、私は勇気を出して聞いてみた。

「陽菜、真吾さんの浮気のこと知ってたの?」
「何のこと? 月葉の元カレのことなんて何も知らないけど」
「……他人を巻き込むのだけはやめて欲しいの」
「だから、何言ってるのよ。早く帰りなさいよ」

 私を睨みつけて威嚇すると、急いで店内に入っていった。

(あの時真吾が言ってた『先輩のアドバイス』って……きっと陽菜だ。陽菜が、でき婚に持ち込むように彼女を唆した)

 でも、どこからが陽菜の計略なのかそれはわからない。単なる一般的なアドバイスなのか、それとも私と真吾が別れることを狙って唆したのか……。陽菜ならそれもあり得ると思ってしまうのが悲しいけど。

(陽菜が私と真吾の交際を腹立たしく思っていたのはわかってる。私が先に結婚するんじゃないかって何度も探りを入れてきてたし。それでも、ここまで手の込んだ嫌がらせはさすがにしないよね……)
 

 ~~~~~~~~~~

(美音side)

 
 私の告白のあと、真吾さんはしばらく連絡をくれなかった。

(もう別れるつもりかもしれない……)

 そう覚悟した頃にやっと、LIMEをくれた。『結婚を延期してくれないか』って。騙されていたことがショックで今はまだ結婚する気にはなれない、でも責任は感じているからいつかちゃんとする、だから少しだけ延期してもらいたい、ご両親にもうまく伝えておいてくれ。そういう内容だった。

(やっぱり黙っていたほうがよかったのかも……)

 でもあの時は本当に苦しかったのだ。赤ちゃんに申し訳なくて、すべて自分のせいだと思っていた。懺悔の気持ちで告白して、そのうえで美音が悪いんじゃないよと言って欲しかった。だけどそんな言葉はもらえず、ただ問題を先送りにされただけだった。

(もう真吾さんとは潮時かもしれない。会えば赤ちゃんのことを思い出してしまうだろうし……)

 それでもまだ結論は出せず、親には流産した気持ちの整理がつくまで延期するとだけ伝えた。そして実家から一人暮らしの部屋に戻り、会社にも復帰した。母の心配が鬱陶しくなってきたし、何かやっているほうが気が紛れるから。

 会社では腫物を触るようではあったけれど楽な業務をするように配慮してくれて、あれこれ質問されることはなかったので気が楽ではあった。
 ただ、あれほど機嫌の悪かった陽菜先輩が、また親し気に振舞ってきたのには驚いたけど。

「意外と元気そうだね。まあ、流産ってよくあることなんでしょ? 美音ちゃんまだ若いからすぐ妊娠するよ。次、頑張りな」

 『よくあること』『次頑張れ』。今の私にとって棘のある言葉を投げつける先輩が嬉しそうに見えるのは、気のせいなんだろうか。
 それからも、陽菜先輩だけは何かにつけて芸能人が妊娠したとか出産したとかそんな話ばかりしてくるので、その度に私のメンタルは削られていく。

(先輩には……もしかして人の心がないのかな)

 そんな風に思い始めていた矢先だった。真吾さんの本命彼女が店に現れたのは。

(真吾さんの元カノが陽菜先輩の妹? 待って、真吾さんと彼女は三年付き合ってたって言ってた。つまり、陽菜先輩が合コンをセッティングした時は、二人はまだ付き合ってる最中だわ。それなのに先輩は真吾さんを私にめちゃくちゃ勧めてきてた)

 真吾さんが妹の彼氏だと知らなかったのかもしれない。でも陽菜先輩なら……わざとやるのではないかと思い始めていた。

(偶然にしては出来過ぎてる。やっぱり、陽菜先輩の計略じゃないの?)
   
 
 
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