17 / 36
美音の疑念
しおりを挟む
「美音さん……」
あの時より痩せてやつれた感じが痛々しい。流産のことを真吾から聞かされたと知ったら彼女が傷つくだろうから、そこには触れてはいけないだろう。
でも真吾とどうなったのかもわからないから迂闊なことは聞けない。逡巡していると彼女のほうから口を開いた。
「……月葉さん……でしたよね。その節は……すみませんでした」
「あ、いえ、もう大丈夫ですから……気にしないでください」
「あの……陽菜先輩の妹さんなんですか?」
「ええ。いつも姉がお世話になってます」
彼女は箒を握る手を見つめて何かを考えていた。眉間に皺を寄せて。
「あの……?」
「あ、はい、今呼んできます」
パタパタと小走りで戻って行った。
(仕事、休んでるって聞いてたけど復帰できたのね。良かった。だけどあの思い詰めた表情、気になるわ……)
真吾はあれから話し合いをしたのだろうか。彼女をちゃんと支えてくれてたらいいけど。
「何よ、月葉。何でここに来たの?」
いきなり、キレた口調で陽菜が出てきた。
「お母さんから聞いてない? お金が日曜日までに必要だから陽菜に渡しておいてくれって頼まれたから来たんだけど……」
チッと小さく舌打ちする陽菜。その態度に威圧され、私の心が萎縮していくのがわかる。結局、私は母と姉のことがいつまでたっても怖いのだ。
「なんかそんなこと言ってたわね、そういや」
目の前に手の平を広げて早く出せと催促する。私は鞄からお金の入った封筒を出し、その手の上に載せた。
「じゃあさっさと帰って。職場に来られるのは迷惑なのよ」
すぐに店内に戻ろうとする陽菜に、私は勇気を出して聞いてみた。
「陽菜、真吾さんの浮気のこと知ってたの?」
「何のこと? 月葉の元カレのことなんて何も知らないけど」
「……他人を巻き込むのだけはやめて欲しいの」
「だから、何言ってるのよ。早く帰りなさいよ」
私を睨みつけて威嚇すると、急いで店内に入っていった。
(あの時真吾が言ってた『先輩のアドバイス』って……きっと陽菜だ。陽菜が、でき婚に持ち込むように彼女を唆した)
でも、どこからが陽菜の計略なのかそれはわからない。単なる一般的なアドバイスなのか、それとも私と真吾が別れることを狙って唆したのか……。陽菜ならそれもあり得ると思ってしまうのが悲しいけど。
(陽菜が私と真吾の交際を腹立たしく思っていたのはわかってる。私が先に結婚するんじゃないかって何度も探りを入れてきてたし。それでも、ここまで手の込んだ嫌がらせはさすがにしないよね……)
~~~~~~~~~~
(美音side)
私の告白のあと、真吾さんはしばらく連絡をくれなかった。
(もう別れるつもりかもしれない……)
そう覚悟した頃にやっと、LIMEをくれた。『結婚を延期してくれないか』って。騙されていたことがショックで今はまだ結婚する気にはなれない、でも責任は感じているからいつかちゃんとする、だから少しだけ延期してもらいたい、ご両親にもうまく伝えておいてくれ。そういう内容だった。
(やっぱり黙っていたほうがよかったのかも……)
でもあの時は本当に苦しかったのだ。赤ちゃんに申し訳なくて、すべて自分のせいだと思っていた。懺悔の気持ちで告白して、そのうえで美音が悪いんじゃないよと言って欲しかった。だけどそんな言葉はもらえず、ただ問題を先送りにされただけだった。
(もう真吾さんとは潮時かもしれない。会えば赤ちゃんのことを思い出してしまうだろうし……)
それでもまだ結論は出せず、親には流産した気持ちの整理がつくまで延期するとだけ伝えた。そして実家から一人暮らしの部屋に戻り、会社にも復帰した。母の心配が鬱陶しくなってきたし、何かやっているほうが気が紛れるから。
会社では腫物を触るようではあったけれど楽な業務をするように配慮してくれて、あれこれ質問されることはなかったので気が楽ではあった。
ただ、あれほど機嫌の悪かった陽菜先輩が、また親し気に振舞ってきたのには驚いたけど。
「意外と元気そうだね。まあ、流産ってよくあることなんでしょ? 美音ちゃんまだ若いからすぐ妊娠するよ。次、頑張りな」
『よくあること』『次頑張れ』。今の私にとって棘のある言葉を投げつける先輩が嬉しそうに見えるのは、気のせいなんだろうか。
それからも、陽菜先輩だけは何かにつけて芸能人が妊娠したとか出産したとかそんな話ばかりしてくるので、その度に私のメンタルは削られていく。
(先輩には……もしかして人の心がないのかな)
そんな風に思い始めていた矢先だった。真吾さんの本命彼女が店に現れたのは。
(真吾さんの元カノが陽菜先輩の妹? 待って、真吾さんと彼女は三年付き合ってたって言ってた。つまり、陽菜先輩が合コンをセッティングした時は、二人はまだ付き合ってる最中だわ。それなのに先輩は真吾さんを私にめちゃくちゃ勧めてきてた)
真吾さんが妹の彼氏だと知らなかったのかもしれない。でも陽菜先輩なら……わざとやるのではないかと思い始めていた。
(偶然にしては出来過ぎてる。やっぱり、陽菜先輩の計略じゃないの?)
あの時より痩せてやつれた感じが痛々しい。流産のことを真吾から聞かされたと知ったら彼女が傷つくだろうから、そこには触れてはいけないだろう。
でも真吾とどうなったのかもわからないから迂闊なことは聞けない。逡巡していると彼女のほうから口を開いた。
「……月葉さん……でしたよね。その節は……すみませんでした」
「あ、いえ、もう大丈夫ですから……気にしないでください」
「あの……陽菜先輩の妹さんなんですか?」
「ええ。いつも姉がお世話になってます」
彼女は箒を握る手を見つめて何かを考えていた。眉間に皺を寄せて。
「あの……?」
「あ、はい、今呼んできます」
パタパタと小走りで戻って行った。
(仕事、休んでるって聞いてたけど復帰できたのね。良かった。だけどあの思い詰めた表情、気になるわ……)
真吾はあれから話し合いをしたのだろうか。彼女をちゃんと支えてくれてたらいいけど。
「何よ、月葉。何でここに来たの?」
いきなり、キレた口調で陽菜が出てきた。
「お母さんから聞いてない? お金が日曜日までに必要だから陽菜に渡しておいてくれって頼まれたから来たんだけど……」
チッと小さく舌打ちする陽菜。その態度に威圧され、私の心が萎縮していくのがわかる。結局、私は母と姉のことがいつまでたっても怖いのだ。
「なんかそんなこと言ってたわね、そういや」
目の前に手の平を広げて早く出せと催促する。私は鞄からお金の入った封筒を出し、その手の上に載せた。
「じゃあさっさと帰って。職場に来られるのは迷惑なのよ」
すぐに店内に戻ろうとする陽菜に、私は勇気を出して聞いてみた。
「陽菜、真吾さんの浮気のこと知ってたの?」
「何のこと? 月葉の元カレのことなんて何も知らないけど」
「……他人を巻き込むのだけはやめて欲しいの」
「だから、何言ってるのよ。早く帰りなさいよ」
私を睨みつけて威嚇すると、急いで店内に入っていった。
(あの時真吾が言ってた『先輩のアドバイス』って……きっと陽菜だ。陽菜が、でき婚に持ち込むように彼女を唆した)
でも、どこからが陽菜の計略なのかそれはわからない。単なる一般的なアドバイスなのか、それとも私と真吾が別れることを狙って唆したのか……。陽菜ならそれもあり得ると思ってしまうのが悲しいけど。
(陽菜が私と真吾の交際を腹立たしく思っていたのはわかってる。私が先に結婚するんじゃないかって何度も探りを入れてきてたし。それでも、ここまで手の込んだ嫌がらせはさすがにしないよね……)
~~~~~~~~~~
(美音side)
私の告白のあと、真吾さんはしばらく連絡をくれなかった。
(もう別れるつもりかもしれない……)
そう覚悟した頃にやっと、LIMEをくれた。『結婚を延期してくれないか』って。騙されていたことがショックで今はまだ結婚する気にはなれない、でも責任は感じているからいつかちゃんとする、だから少しだけ延期してもらいたい、ご両親にもうまく伝えておいてくれ。そういう内容だった。
(やっぱり黙っていたほうがよかったのかも……)
でもあの時は本当に苦しかったのだ。赤ちゃんに申し訳なくて、すべて自分のせいだと思っていた。懺悔の気持ちで告白して、そのうえで美音が悪いんじゃないよと言って欲しかった。だけどそんな言葉はもらえず、ただ問題を先送りにされただけだった。
(もう真吾さんとは潮時かもしれない。会えば赤ちゃんのことを思い出してしまうだろうし……)
それでもまだ結論は出せず、親には流産した気持ちの整理がつくまで延期するとだけ伝えた。そして実家から一人暮らしの部屋に戻り、会社にも復帰した。母の心配が鬱陶しくなってきたし、何かやっているほうが気が紛れるから。
会社では腫物を触るようではあったけれど楽な業務をするように配慮してくれて、あれこれ質問されることはなかったので気が楽ではあった。
ただ、あれほど機嫌の悪かった陽菜先輩が、また親し気に振舞ってきたのには驚いたけど。
「意外と元気そうだね。まあ、流産ってよくあることなんでしょ? 美音ちゃんまだ若いからすぐ妊娠するよ。次、頑張りな」
『よくあること』『次頑張れ』。今の私にとって棘のある言葉を投げつける先輩が嬉しそうに見えるのは、気のせいなんだろうか。
それからも、陽菜先輩だけは何かにつけて芸能人が妊娠したとか出産したとかそんな話ばかりしてくるので、その度に私のメンタルは削られていく。
(先輩には……もしかして人の心がないのかな)
そんな風に思い始めていた矢先だった。真吾さんの本命彼女が店に現れたのは。
(真吾さんの元カノが陽菜先輩の妹? 待って、真吾さんと彼女は三年付き合ってたって言ってた。つまり、陽菜先輩が合コンをセッティングした時は、二人はまだ付き合ってる最中だわ。それなのに先輩は真吾さんを私にめちゃくちゃ勧めてきてた)
真吾さんが妹の彼氏だと知らなかったのかもしれない。でも陽菜先輩なら……わざとやるのではないかと思い始めていた。
(偶然にしては出来過ぎてる。やっぱり、陽菜先輩の計略じゃないの?)
14
お気に入りに追加
280
あなたにおすすめの小説

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される
奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。
けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。
そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。
2人の出会いを描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630
2人の誓約の儀を描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」
https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

【完結】皇太子の愛人が懐妊した事を、お妃様は結婚式の一週間後に知りました。皇太子様はお妃様を愛するつもりは無いようです。
五月ふう
恋愛
リックストン国皇太子ポール・リックストンの部屋。
「マティア。僕は一生、君を愛するつもりはない。」
今日は結婚式前夜。婚約者のポールの声が部屋に響き渡る。
「そう……。」
マティアは小さく笑みを浮かべ、ゆっくりとソファーに身を預けた。
明日、ポールの花嫁になるはずの彼女の名前はマティア・ドントール。ドントール国第一王女。21歳。
リッカルド国とドントール国の和平のために、マティアはこの国に嫁いできた。ポールとの結婚は政略的なもの。彼らの意志は一切介入していない。
「どんなことがあっても、僕は君を王妃とは認めない。」
ポールはマティアを憎しみを込めた目でマティアを見つめる。美しい黒髪に青い瞳。ドントール国の宝石と評されるマティア。
「私が……ずっと貴方を好きだったと知っても、妻として認めてくれないの……?」
「ちっ……」
ポールは顔をしかめて舌打ちをした。
「……だからどうした。幼いころのくだらない感情に……今更意味はない。」
ポールは険しい顔でマティアを睨みつける。銀色の髪に赤い瞳のポール。マティアにとってポールは大切な初恋の相手。
だが、ポールにはマティアを愛することはできない理由があった。
二人の結婚式が行われた一週間後、マティアは衝撃の事実を知ることになる。
「サラが懐妊したですって‥‥‥!?」

【R18】深層のご令嬢は、婚約破棄して愛しのお兄様に花弁を散らされる
奏音 美都
恋愛
バトワール財閥の令嬢であるクリスティーナは血の繋がらない兄、ウィンストンを密かに慕っていた。だが、貴族院議員であり、ノルウェールズ侯爵家の三男であるコンラッドとの婚姻話が持ち上がり、バトワール財閥、ひいては会社の経営に携わる兄のために、お見合いを受ける覚悟をする。
だが、今目の前では兄のウィンストンに迫られていた。
「ノルウェールズ侯爵の御曹司とのお見合いが決まったって聞いたんだが、本当なのか?」」
どう尋ねる兄の真意は……


夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です

お飾りな妻は何を思う
湖月もか
恋愛
リーリアには二歳歳上の婚約者がいる。
彼は突然父が連れてきた少年で、幼い頃から美しい人だったが歳を重ねるにつれてより美しさが際立つ顔つきに。
次第に婚約者へ惹かれていくリーリア。しかし彼にとっては世間体のための結婚だった。
そんなお飾り妻リーリアとその夫の話。
ヤンデレエリートの執愛婚で懐妊させられます
沖田弥子
恋愛
職場の後輩に恋人を略奪された澪。終業後に堪えきれず泣いていたところを、営業部のエリート社員、天王寺明夜に見つかってしまう。彼に優しく慰められながら居酒屋で事の顛末を話していたが、なぜか明夜と一夜を過ごすことに――!? 明夜は傷心した自分を慰めてくれただけだ、と考える澪だったが、翌朝「責任をとってほしい」と明夜に迫られ、婚姻届にサインしてしまった。突如始まった新婚生活。明夜は澪の心と身体を幸せで満たしてくれていたが、徐々に明夜のヤンデレな一面が見えてきて――執着強めな旦那様との極上溺愛ラブストーリー!

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる