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実家へ
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とんかつ屋で美味しい定食を食べたあと時間が空いて、さてどうしようかということに。すると悠李がこんな提案をしてきた。
「あのさ、月葉さえよければなんだけど……月葉のお父さんに会いたい」
「え⁈ なんで⁈」
驚いてしまった。私たち、付き合い始めたばかりなのに?
「あっ、えっと、お嬢さんをください的なやつじゃなくてさ。つまり、これからお嬢さんとお付き合いさせていただきます、という最初の挨拶というか」
正直、三年付き合った真吾ですらまだ父と顔を合わせていないのに、と戸惑いを隠せない。
「いいけど……別にうちのお父さん、娘の交際に反対するような人じゃないよ? しかも私、28歳の大人だし」
「うん、でも俺の中のけじめとしてさ。大事な月葉を預からせてもらうんだから」
「真面目なのね、悠李は……」
そう言いながらも嬉しく思う自分がいた。本当に真剣に私とのことを考えてくれてるんだなって。
「わかった。ちょっと聞いてみるね」
父は定年再雇用で65歳まで働いたあと、今はシルバー人材センターに登録して週三回ほど働いている。
もともと一人暮らしが長く何でもできる人だったうえ母が家事をやらなかったので、結婚していた間も忙しい仕事のかたわら家事を頑張ってくれていた。だから今も、いつ人が来ても大丈夫なくらい家の中は整っている。
「お父さん、いいって。楽しみに待ってるって」
「よかった。よし、そうと決まればお土産探しだ。月葉、付き合ってくれる?」
「はいはい。でもそんなに張り切らなくていいからね」
嬉しそうな悠李を見ると私まで顔が綻ぶ。お互い15歳のままで時が止まってるみたい。
父にはワイン、祖母には和菓子を買って、私たちは家に向かった。
「よく来てくれたね。さ、どうぞ」
心なしか緊張した面持ちの父が出迎える。祖母はいつもよりちょっとだけいい服を着て、ちょこんとソファに座っている。
「今コーヒーを淹れるからね。少し待っていてくれるかい」
私は悠李にそっと耳打ちする。
「父はね、ドリップコーヒーを自分で淹れるのが好きなの。平日の忙しい時はやらないけど、休日やお客様が来た時は張り切るのよ」
「へえ、それは楽しみだな。俺、ちょっと見学してきていい?」
「ええ、いいけど」
悠李はさっと立ち上がり台所へ向かう。どうやら悠李もコーヒー好きで、二人の間には笑い声と何やら専門用語が飛び交っている。
(お父さんがあんなに楽しそうにしてるの久しぶりかも。趣味をわかってもらえたらそりゃ嬉しいよね)
微笑ましく二人を眺めている私に祖母が言う。
「月葉、彼は『いけめん』だねえ。優しそうだし、誠実さが滲み出てる。しっかり捕まえておくんだよ」
(おばあちゃんたら、もう……でも、おばあちゃんから見ても悠李はかっこいいのね)
「うん、わかった。大事にする」
「月葉の花嫁姿が見れたらおばあちゃん思い残すことはないわあ」
「やあね、おばあちゃん気が早いよ。でも、それまでずーっと長生きしてよ」
「お待たせ。悠李君が手伝ってくれていつもより美味しく淹れられたよ」
満面の笑顔で父が入ってきた。もう悠李君呼びしてることに驚いたけど。
それから和やかに会話は進んでいった。
「悠李君はあのエブリ監査法人なのか。僕が勤めていた会社もお世話になっていたよ」
「七菱商事さんは、うちの大事なクライアント様ですからね。まあ僕はまだひよっこなので担当できませんが」
「そういやエブリさんは海外の支店に若手社員を送ることが多いらしいが、悠李君はどうなんだい?」
「ああ、実は三年間のアメリカ行きから戻ってきたばかりなんですよ、僕」
(えっ! 悠李、アメリカ行ってたの?)
自分から言わないので知らなかった。てっきり、ずっと東京勤務なのだとばかり。
「そうか。それは会社から期待されてるってことだなあ。有望社員を選んで行かせるって聞いたことがあるんだよ」
「いえ、ホントにまだまだです」
(謙遜してるけど、悠李のスペック、どれだけ高いの……)
感心して見つめていたら目が合って、悠李はにっこり微笑んだ。その微笑みがあまりにかっこよくて綺麗で、心臓が止まりそうになる。祖母は小声で『ほんとにいけめんねえ……ありがたいわ……』と手を合わせてるし。
いろいろと楽しく話し終わった最後に悠李は背筋を伸ばし、改めて父に挨拶をした。
「今日は急な訪問を許していただきありがとうございました。僕は、月葉さんを必ず大切にしますし、嫌がることは決してしません。全力で愛することを誓います」
「えっ、悠李、ちょっと待っ……」
(待ってー! 家族の前でなんてことを! 恥ずかしい……)
「ありがとう、悠李君。君なら安心して月葉を任せられそうだ。頼んだよ」
「月葉を幸せにしてやってね、悠李さん」
父も祖母も目を潤ませて悠李に頭を下げている。
「僕は、月葉に温かい家庭というものを見せてやれなかった。自分だけが我慢すればいいと思っていたが、それが子供たちに悪い影響を与えていることに気がついていなかったんだ。月葉は、いつも『自分なんか』と思ってしまう子だけど……親バカではあるが優しいいい子に育ってくれたと思っている。君のような素晴らしい青年に愛される価値はあると」
「もちろんです。僕にはもったいないくらいの人です」
「はは、もったいないとまでは言い過ぎだけれどね。とにかく……幸せになってくれたら親としてこんなに嬉しいことはない」
「はい。ずっと月葉さんが笑顔でいられるように、側にいます」
「悠李……お父さん……」
恥ずかしいなんて思っていたくせに、私が一番泣いていた。今日二度目の涙。悠李といると私は感情が表に出てきやすいみたい。
「そうだ、よかったら晩飯を食べていかないか、悠李君。奮発してすき焼きでも作るよ」
「ありがとうございます。ぜひ」
その夜はとても楽しく過ごせた。無口な父も、悠李がうまく話を引き出してくれるからとても楽しそうだ。もしかしたらこれが本来の父なのかもしれないと思えるほど。
(ありがとう悠李。あなたの存在が私を、そして家族も幸せにしてくれている)
「あのさ、月葉さえよければなんだけど……月葉のお父さんに会いたい」
「え⁈ なんで⁈」
驚いてしまった。私たち、付き合い始めたばかりなのに?
「あっ、えっと、お嬢さんをください的なやつじゃなくてさ。つまり、これからお嬢さんとお付き合いさせていただきます、という最初の挨拶というか」
正直、三年付き合った真吾ですらまだ父と顔を合わせていないのに、と戸惑いを隠せない。
「いいけど……別にうちのお父さん、娘の交際に反対するような人じゃないよ? しかも私、28歳の大人だし」
「うん、でも俺の中のけじめとしてさ。大事な月葉を預からせてもらうんだから」
「真面目なのね、悠李は……」
そう言いながらも嬉しく思う自分がいた。本当に真剣に私とのことを考えてくれてるんだなって。
「わかった。ちょっと聞いてみるね」
父は定年再雇用で65歳まで働いたあと、今はシルバー人材センターに登録して週三回ほど働いている。
もともと一人暮らしが長く何でもできる人だったうえ母が家事をやらなかったので、結婚していた間も忙しい仕事のかたわら家事を頑張ってくれていた。だから今も、いつ人が来ても大丈夫なくらい家の中は整っている。
「お父さん、いいって。楽しみに待ってるって」
「よかった。よし、そうと決まればお土産探しだ。月葉、付き合ってくれる?」
「はいはい。でもそんなに張り切らなくていいからね」
嬉しそうな悠李を見ると私まで顔が綻ぶ。お互い15歳のままで時が止まってるみたい。
父にはワイン、祖母には和菓子を買って、私たちは家に向かった。
「よく来てくれたね。さ、どうぞ」
心なしか緊張した面持ちの父が出迎える。祖母はいつもよりちょっとだけいい服を着て、ちょこんとソファに座っている。
「今コーヒーを淹れるからね。少し待っていてくれるかい」
私は悠李にそっと耳打ちする。
「父はね、ドリップコーヒーを自分で淹れるのが好きなの。平日の忙しい時はやらないけど、休日やお客様が来た時は張り切るのよ」
「へえ、それは楽しみだな。俺、ちょっと見学してきていい?」
「ええ、いいけど」
悠李はさっと立ち上がり台所へ向かう。どうやら悠李もコーヒー好きで、二人の間には笑い声と何やら専門用語が飛び交っている。
(お父さんがあんなに楽しそうにしてるの久しぶりかも。趣味をわかってもらえたらそりゃ嬉しいよね)
微笑ましく二人を眺めている私に祖母が言う。
「月葉、彼は『いけめん』だねえ。優しそうだし、誠実さが滲み出てる。しっかり捕まえておくんだよ」
(おばあちゃんたら、もう……でも、おばあちゃんから見ても悠李はかっこいいのね)
「うん、わかった。大事にする」
「月葉の花嫁姿が見れたらおばあちゃん思い残すことはないわあ」
「やあね、おばあちゃん気が早いよ。でも、それまでずーっと長生きしてよ」
「お待たせ。悠李君が手伝ってくれていつもより美味しく淹れられたよ」
満面の笑顔で父が入ってきた。もう悠李君呼びしてることに驚いたけど。
それから和やかに会話は進んでいった。
「悠李君はあのエブリ監査法人なのか。僕が勤めていた会社もお世話になっていたよ」
「七菱商事さんは、うちの大事なクライアント様ですからね。まあ僕はまだひよっこなので担当できませんが」
「そういやエブリさんは海外の支店に若手社員を送ることが多いらしいが、悠李君はどうなんだい?」
「ああ、実は三年間のアメリカ行きから戻ってきたばかりなんですよ、僕」
(えっ! 悠李、アメリカ行ってたの?)
自分から言わないので知らなかった。てっきり、ずっと東京勤務なのだとばかり。
「そうか。それは会社から期待されてるってことだなあ。有望社員を選んで行かせるって聞いたことがあるんだよ」
「いえ、ホントにまだまだです」
(謙遜してるけど、悠李のスペック、どれだけ高いの……)
感心して見つめていたら目が合って、悠李はにっこり微笑んだ。その微笑みがあまりにかっこよくて綺麗で、心臓が止まりそうになる。祖母は小声で『ほんとにいけめんねえ……ありがたいわ……』と手を合わせてるし。
いろいろと楽しく話し終わった最後に悠李は背筋を伸ばし、改めて父に挨拶をした。
「今日は急な訪問を許していただきありがとうございました。僕は、月葉さんを必ず大切にしますし、嫌がることは決してしません。全力で愛することを誓います」
「えっ、悠李、ちょっと待っ……」
(待ってー! 家族の前でなんてことを! 恥ずかしい……)
「ありがとう、悠李君。君なら安心して月葉を任せられそうだ。頼んだよ」
「月葉を幸せにしてやってね、悠李さん」
父も祖母も目を潤ませて悠李に頭を下げている。
「僕は、月葉に温かい家庭というものを見せてやれなかった。自分だけが我慢すればいいと思っていたが、それが子供たちに悪い影響を与えていることに気がついていなかったんだ。月葉は、いつも『自分なんか』と思ってしまう子だけど……親バカではあるが優しいいい子に育ってくれたと思っている。君のような素晴らしい青年に愛される価値はあると」
「もちろんです。僕にはもったいないくらいの人です」
「はは、もったいないとまでは言い過ぎだけれどね。とにかく……幸せになってくれたら親としてこんなに嬉しいことはない」
「はい。ずっと月葉さんが笑顔でいられるように、側にいます」
「悠李……お父さん……」
恥ずかしいなんて思っていたくせに、私が一番泣いていた。今日二度目の涙。悠李といると私は感情が表に出てきやすいみたい。
「そうだ、よかったら晩飯を食べていかないか、悠李君。奮発してすき焼きでも作るよ」
「ありがとうございます。ぜひ」
その夜はとても楽しく過ごせた。無口な父も、悠李がうまく話を引き出してくれるからとても楽しそうだ。もしかしたらこれが本来の父なのかもしれないと思えるほど。
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