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MDの思い出
しおりを挟む「……ごめんね、悠李。映画のチケット無駄になっちゃったね」
悠李がせっかく事前に買ってくれていたのに、私が泣き過ぎて上映時間に間に合わなかった。
「気にすんなって。途中から入るより、やっぱポップコーンとコーラ買ってから座って、ノーモア映画泥棒からゆっくり見たいだろ? 映画はまた今度の楽しみに取っておこう」
「うん。ありがとう」
今は公園のベンチに座って行き交う人々を眺めているところ。だいぶ泣いたけどようやく落ち着いてきた。
いっぱい真吾の悪口言って、でもまだ残ってる真吾への気持ちも吐き出して。恥ずかしいけどなんだか憑き物が落ちたような気分。ちょっとスッキリしている。これも、受け止めてくれた悠李のおかげだ。
「なんか悠李には泣いてるとこばっか見せちゃってるなぁ」
「俺は全然歓迎だよ? 泣いてる顔はやっぱり可愛いし」
「またそんなこと言って……」
こうやってふざけてくれるから気が楽なのかもしれない。
「真吾といる時はね、我儘だと思われないように気をつけてたし、我慢ばかりしてた。とはいえ自分が我慢してるなんて全然気がついてなかったみたい、今思えば」
会話が少なくても会う時間が少なくても、寂しいなんて思っちゃいけない。だって私は可愛くないから。付き合ってもらってるだけで幸せなんだから――
「月葉、俺はさ、月葉のこと昔も今も可愛いと思ってるよ、誰よりも。俺にはどんどん我儘言えよ。その方が嬉しいし、何でも叶えてやる」
「悠李……」
優しく微笑む悠李。今度はふざけていない、真剣な眼差しだ。うっかり本気にしてしまいそうなほど。
(悠李は優しい。一緒にいると私でも幸せになれそうな気がしてくる……)
「そうだ月葉。今日は懐かしいものを持ってきたんだ」
トートバッグを探って取り出してきたものは。
「わ。MDウォークマンだ……!」
「これも」
「あー、これ私があげたMD! 懐かしい!」
5枚のMDにはどれも私の字で曲名が書いてある。ワンドルを中心に、好きな曲を集めて悠李にプレゼントしたんだ、確か。
「月葉にもらったものだから、捨てられなくてずーっと持ってた。気持ちが落ち込んだ時は何度も聞いてたよ。iPodの時代になってMDは廃れていったし、今やサブスクで音楽を聴くようになったけど。俺にとっての音楽の原点はこれなんだ」
ウォークマンに繋がってるイヤホンを一つ分けてもらって二人で聴いてみた。音質は悪いけど、一気にあの頃の空気がよみがえる。流れてるのはワンドルの古いアルバムだ。
「中学生の時、よく教室でこうやって聴いてたね」
「隣の席の特権だったな。顔が近くなるから月葉のいい匂いに誘惑されちゃって平静を保つのが大変だったけどね」
「え……そうなの?」
「うん。今も」
ふと目を上げると悠李の顔がすぐ近くにあった。
(あっ……)
悠李は数秒、じっと私を見つめてそれから視線を落とした。
(ど、ドキドキした……キスされるのかと思っちゃった……)
顔が熱い。そんなことを思った自分が恥ずかしくて。
悠李は下を向いたままMDを見つめていた。私が書いた拙い文字を愛おしそうに手でなぞりながら。
「月葉」
「……なに? 悠李」
顔を上げた悠李の目の縁がほんのり赤い。まさか泣いているの?
「月葉は俺の気持ち、本気じゃないって思ってるかもしれない。でも、違うんだ。俺は月葉が好きだ。15の頃からずっと。嫌われたと思いながらも忘れられなかった」
ゆっくりと、私を抱きしめる。ベンチに座ったまま、私は悠李の腕の中に包まれていた。
「月葉が家族のせいで自分に自信が持てないなら、俺が何度でも言うよ。月葉は世界一可愛い。世界一綺麗。世界一……」
「ふふっ、わかったわ悠李。ありがとう……嬉しい」
悠李はゆっくりと身体を離し、私の顔を見つめる。
「月葉、正式に申し込む。俺と、付き合ってくれないか」
こんなに真っ直ぐに想いを伝えられて、断われる人なんているだろうか。
(もしもいつか悠李と別れることがあっても……きっと後悔しない。悠李と過ごした時間は宝物になる。そんな気がする)
「――はい。よろしくお願いします」
すると悠李は瞳を輝かせてもう一度私に抱きついてきた。
「やった! ありがとう、月葉!」
「悠李ったら、こんな真っ昼間の公園で何度も抱きしめないで……恥ずかしい」
「恥ずかしくなんかないよ。愛情表現だ」
堂々としてる悠李を見てるとなんだか私まで平気になってくるから不思議だ。
抱きしめられたままで突然、ぐー。お腹が鳴った。
「あっ、やだ。ごめん……」
「お腹減ったの? 月葉」
「そうみたい……」
こんな時になんで。また顔が熱くなる。
「よーし、ランチ食べに行こうか! お腹が空いてたら力が出ないもんな」
悠李は立ち上がり、私に手を差し出す。思わずその手を取ると、優しく立たせてくれた。
「少し場所離れてるけど評判のとんかつ屋、どうかな? この近くがよければ上手い鰻屋もあるよ。ランチならお手頃だし」
「うーんどっちも捨てがたいね。ガッツリ食べたい気分だから……とんかつかな!」
「決まりだな。じゃあ行こう」
手を繋いだまま歩き出す悠李。大きくて固い手が、あの頃と違うって思わせる。
(今度こそ……私、自分に価値を見出せるかな……)
悠李の手の温もりが、私の胸にもぽっと灯りをともしてくれた気がした。
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