上 下
8 / 36

回想・真吾の思い

しおりを挟む
 なんでこんなことになったんだろう。
 俺はまだまだ結婚なんてするつもりはなかった。だけど、もし結婚するなら月葉かな、と思っていたのに。

 月葉とはバイト先のイタリアンレストランで出会った。大学生が何人もバイトしていた中で、いつも真面目に仕事を頑張っていたのは知っていた。でもその時は俺も彼女がいたし、いろんな遊びに忙しくて月葉とはただのバイト仲間のまま卒業した。

 それから社会人になり、日々忙しくて疲れる毎日。当時の彼女は大学生。働くことのしんどさをわかってくれず毎日のように連絡を欲しがる。次第に嫌気がさしてきて俺は別れを選んだ。

 やがて二年目三年目と進むにつれ仕事の要領もよくなって、息抜きも上手になった。会社の先輩や同僚と一緒に合コンに行ったり、男女でキャンプやスキーに行ったりと楽しい毎日を送っていた。
 だけどそのうち、落ち着いた男女関係にも憧れるようになる。ない物ねだりってやつかな。そんな時に偶然、月葉に再会した。三年前のことだ。

 久々に出会った月葉は綺麗になっていて驚いた。昔は、性格と同様に見た目も真面目、まあいわゆる地味な子だった。それが社会人になって服も化粧もきちんとした大人の女性になっていたのだ。

(こういう子が彼女だといいな)

 そう感じた俺はそれから猛アタックし、無事付き合うことになった。

 思った通り、月葉は優しくていつも俺の言うことを聞いてくれた。嫉妬や詮索もせず、会う回数が減っても文句も言わない。月葉という港があるからこそ安心して過ごせるんだと思って、俺はそれまでと変わらず友人たちと遊んでいた。もちろん、合コンに行く時だけは絶対内緒にしていたけど。
 
 やがて月葉との仲が少しだけマンネリに感じてきた頃……あれはちょうど一年前。会社の先輩に誘われて行った合コンで美音に出会った。

「片瀬さん、どんな子がタイプですか?」
「私の職場、水曜日がお休みなんですよ。ランチデートとかしませんか?」

 美音は最初から積極的だった。こんな若い子に言い寄られて嬉しくないわけがない。その日の合コンは盛り上がり、俺と美音は連絡先を交換した。

(別にいいよな。ただのLIME交換だし)

 それからは時々LIMEで会話をするようになった。月葉とは違う、若く溌溂とした美音と話すことが新鮮で楽しく、それだけでは飽き足らなくなって会うことを決めた。

(ただのランチだから。やましいことはない)

 水曜日の昼、お洒落なカフェで会い楽しい時間を過ごした。

「楽しかったよ、美音ちゃん。残念だけどこの後アポがあるからもう行かなくちゃ」

 伝票を持って席を立つと彼女は寂しそうな顔をしている。それを見て思わず言ってしまった。

「また来週水曜日に会おうか?」

 すると美音はパッと顔を輝かせて頷いた。

(可愛い)

 俺は心からそう思ってしまった。


 それから毎週ランチデートをしているうちに美音に告白された。

「好きです、片瀬さん。付き合ってください」
「美音ちゃん……俺も好きだよ」
「嬉しい……美音って呼んでください……」 

 月葉の顔がちらりと浮かんだけれど、もう止まることはできなかった。

 それからは、火曜の夜に食事をして飲みに行き、美音の家に泊まるというのがお決まりになった。時には俺の有休を水曜に取って、遠出に連れて行ったりもした。ちょっといいホテルに泊まるとものすごく喜んでくれる。そんな美音がたまらなく可愛かった。

 そうやって仲が深まっていっても、美音を俺の部屋には決して呼ばなかった。部屋には月葉の服や化粧品が置いてある。月葉にも美音にも、お互いの存在を気づかれたくなかったから。

(美音は可愛いけど結婚にはちょっとな。部屋も汚いし料理は下手だし……やっぱり結婚するなら月葉だろう。でもまだ今じゃない。もう少し遊んでからでいい。結婚して他人の人生を背負わなきゃならないのは、まだ気が重いんだよ……)

 俺は、二人と上手くやっているつもりだった。美音とはもう少し付き合ってからフェードアウトして、30歳になったら月葉と結婚に向けて話を進めよう、そんな風に気楽に考えていた。

 ところがあの日……美音のひと言から俺の運命は急変した。

 いつものように火曜日の夜、食事に行こうと美音に連絡をすると、体調が悪いから外食はできないと言う。

「大丈夫か? じゃあ今日のデートは無しにするか」
「……あのね、真吾さん。お話があるから部屋に来てくれる?」

(話? なんだろう。別れ話とか? でも声は明るいんだよな)

「わかった。何か食べるもの買っていこうか?」
「ありがとう。お願いね」

 少し面倒に思いながらテイクアウトを買って部屋に向かう。

(体調悪いならセックスは無しかぁ……美音とヤルのは楽しみなのに)

 美音はピルを飲んでいるから避妊具を付けなくていい。月葉はそういうわけにはいかないからきっちり避妊しているけれど、やっぱり『生』でする方が気持ちいいに決まってる。張りのある若い肌も相まって、美音を抱くのは俺にとって欠かせない楽しみになっていたのだ。
 
「真吾さん。私、赤ちゃんができたの」

 部屋に入ると開口一番美音が言った。とても幸せそうな笑顔で。

「え……どういうこと?」

(子供って? 嘘だろ?)

 鼓動が激しくなる。悪い冗談じゃないのか?

「生理が少し遅れてたからもしかして、と思って検査薬使ってみたの。そしたら、見て」

 美音が見せてきたのは赤い線が2本浮かび上がる細い棒。

「だって美音、ピル飲んでただろ……? それで出来るなんてこと……あるのか?」
「私も驚いたの。ピルって、100%の避妊率じゃないんだって。だけど私、嬉しい。真吾さんの赤ちゃんがここにいるんだと思うと」
「ま、待ってくれ……俺、実は彼女がいるんだ」

 焦った俺は頭が真っ白になり、正直に告白してしまった。

「え……嘘、真吾さん、そんな……」

 みるみる涙目になり、泣き崩れる美音。さっきまであんなに幸せそうだったのに。

「ごめん……ごめんよ美音。彼女と別れないうちに美音と付き合うことになってしまったから……」
「だったら私、どうしたらいいの? ここにいる赤ちゃん、私諦めたくない。私は真吾さんの赤ちゃんなら絶対に産みたいの」

 泣きじゃくる美音が可哀想になり、俺は震える肩をそっと抱いた。

「わかった、美音……俺明日有休取るから、一緒に病院行こう。そして本当に子供ができていたら……彼女と別れて美音と結婚する」
「ホントに……? 真吾さん……」

 俺は頷いた。まだまだ遊びたいと思っていたのは否定しないけれど、できてしまった子供を堕ろせなんて非道なことを言うつもりはない。その責任はちゃんと取る。

(でも……できれば間違いであって欲しい)

 だがその願いは叶うことはなかった。

 
 
   
    
 
  
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

極上の一夜で懐妊したらエリートパイロットの溺愛新婚生活がはじまりました

白妙スイ@書籍&電子書籍発刊!
恋愛
早瀬 果歩はごく普通のOL。 あるとき、元カレに酷く振られて、1人でハワイへ傷心旅行をすることに。 そこで逢見 翔というパイロットと知り合った。 翔は果歩に素敵な時間をくれて、やがて2人は一夜を過ごす。 しかし翌朝、翔は果歩の前から消えてしまって……。 ********** ●早瀬 果歩(はやせ かほ) 25歳、OL 元カレに酷く振られた傷心旅行先のハワイで、翔と運命的に出会う。 ●逢見 翔(おうみ しょう) 28歳、パイロット 世界を飛び回るエリートパイロット。 ハワイへのフライト後、果歩と出会い、一夜を過ごすがその後、消えてしまう。 翌朝いなくなってしまったことには、なにか理由があるようで……? ●航(わたる) 1歳半 果歩と翔の息子。飛行機が好き。 ※表記年齢は初登場です ********** webコンテンツ大賞【恋愛小説大賞】にエントリー中です! 完結しました!

先に喘いだ方の負けだよ

ヘロディア
恋愛
二人の女子に片想いする(変態の)主人公。 ある日、とうとうその想いを行動に現すことにした。先に彼が喘がせた方に、彼の彼女になってもらうのだ…

幼馴染はファイターパイロット(アルファ版)

浅葱
恋愛
同じ日に同じ産院で生まれたお隣同士の、西條優香と柘植翔太。優香が幼い頃、翔太に言った「戦闘機パイロットになったらお嫁さんにして」の一言から始まった夢を叶えるため、医者を目指す彼女と戦闘機パイロットを目指す未来の航空自衛隊員の恋のお話です。 ※小説家になろう、で更新中の作品をアルファ版に一部改変を加えています。 宜しければ、なろう版の作品もお読み頂ければ幸いです。(なろう版の方が先行していますのでネタバレについてはご自身で管理の程、お願い致します。) 当面、1話づつ定時にアップしていく予定です。

やっぱり幼馴染がいいそうです。 〜二年付き合った彼氏に振られたら、彼のライバルが迫って来て恋人の振りをする事になりました〜

藍生蕗
恋愛
社会人一年生の三上雪子は、ある日突然初恋の彼氏に振られてしまう。 そしてお酒に飲まれ、気付けば見知らぬ家で一夜を明かしていた。 酔い潰れたところを拾って帰ったという男性は、学生時代に元カレと仲が悪かった相手で、河村貴也。雪子は急いでお礼を言って逃げ帰る。 けれど河村が同じ勤務先の人間だったと知る事になり、先日のお礼と称して恋人の振りを要求されてしまう。 ……恋人の振りというのは、こんなに距離が近いものなのでしょうか……? 初恋に敗れ恋愛に臆病になった雪子と、今まで保ってきた「同級生」の距離からの一歩が踏み出せない、貴也とのジレ恋なお話。

性愛 ---母であり、恋人であったあの人---

来夢モロラン
恋愛
静香と初めて出会ったのは、孤児の僕の里親になるため孤児院を訪れた時で、僕は小学六年生だった。僕を養子にした静香は、僕を着せ替え人形のように扱い、溺愛する。(養父母は在日朝鮮人)中学3年の時、奥手だった僕が静香に「自慰って何」と尋ねると、静香は「まだ知らなくても良いことよ」と一旦言うが、後日、高熱を出した僕の体をタオルで拭いてくれた後で、僕の性器を洗いながら教えてくれる。僕は高校生になり、同級生の美智子とステディな仲になる。僕は鉄男と静香の性行為を見てしまう。甘えていた養母の女の顔を見てショックを受けた僕は、静香と距離を置くようになる。静香はよそよそしくなった僕との修復を図るために、登別温泉に僕を誘う。混浴の大浴場で、静香は、僕がもう男の子を卒業して、男になろうとしていること、母親である自分を異性と意識していることに気づく。その後、鉄男は北朝鮮へ帰国する。僕は日本に残り、北大医学部に進むことにする。静香は、僕の大学合格を見届けてから帰国することにする。この話を聞いた美智子は、高卒後、僕と札幌で同棲すると宣言する。静香は次第に北朝鮮に行くことに迷いが生じる。僕が「お母さんの老後は僕が責任を持つから、一緒に札幌に行こう」と誘うと、静香は鉄男とは離婚し、日本に留まろうと決心する。そうした中で、僕は乳房に触ったりして、徐々に静香の体を求めるようになる。静香にも可愛くてたまらない僕を独占したいという気持ちがあり、やがて僕の自慰を静香が手伝うことが習慣となる。静香は最後の一線を越えることを中々許してくれなかったが、高三の春、洞爺湖温泉で二人は結ばれる。同時に、僕は美智子との交際も継続し、関係は深まり、美智子は若くて健康的な裸身を僕の視線さらすなど大胆な行動をとる。一方、静香は成熟した女として、僕に深い性の喜びを味あわせてくれる。最初は、静香が一方的にリードし、僕はお姫様に仕える召使だったが、やがて僕が静香の体をほしいままにむさぼり、時に静香が僕の奴隷となる。静香とのセックスは、僕を夢心地にさせ、震えさせ、無限の彼方に運んでくれる。僕の体と静香の体は離れがたく結びついており、両天秤に掛けるのはやめるべきと考えた僕は、美智子に「好きな人」がいると告げて別れる。その過程で、静香は美智子の涙を見て、自分が若い二人の仲を裂いたことを知る。大学入学試験の日に「養母が養子に性的虐待を行っている」という通報があったと言って、児童相談所の職員が尋ねてくる。強く否定して納得してもらう。僕は無事合格して、静香は五月に札幌に引っ越すことになる。入学式の前、静香と定山渓温泉で一夜を過ごす。静香は激しく燃える。その直後、静香は僕に黙って、北朝鮮に帰国し、後に、数年後に病死する。悲しい結果となったが、僕は母と子であって、男と女でもあったあの七年間ほど幸せな日々はなかったと思う。

冷徹御曹司と極上の一夜に溺れたら愛を孕みました

せいとも
恋愛
旧題:運命の一夜と愛の結晶〜裏切られた絶望がもたらす奇跡〜 神楽坂グループ傘下『田崎ホールディングス』の創業50周年パーティーが開催された。 舞台で挨拶するのは、専務の田崎悠太だ。 専務の秘書で彼女の月島さくらは、会場で挨拶を聞いていた。 そこで、今の瞬間まで彼氏だと思っていた悠太の口から、別の女性との婚約が発表された。 さくらは、訳が分からずショックを受け会場を後にする。 その様子を見ていたのが、神楽坂グループの御曹司で、社長の怜だった。 海外出張から一時帰国して、パーティーに出席していたのだ。 会場から出たさくらを追いかけ、忘れさせてやると一夜の関係をもつ。 一生をさくらと共にしようと考えていた怜と、怜とは一夜の関係だと割り切り前に進むさくらとの、長い長いすれ違いが始まる。 再会の日は……。

【完結】やさしい嘘のその先に

鷹槻れん
恋愛
妊娠初期でつわり真っ只中の永田美千花(ながたみちか・24歳)は、街で偶然夫の律顕(りつあき・28歳)が、会社の元先輩で律顕の同期の女性・西園稀更(にしぞのきさら・28歳)と仲睦まじくデートしている姿を見かけてしまい。 妊娠してから律顕に冷たくあたっていた自覚があった美千花は、自分に優しく接してくれる律顕に真相を問う事ができなくて、一人悶々と悩みを抱えてしまう。 ※30,000字程度で完結します。 (執筆期間:2022/05/03〜05/24) ✼••┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈••✼ 2022/05/30、エタニティブックスにて一位、本当に有難うございます! ✼••┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈••✼ --------------------- ○表紙絵は市瀬雪さまに依頼しました。  (作品シェア以外での無断転載など固くお断りします) ○雪さま (Twitter)https://twitter.com/yukiyukisnow7?s=21 (pixiv)https://www.pixiv.net/users/2362274 ---------------------

『Goodbye Happiness』

設樂理沙
ライト文芸
2024.1.25 再公開いたします。 2023.6.30 加筆修正版 再公開しました。[初回公開日時2021.04.19]       諸事情で7.20頃再度非公開とします。 幸せだった結婚生活は脆くも崩れ去ってしまった。 過ちを犯した私は、彼女と私、両方と繋がる夫の元を去った。 もう、彼の元には戻らないつもりで・・。 ❦イラストはAI生成画像自作になります。

処理中です...