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青春のやり直し
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「いや、ちょっと待って! 月葉、それどういうことだよ」
「どういうことだも何も、言った通りだけど」
「俺が誰とキスしたって?」
「だから、陽菜だって」
「陽菜って誰だよ!」
悠李の必死な顔を見て、私はあれが陽菜の嘘だったと悟った。だけどあの時陽菜は、はっきりと言ったのだ。悠李とキスした、と。
「私の……お姉ちゃん……一度だけ悠李が遊びに来た時に……」
頭がくらくらした。どうしてあの時私は陽菜を信じたんだろう?
「月葉、俺は絶対そんなことしてない。確か、目のゴミを取ってくれって頼まれたのは覚えてる。だけど俺が好きなのは月葉だったんだ。他の人とキスなんて、そんなことするわけない」
「だって……だってあのあと悠李は顔を赤くしてて……陽菜も、悠李にキスされたって言ってたし……」
もう記憶の彼方に封印したはずなのに、こうして口に出すと悲しさがこみ上げてくる。いつの間にか私は泣いていた。
観光客が泣いている私をちらちらと見ている。悠李は俯く私を抱きしめて、その視線から隠してくれた。
(腕の中に私がすっぽり収まってる……ホントに背が高くなったんだな……)
そんなことを考えながら、私は涙が枯れるまでそのまま泣き続けた。
「どう? もう落ち着いたか?」
私たちは屋上展望の下の階にあるラウンジにいた。ここも高層で眺めがいい。ゆったりとしたソファは外に向けて配置されていて、広々とした風景を楽しむことができる。私は柚子ソーダを注文し、悠李が持って来てくれた。
「うん。ありがとう」
「じゃあさ、詳しく聞かせてくれる?」
そう問われ、私は思っていることを全て話した。あの時二人の姿が重なっていてキスしているように見えたこと。陽菜のにやりと笑った顔。陽菜のことが可愛いと言った悠李の紅潮した頬。そして、悠李はきっと高校でモテるだろうから、傷つく前に別れたほうがいいと言われたこと。
ぽつりぽつりと話し終えた時、悠李はとても怒った顔をしていた。
「月葉、俺なりに今の話に答えてもいいか?」
「……うん」
「まず、俺はあの時キスなんてしていない。ただ、やけに身体を近づけてくるなとは思っていた。でもそれだけだ。姉さんを可愛いと言ったのは、月葉の家族だから褒めなくちゃと思ったから。そして俺の顔が赤くなっていた件。それは、月葉に対してだ」
「私?」
「あの時俺に姉さんのことを質問していた月葉、すごく真剣な顔で俺を見つめていただろ? 学校でもそんな至近距離で見つめられたことはなかったし、めちゃくちゃドキドキして……俺がときめいていたのは月葉になんだ」
(嘘……本当に?)
「俺は高校が別れたってずっと月葉と付き合っていくつもりだったし、実際高校で彼女は作ってない。月葉に振られたショックを引きずってた。だから君の姉さんに対して俺は今、猛烈な怒りを感じている」
悠李が嘘を言っているようには思えなかった。その目には怒りだけではなく悲しみもこもっていたから。
(じゃあ私は、勝手に悠李をジャッジして別れてしまったってことなのね……)
「ごめん悠李……実は私、母だけじゃなくて陽菜からもずっと容姿のこと貶されてた。姉が可愛いのはわかりきったことだけど、だからって私を比べて落とさないで欲しいってずっーと思ってた。そんな私が唯一自信を持てたのが……悠李と付き合えたことだった」
悠李は怒りの表情を消し、とても優しい顔で私を見つめている。
「それなのに私は悠李を信じずに陽菜の言うことを信じてしまったんだね。あの時私がちゃんと悠李に確かめていればこんなことにならなかったのに」
「俺だってそうだ。自分のショックばかりで、月葉がどんな思いで別れを告げたのか、もっと考えるべきだった」
お互いの目が合った。泣き腫らした目が恥ずかしくて、目を伏せる。すると悠李はそっと私の頬に触れた。
「泣いてる顔も可愛いよ」
「悠李って、そんなキャラだったっけ……」
思わずクスリと笑ってしまう。悠李は手を下ろし、慣れないことするもんじゃねえな、と言って頭をかいた。
「なあ月葉。誤解も解けたことだし、お互い付き合ってる人もいない。もう一度、やり直さないか」
「やり直すって……?」
「たった一か月の交際期間だったろ? 楽しい思い出も何も作れなかった。だからさ、新しい思い出をこれから一緒に作ってみないか」
(どうしよう……本当にそんなことをしていいのかな。今、お互いに好きだというわけじゃないのに……)
迷っている私の背中を悠李が軽く叩く。
「大丈夫! 絶対楽しくさせてみせるから。任せろって」
「……で、楽しくなったところで振るつもりじゃないの?」
「それはごめん! 俺が馬鹿でした!」
意地悪を言ってみた私に土下座する勢いで謝る悠李を見ていると、また笑みがこぼれる。中学生だったあの頃を思い出して。
(それに、意外といい提案かも。真吾のことを考える時間が少なくて済む)
「そうだよね、あの時デートもしてないし手も繋いでないし。青春のやり直し、しよっか」
「青春のやり直しか。いいね、その言葉。じゃあ今日からよろしく、月葉」
「こちらこそよろしく、悠李」
こうして私たちは十三年振りに交際を始めてみることにしたのだった。
「どういうことだも何も、言った通りだけど」
「俺が誰とキスしたって?」
「だから、陽菜だって」
「陽菜って誰だよ!」
悠李の必死な顔を見て、私はあれが陽菜の嘘だったと悟った。だけどあの時陽菜は、はっきりと言ったのだ。悠李とキスした、と。
「私の……お姉ちゃん……一度だけ悠李が遊びに来た時に……」
頭がくらくらした。どうしてあの時私は陽菜を信じたんだろう?
「月葉、俺は絶対そんなことしてない。確か、目のゴミを取ってくれって頼まれたのは覚えてる。だけど俺が好きなのは月葉だったんだ。他の人とキスなんて、そんなことするわけない」
「だって……だってあのあと悠李は顔を赤くしてて……陽菜も、悠李にキスされたって言ってたし……」
もう記憶の彼方に封印したはずなのに、こうして口に出すと悲しさがこみ上げてくる。いつの間にか私は泣いていた。
観光客が泣いている私をちらちらと見ている。悠李は俯く私を抱きしめて、その視線から隠してくれた。
(腕の中に私がすっぽり収まってる……ホントに背が高くなったんだな……)
そんなことを考えながら、私は涙が枯れるまでそのまま泣き続けた。
「どう? もう落ち着いたか?」
私たちは屋上展望の下の階にあるラウンジにいた。ここも高層で眺めがいい。ゆったりとしたソファは外に向けて配置されていて、広々とした風景を楽しむことができる。私は柚子ソーダを注文し、悠李が持って来てくれた。
「うん。ありがとう」
「じゃあさ、詳しく聞かせてくれる?」
そう問われ、私は思っていることを全て話した。あの時二人の姿が重なっていてキスしているように見えたこと。陽菜のにやりと笑った顔。陽菜のことが可愛いと言った悠李の紅潮した頬。そして、悠李はきっと高校でモテるだろうから、傷つく前に別れたほうがいいと言われたこと。
ぽつりぽつりと話し終えた時、悠李はとても怒った顔をしていた。
「月葉、俺なりに今の話に答えてもいいか?」
「……うん」
「まず、俺はあの時キスなんてしていない。ただ、やけに身体を近づけてくるなとは思っていた。でもそれだけだ。姉さんを可愛いと言ったのは、月葉の家族だから褒めなくちゃと思ったから。そして俺の顔が赤くなっていた件。それは、月葉に対してだ」
「私?」
「あの時俺に姉さんのことを質問していた月葉、すごく真剣な顔で俺を見つめていただろ? 学校でもそんな至近距離で見つめられたことはなかったし、めちゃくちゃドキドキして……俺がときめいていたのは月葉になんだ」
(嘘……本当に?)
「俺は高校が別れたってずっと月葉と付き合っていくつもりだったし、実際高校で彼女は作ってない。月葉に振られたショックを引きずってた。だから君の姉さんに対して俺は今、猛烈な怒りを感じている」
悠李が嘘を言っているようには思えなかった。その目には怒りだけではなく悲しみもこもっていたから。
(じゃあ私は、勝手に悠李をジャッジして別れてしまったってことなのね……)
「ごめん悠李……実は私、母だけじゃなくて陽菜からもずっと容姿のこと貶されてた。姉が可愛いのはわかりきったことだけど、だからって私を比べて落とさないで欲しいってずっーと思ってた。そんな私が唯一自信を持てたのが……悠李と付き合えたことだった」
悠李は怒りの表情を消し、とても優しい顔で私を見つめている。
「それなのに私は悠李を信じずに陽菜の言うことを信じてしまったんだね。あの時私がちゃんと悠李に確かめていればこんなことにならなかったのに」
「俺だってそうだ。自分のショックばかりで、月葉がどんな思いで別れを告げたのか、もっと考えるべきだった」
お互いの目が合った。泣き腫らした目が恥ずかしくて、目を伏せる。すると悠李はそっと私の頬に触れた。
「泣いてる顔も可愛いよ」
「悠李って、そんなキャラだったっけ……」
思わずクスリと笑ってしまう。悠李は手を下ろし、慣れないことするもんじゃねえな、と言って頭をかいた。
「なあ月葉。誤解も解けたことだし、お互い付き合ってる人もいない。もう一度、やり直さないか」
「やり直すって……?」
「たった一か月の交際期間だったろ? 楽しい思い出も何も作れなかった。だからさ、新しい思い出をこれから一緒に作ってみないか」
(どうしよう……本当にそんなことをしていいのかな。今、お互いに好きだというわけじゃないのに……)
迷っている私の背中を悠李が軽く叩く。
「大丈夫! 絶対楽しくさせてみせるから。任せろって」
「……で、楽しくなったところで振るつもりじゃないの?」
「それはごめん! 俺が馬鹿でした!」
意地悪を言ってみた私に土下座する勢いで謝る悠李を見ていると、また笑みがこぼれる。中学生だったあの頃を思い出して。
(それに、意外といい提案かも。真吾のことを考える時間が少なくて済む)
「そうだよね、あの時デートもしてないし手も繋いでないし。青春のやり直し、しよっか」
「青春のやり直しか。いいね、その言葉。じゃあ今日からよろしく、月葉」
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こうして私たちは十三年振りに交際を始めてみることにしたのだった。
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