17 / 18
17 母の想い
しおりを挟むカイヤが追い出された後、周りにいた人たちはヒソヒソと噂し合っていた。最初は小さかったその囁きはしだいに広がっていき、大広間中の注目が私たちに集まっているように思えた。
「ごめんなさい、ユリウス。カイヤのせいで……」
「謝ることはない、リューディア。私たちは何も悪いことはしていないのだから」
だけど、ユリウスが化け物と言われた辺境伯と同じ人だということを人々はちゃんと理解してくれるだろうか? 面白おかしく話を作って、陰で噂するのではないかと心配になった。
「大丈夫。私は何を言われても平気だし、きみのことは私が守るから」
「ユリウス……」
その時、国王陛下の挨拶が始まるファンファーレが鳴った。皆、壇上の陛下に注目する。
陛下は、誕生日を祝うために集まってくれたことに謝意を述べた。そして挨拶が終わるかと思ったその時、
「もう一つだけ、皆に言っておきたいことがある」
と言った。
「ユリウス・オウティネン辺境伯、こちらへ」
人々の視線がユリウスに集まった。
「陛下が呼んでらっしゃるの? どうしてかしら、ユリウス」
なんだか不安で、そばにいるユリウスを見上げる。
「何だろう。わからないけれど、悪いことではないさ。行こう、リューディア」
「えっ……私も?」
「君を一人にはしておけないよ。大丈夫だから、行こう」
ユリウスの瞳はいつも通り、落ち着いている。ならば、私も平気だ。
彼に手を取られ私たちは前に進み出た。
初めて近くでお顔を見た陛下は、白い髭をたくわえた、とても優しそうなお方だった。壇に上がった私たちをにこやかに見つめると、ユリウスの背を抱いた。
「皆に宣言しておく。ここにいるユリウス・オウティネン辺境伯は、先代の辺境伯により姿を変えられており、そのため社交界では爪弾きにされていた。だが本日、彼は本当の姿を取り戻した。それは彼が真実の愛を得たからである。私の誕生日だけでなく、彼とリューディア嬢の新しい門出を祝って欲しい。そして、私と祖先を同じくするこのオウティネン伯の悪口を今まで言っていた者たち。こちらの調べはついているから、この先の出世に関わると覚悟しておくように。以上だ! あとは、ゆっくり楽しんでくれ!」
楽団が音楽を奏で始める。私たちを笑顔で見つめる者、青ざめて顔を見合わせている者、いろいろだ。
ユリウスは私の手を取り陛下に近づいて一礼する。私はドキドキしながらカーテシーをした。
「陛下、ありがとうございました。ですが、母の掛けた魔法のこと……ご存じだったのですか?」
陛下はユリウスと、私にも笑顔を下さった。
「先代……ミルヴァと私は呼んでいたが、彼女から聞いていたのだよ。魔法のせいで辛い思いをするかもしれないが、きっと、本当のユリウスをわかってくれる人が現れる。伴侶だけでなく、友人や上司、部下、領地の民。正しい心を持つ人々が周りに集ってくるはずだ。ユリウスの姿が元に戻った時、その時だけ力を貸してやって欲しい。悪い人間が手のひらを返して近寄ってこないように、と」
「そうだったのですか……」
ユリウスは涙ぐんでいた。
(お母さまは、もしかしたら自分が早く亡くなることをわかっていたのかしら……ユリウスの周りにいる人をふるいにかけるための魔法だったのかもしれない)
「リューディア嬢」
「は、はい!」
陛下にお声を掛けられ、私は緊張しつつ返事をした。
「ユリウスの姿を取り戻してくれて礼を言う。これからもユリウスのことを頼むぞ」
「……はい! お任せください!」
ユリウスが私の肩を抱き、ありがとう、と呟く。
「どうやら心配はいらないようだな。次は、可愛い後継ぎを待っておるぞ」
ハッハッハ、と笑って陛下は壇上から降りて行った。私たちも大広間に降り、楽団の音楽に合わせて初めてのダンスを踊った。私は緊張して時々ユリウスの足を踏んでしまったけれど、それすらも楽しく、いつまでも踊り続けていた。
「ああ、楽しかったわね、ユリウス!」
パーティーから帰り、ダンスで筋肉痛になってしまった私は、湯浴みの後にお行儀悪くベッドに寝転がっていた。そんな私の足を、ユリウスがマッサージしてくれている。
「リューディアが楽しくて良かった。これからは夜会に出る回数を増やそうか?」
「ううん、それは必要ないわ。数年に一度くらいで充分。それよりも私はオウティネン領で暮らすほうが好きだもの。それに……子どもは領地の自然の中で育てたいし……ね?」
そう言うとユリウスはちょっと顔を赤くし、マッサージする手に力が入った。
「リューディア、子どもは何人くらい欲しいかい?」
「たくさん欲しいわ。あなたによく似た子がたくさん」
「私は、君に似た子がいいな。ああでも、君に似た女の子だったらお嫁に出したくなくなるかも……」
「ふふっ、私たち、ずいぶん気が早いこと言ってるわね」
「そうだな、陛下の言葉ですっかりその気になってしまった」
では気が変わらないうちに……とユリウスは明かりを消し、ベッドに潜り込んできたのだった。
25
お気に入りに追加
1,670
あなたにおすすめの小説
竜神に愛された令嬢は華麗に微笑む。〜嫌われ令嬢? いいえ、嫌われているのはお父さまのほうでしてよ。〜
石河 翠
恋愛
侯爵令嬢のジェニファーは、ある日父親から侯爵家当主代理として罪を償えと脅される。
それというのも、竜神からの預かりものである宝石に手をつけてしまったからだというのだ。
ジェニファーは、彼女の出産の際に母親が命を落としたことで、実の父親からひどく憎まれていた。
執事のロデリックを含め、家人勢揃いで出かけることに。
やがて彼女は別れの言葉を告げるとためらいなく竜穴に身を投げるが、実は彼女にはある秘密があって……。
虐げられたか弱い令嬢と思いきや、メンタル最強のヒロインと、彼女のためなら人間の真似事もやぶさかではないヒロインに激甘なヒーローの恋物語。
ハッピーエンドです。
この作品は、他サイトにも投稿しております。
表紙絵は写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID:4950419)をお借りしています。
君を愛す気はない?どうぞご自由に!あなたがいない場所へ行きます。
みみぢあん
恋愛
貧乏なタムワース男爵家令嬢のマリエルは、初恋の騎士セイン・ガルフェルト侯爵の部下、ギリス・モリダールと結婚し初夜を迎えようとするが… 夫ギリスの暴言に耐えられず、マリエルは神殿へ逃げこんだ。
マリエルは身分違いで告白をできなくても、セインを愛する自分が、他の男性と結婚するのは間違いだと、自立への道をあゆもうとする。
そんなマリエルをセインは心配し… マリエルは愛するセインの優しさに苦悩する。
※ざまぁ系メインのお話ではありません、ご注意を😓
悪役令嬢に仕立て上げたいのならば、悪役令嬢になってあげましょう。ただし。
三谷朱花
恋愛
私、クリスティアーヌは、ゼビア王国の皇太子の婚約者だ。だけど、学院の卒業を祝うべきパーティーで、婚約者であるファビアンに悪事を突き付けられることになった。その横にはおびえた様子でファビアンに縋り付き私を見る男爵令嬢ノエリアがいる。うつむきわなわな震える私は、顔を二人に向けた。悪役令嬢になるために。
婚約破棄された公爵令嬢は本当はその王国にとってなくてはならない存在でしたけど、もう遅いです
神崎 ルナ
恋愛
ロザンナ・ブリオッシュ公爵令嬢は美形揃いの公爵家の中でも比較的地味な部類に入る。茶色の髪にこげ茶の瞳はおとなしめな外見に拍車をかけて見えた。そのせいか、婚約者のこのトレント王国の王太子クルクスル殿下には最初から塩対応されていた。
そんな折り、王太子に近付く女性がいるという。
アリサ・タンザイト子爵令嬢は、貴族令嬢とは思えないほどその親しみやすさで王太子の心を捕らえてしまったようなのだ。
仲がよさげな二人の様子を見たロザンナは少しばかり不安を感じたが。
(まさか、ね)
だが、その不安は的中し、ロザンナは王太子に婚約破棄を告げられてしまう。
――実は、婚約破棄され追放された地味な令嬢はとても重要な役目をになっていたのに。
(※誤字報告ありがとうございます)
王太子様には優秀な妹の方がお似合いですから、いつまでも私にこだわる必要なんてありませんよ?
木山楽斗
恋愛
公爵令嬢であるラルリアは、優秀な妹に比べて平凡な人間であった。
これといって秀でた点がない彼女は、いつも妹と比較されて、時には罵倒されていたのである。
しかしそんなラルリアはある時、王太子の婚約者に選ばれた。
それに誰よりも驚いたのは、彼女自身である。仮に公爵家と王家の婚約がなされるとしても、その対象となるのは妹だと思っていたからだ。
事実として、社交界ではその婚約は非難されていた。
妹の方を王家に嫁がせる方が有益であると、有力者達は考えていたのだ。
故にラルリアも、婚約者である王太子アドルヴに婚約を変更するように進言した。しかし彼は、頑なにラルリアとの婚約を望んでいた。どうやらこの婚約自体、彼が提案したものであるようなのだ。
私を侮辱する婚約者は早急に婚約破棄をしましょう。
しげむろ ゆうき
恋愛
私の婚約者は編入してきた男爵令嬢とあっという間に仲良くなり、私を侮辱しはじめたのだ。
だから、私は両親に相談して婚約を解消しようとしたのだが……。
婚約者に「愛することはない」と言われたその日にたまたま出会った隣国の皇帝から溺愛されることになります。~捨てる王あれば拾う王ありですわ。
松ノ木るな
恋愛
純真無垢な心の侯爵令嬢レヴィーナは、国の次期王であるフィリベールと固い絆で結ばれる未来を夢みていた。しかし王太子はそのような意思を持つ彼女を生意気と見なして疎み、気まぐれに婚約破棄を言い渡す。
伴侶と寄り添う心穏やかな人生を諦めた彼女は悲観し、井戸に身を投げたのだった。
あの世だと思って辿りついた先は、小さな貴族の家の、こじんまりとした食堂。そこには呑めもしないのに酒を舐め、身分社会に恨み節を唱える美しい青年がいた。
どこの家の出の、どの立場とも知らぬふたりが、一目で恋に落ちたなら。
たまたま出会って離れていてもその存在を支えとする、そんなふたりが再会して結ばれる初恋ストーリーです。
婚約者をないがしろにする人はいりません
にいるず
恋愛
公爵令嬢ナリス・レリフォルは、侯爵子息であるカリロン・サクストンと婚約している。カリロンは社交界でも有名な美男子だ。それに引き換えナリスは平凡でとりえは高い身分だけ。カリロンは、社交界で浮名を流しまくっていたものの今では、唯一の女性を見つけたらしい。子爵令嬢のライザ・フュームだ。
ナリスは今日の王家主催のパーティーで決意した。婚約破棄することを。侯爵家でもないがしろにされ婚約者からも冷たい仕打ちしか受けない。もう我慢できない。今でもカリロンとライザは誰はばかることなくいっしょにいる。そのせいで自分は周りに格好の話題を提供して、今日の陰の主役になってしまったというのに。
そう思っていると、昔からの幼馴染であるこの国の次期国王となるジョイナス王子が、ナリスのもとにやってきた。どうやらダンスを一緒に踊ってくれるようだ。この好奇の視線から助けてくれるらしい。彼には隣国に婚約者がいる。昔は彼と婚約するものだと思っていたのに。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる