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9 お弁当

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「リューディア、今日の訓練は公開できるから、見に来るか?」

 ある朝ユリウスが提案してくれた。

「ええ、ぜひ! 早く行きたいと思っていたのよ」
「じゃあ午後の部を見に来て欲しい。ヘルガとミルカについて来てもらうといい」
「わかったわ! 楽しみにしてます」

 仕事に向かうユリウスを玄関まで見送り、笑顔で手を振ると、私は早速ヘルガに頼み事をした。

「ねえヘルガ、ユリウスのお昼ご飯を差し入れすることってできないの? せっかくだから一緒に食べられないかしら」

 ふと思いついただけの提案だったが、ヘルガは嬉しそうに笑う。

「それは旦那さま喜びますよ。ええ、お昼は仕事場で賄いもありますが、お弁当を持って行ったり外に出て食事をしたりと自由なんです。訓練を見学する場所は木陰もありますから、そこにキルトを敷いて食べたらどうでしょうか」
「素敵! ピクニックみたいね。私、憧れていたのよ。そんなこと、一度もしたことないから」

 カイヤは義母に連れられてしょっちゅう外出していて、お弁当を持ってのピクニックも行っていた。一度だけ、私も連れて行ってとお願いしたのだけど、それが叶うことはなかった。

「奥さま、やりたいことはどんどん仰ってください! 私たちも旦那さまも、どんなことでも叶えて差し上げますよ」
「ヘルガ……ありがとう。どうして、みんな私にそんなに優しくしてくれるの?」

 ここへお嫁入りしてからもうひと月になる。その間ユリウスだけでなくお屋敷の使用人も、領民も、皆が私を温かく迎えてくれ、優しくしてくれるのだ。今まで辛かった分、このひと月が幸せ過ぎて夢かと思うほど。

「奥さまがいらしてから、旦那さまがとても楽しそうなのですよ。もちろん、今までもずっとお優しい方でしたが、ご自身の幸せをあまり考えないところがありました。ですが、奥さまと一緒にいるとよく笑いよく喋り、本当に普通の青年のように楽しまれているのが……それを見るのが私たちもとても嬉しいのです。奥さまには使用人一同、感謝してもしきれません」

 少し涙ぐんで私の手を取るヘルガ。

「ヘルガ……」

 私は胸の奥がチクリと痛むのを感じた。私とユリウスの結婚は、お互いの打算から始まったもの。でもきっとヘルガたちは、私たちが愛で結ばれていると思っているのだろう。優しい彼女たちを騙しているようで、少し心苦しい。

「さ! そうとなったら急いでお弁当を作りましょう。旦那さまの好物をたくさんね」

 ヘルガが涙を拭いて明るく言う。私も、今はこの胸の痛みは考えないようにしようと思い、明るく返事をした。

「ええ。私も手伝うわ!」



 バスケットに敷物、パン、チーズ、サラダとチキン、デザートやフルーツも詰め込んで、私たちは出発した。
 ヘルガの息子ミルカも一緒だ。彼がバスケットを持ってくれている。

「ごめんなさい、ミルカ。あれもこれもと詰めてたら、すっかり重くなっちゃって」
「全然、大丈夫ですよ。それに、このくらいたくさんないと、身体の大きいユリウスには足らないんです」

 ミルカはユリウスと同い年。ユリウスの乳兄弟として仲良く育ってきた。だから気安く呼び捨てにしてもかまわないのだそう。

「ミルカはユリウスと本当に仲良しよね。いつも軽口を言い合っているし」
「ははっ、乳兄弟で幼馴染で腐れ縁で……生まれてからずっと一緒ですから。ユリウスが軍に入る前は、僕がユリウスの剣の練習相手をしていたんです」
「じゃあミルカも強いのね?」

 ユリウスの剣技が素晴らしいというのは王都にいた頃にも聞いたことがある。若くても辺境伯を継ぐだけの力はある、と。ただし、化け物みたいな容姿なのに、と枕詞がついていたけれど。

(今思えば王都の貴族たちって嫌な人が多かったのね。噂話やゴシップが好きで、人を蹴落とすのが大好きで……私もあのままあの家にいたら、そんな人間になっていたかもしれない。カイヤを恨み続けていつか爆発していたかも……)

「師匠が厳しかったので。僕もユリウスもずいぶんしごかれ、鍛えられました」

 ぼんやり考えていた私は、ミルカの返事にハッとしてまた会話に戻る。

「まあ。そんなに厳しい師匠だったの?」
「ええ、鬼ですよ、鬼! ……まあ、僕の父ですけど」
「え! トピアスが? ホントに?」

 あの柔和な笑顔のトピアスが鬼みたいな剣豪だなんて……人は見かけによらないものだ。

「あ、着きましたよ。ちょっと話つけてきます」

 ミルカが門番のところへ走って行った。楽しそうに話したあと、門番が一人、建物へ走って行く。

「ちょうど昼休憩に入るところだから、すぐに来ると思いますよ」

 その言葉通り、建物からすごい勢いでユリウスが走って来た。

「リューディア! もう来てくれたのか?」
「お疲れさま、ユリウス。お弁当も持ってきたの。一緒に食べましょう」

 バスケットを見るとユリウスは顔を輝かせた。痣があったり瘤があったりして感情が読み取りにくいのではと最初心配していたけれど、ユリウスは本当に表情が豊かで、むしろ感情がそのまま表れる。嬉しい時、楽しい時は見ているこちらまで楽しくなるような、不思議な魅力があると思う。

 訓練所を見下ろせる丘の木陰に敷物を敷き、私とユリウスはお弁当を広げた。ヘルガとミルカは少し離れたところで同じくお弁当を食べている。

「ヘルガがほとんど作ったんだけどね、私もすこうし手伝ったの。切ったり混ぜたり、ぐらいなんだけど」
「その気持ちがすごく嬉しいよ。彼女の手作り弁当……憧れていたんだ」

 美味しそうにたくさん食べてくれているのを見ると、ああ良かった、また作ってあげたい、と思う。次はもう少し、私の作る部分を増やしていこう。

 気持ちのよい風が丘を吹き渡っていく。こうして二人並んでいると、本当に穏やかで幸せな気持ちになる。

「ユリウス、ありがとう」
「ん? なにが? ありがとうは私のほうだよ」

 デザートのチェリーパイを食べながらユリウスが答える。

「私の家族になってくれてありがとう。あの時、勇気を出してあなたに会いに行って良かったわ」

 そう言う私に、ユリウスは嬉しそうに微笑んだ。


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