姉は暴君

月(ユエ)/久瀬まりか

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学生時代も姉は暴君

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私が初等学校に入学した時には、姉は中等科へ進んでいた。中等科は三年で終わる。卒業後は優秀な者だけが高等科へ進み、大多数は社交界デビューとなる。

両親の期待を背負い初等科へ入学した姉だったが同学年の中ではかなり下位の成績だったようで、実は中等科への進学も危うかった。それを聞いた父が寄付を弾んだところ、ギリギリ進学を許されたということだ。

私も入学当初、先生方から『あのサマンサ・キャリックの妹』と色眼鏡で見られていた。それを跳ね返す為に私は必死で勉強した。お陰で成績はいつもトップクラス。その頃から、少しずつ父の目が私に向くようになってきた。

「サマンサに婿を取って家を継がせるつもりだが、お前でもいいかもしれんな」

急にそう言い始めたが、やめて欲しかった。そんなことになったら姉がどれだけ暴れるか、考えただけで恐ろしい。だから

「お父様、私は高等科へ進んで研究職に就きたいと思っておりますので、後継ぎはお姉様でお願いします」

と、答えるようにしていた。

とはいえ父にとってはやはり一番可愛いのは長女。中等科ではしっかり学び、良き相手がいたらすぐにでも婚約出来るよう自分を磨いておきなさいと姉にいつも言い聞かせていた。

ところが姉はまったく勉強について行けず、同じように寄付金で進学してきたお仲間達とカフェでたむろするようになった。

お仲間には男子生徒も含まれていたから、この噂はあっという間に母の耳にも入った。

「サマンサ! 男の子とカフェに行っているって本当なの? あなたは伯爵家の娘なのよ? そんなみっともないことしないでちょうだい」

母は泣きながら訴えたが、姉は完全に無視して部屋に入って行こうとした。

「待ちなさい、サマンサ!」

姉の腕を掴んで話をしようとする母を鬱陶しそうに振り払うと、母はその場で転んでしまった。

「ほっといてよ! 私にまとわりついてこないで」

たまたま廊下に出てその場面に遭遇した私に姉は、

「何見てるのよ! いい子ちゃん面してムカつくわね」

そう言ってワザと肩をぶつけてから自分の部屋に入りバタンとドアを閉めた。

そうかと思うと、妙に機嫌が良い時もある。そんな時は母を買い物や食事に誘ったりする。母は昔から姉を一番可愛がっていたから嬉しそうに出掛けて行くのだが、母が何かしら気に障る事を言うといきなり怒り出すらしい。その地雷はいつどこで爆発するかわからない。意図せず怒らせてしまった母が泣いて謝りながら姉の後をついて帰ってくるなんてしょっちゅうだ。

機嫌の良い時は私達の部屋にノックもしないで入ってくる。(姉は初等学校に上がる時に一人部屋を貰えたが、私とクロエは今でも子供部屋に一緒に入れられている)

私のベッドにドッカリと座り、持ち込んで来たお菓子を食べ始める。

(ポロポロこぼしてるじゃない……やめてくれないかしら)

そう思っても言えない自分がまた情け無いのであるが。

「ねえジュリア、中等科のポールって知ってる? ネルソン子爵家の」

「いいえ、知らないわ」

「すごくカッコイイ人なのよ。その人に付き合ってって言われちゃった」

「付き合うの? お姉様」

「どうしようかなー。子爵だし、結婚は嫌だけど、並んで歩くには最高なのよね。学生の間だけ付き合っちゃおうかな」

「お父様に叱られるわよ」

「もちろん内緒に決まってるじゃない。絶対に喋ったらダメよ? わかってるわね」

私は頷いた。姉はクロエにも口止めし、上機嫌で部屋を出て行った。

それからというもの、私は姉のアリバイ作りに利用されることになった。

「お母様。今日はジュリアと一緒に帰るから、私の迎えの馬車はいらないわ」

「あら、そうなの?」

「ええ。ジュリアとカフェでお茶を飲んでくるわ。それならいいでしょう?」

「わかったわ。楽しんできなさいね。ちゃんと夕方までには帰るのよ」

もちろん、これは嘘である。私の帰宅時間に合わせて姉は初等科にやって来て、私と一緒に馬車に乗り込む。そしてそのまま町外れの寂しい場所へ向かい、馬車を止めるのだ。

「ジュリア、しばらくここで待ってなさい。勉強でもしてるといいわ」

そう言って姉は馬車を降りてどこかへ向かう。窓から覗くと、何やら怪し気な一軒家へ入って行った。一時間程経って、少し髪を乱して戻ってくると、御者にカフェの近くを通るように命じ、私にカフェの様子を窓からよく見ろと言う。

「お母様に話を聞かれたら、ちゃんと行って来たって答えるのよ。どんなカフェって言われたらあのカフェの様子を話しなさい。私はあんたと一時間カフェにいて、勉強をみてやっていたの。いいわね?」

姉に勉強をみてもらうなんてあり得ないことではあるが、私は言う通りにした。父や母に真実を告げたところでどうせ本気にしないだろうと思ったのだ。二人は自分が信じたいものしか信じないのだから。

週に一度はこの馬鹿げた茶番が行われた。姉が何をしていたのか、当時の私には知る由もなかった。

そして姉の卒業パーティーが近づいてきた。もちろん、私も初等科卒業の時期ではあったが、ほとんどが中等科へ進むため卒業パーティーなどは行われない。中等科のみ、父母も出席しての華やかな催し物があるのだ。

その卒業パーティーでの姉のエスコート役を父が吟味していた。同じ伯爵位の次男や三男から婿にするのに良さそうな者をピックアップして、お互い気に入れば婚約を結んでパーティーでお披露目、と考えていたのだ。姉も乗り気で、

「あの人は顔が素敵。でもこの人は背が高くてスタイルがいいわ。どうしよう、悩ましいわね」

とはしゃいでいたのだが。

少し前から急に体調が悪くなり、あれこれ医者に調べさせてもなかなか病名が分からなかった。そしてようやく判明したのが、

「ご懐妊です」

ということだった。

「どういうことだ! サマンサ!」

「サマンサ……! なぜ? まさか、誰かに襲われたの?」

姉は苦々しい顔をしていた。

「なんで今になって……」

「どういうことか、説明しろ、サマンサ。相手は誰なんだ!」

「ポール・ネルソンよ。私達、付き合ってたの。ずっとうまくやってたのに、どうして妊娠しちゃったのかしら。まさかあいつ……」

「そいつは次男じゃないか! 婿になって伯爵の身分を手に入れるつもりだったんだろう。お前は利用されたんだ!」

姉は肩をすくめてため息をついた。

「もうこうなっちゃったんだから仕方ないわ。ポールと結婚して、キャリック家を継ぎます」

「勝手な事を言うな! お前みたいな愚かな娘に伯爵家は任せられん! ジュリアに継がせる! お前は出て行け!」

「あなた! 何てこと仰るの? それではサマンサが可哀想ではありませんか。身重の娘を放り出すなんて。我が家で一緒に暮らせば良いじゃないですか」

「……ならば、領地へ行かせろ。王都でこんな事が知れ渡ったら恥でしかない。病気だと言う事にして田舎へ引っ込め!」

姉は嫌がったが、父の決意は揺らがなかった。ネルソン子爵家とも話し合いの末、伯爵家は継がないこと、田舎の領地で暮らすことを条件に結婚を認めた。

つわりがひどく、パーティーなど出席出来る状態ではなかったので、卒業を待たずに二人は領地へ送られた。

家中が混乱していたので私は誰にも祝われず初等科を卒業した。
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