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 大きなテーブルには既にルシアとウィルが座っていた。

「お待たせしてしまって申し訳ありません」

「あら、謝ることなんてないのよ。我が家自慢のお風呂、たっぷり楽しんでもらえたのでしょう?」

「はい、とても! 素晴らしいお風呂でした」

 ウィルはというとやはりトリアデル式のシャツを着ていた。大きくて風通し良さそうなそのシャツは美しい青色に植物の葉が描かれてとても素敵だ。そして、風呂上がりでリラックスした雰囲気のウィルがとても……

(可愛いわ……)

 エレナは心の中でウィルの可愛さを噛み締めつつ、平静を装ってテーブルについた。

 一方のウィルは湯上がりで桜色に上気したエレナに視線を合わせられずに、テーブルに飾られた花ばかり見ていたけれど。
 

 食事は和やかに進んでいった。こうして会話を弾ませながらの食事は実家では経験がなかった。もちろん家族とリアナは楽しく会話していたが、エレナはそこに入れてもらえなかったから。でもそれはリアナの魅了の力が原因だった。

(リアナがいなかったら……私は彼女のように家族から愛されていたのでしょうね)

 ふと寂しさが心をよぎる。ルシアはそんなエレナに優しく言葉をかける。

「エレナ、私ではあなたの寂しさを埋めることはできないかもしれません。でも、私のことをコンテスティでの母だと思って甘えてちょうだいね。あなたはこれまで頑張ってきたのだから、これからはうんと可愛がられるべきよ」

「エレナ、母上はずっと娘が欲しいと言っていた。エレナが来てくれたことをとても喜んでいる。存分に甘えるといい」

「ありがとうございます、ルシア様」

 エレナは幸せだと思った。優しい人たちに迎えられ、大好きなウィルと同じ屋敷にいて。今までの辛かったことのほうが夢だったのではと思うくらい、幸せ。

「食事のあとはテラスでお茶を飲むといいわ。今夜は月が綺麗よ」

「そうだな。行こうか、エレナ」

「ええ」


 パメラが用意してくれたお茶はパッションフルーツのハーブティー。

「リラックス効果があり、ゆっくりお休みになれますよ」

 そう言ってパメラは下がっていった。
 カップを持ち香りを楽しんでみる。草木のような、爽やかな香り。

「旅を思い出すわ、この香り」

「そうだな。あの旅は今思えば面白かった。エレナは何も知らないお嬢さんからどんどん逞しくなっていったよな」

「ほんとにね。最初は虫が出ただけでも騒いでいたのに、もう今は平気だわ。それにね、短い旅だったけどそれまでの十六年間よりずっと、生きてるって実感があった。今こうして、無事でいるから言えることだけど」

「……本当に、無事でよかった」

 ウィルが真っ直ぐに見つめてくる。エレナは笑ってごまかそうとしたけれど、真剣なウィルの眼差しには抗えなかった。

「ウィル……」

 そっとウィルの顔が近づいてくる。そして、頬にチュッと軽いキスを落とした。

「……っ!」

 夜だけど、こんなに明るい月が出ている。真っ赤になった顔を見られているだろうか? エレナは恥ずかしくて俯いた。

「エレナ、俺は明日からカレスティアに戻る。もう離れたくないと言ったのに、こんなことになってすまない」

 頷くエレナ。皇帝の命なのだからすぐに動かなければならないのだとわかっている。

「このツバメをエレナに託していくから」

 そう言って手のひらの上にピンクのツバメを作り出すと、エレナの手を取って指に乗せた。

「可愛い……」

「このツバメは必ず俺のところに飛んでくる。俺に伝えたいことがあったら話しかけてくれ。そうしたら、お前の言葉を俺にそのまま伝えてくれるから」

 ウィルに促されてエレナはツバメに話しかけた。

「ウィル、元気?」

 するとツバメはパタパタと羽ばたいてウィルの肩に止まった。そして口を開くとそこからエレナの声が聞こえる。

『ウィル、元気?』

「すごい! 私の声だわ!」

 ウィルはニッと笑うと後ろを向いて何かコソコソと喋った。

「何? 何て言ってるの、ウィル」

 するとツバメがまたエレナのもとへやってきて口を開けた。

『エレナ、好きだ』

「ウィル……っ!」

 可愛いツバメからウィルの声がして、好きだと言われるなんて。嬉しくて恥ずかしくてもう、心臓がどうかなってしまいそう。

「エレナ、返事は?」

(ウィルったら、私がツバメに伝言するのを待ってるのね。でも私は……)

 エレナは身を乗り出してウィルに顔を近づけ耳元で囁く。

「ウィル、大好き」

 今度はウィルが照れて真っ赤になる番だった。少し後ずさりして顔を押さえるウィル。それを見てエレナは楽しそうに笑っている。

(可愛い過ぎだろ、エレナ……)

 ツバメから出る言葉よりもやはり、エレナの口から囁かれる言葉のほうが威力がある。しかも耳元で。

(一緒にカレスティアに行けたらどんなにかいいだろう。離れているなんて耐えられない。だが……向こうでは血生臭いことも多くあるだろう。そんなものをエレナに見せたくはない。いつでも笑っていて欲しいんだ)

「エレナ。すぐに片付けて帰ってくる。待っていてくれるか」

「ええ、ウィル。あなたが帰ってくるという楽しみがあるから平気よ。それにツバメで声も聞けるのだし。……ねえ、このツバメに名前を付けてもいい?」

「名前? ああ、いいけど」

「どうしようかなぁ、可愛いから、ララなんてどうかな」

「ララか。いいんじゃないか、呼びやすくて」
「じゃあ決まり。ララ、これからよろしくね。私にウィルの声を届けてね」

 魔力で作り出した使い魔のツバメに名前を付けるなんて今まで考えたこともなかったウィルは、そんなエレナを可愛いと思った。

「ララ、俺にもエレナの声をよろしく」

 そう話しかけると、わずかにララの魔力値が上がった気がした。



 
 
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