緋色の魔女と帝国の皇子

月(ユエ)/久瀬まりか

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「うおっ」

 結界をものともせず突き破る衝撃。堪らずフェルナンドは自分の身体にだけ結界を張り直した。
 強い風に馬車のドアも屋根も捲れて飛んで行き、夕暮れのオレンジ色の光の中に人影が見えた。

「おのれっ、ウィルフレドか? うっ……! 何をする!」

 フェルナンドは突然身体中に痺れを感じた。魔法で出された電撃の鞭が絡みついて全身を締め上げ、雷に撃たれたようにビリビリと身体が震える。

(くそうっ、結界を張っているのに、何も効かん!)

 気がつけば目の前にウィルフレドの姿があった。床に転がされたエレナの姿を見るやその顔は怒りに燃え、フェルナンドの顔を思い切り拳で殴った。

「ぐわあっ」

 馬車の外に転がり落ちるフェルナンド。身体に絡みついた鞭はその間にも電撃を与え続けている。
 ウィルは無言でフェルナンドの胸ぐらを掴むと、さらに殴りつけた。何度も何度も怒りを込めて。

「ぐわっ……、ぎゃあっ……、やめっ……やめろっ……」

 目が腫れ、鼻血が吹き出すフェルナンド。ウィルはようやく手を放したが身体に巻き付けた鞭はそのままにした。

「うわあっ、痺れる……! やめろ、これを外せっ……! お前、こんなことをしてただで済むと思うなよっ! 母上に言ってやるからなっ!」

 それには答えずウィルはエレナのもとに向かった。エミリオがすでに縛っていた紐と猿ぐつわを外していたが、頬を腫らし血の滲んだ唇を見てウィルの顔は悲痛に歪んだ。

「エレナ、大丈夫か……」

 エレナはゆっくりと微笑む。

「大丈夫よ、ウィル……来てくれてありがとう……」

「痛かっただろう……こんな……」

 ウィルが腫れた頬にそっと手をやる。壊れ物を扱うように優しく、触れるか触れないかの距離で。

「巻き込んですまない、エレナ……!」

 こんな目に遭わせてしまった後悔と無事再会できた喜びと安堵が入り混じり、その目尻には光るものがあった。

「ウィル、泣いてるの?」

「……うるさい。これは汗だ」

「ふふ、綺麗な汗ね……」

 エレナの瞳にも涙が溢れていた。ウィルがこうして助けに来てくれた、それだけで満足だ。

「ウィル、フェルナンドは私を皇太子になるための切り札だと言ったわ。私を連れて帰った者が皇太子になる。そういうことだったのね……?」

(カレスティア王宮で『遊びに来ないか』と誘ったのもそういうこと。もしかしたら私を好いてくれているかもしれない、と思ったのは私の勘違い……)

「……そうだ。三人の皇子のうち誰が皇太子になるかは貴族の間でも派閥が分かれ懸案事項だった。だからこそ父はわかりやすい結果で決めようと思ったのだろう」

「だったらウィル、今すぐ私を皇帝陛下のところに連れて行って。あなたはきっと皇太子に相応しい人だと思うから。私はあなたの切り札になりたい。あなたが皇太子になるための切り札に」

「違う、エレナ!」

 悲しい笑みを浮かべるエレナをウィルはその腕に抱きしめた。

「俺はお前を切り札だなんてそんな風に思ってはいない!お前は、俺の……俺の、大切な……女性ひとだ」

「ウィル……?」

「聖女だとか魔女だとか皇太子とか、そんなの関係ない。お前が側にいてくれるならそれでいい。俺は、お前が……好きだ」

 抱きしめられたまま囁かれ、エレナの心臓は倍のスピードで動き始めたように騒がしい。

(ウィルが私のことを……? 本当に?)

「お前が連れ去られた時は胸が千切れそうだった。もう離れたくない。頼む……俺と一緒にいてくれないか……」

 エレナはそっとウィルの背中に手を回す。広くて温かな背中。触れているととても安心して心が満たされてゆく。

「うん……一緒にいるわ……ウィル、私もあなたが好きよ」

 その言葉を聞いたウィルはエレナを抱く腕を緩め、とても柔らかな表情をした。そんなウィルを見て微笑むエレナ。お互いの吐息がかかるほどの距離で見つめ合い、瞳の奥の愛情を確かに感じ取った二人だった。

 その時、皇宮から兵士たちが騒ぎを聞きつけて走って来た。もう一度エレナを軽く抱きしめた後、ウィルは彼らに対応した。

「ウィルフレド殿下、これはいったい……」

「ああ、すまんがフェルナンドを皇宮へ運んでくれ」

 そう言って彼を縛っていた魔法を解いたが、電撃を浴び続けたフェルナンドは気を失っている。

「エレナ。決してお前を魔女として認定させたりしない。だから皇宮へ一緒に行ってくれるか」

 ウィルの瞳に迷いはない。エレナは頷いた。ウィルはエレナを抱き上げて馬に乗せ、その後ろに飛び乗った。

「行くぞ、エレナ。しっかり掴まっていろ」

 二人は皇宮へと向かった。
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