緋色の魔女と帝国の皇子

月(ユエ)/久瀬まりか

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 一方、カレスティア王宮に残されたウィルたち。

「イネスが、まさか裏切り者?」

 エミリオは衝撃を受けていた。二歳年上のイネスは常にウィルのことだけを考えて動く、尊敬すべき側近だった。自分もそうありたいと目標にして過ごしてきた仲間だったのに。
 ウィルはイネスが消えた後の床に触れ、じっと目を閉じていた。

「フェルナンドの気配がする」

「フェルナンド殿下のですか?」

「ああ。手柄を横取りしようということだろう。フェルナンドの考えそうなことだ」

「けれど、イネスはあんなにフェルナンド殿下を嫌っていたのに……!」

「とにかくコンテスティに戻るぞ」

 怒りに燃えた瞳でウィルは魔法陣を描き出した。そしてエミリオとともに姿を消した。
 クルスは呆然とその様子を眺めていたが、そこへ国王が戻って来た。倒れている大勢の兵士や貴族、首の離れたリアナの身体。これらの説明をするためにクルスは彼らのもとへ向かった。



 帝国の屋敷に戻って来たウィルとエミリオ。

「イネスは戻って来た形跡はありません」

「やはり直接フェルナンドのところへ向かったか」

「ならば既に皇宮にエレナさんを連れて行っているでしょうか」

「恐らくな。俺たちも向かうぞ」

「はい」

 皇宮への転移は禁止されている。ウィルとエミリオは馬に乗って急いだ。

(エレナ、酷い目に合わされていないだろうか? フェルナンドの説明次第では魔女として収監されてしまう恐れもある。急がなければ)

 ウィルの馬は彼の魔力で鍛え上げた早馬だ。皇宮への道を飛ぶように走りながら、フェルナンドの行方をツバメに探させた。すると、まだ皇宮に着いていないことがわかった。それでもあと少しで皇宮の門に到着してしまう。

(今行く、エレナ。待っていろ)




 フェルナンドは上機嫌で馬車に座っていた。またエレナが逃げ出しては困るので、縛ったまま足下の床に転がしてある。

(皇太子になったら国一番の美女、公爵令嬢セラフィナを正妃にしよう。あの女、以前から婚約を申し出ているのにウィルフレドが好きだからと言って受けようとしなかった。
 だが、皇太子の申し込みとあらば断るわけにはいかないだろう。ふふん、あの氷の美女を我が物にするのが楽しみだな)

 そしてエレナの身体に置いた足に力を入れる。猿ぐつわをされているエレナはただ顔を歪め、ぐっ、と喉を鳴らす。

(この女はセラフィナと結婚するまでの慰み者だ。治癒魔法が使えるならどんな扱いをしても構わないだろう。その後は治癒魔法師として金を稼いでもらう。イネスめ、最高の金の成る木をもたらしてくれたわ)


 イネスがウィルフレドを愛しているのは見てとれた。フェルナンドは、イネスのウィルフレドを見る目が『女の表情』をしていることを敏感に感じ取っていたのだ。
 ウィルフレドたちがカレスティアに向けて出発する前日、試しに魔法陣珠を渡してみた。

「イネスよ。もしもウィルフレドが皇太子になったら、お前のその想いは届かなくなるのではないか? お前の身分では皇太子と結婚などできぬ。だがただの第二皇子なら。身分の低い第二皇子なら、男爵家出身のお前でも可能性はあるだろう。
 のう、イネス。魔女を見つけたら俺に渡せ。そうすればお前とあいつを結婚させてやる。持っておくだけでもいいから。なっ?」

 イネスは心底嫌そうな顔をしていたが、第一皇子の言うことに逆らえはしない。仕方なくポケットに入れてその場は引き下がった。
 まさか、あのイネスが本当に裏切ってくるとはフェルナンド自身も思っていなかったが。

(女は怖いのう。足を掬われたお前が悪いのだ、ウィルフレドよ)

 くっくっとフェルナンドが笑った時、早馬の足音が聞こえた。嫌な予感がする。急いで結界魔法を張ったフェルナンドだが――

「……!」

 もの凄い音が響き、馬車が揺れた。


 
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