25 / 37
25
しおりを挟む
一気に話し終えたリアナ。クルス王太子は彼女の横で呆然としている。そんなクルスをリアナは氷のような目でチラリと見、またエレナを見据えた。
「せっかく思い出したのに、私の身体には何の力もなかった。あったのは魅了の力だけ。私が欲していた力は全てエレナ、お前の中にあった」
「私……?」
「忌々しい。ただの人間であるお前が私の力を持ち、魔女である私が人一人殺せないとはな。だがお前が死ねばきっと、その力は私に戻ってくる。だからお前を殺すことにしたのだ」
「リアナ……でもあなたは、リアナとして生まれたのよね? 今は、魔女に乗っ取られているだけなんでしょう?」
ふん、と鼻で笑ったリアナはクルスの腰から剣を取り、自分の腕に当ててスッと引いた。
「きゃあっ」
思わず目を閉じてしまったエレナ。ウィルが大丈夫というように手に力を込める。目を開けると、リアナの身体には傷一つ付いていなかった。
「これは魔女の力で作った身体。本来ディアス家の娘はお前だけだったのだ」
「えっ」
「お前が母親の腹に宿ったその瞬間に取り憑いて身体の一部を借り、もう一つの身体を作った。だがそこで力尽き、私は眠りについた。まさか魔女の力がエレナに吸収されたとは、目覚めるまで知らなかったがな」
リアナはウィルに向かって呼びかけた。
「そこにいる男よ。私の中身は確かに緋色の魔女だ。そしてそこにいるエレナも緋色の魔女。中身は人間だがその力は本物だ。さあ、どちらを殺すべきだろうな」
「決まっている。お前だ。エレナは人を殺したりしない」
「どうかな? 私を殺したとしても、私がエレナに取り憑いて一体化する可能性だってあるのだぞ? そうすればエレナの姿をした完全なる緋色の魔女が誕生することになる。それを、お前は殺せるのか?」
ウィルのこめかみから汗がひと筋流れる。
「ウィル様! こうなったら二人同時に命を取るしか手はありません!」
「その通りです! ここまで力の強い魔女であるなら、生かしたまま連れ帰るのは困難。災いの目は確実に摘まなくては!」
だがその言葉にもウィルは動こうとしない。
(ウィルは迷っている。この世界の未来のためには私を殺すことが最善なのに、私のせいで迷っている。優しいウィルに、辛い決断をさせてはいけない)
エレナは結界を出て自死しようと決意した。その時、頭の中に誰かが呼びかける声が響く。
『エレナ……エレナ』
「誰?」
『私は聖女を遣わす者』
「え……?」
『あれは冥界へ行かなければならないモノ。二度と生まれてはいけないモノ。三百年前の聖女の強い恨みが作り出した亡霊があなたの身体を使って復活しようとしている。だがあなたは本当は聖女なのです。あなたの奥に眠る力を呼び覚ましなさい」
「……私が? 私はいったい、どうしたらいいのですか」
『リアナの首を落としなさい。そうすればあなたの身体を奪おうと襲いかかってくるはず。その時あなたは聖女の祈りをもって迎え撃ち、あの亡霊とあなたの中の魔女の力、両方を滅するのです』
「聖女の祈りなんて私に出来るのでしょうか」
『大丈夫です。自分を信じて。彼を助けた時を思い出しなさい。この国を、この世界を救うこと、それだけを祈りなさい』
ハッと気がつくと、状況はさっきと何一つ変わっていなかった。頭の中でのあの会話は一瞬のことだったようだ。
(今の私にできること。それは今の啓示を実行すること。大丈夫、信じていい。自分の直感を信じよう)
「ウィル! 聞いて」
「どうした? エレナ」
「結界を解いて。そして、リアナの首を落として欲しいの。私は聖女として私の中の魔女を滅するために祈るから」
「いけません、ウィル様! 罠かもしれません!」
ウィルはチラリとイネスを見た。そしてもう一度エレナに向き合い、その瞳の奥を確かめるようにしっかりと見つめ、頷いた。
「わかった。エレナ、お前を信じる」
「ウィル様!」
「イネス、もし私が失敗したらその時はすぐに首を落として」
イネスは唇を噛むと頷いて、エレナの後ろで剣を構えた。
「では行くぞ、エミリオ。周りの兵士を薙ぎ払え」
「御意」
ウィルが結界を解いた。同時に強力な風の刃をリアナに向けて飛ばす。その鋭い刃がリアナの首をスッパリと切り裂いた瞬間、切り口から真っ黒な霧が吹き出してエレナに向かった。
「エレナ!」
ウィルが叫ぶ。
魔女の亡霊であるその霧が真っ直ぐにエレナに向かい、襲いかかると思われた刹那、ピシリと音がしてエレナの周りを光が覆った。全身が光り輝き、その光に黒い霧は弾かれ行き場を失って漂う。
「ぐ……これは聖女の力……? なぜだ。なぜお前にこんな力があるのだ……!」
光と霧はエレナの周りでしばらく拮抗し互いに押しつ戻りつしていた。
(私の中に聖女の力があるというのなら、お願い、力を貸して。私に取り憑いた魔女の力を消し去り、ここにいる人々を、この国を、この世界を救って――!)
エレナが目を閉じて強く祈ると身体から黒いオーラが漏れ始めた。それを見たイネスは剣を握る手に力を込めるが、ウィルが押し留める。
「エレナが身体の中の魔女の力と闘って追い出そうとしているんだ」
エレナの身体からざわりと出てきた魔女のオーラは、ますます濃く強くなる聖なる白い光に焼かれるかのようにジュワジュワと消えていく。そして周りを漂っていた黒い霧は捩れて渦を巻きながら、大地の下にあるという冥界に向けて吸い込まれていった。
「ぎゃあああぁ――!」
という恐ろしい叫び声を上げながら。
「せっかく思い出したのに、私の身体には何の力もなかった。あったのは魅了の力だけ。私が欲していた力は全てエレナ、お前の中にあった」
「私……?」
「忌々しい。ただの人間であるお前が私の力を持ち、魔女である私が人一人殺せないとはな。だがお前が死ねばきっと、その力は私に戻ってくる。だからお前を殺すことにしたのだ」
「リアナ……でもあなたは、リアナとして生まれたのよね? 今は、魔女に乗っ取られているだけなんでしょう?」
ふん、と鼻で笑ったリアナはクルスの腰から剣を取り、自分の腕に当ててスッと引いた。
「きゃあっ」
思わず目を閉じてしまったエレナ。ウィルが大丈夫というように手に力を込める。目を開けると、リアナの身体には傷一つ付いていなかった。
「これは魔女の力で作った身体。本来ディアス家の娘はお前だけだったのだ」
「えっ」
「お前が母親の腹に宿ったその瞬間に取り憑いて身体の一部を借り、もう一つの身体を作った。だがそこで力尽き、私は眠りについた。まさか魔女の力がエレナに吸収されたとは、目覚めるまで知らなかったがな」
リアナはウィルに向かって呼びかけた。
「そこにいる男よ。私の中身は確かに緋色の魔女だ。そしてそこにいるエレナも緋色の魔女。中身は人間だがその力は本物だ。さあ、どちらを殺すべきだろうな」
「決まっている。お前だ。エレナは人を殺したりしない」
「どうかな? 私を殺したとしても、私がエレナに取り憑いて一体化する可能性だってあるのだぞ? そうすればエレナの姿をした完全なる緋色の魔女が誕生することになる。それを、お前は殺せるのか?」
ウィルのこめかみから汗がひと筋流れる。
「ウィル様! こうなったら二人同時に命を取るしか手はありません!」
「その通りです! ここまで力の強い魔女であるなら、生かしたまま連れ帰るのは困難。災いの目は確実に摘まなくては!」
だがその言葉にもウィルは動こうとしない。
(ウィルは迷っている。この世界の未来のためには私を殺すことが最善なのに、私のせいで迷っている。優しいウィルに、辛い決断をさせてはいけない)
エレナは結界を出て自死しようと決意した。その時、頭の中に誰かが呼びかける声が響く。
『エレナ……エレナ』
「誰?」
『私は聖女を遣わす者』
「え……?」
『あれは冥界へ行かなければならないモノ。二度と生まれてはいけないモノ。三百年前の聖女の強い恨みが作り出した亡霊があなたの身体を使って復活しようとしている。だがあなたは本当は聖女なのです。あなたの奥に眠る力を呼び覚ましなさい」
「……私が? 私はいったい、どうしたらいいのですか」
『リアナの首を落としなさい。そうすればあなたの身体を奪おうと襲いかかってくるはず。その時あなたは聖女の祈りをもって迎え撃ち、あの亡霊とあなたの中の魔女の力、両方を滅するのです』
「聖女の祈りなんて私に出来るのでしょうか」
『大丈夫です。自分を信じて。彼を助けた時を思い出しなさい。この国を、この世界を救うこと、それだけを祈りなさい』
ハッと気がつくと、状況はさっきと何一つ変わっていなかった。頭の中でのあの会話は一瞬のことだったようだ。
(今の私にできること。それは今の啓示を実行すること。大丈夫、信じていい。自分の直感を信じよう)
「ウィル! 聞いて」
「どうした? エレナ」
「結界を解いて。そして、リアナの首を落として欲しいの。私は聖女として私の中の魔女を滅するために祈るから」
「いけません、ウィル様! 罠かもしれません!」
ウィルはチラリとイネスを見た。そしてもう一度エレナに向き合い、その瞳の奥を確かめるようにしっかりと見つめ、頷いた。
「わかった。エレナ、お前を信じる」
「ウィル様!」
「イネス、もし私が失敗したらその時はすぐに首を落として」
イネスは唇を噛むと頷いて、エレナの後ろで剣を構えた。
「では行くぞ、エミリオ。周りの兵士を薙ぎ払え」
「御意」
ウィルが結界を解いた。同時に強力な風の刃をリアナに向けて飛ばす。その鋭い刃がリアナの首をスッパリと切り裂いた瞬間、切り口から真っ黒な霧が吹き出してエレナに向かった。
「エレナ!」
ウィルが叫ぶ。
魔女の亡霊であるその霧が真っ直ぐにエレナに向かい、襲いかかると思われた刹那、ピシリと音がしてエレナの周りを光が覆った。全身が光り輝き、その光に黒い霧は弾かれ行き場を失って漂う。
「ぐ……これは聖女の力……? なぜだ。なぜお前にこんな力があるのだ……!」
光と霧はエレナの周りでしばらく拮抗し互いに押しつ戻りつしていた。
(私の中に聖女の力があるというのなら、お願い、力を貸して。私に取り憑いた魔女の力を消し去り、ここにいる人々を、この国を、この世界を救って――!)
エレナが目を閉じて強く祈ると身体から黒いオーラが漏れ始めた。それを見たイネスは剣を握る手に力を込めるが、ウィルが押し留める。
「エレナが身体の中の魔女の力と闘って追い出そうとしているんだ」
エレナの身体からざわりと出てきた魔女のオーラは、ますます濃く強くなる聖なる白い光に焼かれるかのようにジュワジュワと消えていく。そして周りを漂っていた黒い霧は捩れて渦を巻きながら、大地の下にあるという冥界に向けて吸い込まれていった。
「ぎゃあああぁ――!」
という恐ろしい叫び声を上げながら。
10
お気に入りに追加
238
あなたにおすすめの小説
王命を忘れた恋
須木 水夏
恋愛
『君はあの子よりも強いから』
そう言って貴方は私を見ることなく、この関係性を終わらせた。
強くいなければ、貴方のそばにいれなかったのに?貴方のそばにいる為に強くいたのに?
そんな痛む心を隠し。ユリアーナはただ静かに微笑むと、承知を告げた。
【完結】魅了が解けたあと。
乙
恋愛
国を魔物から救った英雄。
元平民だった彼は、聖女の王女とその仲間と共に国を、民を守った。
その後、苦楽を共にした英雄と聖女は共に惹かれあい真実の愛を紡ぐ。
あれから何十年___。
仲睦まじくおしどり夫婦と言われていたが、
とうとう聖女が病で倒れてしまう。
そんな彼女をいつまも隣で支え最後まで手を握り続けた英雄。
彼女が永遠の眠りへとついた時、彼は叫声と共に表情を無くした。
それは彼女を亡くした虚しさからだったのか、それとも・・・・・
※すべての物語が都合よく魅了が暴かれるとは限らない。そんなお話。
______________________
少し回りくどいかも。
でも私には必要な回りくどさなので最後までお付き合い頂けると嬉しいです。
聖女を騙った少女は、二度目の生を自由に生きる
夕立悠理
恋愛
ある日、聖女として異世界に召喚された美香。その国は、魔物と戦っているらしく、兵士たちを励まして欲しいと頼まれた。しかし、徐々に戦況もよくなってきたところで、魔法の力をもった本物の『聖女』様が現れてしまい、美香は、聖女を騙った罪で、処刑される。
しかし、ギロチンの刃が落とされた瞬間、時間が巻き戻り、美香が召喚された時に戻り、美香は二度目の生を得る。美香は今度は魔物の元へ行き、自由に生きることにすると、かつては敵だったはずの魔王に溺愛される。
しかし、なぜか、美香を見捨てたはずの護衛も執着してきて――。
※小説家になろう様にも投稿しています
※感想をいただけると、とても嬉しいです
※著作権は放棄してません
自業自得って言葉、知ってますか? 私をいじめていたのはあなたですよね?
長岡更紗
恋愛
庶民聖女の私をいじめてくる、貴族聖女のニコレット。
王子の婚約者を決める舞踏会に出ると、
「卑しい庶民聖女ね。王子妃になりたいがためにそのドレスも盗んできたそうじゃないの」
あることないこと言われて、我慢の限界!
絶対にあなたなんかに王子様は渡さない!
これは一生懸命生きる人が報われ、悪さをする人は報いを受ける、勧善懲悪のシンデレラストーリー!
*旧タイトルは『灰かぶり聖女は冷徹王子のお気に入り 〜自業自得って言葉、知ってますか? 私をいじめていたのは公爵令嬢、あなたですよ〜』です。
*小説家になろうでも掲載しています。
死に戻りの魔女は溺愛幼女に生まれ変わります
みおな
恋愛
「灰色の魔女め!」
私を睨みつける婚約者に、心が絶望感で塗りつぶされていきます。
聖女である妹が自分には相応しい?なら、どうして婚約解消を申し込んでくださらなかったのですか?
私だってわかっています。妹の方が優れている。妹の方が愛らしい。
だから、そうおっしゃってくだされば、婚約者の座などいつでもおりましたのに。
こんな公衆の面前で婚約破棄をされた娘など、父もきっと切り捨てるでしょう。
私は誰にも愛されていないのだから。
なら、せめて、最後くらい自分のために舞台を飾りましょう。
灰色の魔女の死という、極上の舞台をー
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる