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 一気に話し終えたリアナ。クルス王太子は彼女の横で呆然としている。そんなクルスをリアナは氷のような目でチラリと見、またエレナを見据えた。

「せっかく思い出したのに、私の身体には何の力もなかった。あったのは魅了の力だけ。私が欲していた力は全てエレナ、お前の中にあった」

「私……?」

「忌々しい。ただの人間であるお前が私の力を持ち、魔女である私が人一人殺せないとはな。だがお前が死ねばきっと、その力は私に戻ってくる。だからお前を殺すことにしたのだ」

「リアナ……でもあなたは、リアナとして生まれたのよね? 今は、魔女に乗っ取られているだけなんでしょう?」

 ふん、と鼻で笑ったリアナはクルスの腰から剣を取り、自分の腕に当ててスッと引いた。

「きゃあっ」

 思わず目を閉じてしまったエレナ。ウィルが大丈夫というように手に力を込める。目を開けると、リアナの身体には傷一つ付いていなかった。

「これは魔女の力で作った身体。本来ディアス家の娘はお前だけだったのだ」

「えっ」

「お前が母親の腹に宿ったその瞬間に取り憑いて身体の一部を借り、もう一つの身体を作った。だがそこで力尽き、私は眠りについた。まさか魔女の力がエレナに吸収されたとは、目覚めるまで知らなかったがな」

 リアナはウィルに向かって呼びかけた。

「そこにいる男よ。私の中身は確かに緋色の魔女だ。そしてそこにいるエレナも緋色の魔女。中身は人間だがその力は本物だ。さあ、どちらを殺すべきだろうな」

「決まっている。お前だ。エレナは人を殺したりしない」

「どうかな? 私を殺したとしても、私がエレナに取り憑いて一体化する可能性だってあるのだぞ? そうすればエレナの姿をした完全なる緋色の魔女が誕生することになる。それを、お前は殺せるのか?」

 ウィルのこめかみから汗がひと筋流れる。

「ウィル様! こうなったら二人同時に命を取るしか手はありません!」

「その通りです! ここまで力の強い魔女であるなら、生かしたまま連れ帰るのは困難。災いの目は確実に摘まなくては!」

 だがその言葉にもウィルは動こうとしない。

(ウィルは迷っている。この世界の未来のためには私を殺すことが最善なのに、私のせいで迷っている。優しいウィルに、辛い決断をさせてはいけない)

 エレナは結界を出て自死しようと決意した。その時、頭の中に誰かが呼びかける声が響く。

『エレナ……エレナ』

「誰?」

『私は聖女を遣わす者』

「え……?」

『あれは冥界へ行かなければならないモノ。二度と生まれてはいけないモノ。三百年前の聖女の強い恨みが作り出した亡霊があなたの身体を使って復活しようとしている。だがあなたは本当は聖女なのです。あなたの奥に眠る力を呼び覚ましなさい」

「……私が? 私はいったい、どうしたらいいのですか」

『リアナの首を落としなさい。そうすればあなたの身体を奪おうと襲いかかってくるはず。その時あなたは聖女の祈りをもって迎え撃ち、あの亡霊とあなたの中の魔女の力、両方を滅するのです』

「聖女の祈りなんて私に出来るのでしょうか」

『大丈夫です。自分を信じて。彼を助けた時を思い出しなさい。この国を、この世界を救うこと、それだけを祈りなさい』

 ハッと気がつくと、状況はさっきと何一つ変わっていなかった。頭の中でのあの会話は一瞬のことだったようだ。

(今の私にできること。それは今の啓示を実行すること。大丈夫、信じていい。自分の直感を信じよう)

「ウィル! 聞いて」

「どうした? エレナ」

「結界を解いて。そして、リアナの首を落として欲しいの。私は聖女として私の中の魔女を滅するために祈るから」

「いけません、ウィル様! 罠かもしれません!」

 ウィルはチラリとイネスを見た。そしてもう一度エレナに向き合い、その瞳の奥を確かめるようにしっかりと見つめ、頷いた。

「わかった。エレナ、お前を信じる」

「ウィル様!」

「イネス、もし私が失敗したらその時はすぐに首を落として」

 イネスは唇を噛むと頷いて、エレナの後ろで剣を構えた。

「では行くぞ、エミリオ。周りの兵士を薙ぎ払え」

「御意」

 ウィルが結界を解いた。同時に強力な風の刃をリアナに向けて飛ばす。その鋭い刃がリアナの首をスッパリと切り裂いた瞬間、切り口から真っ黒な霧が吹き出してエレナに向かった。

「エレナ!」

 ウィルが叫ぶ。

 魔女の亡霊であるその霧が真っ直ぐにエレナに向かい、襲いかかると思われた刹那、ピシリと音がしてエレナの周りを光が覆った。全身が光り輝き、その光に黒い霧は弾かれ行き場を失って漂う。

「ぐ……これは聖女の力……? なぜだ。なぜお前にこんな力があるのだ……!」

 光と霧はエレナの周りでしばらく拮抗し互いに押しつ戻りつしていた。

(私の中に聖女の力があるというのなら、お願い、力を貸して。私に取り憑いた魔女の力を消し去り、ここにいる人々を、この国を、この世界を救って――!)

 エレナが目を閉じて強く祈ると身体から黒いオーラが漏れ始めた。それを見たイネスは剣を握る手に力を込めるが、ウィルが押し留める。

「エレナが身体の中の魔女の力と闘って追い出そうとしているんだ」

 エレナの身体からざわりと出てきた魔女のオーラは、ますます濃く強くなる聖なる白い光に焼かれるかのようにジュワジュワと消えていく。そして周りを漂っていた黒い霧は捩れて渦を巻きながら、大地の下にあるという冥界に向けて吸い込まれていった。

「ぎゃあああぁ――!」

という恐ろしい叫び声を上げながら。
 
 
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