緋色の魔女と帝国の皇子

月(ユエ)/久瀬まりか

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 王都に向かう前に腹ごしらえをしようというイネスの提案で、エレナが火をおこし調理を始めた。イネスと二人で楽しそうに手を動かしている。

「無理していますね」

 エミリオが隣にいるウィルに小声で話しかける。

「そうだな。だがエレナは強い……人間として真っ直ぐな心を持っている。俺は、あいつは魔女ではないと信じたい」

「黒いオーラは二回とも見えたのですか?」

「……ああ。二回目はかなり大きなオーラだった。敵が多かったからかもしれないが……」

「身を守るためだけとはいえ魔女の力が出るとしたら……やはり可能性は捨てきれませんね」

 ウィルはそれには答えず、黙って遠くを見つめていた。

(エレナが魔女だとしたら……帝国に連れ帰れば厳しい尋問の末に断頭台に上げられる。魔女は、首を落とさねばならないのだ。だがそんな目に合わせたくはない。もしもの時は俺の手で苦しまぬようにひと息で……)

 想像したくもなかったが、最悪を考えて行動するのが常であるウィルはそんな自分に嫌気がさした。

(大丈夫だ。エレナはきっと魔女ではない。そう信じよう)

 明るく笑うエレナを見つめながら決意を固めるウィルであった。




 一時間後、四人の姿は王都外壁の内側にあった。エミリオが設置していた転移陣を使い、ウィルの力で四人同時に転移してきたのである。

「ここは……私が泊まった宿屋だわ」

 エレナが遠くからその建物の様子を見て言う。

「あの時はとても活気があってたくさんの人が泊まっていて。ここで働きたいなんてったくらい、女将さんもいい人だったの。だけど今は人影も見えないし……どうしたんだろう」

「様子を見てきます」

 イネスがサッと走って行く。中に入ってしばらくすると大きな声がして、イネスが戻って来た。

「何があった、イネス」

「はい。客は誰もおらず、女将は食堂にぼんやりと座っていました。ところが私の姿を見るなり『エレナを知らないかい? リアナ様を苦しめる悪女のエレナだよ。外から来たならアンタ、知ってるんだろ? エレナの居場所を教えなよ! ねえ!』と鬼気迫る表情で迫ってきました」

「ええっ? あの優しい女将さんが……?」

「手を出すわけにもいかず、振り切って出て来ましたが。あれは正常な状態ではありません」

(リアナのせいで、私のせいで、王都の人々がおかしなことになっている。やっぱり私はリアナのところへ行かなければ)

「ウィル、早く王宮に行きましょう。こんなこと、放ってはおけないわ」

 ウィルは頷き、荷物から何かを取り出した。

「エレナ。このマントを頭から被っておけ」

 ふわりと被せられたのは薄手のマント。地面ギリギリまでの長さがある。

「これは、姿を隠してくれるものなんだ。こうしておけば周りからはお前の姿は見えない。不法侵入するのに便利なアイテムなんだが初めて役に立ったな」

「ウィル様には必要ないですもんね」

「そうなの? イネス」

「魔法に長けているから姿など消さなくても誰にも負けることはないのですよ。コンテスティの中でも群を抜いて優秀な魔法の使い手ですから。ウィルフレド様が持っていないのは治癒魔法だけなのです」

 エミリオが代わって説明した。心なしか得意げな顔で、調子に乗って言葉を続ける。

「もしもエレナさんがウィルフレド様と結婚したら、治癒魔法も手に入れて最強夫婦ですね」

「なっ、エミリオ、何を言ってる!」

「エミリオさん! そんな、ウィルに申し訳ないこと言わないでください!」

「やだわ、二人とも真っ赤になっちゃって。エミリオの軽いジョークなのに」

 イネスが揶揄うように笑う。本気で答えてしまったエレナはばつが悪くて、赤い顔のまま下を向いた。

「さあ、無駄口叩いてないで行くぞ。エミリオ、王宮近くに転移陣はあるか」

「もちろんです。王宮内広場の隅に設置しておきました」

「よし。じゃあ行くぞ」

 ウィルがエレナを腕の中に抱き、イネスとエミリオもウィルの側に立つ。呪文と共に陣が現れ、風が吹くとあっという間に王宮の中庭にいた。

(あの日初めて入った王宮……! だけど何か違う。全てがくすんで見える)

「黒いオーラが漂っているな」

「やはり魔女ですか、ウィル様」

「地を這うようにオーラが王宮全体を覆っている。そして門から外へと流れ出て街へ向かっているようだ」

 兵士の姿も見当たらない。みんな、どこへ行ってしまったんだろう。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
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