22 / 37
22
しおりを挟む王都に向かう前に腹ごしらえをしようというイネスの提案で、エレナが火をおこし調理を始めた。イネスと二人で楽しそうに手を動かしている。
「無理していますね」
エミリオが隣にいるウィルに小声で話しかける。
「そうだな。だがエレナは強い……人間として真っ直ぐな心を持っている。俺は、あいつは魔女ではないと信じたい」
「黒いオーラは二回とも見えたのですか?」
「……ああ。二回目はかなり大きなオーラだった。敵が多かったからかもしれないが……」
「身を守るためだけとはいえ魔女の力が出るとしたら……やはり可能性は捨てきれませんね」
ウィルはそれには答えず、黙って遠くを見つめていた。
(エレナが魔女だとしたら……帝国に連れ帰れば厳しい尋問の末に断頭台に上げられる。魔女は、首を落とさねばならないのだ。だがそんな目に合わせたくはない。もしもの時は俺の手で苦しまぬようにひと息で……)
想像したくもなかったが、最悪を考えて行動するのが常であるウィルはそんな自分に嫌気がさした。
(大丈夫だ。エレナはきっと魔女ではない。そう信じよう)
明るく笑うエレナを見つめながら決意を固めるウィルであった。
一時間後、四人の姿は王都外壁の内側にあった。エミリオが設置していた転移陣を使い、ウィルの力で四人同時に転移してきたのである。
「ここは……私が泊まった宿屋だわ」
エレナが遠くからその建物の様子を見て言う。
「あの時はとても活気があってたくさんの人が泊まっていて。ここで働きたいなんてったくらい、女将さんもいい人だったの。だけど今は人影も見えないし……どうしたんだろう」
「様子を見てきます」
イネスがサッと走って行く。中に入ってしばらくすると大きな声がして、イネスが戻って来た。
「何があった、イネス」
「はい。客は誰もおらず、女将は食堂にぼんやりと座っていました。ところが私の姿を見るなり『エレナを知らないかい? リアナ様を苦しめる悪女のエレナだよ。外から来たならアンタ、知ってるんだろ? エレナの居場所を教えなよ! ねえ!』と鬼気迫る表情で迫ってきました」
「ええっ? あの優しい女将さんが……?」
「手を出すわけにもいかず、振り切って出て来ましたが。あれは正常な状態ではありません」
(リアナのせいで、私のせいで、王都の人々がおかしなことになっている。やっぱり私はリアナのところへ行かなければ)
「ウィル、早く王宮に行きましょう。こんなこと、放ってはおけないわ」
ウィルは頷き、荷物から何かを取り出した。
「エレナ。このマントを頭から被っておけ」
ふわりと被せられたのは薄手のマント。地面ギリギリまでの長さがある。
「これは、姿を隠してくれるものなんだ。こうしておけば周りからはお前の姿は見えない。不法侵入するのに便利なアイテムなんだが初めて役に立ったな」
「ウィル様には必要ないですもんね」
「そうなの? イネス」
「魔法に長けているから姿など消さなくても誰にも負けることはないのですよ。コンテスティの中でも群を抜いて優秀な魔法の使い手ですから。ウィルフレド様が持っていないのは治癒魔法だけなのです」
エミリオが代わって説明した。心なしか得意げな顔で、調子に乗って言葉を続ける。
「もしもエレナさんがウィルフレド様と結婚したら、治癒魔法も手に入れて最強夫婦ですね」
「なっ、エミリオ、何を言ってる!」
「エミリオさん! そんな、ウィルに申し訳ないこと言わないでください!」
「やだわ、二人とも真っ赤になっちゃって。エミリオの軽いジョークなのに」
イネスが揶揄うように笑う。本気で答えてしまったエレナはばつが悪くて、赤い顔のまま下を向いた。
「さあ、無駄口叩いてないで行くぞ。エミリオ、王宮近くに転移陣はあるか」
「もちろんです。王宮内広場の隅に設置しておきました」
「よし。じゃあ行くぞ」
ウィルがエレナを腕の中に抱き、イネスとエミリオもウィルの側に立つ。呪文と共に陣が現れ、風が吹くとあっという間に王宮の中庭にいた。
(あの日初めて入った王宮……! だけど何か違う。全てがくすんで見える)
「黒いオーラが漂っているな」
「やはり魔女ですか、ウィル様」
「地を這うようにオーラが王宮全体を覆っている。そして門から外へと流れ出て街へ向かっているようだ」
兵士の姿も見当たらない。みんな、どこへ行ってしまったんだろう。
10
お気に入りに追加
250
あなたにおすすめの小説
だって私は、初めてお会いした日からずっとあなたのものだったのですから。
石河 翠
恋愛
伯爵令嬢だったソフィアは、領地で発生した大量の魔物に襲われ、家族と視力を失った。その上、信頼していた婚約者にも裏切られてしまう。
ある日、彼女は屋敷を訪れた若い騎士の夜の相手をするように命令された。しかし生真面目な騎士が無体を働くことはなく、彼女を救い出してみせると約束してくれる。それからソフィアの元に手紙や贈り物が届けられるように。
ところがある日を境に便りは途絶え、代わりに怪しい連中が屋敷をうろつきはじめる。さらにソフィアは屋敷を襲った夜盗に拐われてしまい……。
生真面目な騎士を信じたヒロインと、一目惚れしたヒロインのためにすべてを捧げた騎士の恋物語。
ハッピーエンドです。
この作品は、他サイトにも投稿しております。
表紙絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品(写真のID:23786143)をお借りしております。
婚約破棄された聖女は、愛する恋人との思い出を消すことにした。
石河 翠
恋愛
婚約者である王太子に興味がないと評判の聖女ダナは、冷たい女との結婚は無理だと婚約破棄されてしまう。国外追放となった彼女を助けたのは、美貌の魔術師サリバンだった。
やがて恋人同士になった二人。ある夜、改まったサリバンに呼び出され求婚かと期待したが、彼はダナに自分の願いを叶えてほしいと言ってきた。彼は、ダナが大事な思い出と引き換えに願いを叶えることができる聖女だと知っていたのだ。
失望したダナは思い出を捨てるためにサリバンの願いを叶えることにする。ところがサリバンの願いの内容を知った彼女は彼を幸せにするため賭けに出る。
愛するひとの幸せを願ったヒロインと、世界の平和を願ったヒーローの恋物語。
ハッピーエンドです。
この作品は、他サイトにも投稿しております。
表紙絵は写真ACより、チョコラテさまの作品(写真のID:4463267)をお借りしています。

自業自得って言葉、知ってますか? 私をいじめていたのはあなたですよね?
長岡更紗
恋愛
庶民聖女の私をいじめてくる、貴族聖女のニコレット。
王子の婚約者を決める舞踏会に出ると、
「卑しい庶民聖女ね。王子妃になりたいがためにそのドレスも盗んできたそうじゃないの」
あることないこと言われて、我慢の限界!
絶対にあなたなんかに王子様は渡さない!
これは一生懸命生きる人が報われ、悪さをする人は報いを受ける、勧善懲悪のシンデレラストーリー!
*旧タイトルは『灰かぶり聖女は冷徹王子のお気に入り 〜自業自得って言葉、知ってますか? 私をいじめていたのは公爵令嬢、あなたですよ〜』です。
*小説家になろうでも掲載しています。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。


そろそろ前世は忘れませんか。旦那様?
氷雨そら
恋愛
結婚式で私のベールをめくった瞬間、旦那様は固まった。たぶん、旦那様は記憶を取り戻してしまったのだ。前世の私の名前を呼んでしまったのがその証拠。
そしておそらく旦那様は理解した。
私が前世にこっぴどく裏切った旦那様の幼馴染だってこと。
――――でも、それだって理由はある。
前世、旦那様は15歳のあの日、魔力の才能を開花した。そして私が開花したのは、相手の魔力を奪う魔眼だった。
しかも、その魔眼を今世まで持ち越しで受け継いでしまっている。
「どれだけ俺を弄んだら気が済むの」とか「悪い女」という癖に、旦那様は私を離してくれない。
そして二人で眠った次の朝から、なぜかかつての幼馴染のように、冷酷だった旦那様は豹変した。私を溺愛する人間へと。
お願い旦那様。もう前世のことは忘れてください!
かつての幼馴染は、今度こそ絶対幸せになる。そんな幼馴染推しによる幼馴染推しのための物語。
小説家になろうにも掲載しています。
【完結】「私は善意に殺された」
まほりろ
恋愛
筆頭公爵家の娘である私が、母親は身分が低い王太子殿下の後ろ盾になるため、彼の婚約者になるのは自然な流れだった。
誰もが私が王太子妃になると信じて疑わなかった。
私も殿下と婚約してから一度も、彼との結婚を疑ったことはない。
だが殿下が病に倒れ、その治療のため異世界から聖女が召喚され二人が愛し合ったことで……全ての運命が狂い出す。
どなたにも悪意はなかった……私が不運な星の下に生まれた……ただそれだけ。
※無断転載を禁止します。
※朗読動画の無断配信も禁止します。
※他サイトにも投稿中。
※表紙素材はあぐりりんこ様よりお借りしております。
「Copyright(C)2022-九頭竜坂まほろん」
※小説家になろうにて2022年11月19日昼、日間異世界恋愛ランキング38位、総合59位まで上がった作品です!

もう尽くして耐えるのは辞めます!!
月居 結深
恋愛
国のために決められた婚約者。私は彼のことが好きだったけど、彼が恋したのは第二皇女殿下。振り向いて欲しくて努力したけど、無駄だったみたい。
婚約者に蔑ろにされて、それを令嬢達に蔑まれて。もう耐えられない。私は我慢してきた。国のため、身を粉にしてきた。
こんなにも報われないのなら、自由になってもいいでしょう?
小説家になろうの方でも公開しています。
2024/08/27
なろうと合わせるために、ちょこちょこいじりました。大筋は変わっていません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる