緋色の魔女と帝国の皇子

月(ユエ)/久瀬まりか

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「私が……魔女?」

 声が掠れる。ちゃんと話さなければと思うのに、これ以上言葉が出てこない。

「待て、エレナ。まだそうと決まったわけじゃない」

「でも、そうだわ……私が触れると花も枯れていたの。どうしてだろうってずっと思ってた。人間だけじゃないの、動物も虫も、私には何も近づこうとしなかったの。それは私が魔女だったからなのね……?」

 エレナの手は震え、その震えが身体に伝わっていく。ゾクゾクと寒気が襲い恐怖で叫び出しそうで、思わず口を押さえた。

「エレナ!」

 ウィルが突然エレナを抱きしめた。背の高いウィルの胸の中にすっぽりと入ってしまう華奢なエレナの身体。ウィルの体温に触れ心臓の鼓動が聞こえてエレナは次第に落ち着き、身体に温度が戻ってきたように感じた。

「早まるな。魔女はリアナのほうかもしれないんだ。だから落ち着け。俺たちと一緒に考えよう。今後どうすればいいか」

「一緒に……いていいの……?」

「当たり前だ。俺たちは仲間だろう?」

 ウィルの優しい声にエレナの涙腺は崩壊し、彼の胸にしがみついてシャツを濡らすほど泣いた。
 イネスはやれやれ、と肩をすくめ微笑んで二、三歩下がり、口笛を吹いた。小さなツバメが現れ、空に向かって消えていく。

「エミリオも呼びますね」

「そうだな。もう合流した方がいいだろう」

 やがてエレナの涙がおさまって、ヒックとしゃくり上げる程度になった時、転移陣から風が舞い一人の青年が現れた。

「エミリオ。無事だったか」

「はい。ツバメが魅了にやられてしまい、連絡ができなくて困っておりました。ちょうど王都の外へ出たところでイネスのツバメが来てくれて助かりました」

 ウィルの腕の中で半ベソをかいていたエレナはしゃくり上げながら尋ねる。

「……この方は……?」

「もう一人の側近、エミリオだ。歳は十七、エレナの一つ上だな」

「エレナです。よろしくお願いします……」

 初対面の人に恥ずかしいところを見られたエレナはようやくウィルから離れ、シャツの腕で涙を拭った。

「確かにリアナ・ディアスと瓜二つですね、双子だから当たり前ではありますが。ただ……醸し出す雰囲気が違う」

「リアナはどんな雰囲気なんだ?」

「暗く禍々しいものを感じました。バルコニーにいる姿を遠くから見ただけですが」

「エレナはどうだ? 何か感じるか」

 エミリオはじっとエレナを見つめた。茶色の瞳が一瞬透明度を増し、琥珀のように透き通って見えた。

「いえ。何も感じません」

「そうか……エレナ、エミリオは人ならぬモノを見分ける目を持っている。霊や妖、怨念などをな。そのエミリオがエレナから何も感じないと言っているんだ。安心しろ」

「本当ですか……?」

「ええ。何も感じません」

「では話を進めよう。エレナ、双子の姉リアナについて教えてくれるか」

「リアナは私と同じ顔だけど髪は蜂蜜のように輝く金髪で、側にいると誰もが愛さずにはいられない。とても魅力のある女の子よ」

「性格はどうなんだ?」

「いつもにこにこしていて、怒るのを見たことがないわ」

「普通の人間のように、好きなものや嫌いなものはあるか」

 そこでエレナは少し考えた。
 リアナが何かを好きだと言ったことってあっただろうか? 妹であるエレナのことにも当然興味を持っていなかったが、実は何に対しても無関心ではなかったか。

「あっ、でもクルス王太子様のことは一目で恋に落ちたと言ってたわ。だから、そういう感情はあると思うんだけど……」

 その時、エレナの脳裏にあの晩のリアナが浮かんだ。暗闇に浮かぶぼんやりとした姿、仮面のような顔。

「どうした、エレナ。急に思い詰めた顔をして」

 心配そうなウィルの言葉にハッとするエレナ。

「……実は、誕生日の夜に私、リアナに殺されかけたの」

「何だって? 本当か」

「あまりに非現実的で、夢だったと思うようにしていたんだけど……あれは現実だわ。真夜中にリアナが私の部屋に来て、首をグッと締めつけてきたの。何の感情もないような無表情で。苦しくて声が出なくて、やめて! って思ったら後ろに飛んで下がって、そのまま部屋を出て行ったのよ」

 そこまで話すと、ウィルが真剣な顔をしていることに気づいた。


 
 
 


 
 
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