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朝方目を覚ましたエレナは、見覚えのない部屋に寝ていることに驚いた。しかもベッドは藁ではなくちゃんとふわふわした敷物。シーツも清潔だしとてもいい宿のようだ。
隣のベッドにはイネスがいた。ゆうべは遅かったのか、ぐっすりと眠っている。
(そういえば昨日私、ウィルの背中におぶさったまま眠ってしまったのね……)
広くて温かくて逞しい背中を思い出すとなんだか恥ずかしい。男性にはほとんど免疫が無いエレナにとって、こんなに接近した男性はダンスをした時のクルス王太子とウィルだけだ。
(庶民の世界では、男女の距離は普段から近いものなのかしら)
布団に入ったままいろいろと考えていると、イネスが目を覚ました。
「あらエレナ、もう起きてたの?」
「ええ、おはよう、イネス。昨日は私、ウィルに迷惑かけちゃったみたいね」
「迷惑じゃないわよ、大丈夫大丈夫。それよりお腹空いてない? 早く支度して食事しに行きましょ」
身支度して部屋を出ると、イネスが隣の部屋をコンコンとノックした。
「ここがウィルの泊まってる部屋よ」
「まだ寝てるのかな」
「たぶんね。今日は野宿じゃないから安心してるんでしょ」
食堂に降りるととうもろこしスープのいい匂いが漂っていた。パンの焼ける香ばしい匂いもする。
「あー、お腹空いてきた!」
「夕飯抜きで寝ちゃってたもんね。朝食はおかわり自由だからいっぱい食べちゃいなさい」
「はぁい!」
二人が美味しいパンとスープを食べていると、ボサボサの頭でウィルが現れた。昨日のこともあり、エレナはすぐに明るく声を掛ける。
「おはよう、ウィル!」
「んー……ああ」
寝ぼけまなこのウィルはなんだか幼なく見えて可愛らしい。
「ウィル、昨日はごめんなさい。重たいのに長時間おぶってくれて本当にありがとう」
「……どういたしまして。たいして重くなかったし」
「おおっ? ちゃんと気を遣えるようになったわね。昔のウィルなら女性に対しても「すげー重かった』とか言いそうなのに」
「鍛えてるから大丈夫ってことだ。うるさいぞ、イネス」
イネスはクスクスと笑いながらウィルの前に朝食を置いた。それを見たエレナはしまった、と反省する。
「あ、私が持ってきてあげたら良かったな……ホント、気が利かなくてごめんなさい」
これまではただ給仕される立場だった。でも今後は自分のものは自分で取らなきゃいけないし、誰かに持ってきてあげるということもしていかなくちゃ。
「これから覚えていけばいいのよ。まだ旅は始まったばかりだもの」
「そうね。頑張るわ」
朝食を終えるとすぐに三人は出発した。
「まずは市場で買い物よ」
賑やかな市場には人が大勢いて、それだけでエレナはワクワクしてきた。
「何を買うの? イネス」
「昨日ドレス売っちゃったからね、エレナの服を買うわよ」
天幕に服をたくさん吊り下げている露店に行き、エレナに良さそうなものをイネスが選んでくれた。
「旅の服装なんて色も形もほぼ同じだからね。問題はサイズだけ。私の服は少し大きかったみたいだからこれくらいでどうかしら」
(そうなのよね……イネスは胸もお尻もバーンと大きくて、それでいてウエストはキュッと引き締まっていてすごく素敵な体型。イネスに借りた服は胸が余っちゃってて、私はまだまだ女らしくないんだと痛感しちゃった)
シャツとパンツを二着ずつ、それとブーツも試し履きをして合うものを選んだ。
「あとは雨用のマントと、荷物を入れる巾着袋。肩から背負えるようにね。あ、ねえおじさん。この鞄、買い取ってくれない?」
イネスはエレナの鞄を店主に見せた。
「いい革を使った鞄じゃないか。そうだな、百リーレでどうだい。それなら、今選んだ服と交換にしてやるよ」
「ちょっと安いわよ! 他の店なら百五十リーレは出すはずよ」
「わかったわかった。じゃあその服に五十リーレ付けてやる。これでいいかい?」
「ええ。交渉成立ね。ちょっと店の裏で着替えさせてくれる?」
「ああいいとも」
そうして着替えた服はエレナにぴったりだった。荷物も肩から掛けるので両手が空く。楽に歩けそうだ。
「髪も短くなったし、とても気分がいいわ。ありがとう、イネス」
「ふふ、エレナのドレス代から出したんだもの。お礼なんて言わなくていいのよ」
店から出ると、ウィルが待っていた。
「お待たせ、ウィル。買い物は終わったの?」
ウィルは食料を買いに別の店に行っていたのだ。
「ああ。いい香草も手に入った。これで少しは肉が美味く食える」
(そうよね。自分たちの食事は材料から全て必要なのよね。私も今日からはちゃんと作り方を習おう)
エレナはウィルが買ってきた物を見せてもらった。香草、塩、木の実、干し肉、そして堅パン。魚を干したものもあった。
「それとこれはエレナ、お前のだ」
小さな木筒を手渡された。
「これ何? ウィル」
「水筒だ。水の無い場所を歩くこともあるからな。井戸や小川を見つけたら必ず水を確保すること」
(水……それすらもちゃんと自分で用意しなきゃいけないんだ。しっかりしていないとすぐに命なんてなくなっちゃいそう。これが庶民の暮らしなんだ)
水筒には既に水が入れてあった。エレナはありがたくその水筒を巾着袋に入れて背負った。
「じゃあ出発するぞ。あまりのんびりしていて追手が来てしまったら意味ないからな」
「よーし、じゃあエレナ、今日は夜まで頑張って歩くのよ!」
「わかった! 頑張るわ」
そして三人は街道を歩き始めた。
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