緋色の魔女と帝国の皇子

月(ユエ)/久瀬まりか

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 翌朝エレナが目覚めた時には、もう二人は朝食の用意も終えていた。

「ごめんなさいっ! 寝坊しました!」

「別にいいわよー。それより、小川で顔、洗っておいで」

「はあい」

 鞄から手巾を取り出し小川へ向かう。そんなことも初めてで楽しい。

「よいしょ……」

 スカートが濡れないように気をつけてしゃがむ。だが踵の高い靴は不安定で、グラリと身体が傾いた。

「きゃ……!」

 川に落ちると思った瞬間、逞しい腕に抱えられた。

「何やってんだ」

「ウィル! あ、ありがと……」

「支えといてやるからさっさと洗え」

「うん、わかった……」


 子供みたいな扱いでなんだか恥ずかしい。末の妹という設定なのだから当たり前なのだけど。

(そういえば二人は何歳なんだろう? 私よりもずっと落ち着いているから、二十歳以上なのかしら)


 顔を洗い終えたエレナはイネスのもとに向かった。

「エレナ、ちょっとこっちに来て。これね、私の服なんだけど着替えて」

 イネスはそう言ってポンと服を投げて寄越す。

「いいんですか? 借りても」

「そのドレスじゃあ目立ち過ぎるもの。宿場町に着いたらドレスを売って、エレナ用の服を買いましょう。靴は、これを履いて」

 投げてくれたのは柔らかい革で出来た膝下までのブーツだった。
 ウィルが昨日まで馬車に繋がれていた馬に水を飲ませに行っている間に、エレナは着替えをした。
 初めての庶民服、しかもパンツ姿。パンツの裾はブーツに入れ込み、イネスとお揃いの姿になった。

「あらあ、なんか可愛いじゃない。まだスリムだから少年ぽいわ」

 それを聞いてエレナは思いついた。

「ねえイネス、私、髪を切ろうかしら」

「髪? そんなに綺麗な黒髪なのに勿体なくない?」

「でも庶民でここまで長い髪の人をあまり見かけないし、どうせ手入れも出来ないもの。すぐに乾くようにショートカットなんてどうかな」

「あらいいわね。似合いそう。じゃあ思い切ってやっちゃおうか」

「うん、お願い!」

 二人がキャッキャと喜んでいるところへウィルが戻ってきた。

「何笑ってるんだ……って、おい!」

 ウィルが驚いて目を丸くしている。それだけでエレナは楽しくてたまらなかった。

「どう? 私のカットの腕もなかなかでしょう! いやー、我ながら可愛くできたわー。ね、エレナ」

「どうかな? ウィル。似合う?」

 ズイっとウィルの前に出て出来上がったばかりの髪型を見せるエレナ。

「随分思い切ったな……いや、似合うけど……」

「やーね、ウィルったら。顔を赤くしちゃって」

「……! イネス! んなわけないだろ!」

「はーいはい。朝食にしましょうねー」


 青空の下で食べる朝食はたまらなく美味しく感じた。ディアス家ではいつも息が詰まるような生活をしていたのだとエレナは改めて思った。


「じゃあ、これからのことだが」

 食べ終わるとウィルが話し始めた。

「アルバ領へ行く必要はなくなったのだから、このまま南へ向かうか。北は気候も厳しいし、生活するには南のほうがいいだろう」

「そうね。私、寒いのは苦手かも。暖かい土地に行ってみたいな」

「じゃあ決まりだ。馬とドレスは南の町で金に替えるぞ」

 三人は林から街道に戻り、南へ向かう分かれ道まで歩いた。その途中、破落戸ごろつき風の男が二人、馬で勢いよく追い抜いて東へと消えて行った。

「もしかしたら、エレナを狙った追手かもしれんな」

「えっ! 今のが?」

「あり得るわよ。ゆうべエレナが宿に泊まった形跡が無いんだし、きっと探してるんだわ。髪、切っておいてよかったわね」

 本当にそうだ、とエレナは思った。庶民の服装をしていても、貴族らしい長い髪では怪しまれてしまう。でもこうして短い髪で、しかも二人と一緒にいれば。きっと、すぐには気付かれないだろう。

「少しスピードを上げて歩くか。エレナ、どうしてもダメならおぶってやるから言え」

「なっ……おぶるんじゃなくて、う、馬、馬とかどうなんでしょう」

「鞍が付いてないからお前には無理だろう。それとも裸馬でも乗れるか?」

 エレナは乗馬などしたことはない。ウィルが無理と言うならきっと無理なんだろう。

「……乗れません……」

「だろうな。だから、早めに言うんだぞ」

「はい……」

(おんぶなんて赤ちゃんみたいなこと、絶対恥ずかしい。何が何でも頑張って歩かなきゃ)

 そう決意していたエレナだが、やはり長時間歩いたことのない貴族令嬢。半日歩いたところで限界を迎えたため強制的にウィルの背中に乗せられることになった。

「ごめんなさい……」

「亀みたいなスピードでは夜までに町に着けないからな。このほうが俺たちも楽だ」

「気にしないで寝ちゃいなさい、エレナ。これくらい、ウィルは鍛えてるんだから大丈夫よ」

 十六歳になる自分を軽々と背負って歩いてくれるウィル。広い背中は温かく、もし父が優しい人だったらこうやっておぶってくれたのかな……と思った。
 そしていつの間にか、背中で眠ってしまっていた。


「寝ちゃったわ」

「お嬢さんにはキツイ道のりだろうからな」

「明日、ちょうどいい大きさのブーツを買わなきゃね」
 


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