緋色の魔女と帝国の皇子

月(ユエ)/久瀬まりか

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 馬車が動き出した振動でエレナは目を覚ました。ひんやりした手が額に乗せられ、気持ちがいい。

「気がついた? 気分はどう?」

 柔らかな女性の声。なんとエレナは膝枕をされていた。どうりで気持ち良かったはずだ。
 焦ってすぐに身体を起こす。

「は、はい! 大丈夫……です」

 微笑んでエレナを見つめるその女性は、年の頃は二十歳くらいだろうか。髪をお団子にして丸め、旅の軽装をしているその人はイネスと名乗った。

「私と弟のウィルフレド……さっき、あの男を捕まえた子ね。私たちは二人で旅をしているの。徒歩での旅だから森の中を探索して水や食糧を探していたところ、あなたの悲鳴が聞こえてね。ウィルが走って行って捕まえたってわけ」

「あ、そういえばあの方は……?」

「今、御者台で馬車を走らせてるわよ。そうそう、さっきの男は縛り上げたまま森に置いてきたから」

「えっ」

「人を殺そうとしたんだから当然よ。命があるだけマシだと思うわ」

(そうだわ……私、殺されかけたんだ)

 じわっと涙が浮かんでくる。イネスはエレナの手に自分の手を重ね、慰めるようにポンポンと叩いた。

「私ね、旅の占い師なの。これまでにいろんな人の人生を見てきたわ。良かったら話してみない? あなたの辛さを吐き出すだけでも楽になると思う」

 エレナの目から、抑えていた涙がポロポロとこぼれ始めた。人前で泣くなんて生まれて初めてのこと。父母からはみっともないから泣き顔を見せるなといつも怒られていたから。

「私……私……」

 会ったばかりなのに全てを話してしまいたくなるのは、この人が占い師だからだろうか。
 エレナはディアス家の名前こそ出さなかったが、自分のこれまでの辛かったことを堰を切ったように話し始めた。

 生まれた時から姉と比べられ、嫌われていたこと。家族の誰からも愛されず使用人からも疎まれていたこと。学園では無視され嫌がらせをされ、毎日地獄のような日々だったこと。そして姉の結婚が決まったと同時に家を出されてしまったこと。

 幼な子のように泣きながらの告白が終わると、イネスが優しく抱きしめてくれた。

「そんな環境でよく頑張って生きてきたわね。あなたは偉いわ」

「……!」

 また涙が溢れだす。生まれて初めて言われた言葉。ずっとずっと、家族に……いや、誰かに言って欲しかった言葉。それを、会ったばかりの人に言ってもらえた。エレナは嬉しくてイネスに抱きついてひたすらに泣いた。

 どのくらいそうしていただろう。ふとエレナは自分がとても恥ずかしいことをしていると気がついた。

(初対面の人に抱きついて涙を見せるなんて……貴族令嬢としてはあるまじき行儀マナーだわ。でも私……もう、貴族なんかでいなくても、いいのかもしれない)
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