6 / 37
6
しおりを挟む
鏡で見ると、うっすらとリアナの指の跡が首に付いているような気がする。
白粉をはたいて誤魔化せる程度の色だったのは幸いだった。念のためスカーフを巻くことにする。旅支度として不自然ではないし、一週間の旅の間に綺麗に消えてしまうだろう。
朝食の席でリアナはどんな態度を取るだろうかと身構えて食堂に向かったエレナだが、あまりにもいつも通りで拍子抜けしてしまった。
「おはよう、エレナ。今朝も早いのね」
「え、ええ、おはようリアナ……」
愛らしい笑みを浮かべて食卓につくリアナ。彼女が今朝のオムレツの出来について侍女と楽しく語らっているのもいつものこと。そして父母が入ってきて、リアナにだけキスをするのも同じ。
(もしかしてゆうべのことは夢だったの……?)
誕生日パーティーの疲れで嫌な夢を見たのだろうか。それにしてはリアルだったし、首の跡の説明がつかない。
(わからないけれど……でももういいわ。私はこの後すぐ出発するのだし)
父母は最後の食事の間もリアナとばかり話して、エレナに話し掛けることはなかった。
食事を終えるとエレナは席を立ち、父母の前で挨拶をした。
「お父様お母様、そしてリアナ。十六年間お世話になりありがとうございました。私はこれより辺境へ出発します」
リアナと楽しく話していたのを邪魔されたためか、父は小さく舌打ちをした。そして胸ポケットから一通の手紙を取り出しエレナに渡す。
「これは修道院の紹介状だ。もし男爵に気に入られず追い出されるようなことになってもこの家には帰ってこないように。話をつけてあるから、ここで余生を過ごすのだ。わかったな」
(そんなところまで用意周到に……本当に私のことが嫌いなのですね)
母を見ると相変わらずエレナをチラッとも見ようとしない。リアナはニコニコと微笑んで、でも何も言わなかった。
「では失礼いたします」
エレナが頭を下げると父が軽く右手を上げた。それで別れは終了だ。
食堂を出て行くエレナの背中に、三人の楽しそうな話し声が泡のように弾けて消えた。
「あなたが旅の御者?」
初めて見る男にエレナは戸惑った。馬車もいつもよりさらにみすぼらしく、平民と変わりないものになっていた。
「お屋敷の御者たちが誰一人手を挙げなかったそうでなぁ、代わりに雇われたんでさぁ。あんた、随分と嫌われてるんだなぁ」
欠けた歯を見せながらケラケラと笑われてエレナは傷ついた。せめていつもの馬車と御者で送ってくれるものと思っていたから。
荷物は小さな鞄一つだけ。向こうでの服は男爵に用意してもらえと言われて旅の間の着替えが一着。それと下着や手巾。宿代と食事代が入った布袋、それでおしまい。大好きな本も一冊も持ち出しが許されなかった。
(これではまるで、そう……監獄に行く時のよう……)
結局誰からも見送られることなく馬車は出発した。仮にもこれから花嫁になるというのに、男性御者と二人きりの旅。男爵に疑いを持たれないのだろうか。もしかしたら受け入れられないのではないか。
エレナはこの旅に暗雲が立ち込めてくるのを感じていた。
白粉をはたいて誤魔化せる程度の色だったのは幸いだった。念のためスカーフを巻くことにする。旅支度として不自然ではないし、一週間の旅の間に綺麗に消えてしまうだろう。
朝食の席でリアナはどんな態度を取るだろうかと身構えて食堂に向かったエレナだが、あまりにもいつも通りで拍子抜けしてしまった。
「おはよう、エレナ。今朝も早いのね」
「え、ええ、おはようリアナ……」
愛らしい笑みを浮かべて食卓につくリアナ。彼女が今朝のオムレツの出来について侍女と楽しく語らっているのもいつものこと。そして父母が入ってきて、リアナにだけキスをするのも同じ。
(もしかしてゆうべのことは夢だったの……?)
誕生日パーティーの疲れで嫌な夢を見たのだろうか。それにしてはリアルだったし、首の跡の説明がつかない。
(わからないけれど……でももういいわ。私はこの後すぐ出発するのだし)
父母は最後の食事の間もリアナとばかり話して、エレナに話し掛けることはなかった。
食事を終えるとエレナは席を立ち、父母の前で挨拶をした。
「お父様お母様、そしてリアナ。十六年間お世話になりありがとうございました。私はこれより辺境へ出発します」
リアナと楽しく話していたのを邪魔されたためか、父は小さく舌打ちをした。そして胸ポケットから一通の手紙を取り出しエレナに渡す。
「これは修道院の紹介状だ。もし男爵に気に入られず追い出されるようなことになってもこの家には帰ってこないように。話をつけてあるから、ここで余生を過ごすのだ。わかったな」
(そんなところまで用意周到に……本当に私のことが嫌いなのですね)
母を見ると相変わらずエレナをチラッとも見ようとしない。リアナはニコニコと微笑んで、でも何も言わなかった。
「では失礼いたします」
エレナが頭を下げると父が軽く右手を上げた。それで別れは終了だ。
食堂を出て行くエレナの背中に、三人の楽しそうな話し声が泡のように弾けて消えた。
「あなたが旅の御者?」
初めて見る男にエレナは戸惑った。馬車もいつもよりさらにみすぼらしく、平民と変わりないものになっていた。
「お屋敷の御者たちが誰一人手を挙げなかったそうでなぁ、代わりに雇われたんでさぁ。あんた、随分と嫌われてるんだなぁ」
欠けた歯を見せながらケラケラと笑われてエレナは傷ついた。せめていつもの馬車と御者で送ってくれるものと思っていたから。
荷物は小さな鞄一つだけ。向こうでの服は男爵に用意してもらえと言われて旅の間の着替えが一着。それと下着や手巾。宿代と食事代が入った布袋、それでおしまい。大好きな本も一冊も持ち出しが許されなかった。
(これではまるで、そう……監獄に行く時のよう……)
結局誰からも見送られることなく馬車は出発した。仮にもこれから花嫁になるというのに、男性御者と二人きりの旅。男爵に疑いを持たれないのだろうか。もしかしたら受け入れられないのではないか。
エレナはこの旅に暗雲が立ち込めてくるのを感じていた。
10
お気に入りに追加
251
あなたにおすすめの小説

だいたい全部、聖女のせい。
荒瀬ヤヒロ
恋愛
「どうして、こんなことに……」
異世界よりやってきた聖女と出会い、王太子は変わってしまった。
いや、王太子の側近の令息達まで、変わってしまったのだ。
すでに彼らには、婚約者である令嬢達の声も届かない。
これはとある王国に降り立った聖女との出会いで見る影もなく変わってしまった男達に苦しめられる少女達の、嘆きの物語。

踏み台(王女)にも事情はある
mios
恋愛
戒律の厳しい修道院に王女が送られた。
聖女ビアンカに魔物をけしかけた罪で投獄され、処刑を免れた結果のことだ。
王女が居なくなって平和になった筈、なのだがそれから何故か原因不明の不調が蔓延し始めて……原因究明の為、王女の元婚約者が調査に乗り出した。

婚約破棄された私は、処刑台へ送られるそうです
秋月乃衣
恋愛
ある日システィーナは婚約者であるイデオンの王子クロードから、王宮敷地内に存在する聖堂へと呼び出される。
そこで聖女への非道な行いを咎められ、婚約破棄を言い渡された挙句投獄されることとなる。
いわれの無い罪を否定する機会すら与えられず、寒く冷たい牢の中で断頭台に登るその時を待つシスティーナだったが──
他サイト様でも掲載しております。

「次点の聖女」
手嶋ゆき
恋愛
何でもかんでも中途半端。万年二番手。どんなに努力しても一位には決してなれない存在。
私は「次点の聖女」と呼ばれていた。
約一万文字強で完結します。
小説家になろう様にも掲載しています。

聖女に負けた侯爵令嬢 (よくある婚約解消もののおはなし)
蒼あかり
恋愛
ティアナは女王主催の茶会で、婚約者である王子クリストファーから婚約解消を告げられる。そして、彼の隣には聖女であるローズの姿が。
聖女として国民に、そしてクリストファーから愛されるローズ。クリストファーとともに並ぶ聖女ローズは美しく眩しいほどだ。そんな二人を見せつけられ、いつしかティアナの中に諦めにも似た思いが込み上げる。
愛する人のために王子妃として支える覚悟を持ってきたのに、それが叶わぬのならその立場を辞したいと願うのに、それが叶う事はない。
いつしか公爵家のアシュトンをも巻き込み、泥沼の様相に……。
ラストは賛否両論あると思います。納得できない方もいらっしゃると思います。
それでも最後まで読んでいただけるとありがたいです。
心より感謝いたします。愛を込めて、ありがとうございました。
【完結】「私は善意に殺された」
まほりろ
恋愛
筆頭公爵家の娘である私が、母親は身分が低い王太子殿下の後ろ盾になるため、彼の婚約者になるのは自然な流れだった。
誰もが私が王太子妃になると信じて疑わなかった。
私も殿下と婚約してから一度も、彼との結婚を疑ったことはない。
だが殿下が病に倒れ、その治療のため異世界から聖女が召喚され二人が愛し合ったことで……全ての運命が狂い出す。
どなたにも悪意はなかった……私が不運な星の下に生まれた……ただそれだけ。
※無断転載を禁止します。
※朗読動画の無断配信も禁止します。
※他サイトにも投稿中。
※表紙素材はあぐりりんこ様よりお借りしております。
「Copyright(C)2022-九頭竜坂まほろん」
※小説家になろうにて2022年11月19日昼、日間異世界恋愛ランキング38位、総合59位まで上がった作品です!

最後に報われるのは誰でしょう?
ごろごろみかん。
恋愛
散々婚約者に罵倒され侮辱されてきたリリアは、いい加減我慢の限界を迎える。
「もう限界だ、きみとは婚約破棄をさせてもらう!」と婚約者に突きつけられたリリアはそれを聞いてラッキーだと思った。
限界なのはリリアの方だったからだ。
なので彼女は、ある提案をする。
「婚約者を取り替えっこしませんか?」と。
リリアの婚約者、ホシュアは婚約者のいる令嬢に手を出していたのだ。その令嬢とリリア、ホシュアと令嬢の婚約者を取り替えようとリリアは提案する。
「別にどちらでも私は構わないのです。どちらにせよ、私は痛くも痒くもないですから」
リリアには考えがある。どっちに転ぼうが、リリアにはどうだっていいのだ。
だけど、提案したリリアにこれからどう物事が進むか理解していないホシュアは一も二もなく頷く。
そうして婚約者を取り替えてからしばらくして、辺境の街で聖女が現れたと報告が入った。

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる